ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第七十話 「姉」

「やっぱり我が家が一番だね」

「下らないこと言ってないでさっさと荷物を片付けなさい」

「分かった、アウラ様!」

 

 

家に帰るなり、そんな下らないことを言いながらのんびりしているヒンメルにそう悪態をつくも、何故かそれに反応しているリーニエ。相変わらずマイペースな連中だ。この調子では荷物の片付けだけであっという間に夜になってしまいかねない。片付けだけなく掃除や買い物。やらなくてはいけないことがこっちは山積みだというのに。そう憂鬱になるもふと気づく。

 

 

(やっぱり掃除がされてる……リリーの仕業ね)

 

 

家の中が清潔に保たれていることに。数年振りにも関わらず埃や汚れがほとんど見られない。昨日今日掃除しただけではここまでにはならない。間違いなくあの子、リリーの仕業だろう。本当に物好きなことだ。こちらは手間が省けて助かるが。

 

 

「どうかしたかい、アウラ? 久しぶりの帰り道で君も疲れたのかな?」

「あんたと一緒にするんじゃないわよ。さっきまでの騒ぎに疲れただけよ」

 

 

そんなこっちの事情など知らず、能天気にそんなことを言ってくるヒンメル。本当にこいつも変わらない。私の神経を逆撫でするという意味では悪化している。確かに疲労しているが、それは帰り道のせいではない。帰ってきてからの馬鹿騒ぎのせいなのだから。

 

リリーに出迎えられた後。村総出でのお祭りのような騒ぎになってしまったのだから。きっとそうなることもヒンメルは分かっていたのだろう。それに巻き込まれるこっちは堪ったものではない。たった数年ぶりに戻っただけだというのに、大げさな奴らだ。他にやることがないのだろうか。一番それを楽しんでいたのはリーニエだろう。ある意味私よりも歓迎されていた。

 

 

「みんな君が帰ってきてくれて喜んでいるんだよ。ちょっとした凱旋だったね。でも昔は僕も凄かったんだよ。特に魔王を倒した後の帰り道は通る先々で」

「そう。良かったわね」

 

 

そのまま流れるように昔話を始めるヒンメルをいつものように無視する。年老いた今、過去の栄光に縋るしかないのだろう。いや、こいつの場合は最初からだったか。祝った連中も今のこいつを見ればそれが間違いだったと気づくだろう。人間というのは本当に愚かだ。そんなことを考えていると

 

 

「ヒンメルヒンメル! 早く修行しよう! 私また強くなったんだから!」

 

 

もう待ちきれないと言った風にリーニエがヒンメルを捲し立てている。その手にはもう剣が握られ、視線は窓の外の庭に釘付けになっている。飽きるほど見てきた稽古場。それを見ることで本能が刺激されたのだろう。ある意味魔族らしいと言えるかもしれない。

 

 

「無茶言わないの。前にも言っただろう? もう剣を振れるような歳じゃないんだから」

「むぅ……アイゼンと同じこと言うんだから。つまんない」

 

 

だがそれをヒンメルは困惑しながらそう窘めている。らしくない言動。そういえばアイゼンも似たようなことを言っていたとリーニエが愚痴を漏らしていた。年老いて衰えているのは確かだろうが、大げさな奴だ。修行に付き合うのが嫌で老いを利用しているのだろう。小賢しさだけは年々増している。

 

 

「……仕方ないね。見るだけだよ」

「ほんと!? ヒンメル大好き!」

「まったく、老人を酷使しおって」

 

 

そんなリーニエの様子に根負けしたのか、渋々そう了承するヒンメル。本当にこいつはリーニエに甘い。一連の流れがハイターの時同じなのはどういうことなのか。ある意味いつも通りなのだろう。飽きるほど見てきたやり取り。これ以上それを眺めていても仕方ない。

 

 

「私は買い物に出かけてくるわ。ヒンメルの鼻を折らないように気をつけなさい、リーニエ」

「うん!」

「見るだけって言ったよね?」

 

 

当初の目的である買い物に出かけるとしよう。掃除をやってくれていた分、時間は浮いたが無駄なことはしていられない。いつまでここにいる気なのかは知らないが、当面の食料は必要だ。リーニエにそう命令しつつ、いつものように買い物に出かけることとしよう────

 

