「おかえり二人とも。待っていたよ」
本当に待ちわびていたのか。家に入るなりそう出迎えられてしまう。見るまでもなく、もう聞き慣れてしまった声で。
「────本当に君は変わらないね。昔のままだ」
そこにはヒンメルがいた。相変わらず格好をつけた物言いをする奴だ。ついさっきハイターにも似たようなことを言われたばかりだというのに。やはりこいつらは同類なのだろう。それを示すようにその容姿は以前とは大きく変わっている。
背は縮み、今は私やリーニエよりも低くなっている。体も小さくなり、会話をする時には目線を下げなければいけない。ハイターとは対照的だ。頭は禿げてしまい、代わりに髭は伸びている。変わらないのはその目元ぐらいか。五十年振りなら誰か分からないほど。本当に人間は老いるのが早い種族だ。どうしてこんな種族に私たちは負けてしまったのか。なら魔族はさらにか弱い種族ということになるのだろう。
「あんたは老いぼれて変わっただけでしょ。それについこの間会ったばかりじゃない」
「こらこら空気を読みなさい」
「私は大きくなった!」
「はっはっはっ、相変わらずですね皆さん」
そう、変わったのはこいつの方。私は何も変わっていない。まるで人間で言うなら何十年ぶりに会ったかのような大げさな態度を取るのは何の冗談なのか。一月ほど前に会ったばかりだろうに。そして平常運転のリーニエ。自分が小さいままではないとアピールしたいのだろう。それをどこか楽しそうに眺めているハイター。やはりこいつらは何も変わっていない、成長していないのだろう。
「それに年老いた僕も中々イケメンだろう?」
「ダンディじゃなかったわけ?」
「今は髭は似合ってるよ。ハゲだけど」
ようやく調子が戻って来たのか、調子に乗り始めるヒンメル。いくつになってもこいつのナルシストっぷりは変わらない。今はない髪の代わりに髭をたなびかせながらポーズをとっている。痛々しいことこの上ない。一時期拘っていたダンディとやらは何処に行ったのか。自分には所縁のない概念だとようやく悟ったのか、最近は再びイケメンに鞍替えしたらしい。現金な奴だ。そして止めとばかりに致命傷を与えようとするリーニエ。この子は本当に勇者の天敵になれるかもしれない。
「ハゲなりのこだわりがあるの」
「そうですよ。アウラももっと同じ老人として労わってあげてください」
「私を一緒にするんじゃないわよ。殺すわよ」
「失敬。また三日喋ってくれなくなるのは勘弁ですね」
「一週間よ」
そしてさらっと私を老人扱いしてくるハイター。ふざけている。私を、魔族を人間の基準に当て嵌めるなんてどういうつもりなのか。確かに私は五百年以上を生きる大魔族だがそれは私が年老いているという意味ではない。もしこの身が自由ならすぐさま自害させてやるレベルの侮辱。今の私には無視してやることしかできないが、どうやらハイターには効いていたらしい。三日ではなく一週間だったが。誰と勘違いしているのか。
「やっぱり君たちも変わらないね。王都でもよく噂を耳にするよ」
「五十年の付き合いですから。それにしても数奇な巡り合わせですね。まさか魔族の貴方と一緒に聖都で暮らすことになるとは思いもしませんでした」
「そっくりそのまま返してあげるわ。いい迷惑ね」
そんな私とハイターのやり取りをどこか満足げに見守っているヒンメル。一体何様なのか。どんな噂なのか聞く気も起きない。どうせ下らない妄言だろう。もっとも、その噂以上の厄介さがこの生臭坊主にはあったが。こんな奴と五十年も付き合うことになるなんて誰が思うのか。ある意味ヒンメル以上にこっちを振り回してくれたのだから。
「そんなことは決して。本当に貴方には感謝しているのですよ。貴方のおかげで多くの人が救われました。それはきっと私達ではできないことですから」
「? 何言ってるのよ。私は誰も救ってなんかないわよ」
そんな私にハイターはまた理解できないことを告げてくる。相変わらず遠回しな言い方をする奴だ。私はそんなことはしていない。私はこいつらに服従させられて仕方なく、自分のために動いていただけだ。そいつらは勝手に自分で救われただけだろう。私には何の関係もない。
「そうでしたね。そんな貴方だからこそ皆に敬われているのでしょう」
「……気持ちが悪いわね。今度は何を企んでるわけ?」
「そんなことはありませんよ。私は司教ですよ? 嘘はつきません」
「
「ハイター、嘘をついたら駄目だよ」
堂々と嘘をつかないなんて嘘をつく、勇者一行の僧侶。今は聖都の司教だったか。世も末だ。こいつを前にすれば魔族ですら裸足で逃げだすに違いない。対抗できそうなのはあの変わり者の研究者気取りぐらいだろう。どっちも私にとっては面倒でしかないが。魔族であるリーニエにまでそう言われたらおしまいだろう。
「これは一本取られましたね。ですが嘘偽りない本音です。私も孤児でしてね……誰かと一緒にこんなに長い時間暮らしたのは初めてでしたから。つい柄にもないことを言ってしまいました」
これは失態でしたな、と。まるで本当にそう思っているかのように内心を吐露してくるハイター。一体どうしたと言うのか。らしくない。もしや隠れてやはり酒を飲んでいたのだろうか。
「僕のことを忘れてないかい、ハイター?」
「失礼。ヒンメルを除けば、ですかね」
「調子が良い奴だ」
「お互い様ですよ」
孤児。確かヒンメルも同じだったか。魔族であるなら当たり前の境遇だが、人間にとってはそうではないのだろう。以前、アイゼンも似たようなことを言っていた。ならこいつも家族とやらに憧れがあったのか。生涯独身の聖職者の癖に何を言っているのか。つくづく愚かな奴だ。
