ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第七十一話 「剣」

(思ったよりも時間がかかったわね……)

 

 

空を見上げればもう日が暮れかかっている。両手一杯の荷物が今の私の状況をこれ以上なく表している。こうならないために早めに出かけてきたのにどうやら無駄だったらしい。行く先々で足止めを食らってしまった。その度に荷物が増えていく悪循環。気づけばこの有様だった。こうなると分かっていたらリーニエを連れて来ていたのに。もっともあの子が来ればその分荷物も増えるので結局同じだったかもしれないが。

 

そのままようやく家に帰ってくる。庭にはもうヒンメルたちの姿はない。その代わりに家には明かりが灯っている。当たり前か。こんな時間まで付き合わされればヒンメルの方が音を上げてしまうに違いない。そのままいつものようにただいまと家に入ろうとするも

 

 

「見て見て! アウラ様!」

 

 

それよりも早く玄関の扉が開かれ、リーニエが飛び出してくる。あまりにも出来すぎたタイミング。恐らく魔力探知で私が戻ってくるのを探知したのだろう。才能の無駄遣いでしかない。

 

 

「何よ、うるさいわね。ヒンメルの鼻でも折ったわけ?」

 

 

だがそのはしゃぎようは尋常ではない。落ち着きがないのはいつものことだが、いくら何でも度が過ぎている。そんなにここに帰ってきたことが嬉しかったのか。それともヒンメルに修行を見てもらったからか。もしや本当にその鼻っ柱を折ってしまったのだろうか。リーニエなら十分あり得る。もしそうならハイターに来てもらうしかない。しかしそのどれも

 

 

「違うよ! ほらこれ! ヒンメルが私に剣をくれたの!」

 

 

リーニエがつく嘘に比べれば大したことのない事柄ばかりだった。

 

 

「はぁ……? あんた何言って」

 

 

思わずそんな声を上げてしまう。当たり前だ。つくのならもっとマシな嘘をつけばいいだろうに。これでは子供の魔族以下だ。そもそも欺かないことがこの子の在り方であり命令だったはず。一体どうしてしまったのか。そう訝しむも、そのまま私は固まってしまう。比喩でもなんでもなく、まるで拘束魔法をかけられたように。ただその光景に目を奪われるしかない。何故ならそこには

 

 

嬉しそうにヒンメルの剣を振り回しているリーニエの姿があったのだから。

 

 

「…………あんた、本当にあの剣を渡したわけ?」

 

 

信じられないものを見たかのように放心していた私の近くにいつの間にかやってきていたヒンメル。私とは違い、そんなリーニエをどこか楽しそうに見守っている。どうやら精神魔法の類でもないらしい。何とか意識を切り替えながらそう尋ねるも

 

 

「渡したんじゃなくて譲ったの」

「……どっちも同じじゃない」

「嘘じゃないよ! もらう時に変な話も一緒に聞かされたんだから。内緒話だって」

 

 

いつものようにどうでもいい違いを口にしているヒンメル。本当にああ言えばこう言う奴だ。そんな問題ではないだろうに。私の疑念を感じ取ったのか、自分は嘘をついていないと主張しているリーニエ。ついでとばかりに何故か頭をさすりながら内緒話があったことを暴露している。その内容を口にしなかっただけでも成長していると言えるかもしれない。それはともかく、俄かには信じがたいがヒンメルが自分の剣をリーニエに渡したのは事実らしい。

 

 

「一体どういう風の吹き回しなわけ……? あんなにねだられても渡さなかったくせに」

 

 

ただ驚くしかない。当たり前だ。あの剣、勇者の剣はヒンメルにとっては特別な物だった。剣自体は本物の勇者の剣ではなく、偽物でしかないがそんなことはヒンメルには関係ないのだろう。事実、その剣でヒンメルは魔王様を倒したのだから。私にとってもかつて腕を斬られた忌まわしい物でもある。

 

そんなヒンメルの剣をリーニエが欲しがったのは一度や二度ではない。模倣の魔法を扱うリーニエからすれば当然だ。だがヒンメルは頑としてそれを譲らなかった。どころか触らせることもなかったほど。あのヒンメルがそこまで執着するなんてあのエルフ以外ではあの剣ぐらいだろう。リーニエもそれを感じ取ったのか、ヒンメルの剣には触れようとしなかったぐらいだ。なのにそれを渡すなんて。一体何を考えているのか。