 

 

(少し街並みも変わったわね……)

 

 

きょろきょろと周りを見渡しながら見知った道を進む。たった数年だが、少し街並みが変わったような気がする。本当に人間たちの時間の流れは早い。少し目を離しただけであった物がなくなり、なかった物ができている。実際に住んでいる聖都でもそう感じることがあるほど。そういう意味では忙しない種族とも言えるのかもしれない。数年でこれなのだ。十年、五十年経てばどうなるのか。リーニエではないが、道に迷ってしまいかねない。

 

そんな中、ふと足を止めてしまう。そこには変わらないままそこに佇んでいる一体の銅像があった。今とは似ても似つかない、数十年前の風貌をした勇者の像。今と違って髭が全く似合っていない。そういう意味では年老いた今の方が上なのかもしれない。その手に持っている天秤もそのままだ。大人しく剣を持っていればいいものを。わざわざ天秤を持つなんて私への嫌がらせでしかないだろう。そんな中

 

 

「姉さん、どうしたんですかこんなところで」

「……シュトロ。別に。ただの買い物の途中よ」

 

 

後ろから不意に声がかけられる。振り返るとそこにも見知った顔があった。こいつも相変わらずだ。いつものように麦わら帽子を被っている。もう五十を超えるというのに、その容姿はあまり変わっていない。元々小柄だったのもあるだろう。ヒンメルとは違い、五十年ぶりに会っても見間違えることはないはず。

 

 

「しかし姉さんは本当に昔と変わりませんな。美しいままだ」

「そう。ふざけたことばかり言ってるとリリーに言いつけるわよ」

「それは困りますね。やっぱり相変わらずだ」

 

 

私と同じように昔を思い出していたのだろう。お決まりの文句を言ってくるシュトロ。本当に飽きずに同じことばかりを。暗に私を馬鹿にしているのだろう。騙すこともできない意味のない嘘をつくのだから。なのでいつものように一番効果がある返しをしてやるも全く堪えていない。こいつも年老いて小賢しくなりつつあるらしい。

 

 

「この銅像も変わらないでしょう? 知っていますか? 勇者様はこの銅像を姉さんのために建てたんですよ」

「私のために……? 何でそうなるのよ。ただのあいつの趣味でしょ」

 

 

私がこの銅像を眺めている時から見ていたのだろう。シュトロは唐突にそんなことを喋りはじめる。この銅像が建てられた理由を。私からすれば意味が分からないもの。何でそうなるのか。そもそもこれはヒンメルが自身のため強引に作らせたものだ。作ってくれなんて頼まれてもいないのに。勇者一行の旅の頃から銅像を残すことが趣味だったのだろう。その証拠に各地に像が作られている。直接見たのも一体や二体ではない。自らのイケメンっぷりを後世に残すためだとのたまっていたぐらいだ。

 

 

「確かにそれもあるかもしれませんね。でもこの銅像があれば姉さんが一人ぼっちにならないだろうと、この像ができた時に私に教えてくれたんです。内緒話としてね」

「そう。あいつらしいわね。余計なお世話だわ」

 

 

だがどうやらそれだけではなかったらしい。なるほど、あいつらしい。下らないことを考えたものだ。

 

一人ぼっち。確か孤独と同じ意味だったか。笑い話だ。魔族にこれほど意味がない言葉もないだろう。それは魔族にとっては当たり前のことだというのに。五十年一緒にいてそんなことにも気づけていないのか。どうやらあいつはまだ私をあのエルフと同一視しているらしい。私はフリーレンじゃないというのに。

 

 

「でもそんなこと言って言いわけ? 内緒話じゃなかったの?」

「もう時効ですからな。勇者様には黙っていてもらえると助かります」

「スカート捲りばかりしていたクソガキが偉くなったものね」

「いえいえ、姉さんや勇者様には敵いませんよ」

 

 

わざとらしくそう言いながらシュトロは笑みを浮かべている。本当に偉くなったものだ。皮肉でもなんでもなく、事実として。

 

こいつは今、この村の村長となっている。何だかんだ上手くやっているようだ。その子供も大きくなり独り立ちしている。最近は孫もできたらしい。人間の世代交代は本当に著しい。もう現役ではないにも関わらず長を務める風習も理解しがたいが、そういうものだと思うしかない。もっとも村の外の人間が見れば、そんなシュトロとリーニエが兄妹のように絡んでいるのが不思議に見えるらしい。人間と魔族が一緒にいることよりも。

