ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第六十四話 「嘘」

「今日は私が料理をするから任せて、アウラ様!」

 

 

目を輝かせ、自信満々にそう私に宣言するリーニエ。それに合わせるようにコルセットドレスの上にはエプロンを着て、手には包丁が握られている。傍から見れば人間で言うメイドのような風体。ある意味間違ってはいないかもしれない。ただいつものようにそれを見つめるしかない。この子の奇行は今に始まったことではない。このぐらいで動じていてはとてもこの子の主人はやっていけない。

 

 

「どういう風の吹きまわし?」

「最近はリーニエに料理をお願いしてるんだ。それをお披露目したいんだよ」

「ヒンメル邪魔」

「反抗期かな?」

「いつものことじゃない」

 

 

事情を私よりも察しているらしいヒンメルの言葉によっておおよそ把握できた。そういえば最近旅の途中の料理をリーニエが担当しているらしい。何でもアイゼンが同じように料理を担当していたことを真似しているとか。相変わらず影響されやすい子だ。そして変わらず軽んじられているヒンメル。ダンディ云々よりもしなくてはいけないことがあるのではないか。もう手遅れかもしれないが。

 

 

「じゃあお願いするわ。火の扱いだけは気をつけなさい。火事になったら飴坊主が泣くわよ」

「分かった、アウラ様!」

 

 

ひとまずはそのまま命令を下す。特に問題はないだろう。あるとすれば火の扱いだけか。火事にでもなれば老後の生活が脅かされてしまうであろうハイターは泣いてしまうに違いない。いや、もしかしたら笑い飛ばしてしまうかもしれないが。間違いなくその責任を追及され、私はさらに聖都に滞在させられることになるだろう。

 

そんなことを考えているとふと気づく。気持ち悪い顔でこちらを見ているヒンメル。一体何なのか。

 

 

「…………何よ?」

「いや、命令じゃないんだなって」

 

 

言われて私もようやく気付く。知らず出てしまっていた私の言葉の違いに。本当に習慣、慣れというのは恐ろしい。リーニエではないが、私も知らずそれに影響されてしまっているのだろう。さっきヒンメルを煽ったばかりだというのに。それ以上反応してはさらにからかわれるのは目に見ているのでそのまま無視することにする。そんな中まるで魔物の討伐を行っているような激しい音が台所から響き渡ってきた。

 

 

「…………本当に大丈夫なわけ?」

「どうかな。君に披露するから張り切ってるのかもしれないね」

 

 

どこまで本気なのか。ヒンメルはそのまま静観する構え。あの子の魔法は模倣の魔法。料理の動き自体は私やヒンメルから学んでいるはずだが、やはり実際にそれを扱うのは話が別だ。本物と模倣の違い。ある意味リーニエにとっての魔法の探求、命題ともいえるもの。

 

 

「そういえば、リーニエは最近どうなの? 魔物相手に戦えてるわけ?」

「もちろんさ。修行も順調でね。あと十年もしたら追い抜かれてしまうかもしれないね」

 

 

弟子の成長が嬉しいのだろうか。まるで自分のことのように誇らしげにしている親馬鹿ならぬ弟子馬鹿。十年云々は冗談だとしても、成長しているのは間違いない。リーニエの修行に関してはヒンメルに丸投げしている。魔族であり魔法を扱うリーニエは魔法使いだが、その本質は戦士、剣士に近い。模倣をいかに本物に近づけるか。己の物に昇華できるか。そういった意味でその目標であり到達点であるヒンメルに師事していることはリーニエにとってはまさに僥倖だろう。本人は全く気付いていないが。

 

 

(偽物が本物に、ね…………まだ本気でそんなことを信じてるのかしら)

 

 

そのまま何とはなしにヒンメルの横顔を見つめる。 思い出すのはかつてこいつが口走っていた世迷言。 形は違えど、ヒンメルはリーニエにもそれを押し付けているのだろう。そんなことできるわけがないだろうに。自分が追い抜かれることを喜び、望んでいる。魔族には理解できない考え方。そういえば同じようなことをゼーリエも言っていたか。自分たちを超える存在。自分を危うくするだけの存在を何故望むのか。つくづく人間の考えることは愚かだ。

 

 

「どうかしたかい? ようやくこの髭の良さに気づいたのかな?」

「冗談は存在だけにしなさい。もうすぐあんたの鼻っ柱が折られるのを見れるのかと思っただけよ」

「そ、それは流石に勘弁かな…………」

 

 

私の視線に目ざとく気づいたのか、そんなふざけたことを口にするヒンメルを黙らせる。どうやらヒンメルもすっかり忘れてしまっていたらしい。同時に本当にリーニエならやりかねないことを。そうなればダンディどころではないだろう。