 

 

「いつも言ってるだろう? 僕ももう剣を振れる歳じゃないんだって。だからリーニエに託したんだよ。元々一人前になったらそうするつもりだったからね」

 

 

どこか困ったように微笑みながらいつもの冗談を口にするも、それが冗談ではなかったのだと気づく。こいつは本当に、剣を振るえなくなっているのだと。ついこの間まで魔物をその剣で討伐していたのに。だとしたらアイゼンも同じなのだろうか。

 

そしてまた違う言葉を使ってくるヒンメル。どうして人間は同じことを違う言い方にするのか。紛らわしいことこの上ない。託す。確か以前にもそれは聞いたことがあったはず。それも他ならぬ目の前のヒンメルから。あれは一体いつだったか。

 

そのヒンメルは最初からリーニエにそれを渡すつもりだったらしい。最初から、ということはつまり五十年前からということか。そんな前からこうなることを分かっていたということか。だとすれば本当にこいつは一体どれだけ先を見越して動いていたのか。いや、そんなことはどうでもいい。それよりも

 

 

「じゃあ、あんたはこれからどうするのよ……?」

 

 

剣を渡したこいつは、一体これからどうする気なのか。だってそうだ。こいつは剣士だ。剣がなければ戦うことができない。それは勇者ではなくなるのと同義。

 

なら違う剣を持つのか。そうに違いない。こいつのことだ。もうアイゼンに新しい剣を頼んでいるに違いない。そう先読みするも

 

 

「これからはこれが剣の代わりさ。今の僕にはこっちの方が必要だからね。中々似合ってるだろう?」

 

 

それは外れてしまう。どころか、全く予想していなかった答えが返ってくる。その手には杖が握られている。剣とは似ても似つかない、非なるもの。なのにそれをどこか誇らしげに見せびらかしてくる。こいつらしくない、こいつらしい姿。

 

 

「……ええ。今のあんたにはお似合いね」

「ありがとう」

 

 

それから知らず目を逸らしながらそう誤魔化すのが精一杯だった。なのにそれを嬉しそうに受け取っているヒンメル。こいつは一体何を考えているのか。いや、そもそも私は一体何を気にしているのか。

 

 

「私も似合ってる? アウラ様?」

「そうね。でも家の中で振り回すのは止めなさい」

「おや、昔と言ってることが違うよ、アウラ?」

「うるさいわよ」

 

 

それをかき消すかのように騒ぎ立てるリーニエを咎めるも、それを混ぜ返してくるヒンメル。本当に人の神経を逆なでする奴。何が歳をとって忘れやすくなった、だ。私でも忘れてるようなことを逐一覚えているくせに。本当に癪に障る奴だ。

 

そのまま騒いでいる二人を無視しながら夕食の準備を始める。何か分からないものを振り切るように────

 

 

 

「同じ物ばっかりでよく飽きないわね、あんた」

 

 

目の前でいつものように食事をしているヒンメルに思わずそう口を出してしまう。だが仕方ないだろう。こいつからすれば久しぶりの帰郷。こういう時にはあれが食べたいこれが食べたいと文句を言ってくるのが常だった。今回もどうせそうなるだろうと大量に食料を買ってきたというのに結局食べているのは

 

 

「そんなことはないさ。君のルフオムレツが一番おいしいからね」

 

 

いつも通りのルフオムレツだけだったのだから。てっきりアイゼンご自慢のハンバーグでも作らされるのかと思っていたのに。何でもそれが食べたかったらしい。物好きな奴だ。いつでも食べれる物だろうに。作る手間がかからないという点では楽なのでまあいいだろう。

 

 

「私はアップルパイの方が好き」

「確かに甲乙つけがたいね。でもこうして君たちと一緒ならきっと何でも美味しいよ」

「結局何でもいいわけね」

「こらこら空気を読みなさい」

 

 

いつものようにこっちを窘めてくるヒンメルを無視しながらアップルパイを口にする。当然だ。作ってやったのに何でも同じだと言われたのだから。そういえば最初の頃はこんな食事ばかりだったか。服従させられているせいもあるが、リンゴばかり食べている私達もヒンメルのことは言えないのかもしれない。もっとも私はリーニエほどではないが。