 

 

「……今だから言いますが、私は姉さんに憧れて神父を目指したんですよ」

「何よそれ? 村長を真似してたんじゃないの?」

 

 

何の脈絡もなくいきなりそんなことを言い出すシュトロに首を傾げるしかない。ヒンメルといい、老いぼれた人間は突然そういうことを言い始める。やはり習性なのだろうか。言っていることも要領を得ない。何故私を真似て神父になることになるのか。元々神父をしていた前の村長を真似ていたのだとばかり思っていたのに。そもそも最初こいつは冒険者に憧れていたはず。それもあってヒンメルによく懐いていた。ある頃からは神父になると言い出していたが、それに私が何の関係があるというのか。

 

 

「覚えていますか。一度私が聖都に裁判を見に行ったことがあるのを」

「ああ、そんなこともあったわね。確かハイターに誘われてだったかしら」

 

 

言われてようやく思い出した。そういえばそんなこともあったか。ハイターに誘われて一度聖都に遊びに来たことが。何が楽しいかは分からなかったが。私の裁判を見ていたかどうかまでは覚えていない。

 

 

「それも私が無理を言ってお願いしたんです。その時の姉さんの姿は今も忘れられません。本当に女神様のようでした」

 

 

どうやらシュトロはその裁判を見ていたらしい。見ても面白い物でもないだろうに。だがシュトロにとってはそうではなかったらしい。女神のようだった、か。褒められているのだろうが、私からすれば馬鹿にされているようなものだ。

 

 

「────だからそんな姉さんの力になりたいと思ったんです。結局こうなってしまいましたが」

 

 

だがシュトロにとっては違ったのだろう。憧れ。誰かの真似をしたくなることだったか。こいつは私の真似がしたかったらしい。本当に物好きな奴だ。そんなことをして何になるというのか。もっとも何の意味もなかったのは間違いない。結局神父になった途端止めてしまったのだから。リリーと結ばれ、子を為したことで。こいつにとってはそっちの方が優先順位が高かったのだろう。

 

 

「そう。でもならなくて正解よ。あの生臭坊主の面倒を見ずに済んだんだから」

「かもしれませんね」

 

 

それは間違いなく正解だ。あのまま神父になっていれば、あの生坊主の面倒を見ることになっていたのだから。割が合わないに違いない。この村で村長をしていた方が何倍もマシだろう。自覚はあったのか、シュトロも同意してくる。今度ハイターにも告げ口してやろうと考えていると

 

 

「あなた、こんなところで何してるの?」

 

 

今度も聞き慣れた声がかけられる。振り返るまでもない。リリーの声だ。それに私よりもシュトロの方が反応している。どうやら番の序列も変わっていないらしい。

 

 

「リリー。いや、たまたま姉さんと会ってね。世間話をしていたところだよ」

「姉さんも一緒だったんですね。姉さんはここで何を? リーニエは一緒じゃないんですか?」

「ただの買い物よ。リーニエは家で修行の真っ最中よ」

「相変わらずですね」

 

 

変わらぬ温和な笑みを見せているリリー。この子もやはり変わっていない。容姿は人間相応に変化しているがその面影ははっきりと見て取れる。私の一言だけで全てを察したらしい。特にリーニエに関しては私よりもこの子の方がよく理解している。リーニエは頑として認めようとしないが間違いなくリリーの方がお姉さんなのだろう。

 

 

「変わらないのはシュトロも一緒ね。ついさっきまで昔スカート捲りばかりしていた話をしていたところよ」

「……あなた?」

「これはいけない。仕事があるのをすっかり忘れていました。それではお先に失礼します。姉さんもゆっくりしていってください」

 

 

その矛先が自分に向きかけていることを瞬時に察したのか。流れるようにシュトロはその場を離脱していく。きっと普段からこうなのだろう。動きが洗練されている。時効云々はリリーには通用しないに違いない。

 

 

「相変わらず子供みたいな人なんだから」

「ヒンメルと同じね」

「そうかもしれません」

 

 