 

それに関係するわけではないが、確かにヒンメルはここ最近変わってきた。何をするでもなく、考え事をすることが多くなっている。同時に妙な視線を私に向けていることも。何度か問い質したことはあるがはぐらかされてしまうだけ。いつもならこちらが鬱陶しくなるぐらい構ってくるくせに。気持ち悪いことこの上ない。何かが喉に引っかかっている。そんな違和感。

 

 

「君は変わったね、アウラ」

 

 

まるでそれを見抜いているかのようなタイミングで、 意味が分からないことをヒンメルは告げてきた。

 

 

「は? そこは変わってないって言うところじゃないの?」

「外見じゃなくて、内面、心がさ。初めて会った頃とは大違いだ」

 

 

うんうん、と一人勝手に納得しているヒンメルの姿に呆れるしかない。 私は何も変わってはいない。むしろ変わっているのはヒンメルたちの方だろう。その容姿も、何もかもがこの短い時間の流れで変わっていっている。その速さにこっちがついていけないと感じてしまうほどに。

 

 

「そう、良かったわね。でも魔族(わたし)たちに心なんてないわよ」

「そんなことはないよ。魔族にも心がある。精神魔法も通じるんだから」

「癪に障る奴ね……ただの言い間違いよ。人間(あんた)たちみたいな心はないわ」

 

 

私の反論も織り込み済みだったのだろう。 魔族にも心があることをよりにもよって魔法によって証明してくる勇者様。本当に癪に障る奴だ。老いていく毎に、段々あの生臭坊主に似てきている気がする。悪夢でしかない。

 

そんな私の様子がお気に召したのか。ヒンメルは何を言うでもなくそのまま私を見つめている。そう、これだ。一体何なのか。今更何をそんなに気にしているのか。それは

 

 

「…………君は今楽しいかい、アウラ?」

 

 

本当に下らない、無駄な理由だったらしい。

 

 

「何よそれ? 服従させられてるのに楽しいも何もないじゃない」

 

 

思わず眉をひそめながらそう答えるしかない。一体何を考えているのか。そんなこと聞くまでもないだろうに。どこに服従させられて喜ぶ奴がいるのか。同時に思い出すのはかつてのヒンメルの告白。この生活が楽しかったのだ、と。私もそうだったのか確かめたかったらしい。 本当に馬鹿な奴だ。そう一蹴してやるも

 

 

「え? でもアウラ様、ヒンメルが帰ってくると機嫌が良くなって」

「あんたは黙ってなさい、リーニエ」

「むぅ…………」

 

 

思わぬところから横やりが入ってきてしまう。料理に集中しているかと思えばこれだ。本当に余計なことをする子だ。そんなところまで師匠に似なくてもいいだろうに。自分に正直に生きているだけなのかもしれないが。その責任の一端は私にもあるがそれはそれ。そのままリーニエを黙らせる。

 

 

「そうか……でも、うん。アウラ ……もし服従(ぼく)から解放されたら、君はどうするつもりだい?」

 

 

そんな私たちのやり取りをどこか困ったように見つめながら、ヒンメルはさらに理解できない行動を続けてくる。思わずこっちが目を丸くしてしまうようなことを。それは私たちの間では触れない類の話題だった。当たり前だ。それを突き詰めても、結局意味がないのだから。今の私たちの関係を壊してしまいかねない禁句(タブー)

 

 

「はぁ? さっきから何なのよ? 私をからかってるわけ?」

「そんなことはないさ。真面目な話だよ」

 

 

それが分からないヒンメルではない。その証拠に、ヒンメルはどこか真剣な空気を纏っている。冗談やからかいの類ではないらしい。

 

そのまま互いの視線が交差したまま沈黙が流れる。様々な思考が私の中で駆け巡っては消えていく。その行きついた先は

 

 

「ふうん……そんなの決まってるじゃない。今までできなかったことをするだけよ。手始めにあの国王たちを服従させて支配してやるわ。その後は北側諸国ね。グラナトの連中にも借りがあるわ。そのまま魔王城を目指すのも良いかもしれないわね」

 

 

欺かないこと。この服従生活の中で私が生き抜くために身に着けた、魔族らしからぬ生きる術。そもそもこいつ相手に嘘をついても意味はない。いや、そもそもこいつはそんなことをしなくても私がどうするかなんて分かっているに違いない。

 

 

「そうか……やっぱりそうだよね。きみ(魔族)らしいね」

 

 

勇者として、人間としてこいつは私が魔族であると理解しているのだから。その上で私と友達になりたいだなんて本気で思っている愚か者。

 