 

 

「リーニエ、食事の時ぐらい剣を置きなさい。はしたないわよ」

 

 

そのリーニエは絶賛アップルパイを頬張っている真っ最中。いつもと違うのはその脇に剣を抱え込んでいること。まるで新しいおもちゃを片時も離さず持ち歩いている人間の子供のよう。ある意味それよりも酷い。

 

 

「ほんなほほひっても」

 

 

そのせいで片手しか使えていない。元々褒めれるような食べ方をしていないのに、余計にそれが悪化している。まともに喋れていない。リリーがいればお説教間違いなしの有様。

 

 

「ならその間僕が預かっておこうか?」

「いい。これはもう私のだから。ヒンメルは嘘つきだからまた取られるかもしれないもん」

「酷い言い草だね」

「日頃の行いのせいでしょ」

 

 

何とか口の中の物を飲み込みながら、取られまいと身構えるリーニエ。どうやらヒンメルの気が変わって剣を取られてしまうと思っているらしい。普段からヒンメルにからかわれたり、冗談に巻き込まれているリーニエからすれば当然だろう。自業自得でしかない。

 

 

「なら私が預かるわ。命令よ。心配しなくても取ったりしないわ」

「むぅ……」

 

 

なので仕方なく私が動くことにする。命令という魔族なら従わざるを得ないもの。人間の親子ならあり得ない、魔族の主従である私達だからこそやり取り。それによってリーニエは渋々剣を渡してくる。本当に手間のかかる子だ。

 

 

「やっぱり君には頭が上がらないみたいだね」

「ヒンメルうるさい」

「いいから黙って食べなさい」

 

 

叱られたと意気消沈しているリーニエをからかうヒンメル。それに反抗するリーニエ。そんな二人に振り回されながら、いつものように食事を続けるのだった────

 

 

 

「やっと眠ったわね」

「お疲れ様。大変だったね」

「誰のせいよ」

 

 

二階の寝室から降り、リビングで椅子に腰かけながら安堵する。今私たちはようやくリーニエを寝かしつけてきたところ。もちろん、これは例外だ。いくらあの子の中身が幼いとしてももうそんな歳ではない。原因は言うまでもなく目の前の勇者もどきだ。その偽物の勇者の剣を手に入れたことでリーニエは興奮し、寝付けなくなってしまった。かつてアイゼンに本物の剣を贈ってもらった日の夜を遥かに超えるもの。ようやくそれが収まり、リーニエは夢の中。しっかりとその剣を抱いたまま。きっと夢の中でもそうなのだろう。

 

 

「でもこんなに喜んでくれるなら譲った甲斐があったよ」

 

 

そんなリーニエの姿に思うところがあるのだろう。ヒンメルはそうどこか満足げにしている。その表情が、瞳が、眼差しがそれが嘘ではないことを物語っている。

 

 

「……本当に良かったの? あんたにとって魂みたいなものじゃないの?」

 

 

なのに、改めてそう問いかけてしまう。そう。かつてアイゼンから聞かされたことがある。戦士にとって、剣士にとって己の武器は魂のようなものなのだと。自分の命を預けているからなのだと。何を大袈裟な、と思ってもいた。だがそれを改めたのはあのエルフ、ゼーリエに会ってからだ。

 

魔法を譲り渡す。それがあいつの魔法であり、生き方だった。それがいかに異常だったかを、私は魔法を譲られてからようやく気付いた。

 

魔法は魔族にとって誇りであり存在理由だ。その探求に私たちは生涯を捧げる。それはヒンメルにとっては剣だったのだろう。

 

 

「魂か……君が言うと重みが違うね。確かにそうだね。僕にとっては体の一部、半身みたいな物だったんだ」

 

 

そうヒンメルは吐露してくる。やはり間違いではなかったのだろう。魂を縛る魔法を扱う私の言葉だということもあったのかもしれない。

 

 

「だから正直言うともっと未練が、寂しさがあると思ったんだ。でも……うん、やっぱりそうだ。僕は嬉しいんだよ、アウラ。寂しさよりもずっとね」

 

 

