ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第七十七話 「罪」

「ハァッ……ハァッ……!」

 

 

ただ力を振るう。がむしゃらに、叩きつけるように。己の魔力を発露する。技術も何もない、ただ魔力をぶつけるだけの単純な魔法。魔法とすら呼べない代物。それをただ放ち続ける。それによって地面は抉れ、木々はなぎ倒されていく。その衝撃と音によって鳥たちが飛び立っていく。

 

 

それが私の鍛錬とすらいえない、ただ己の衝動を、欲求を紛らわせるための代償行為だった────

 

 

 

(何やってるのかしら……私……?)

 

 

乱れた息を何とか整え、近くにあった岩に腰かける。ふと見上げた先には荒れ果て、更地になってしまっている森の一画。まるでそこだけ森が切り取られてしまったかのよう。思い出すのはアイゼンの修行場、そこにある巨大な崖。違うのはアイゼンにとってはそれは修行の跡であり、自分のそれはただのストレスの発散でしかないということ。

 

 

(少しはマシになったかしらね……)

 

 

自らの手を握っては開くのを繰り返す。朝、無理やりにでも食事をしたおかげか。それともこんな行為でも少しは意味はあったのか。食人衝動は昨日よりは幾分和らいでいるような気がする。もっとも根本的な解決には程遠い。焼け石に水でしかないのだが、やらないよりはマシだろう。

 

 

(そういえばリーニエの奴、ちゃんとヴィルに会えたかしら……?)

 

 

溜息を吐き、頬杖を突きながら今この場にはいないリーニエのことを考える。朝食を済ませた後、リーニエは昨日の自分の命令に従ってヴィルに会いに出かけて行った。昨日は何やら口答えをしていたが、命令には従うあたり、やはりリーニエも魔族なのだろう。気にしているかと思ったが今朝はいつも通り。楽しそうに出かけて行った。命令云々は別としてヴィルと遊びに行くのは楽しみだったのだろう。強く当たりすぎてしまったかと気にしていたのだが、杞憂だったらしい。

 

 

(らしくないわね……まるであの時みたい)

 

 

そのまま首にかけていたアクセサリを外し、目の前にかざす。そう、今の私はまるでいつかリーニエによってアクセサリを失くされてしまった時のよう。自分でも分からない感情、衝動に振り回されているような感覚。あの時もあの子にあたってしまった。だがあの時とは違うのは、あいつはここにはいないということ。そしてこの問題の根本が何なのか、私自身が理解しているということ。

 

 

(どっちが私なのかしら……?)

 

 

そのまま服従の天秤を顕現させ、アクセサリと並ぶように両手でかざす。思い返すのは昨夜のこと。解放されてから初めてこの天秤を使い、グロースを追いつめた。それに本能が刺激された。自分が求めているものがそこにはあった。教義や法律なんて無駄な物を取り払った、思うがまま、感情のまま力を振るう快感。それに体が震えた。

 

だがそれはかつてハイターが言っていたこととは真逆の行為。律する、とはかけ離れた物。聖都での私の行動とは矛盾している。フリージアのアクセサリと服従の天秤。それはそのまま天秤と断頭台の私を意味しているのだろう。魔族として、いや生き物として不安定な状態。それに今の私は気持ち悪さを、異物感を覚えてしまっている。まるで初めてアイゼンのところを訪れた時のように。

 

 

(今の私を見たら、あいつはどう思うかしらね……)

 

 

ここにはいないヒンメルのことを思い出す。あいつがいれば、何て言うだろうか。呆れてしまうだろうか、それとも。いや、きっと君らしいね、なんて気取ったことを言うのだろう。そのぐらい私にだって分かる。

 

 

「……え?」

 

 

そんな中、ふと気づく。そう、それは単純なこと。そうだ。私だってそうなのだ。解放された私がこうなることを、あのヒンメルが気づかないはずがない。私よりも私のことを分かっているあいつが。五十年前から、自分がいなくなった後のことばかり考えている変わり者なのだから。なら何であいつは私を解放したのか。

 

 

(道標……確かにあいつはそう言ってた)

 

 

思い出すのは別れ際のあいつの言葉。リーニエが私にとっての道標だと。だから心配はいらないと。私もそれは理解していた。ヒンメルの代わりに、あの子が私の服従の枷になってくれるという意味だと。それは間違いではないだろう。でもそれだけでは足りないのだと、私はこの一月で思い知っている。例え食人衝動を抑えることができたとしても、魔族としての本能、習性はそれだけで抑え込めるほど甘いものではないことを。

 

 

(どうしてあいつは、道標なんて言い方を……)

 

 

そう、初めからおかしかったのだ。私を縛るためなら、枷になるはず。その言い方が気に入らないにしてもやはりおかしい。道標。それは確か、手本、目指す物という意味だったはず。ならリーニエが私の目指す物、目標になるというのか。従者であるリーニエが何故。

 

瞬間、ようやく思い至る。リーニエの魔法が何なのか。リーニエが一体何を、いや誰を模倣しているのかを。

 

 

「────」

 

 

知らず息を飲んでいた。体が震えている。冷や汗が滲んでくる。そう、リーニエは倣っていたのだ。技術だけではない、勇者の在り方を。いつもの癪に障る、私に魔族ではない在り方を示してきたあいつのように。あの子は、ヒンメルが残した私を断頭台から天秤へと導くための道標だったのだ。