そのままヒンメルは微笑んでいる。私の答えに、肯定も否定もしない。ただそれを受け入れている。

 

それを前にして、私もまた口を噤む。先程口にしたのは紛れもない私の本音。魔族としての私の。何も恥ずべきことはない。無駄のない 当たり前の答え。なのに

 

 

「……ただの嘘よ。本気にするんじゃないわよ」

「え?」

 

 

私はそう、嘘をついてしまった。

 

 

「さっき似たようなことをハイターにも聞かれたわ。 聖都だけでもうんざりしてるのに、これ以上面倒なことをする気なんてないわ。服従させて操り人形にした連中に囲まれて過ごすなんて真っ平ごめんよ。ただの一人遊びじゃない。リリーもシュトロも付き合ってくれないわ」

 

 

そのまま嘘をつき続ける。いや、それは嘘ではない。もう一つの、私の本音。この十数年で得た経験と知識。それに基づいた私の生き方。私自身にも分からない。今私が嘘をついているのかいないのか。欺いているのかいないのか。

 

また知らず銀のフリージアを握り締めてしまっていた。それもヒンメルの目の前で。それを取り繕うこともできない。

 

 

「……そうだね。君は一人遊びなんてする歳じゃないか」

「当たり前でしょ。私を何だと思ってるの」

「もちろん友達さ。魔族のね」

「馬鹿じゃないの」

「その通りさ」

 

 

気づいているだろうに、気づかない振りをしながらヒンメルはいつも通りそんな馬鹿なことを口にしている。友達、という私には呪いにも似た言葉。

 

 

「それにそんなことをすれば間違いなくあのエルフが私を殺しに来るわ。あんたにとってはその方がいいかもしれないけど」

 

 

それを誤魔化すように、思わずそう口走ってしまう。こいつの前であのエルフの話題を出してしまった。ここ最近はあえて触れないようにしていたというのに。

 

 

「確かにそうかもね。そうなればようやく君をフリーレンに紹介できるってわけだ」

「冗談じゃないわ。その前に逃げるに決まってるでしょ」

「じゃあそうならないように僕が頑張らないとね」

 

 

一度目を閉じた後、 何でもないかのようにまたふざけたことを言ってくるヒンメル。本気でまだそんなことを考えていたらしい。それに付き合う気はもう毛頭ない。これ以上無駄なことに巻き込まれるのは御免だ。

 

 

「大体あんた、死ぬまで私を服従させる気なんでしょ? 何でそんな心配してるわけ? まだまだ先の話じゃない。それとも飽きたってこと?」

「まさか。君の方こそ、逃げ出したくなったんじゃないかな」

 

 

だからさっさとこの茶番を終わらせることにしよう。こいつはまだ四十になったばかり。人間の寿命で言えばまだ半分過ぎ。何をそんなに焦っているのか。業腹ではあるが、服従させられている私は逃げることなんてできはしない。どこかの渡り鳥とは違い、私は鳥籠に閉じ込められているのだから。

 

思い出すのはいつかの契約、いや約束か。こいつが飽きるまで付き合うというもの。その通り飽きてしまったのか。それとも。そんな私の問いに皮肉で返してくるヒンメル。本当に分かり切ったやり取り。

 

 

「────あんたは本当に何も変わらないわね」

「────そうだね、じゃあこれからもご期待に応えるとしようかな」

 

 

どこかやれやれと言った風に笑みを浮かべているヒンメル。本当にこいつは何も変わっていない。きっとこれからも変わらないのだろう。 私と同じように。

 

 

そんな中、台所からリーニエが料理を運んでくる。どうやら知らない間に時間が経っていたらしい。しかし、さっきまでとは違う意味で違和感があった。それは

 

 

「リーニエ……?」

「…………」

 

リーニエが静かだったから。何も言わずに黙々と料理を運んでは並べている。ある異種異様な光景。それはヒンメルも同じなのか。私に目配せしてくる。そこでようやく思い出す。リーニエがただ

 

 

「…………もう喋ってもいいわよ、リーニエ」

「ほんと!?」

 

 

さっきの私の命令を順守しているだけだということを。こういうところは魔族なのだろう。私がそれを忘れてしまいかけるなんて笑い話にもならない。ようやく解放されたかのようにリーニエは喜んでいる。やはり育て方を間違ってしまったかもしれない。もう半ば手遅れだが。

 

 

「ヒンメル毒見して」

「リーニエ……それは毒見じゃなくて味見だよ」

「似たような物でしょ」

 

 

ヒンメルもまたそれを黒焦げになったルフオムレツを食べながら噛みしめることになる。毒見はある意味正しいのだろう。結局三人揃ってその夜は村から持ってきたリンゴを齧ることになったのだった────

 

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