「……何よ? 何か言いたいわけ?」
「いいや、やっぱり君は凄いと思ってね。僕だけじゃなくて、君は多くの人の人生を変えてきたんだよ」
いつの間にか私の横顔を見つめていたヒンメルがそう戯言を口にする。もう何度目になるか分からない、同じ言葉。本当に大げさな奴だ。
「またその話? 飽きないわね。ボケてきてるんじゃないの」
「ひどいね。もっと言い方があるだろう?」
「私は? ヒンメル?」
「もちろん君もさ、リーニエ」
言われて褒められたと思ったのか、上機嫌になっているリーニエ。こいつらの関係も変わらない。本人たちは師弟関係だと言っているが、人間たちから見れば親子に見えるのだろう。私との主従関係と似たようなものか。もっともその容姿の変化のせいで人間の祖父と孫にしか見えないが。
「でもハイターのせいでここに来るのに時間がかかったんだから。お尻が痛い」
その孫、ならぬ弟子のリーニエはどこか不満げにお尻をさすっている。それは聖都からここ王都までの道中の話。私たちはハイターが用意した馬車に乗ってここまでやってきた。腐っても司教であり、老いてきたハイターからすれば当然のこと。だがリーニエは飛行魔法でハイターを運びたかったらしい。早く王都に行きたかったのもあるだろうが、一番は馬車の乗り心地が理由だ。その揺れと座り心地をリーニエは苦手としている。お尻が痛くなるのだと。
「これは申し訳ない。ですが空を飛ぶのはもう勘弁ですね」
かつて一度ハイターもリーニエに飛行魔法で運んでもらったことがあるようだがトラウマになってしまっている。何があったのかなど聞くまでもない。空から落とされてもピンピンしているのはアイゼンぐらいだろう。
「はしたないわよ、止めなさいリーニエ」
「むぅ……」
いくら魔族とはいえその恰好でお尻をさすっているのは頂けない。ここにいるのが見知った老人の男どもだけだとしても。反論できないからか、それとも命令だと思ったのか。渋々リーニエはそれを止める。まったく。シュトロのスカート捲りのせいではないが、この子の貞操観念のなさはどうにかならないのか。このままでは色々な意味で間違いが起きかねない。新しい命令を加えなければいけないかと本気で悩むほど。
「そもそも何であんた付いてきたのよ?」
「いえ、ちゃんと貴方を送り届けなくてはいけませんからね」
「私は子供じゃないわよ」
「そうはいきません。女性をエスコートするのは男性の役目ですから」
「生臭坊主」
気を取り直す意味も兼ねてそう尋ねるも飄々とかわされてしまう。本当にああ言えばこう言う奴だ。どこまでが冗談で、どこからか本気なのか。
「────ではヒンメル。確かにお返ししましたよ」
「────ああ、迷惑をかけたね」
瞬間、私を縛る魔力の流れが変わっていく。もう何度目か分からない、服従の権利の委譲。なるほど、このためにわざわざこいつは私を送ってきたのか。ご苦労なことだ。しかしそれでも疑問は残る。基本的に私は聖都でしか服従の魔法を使わない。だからこそタイミングが合わない時には権利の委譲を行わずに私だけが動くこともざらだった。なのになぜ今回に限って。
「いえいえ、貴方の無茶は今に始まったことではありませんから」
「人を犬や猫扱いするんじゃないわよ」
「私は猫が好き!」
いつかのように私を捨てられた犬か猫のように扱うヒンメルとハイターにそう抗議するも何のその。全くこいつらは気にしていない。私を何だと思っているのか。そして意味を全く理解していないリーニエ。この子はこの先どうなってしまうのか。本気で頭が痛くなってくる。
「さて、それではそろそろお暇するとしましょうか」
「もう帰るわけ?」
「はい、家族水入らずの邪魔はできません。馬に蹴られたくはありませんから」
「あんたね……」
「もう馬はいないよ?」
まるでそうすると初めから決めていたかのように、ハイターはそう立ち上がる。てっきりこのままここに泊まってタダ酒……はもうしないとしても食事ぐらいはしていくと思っていたのに。その理由もふざけている。本当にどこまでも私を不愉快にさせる奴だ。私がその言葉の意味を理解できると分かった上で言っているのだから質が悪い。別の意味でリーニエはそれに振り回されている。もはやあきらめるしかない。
そんな中、ハイターはそのままこちらに近づいてくる。私の背に合わせて屈みながら。まるで人間の親が子供に視線を合わせるように。私だけではなくリーニエにも。
「……何よ? 私の顔に何かついてるわけ?」
「いいえ、ちゃんと貴方たちの顔を見ておこうと思いましてね。忘れてしまわないようにね」
「何よそれ?」
「息臭い」
そう言いながらハイターは私たちの顔を見比べている。一体何を考えているのか。気にはなるが聞いても無駄だろう。違う意味でリーニエは嫌がり顔を背けている。それに苦笑いしているハイターとヒンメル。どうやらそれで満足したらしい。
ハイターはそのまま背を向けたまま玄関へと向かっていく。それをいつものように見送る私たち。その去り際
「アウラ、リーニエ。それではまた」
一度だけ振り返り、微笑みながらハイターはその場を去っていったのだった────
最新話を投稿させていただきました。
前話を含めて、ハイターの名前回となっています。ハイターがアウラをどう思っていたか、どんな風に接していたか。過去編を通じての集大成のようなエピソードとなっています。二十四話の解答編とも言えるものでもあります。ぜひ読み直してもらえれば嬉しいです。