なのにヒンメルはそう告白してくる。寂しさ。確か孤独や喪失からくる不安や恐怖だったか。魔族には無縁であり、私も感じたことのない感情。恐らくはヒンメルもそれを恐れていたのだろう。実際にそれはあった。でもそれを上回る嬉しさがあったのだと。

 

 

「嬉しい……? 何でそうなるのよ。自分の物が他人に奪われるのに」

 

 

だからこそ理解できない。どうしてそうなるのか。何故それを他人に渡すのか。渡せるのか。それに一体何の意味があるのか。奪われるだけで、自分には何も返ってこないのに。

 

 

「奪われる、か。君らしいね。でも少し違うかな。昔一度話したことがあっただろう? 蒼月草のことを。あれと同じだよ。魔法じゃないけど、僕はそれをリーニエに託したんだ」

 

 

それによってようやく思い出す。かつて聞かされた、蒼月草の話。それが滅びかけていること。それを生み出すことができる魔法使いが私だけになるであろうこと。それに私は答えた。遅いか早いかの違いでしかないと。滅びは避けられない。死は避けられないように。でもそれにヒンメルはこう答えた。

 

誰かに託す。それができればいいのだと。自分ではない誰かに。その誰かがまた違う誰かに。そうやって繋いでいくのだと。魔法だけではなく、剣も同じなのだろう。

 

 

「何であんたがそんなこと」

「僕はリーニエの師匠だからね。弟子に剣を託すのは当たり前だろう?」

 

 

師匠から弟子に託す。それが師弟なのだとヒンメルは言う。そうか。こいつは最初からそのつもりだったのか。そのためにずっと、人間の短い寿命のほとんどを費やしたというのか。それがそんなにも、こいつは嬉しいらしい。きっとリーニエが自分を追い越したからなのだろう。

 

『私たちは人間に追い抜かれる。これは決まっていることだ』

 

いつかのゼーリエの言葉を思い出す。あいつも同じことを言っていた。自らを超える者の存在を、自分が置いて行かれることを望んでいた。私には理解できない思考。やはりあいつもこいつらと同類なのだろう。

 

なのに、何故か得も言えない違和感。気持ち悪さがある。これは一体何なのか。ヒンメルの奇行は今に始まったことではない。なのに、それが拭えない。そう、何かが違う。

 

知らず胸元にあるフリージアのアクセサリに目を奪われる。そうだ。これもヒンメルから渡されたものだ。でも、あの剣とは違う。何故ならあの剣は元々ヒンメルの物だったからだ。それを渡すことを、譲ると言うのだろう。それを私は知っている。いや、教えられていた。他ならぬヒンメル自身に。あれはそう、初めてアイゼンのところに行った時

 

 

「……ウラ。………?」

 

 

もういない、死んでしまった者が使っていた物のこと。あれは確か形────

 

 

「アウラ? どうかしたのかい?」

「……っ!? 何よ……驚かさないで頂戴」

「すまない。でも何度声をかけても反応しないからね。どうかしたのかい?」

「……何でもないわ」

 

 

どうやら気づかない内に考え込んでしまっていたらしい。ヒンメルに声をかけられてしまったせいでその内容もすぐには思い出せない。ただ嫌な汗が滲んでいる。一体私は何を考えていたのか。いや、何を恐れていたのか。これではまるで

 

 

「……何よ? その恰好……?」

 

 

そんな中、ふと気づく。それはヒンメルの格好だった。いつの間にかあの目立つ青いローブを纏っている。その手には外出用の杖が。一体何なのか。忘れ物でもあったのだろうか。

 

 

「やっぱり話を聞いてなかったんだね……困ったものだ」

 

 

そんな私にどこか呆れ気味にヒンメルは溜息を吐いている。どうやらヒンメルはずっと私に何か話しかけていたらしい。全く聞こえていなかった。それを悟ったのか、ヒンメルは改めて告げてくる。

 

 

「少し夜の散歩に行かないかい、アウラ?」

 

 

それはヒンメルから私への、帰り道ではない新たな道への誘いだった────

 

 

 




最新話を投稿させていただきました。
ここまで長くなりましたが、次話はある意味では最終回。二十六話の「葬送」と対になるエピソードになります。お楽しみに。
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