 

 

「──っ!?」

 

 

気づけば走り出していた。みっともなく、がむしゃらに。あるのは焦りだけ。そう、今なら分かる。今更理解した。あの子がこの一月、たまにする口答えの意味。それが昔に、断頭台に戻りかけている私に対する勇者ヒンメルからの忠告、その代弁だったのだと。

 

特に昨夜はそれが顕著だった。私が断頭台に、魔族に傾きかけていたからだったのだろう。その最後の言葉が蘇る。

 

 

『……アウラ様、あいつを行かせてよかったの?』

 

 

グロースを見逃していいのか、というリーニエの進言。それに私は構わないと答えた。当然だ。あんな奴見逃したところで何の脅威にもならない。私に逆らうことなどできはしない。リーニエも私たちの害になることを危惧したのだと。だが、そうではなかった。リーニエはこう言っていたのだ。

 

 

このまま『魔族』を逃がしていいのか、と。

 

 

そう、私は忘れてしまっていたのだ。魔族が人間を襲うという、当たり前のこと。当たり前すぎて、気にかけるほどもないほどに。五十年間、檻の中で飼われていた私には────

 

 

 

「あ、やっぱりアウラ様だ!」

 

 

日が傾きかけている中、約束した場所の岩の上でリーニエは足をぶらぶらさせながら遊んでいた。私がやってきていることに気づいていたらしい。そういえばこの子は魔力探知が得意だった。だがそんなことはどうでもよかった。上がった息をそのままに、辺りを見渡す。だがその姿は何処にもない。いるのはリーニエ一人だけ。本当なら自分が会うのは控えなければならないのだが、そんなことすら頭にはなかった。

 

 

「ヴィル? まだ来てないよ。約束破るなんていけないよね」

 

 

私の問いにどこか不満げにリーニエは答える。どうやらずっとここで待ちぼうけを食らってしまっているらしい。動悸が激しくなる。嫌な汗がさらに滲んでくる。まだだ。こんなことそう珍しいことでもない。約束したといっても、あれは曖昧なものだった。気が向いたら、程度のもの。ならあの子が来なくても何もおかしくない。なのに

 

 

「そういえばさっきまでいっぱい鐘が鳴ってたから、帰っちゃったのかな?」

 

 

リーニエの言葉で、それは否定される。鐘が鳴っていた。それは昨日も聞いた、村の鐘だろう。村人の帰宅を促す合図。それがたくさん鳴っていたと。だがそれはおかしい。確かに日は傾きかけているが、まだそんな時間ではない。それを何度も聞いているはずのリーニエがいっぱいというほど鐘が鳴るなんて。それは帰宅を促すものではない、非常事態を知らせる合図に他ならない。それが途切れてしまった。それはつまり────

 

 

そのまま空を駆けていた。人目を憚ることもなく、ただ村へと向かって。何事かを言っているリーニエを無視したまま。早く、ただ早く。何かに急かされるように、何かに追われるように。ただ早く。

 

 

その先に何が待っているか。それが分かっているのに。無駄だと分かっているのに。ただ縋るように。ああ、そうか。やっと分かった。これがきっと、人間たちが女神に、私に祈りを捧げる理由なのだろう。

 

 

それが無駄であることを、他でもないリーニエが示している。私の後ろを追従していたリーニエが、その手にリンゴを持ち、齧っている。空を飛行魔法で移動しているこの状況で。いや、この状況だからこそ。

 

 

その表情は先程までとは違う、冷徹な魔族の物。いつものように嬉しそうにリンゴを頬張っているのではない。ただ淡々と、まるで無感動に、無表情にそれを咀嚼している。慣れた様子で。きっとそれはリーニエにとっては珍しいことではないのだろう。ヒンメルと一緒に旅を、依頼をこなす中で行われてきた習慣。

 

 

それはつまり、この先で食人衝動を抑えなければいけないことが待っていることを意味する。

 

 

私もそれを感じ取る。いや嗅ぎ取る。忘れてしまうほどに、久方ぶりに感じる鉄に似た臭い。香しい香り。

 

 

同時に感じ取る。臭いではなく、魔力で。この先に、私達ではない『魔族』がいることを。

 

 

 

 

それは本当に、久しい、懐かしさすら感じる地獄(日常)の光景だった────

 

 

夕日とは比べ物にならない、一面に広がる血の赤。無造作に散らばっている肉片。人間であったであろう物。その臓物の温かさ、臭いが伝わってくる。

 

それがこんなにも愛おしい。ずっと焦がれていた物。足元がおぼつかない。まるで酩酊してしまっているかのようだ。

 

視界がぼやける。ただふらふらと、何かを探すかのようにみっともなく這い回る。そんな中、ようやく見つけた。この赤の世界で、ただ一つ違う、違和感の正体。

 

 

私が探し求めていた、見つからないでほしかった答え。それを拾い上げる。

 

 

血の赤に濡れた、青い蒼月草(親愛の花)を。

 

 

それが魔族(わたし)がようやく手に入れた、贖うことができない、償えない罪の形だった────

 

 

 

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