あっという間に姿が見えなくなったシュトロに呆れ果てているリリー。その一点には同意せざるを得ない。そういえばあの二人は前から意気投合して余計なことばかりしていた。ただの悪ガキでしかない。ヒンメル曰くクソガキだったか。いくつになってもその関係は変わらないのだろう。成長していないともいえるが。

 

 

「あんたこそ何をやってるの? 花束なんて持って」

 

 

改めてそうリリーに尋ねる。何故ならリリーはその胸に花束を抱えていたからだ。それ自体は珍しいことではない。リリーはこの村で花を育てるのを生業にしているのだから。小さい頃から花が好きだったこの子にとってはうってつけの仕事だろう。ならこれもその一環だろうか。誰かに花を届ける途中だったのかもしれない。そう気づくも

 

 

「前の村長の墓参りです。ちょうど回忌にあたるので」

 

 

それは違っていた。いや、ある意味では当たっていたのかもしれない。

 

墓参り。

 

死んだ者を弔う、人間たち特有の習性。燃やすか土に埋めるか。その違いはあれど、人間は死んでしまった者にも執着する生き物だ。墓石という、形見にも似た物を奉るほど。やはり魔族である私には理解できない概念だ。まだ天国の方が理解できる。服従の魔法で魂を利用する私でも、死後その魂がどこに行くのかは観測できないのだから。墓も、死体も等しくただの物でしかない。そもそも私たち魔族は死ねば塵となって消える。そこに残るものは何もない、無なのだから。

 

それでも、人間たちにはそうではないのだろう。頭では理解しながらもそう信じ、縋っているのだろう。会ったことも見たこともない女神を信仰するように。

 

花を手向けるというのも人間の習性だ。花言葉ではなく、花を贈るという行為そのものに意味があるらしい。

 

ふと思い出す。そういえば似たようなことをヒンメルも言っていた。ふざけた世迷言だったが、それに倣うとしよう。腐っても、老いぼれてもあいつは勇者なのだから。

 

 

「そう。なら私の代わりにこれを持って行って頂戴」

 

 

そのまま魔法で蒼月草を生み出し、リリーに手渡す。花畑ではない、一輪の花を。一面を花畑にしてほしいなんて言うのはあいつぐらいだろう。ならこれで十分なはず。

 

 

蒼月草にしたのは確かあの村長もこの花を気に入っていたからだ。それにリリーもそうだ。この花を植生、養殖のようなことをして増やそうとしたぐらいだ。もっとも、上手くいってはいないようだが。やはりこの花は滅びる運命なのかもしれない。だが

 

 

「────」

 

 

リリーはどこか呆然としながら固まってしまっている。私の手にある蒼月草を見つめたまま。まるでついさっき見たヒンメルのように。

 

 

「何よ。どうかしたわけ?」

 

 

何かおかしかっただろうか。魔法は失敗していないはず。それとも言動がおかしかったか。いや、それはないだろう。この子はある意味ヒンメルと同じか、それ以上に魔族の思考を理解している。今更そんなことに驚いたりはしない。墓参りに付いて行かないのも分かり切っているだろう。私には理解できない行為なのだから。そんなことをしてこの子を騙しても何の意味もない。

 

 

「────いいえ、やっぱり姉さんの魔法は綺麗ですね。昔よりも、ずっと」

 

 

どうやらその理由はもっと単純なものだったらしい。なるほど。確かにこの子らしい。そういえば初めてあった時も白い花を渡してきたんだったか。私が初めて花畑を出す魔法を使うきっかけ。それ以来、何かにつけてはこの魔法を見せてほしいとせがまれた。

 

 

「? 魔法は何も変わってないわよ」

「そうですね。私の勘違いだったかもしれません。では確かに。姉さんが帰って来たと村長に伝えておきます」

 

 

だが魔法自体はそれから変わっていない。なのにそれが違うようにリリーには見えたらしい。不思議なこともあるものだ。そのまま本当に嬉しそうに笑みを浮かべながらリリーはその場を後にする。いるかも分からない村長の魂に話をしに。

 

 

「相変わらず花が好きなのね、あの子は」

 

 

私の魔法が綺麗だと言って喜ぶのはヒンメルとあの子ぐらいだろう。物好きなことだ。本当に人間は変わらない。余計な時間を取られてしまった。さっさと買い物を済ますとしよう────

 

 

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