ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第八話 「観察」

「いただきます」

「……いただきます」

 

 

いつものように楽しそうに勇者はそう宣言した後、目の前の朝食を食べ始める。それから遅れるように、見様見真似で私も同じように動作を行う。未だに理解できない一連の動作。その言葉、動作の意味も尋ねたが結局何一つ分からなかった。今行っているのは条件反射のようなもの。勇者の命令によって仕方なく行っているもの。なのにそれだけで勇者は何が嬉しいのか、楽しそうにしている。何でも食事は誰かとする方が楽しいとか何とか。

 

 

(本当に訳が分からないわぁ……何で食事の時までこいつの顔を見ないといけないわけ……?)

 

 

私が勇者に囚われ、この村に軟禁されてから既に一月が経とうとしている。長命である魔族からすれば瞬く間に過ぎないはずの時間。だが私の人生においては最も長い一月と言っても過言ではない。行動の自由を奪われた上に、理解できない人間たちと同じ生活を強制されるという苦渋。その最たるものといえるのが目の前の状況。毎朝勇者と朝食を共にしなければいけないという拷問。そんな私の態度も何のその。勇者は平常運転でパンを口に頬張っている。こいつの図太さは一体どこから生まれているのか。

 

 

「どうした? 食べないのかい?」

「……何でもないわ。気にしないで頂戴」

 

 

口に食べ物を含んだまま喋りかけてくる勇者をあしらいながら仕方なく食事を始める。魔族としての習性か。それとも単なる慣れか。今の生活に順応してきている自分がいる。人間を欺く、という点においては私たちを上回る生き物は存在しない。人間が騙される、つまり人間が望むように振舞うことが私達にはできる。問題なのは人を捕食する目的で行うはずのそれが、今自分にとってそれ自体が目的になりかけてしまっていること。

 

そんな無意識を切り捨てながら目の前の切られたリンゴを口に放り込む。シャリシャリと音を立てながら咀嚼する。食感も味も人間を食べる時とは全く異なる。それでも間違いなく食欲が、欲求が満たされる感覚がある。一月前にはなかったもの。

 

 

「その顔を見ると今のところ問題ないみたいだね」

「……食べている女性を凝視するなんて、趣味が悪いわよ」

「悪かったよ。でもこれで一安心かな。まあリンゴばかり食べるのはどうかと思うけど」

 

 

こういう時に目ざといのは腐っても勇者だからなのか。こっちの状況はほぼ見抜かれてしまっているらしい。この村で生活をする上で、もとい人間たちと一緒に暮らす上で一番の問題となったのが人間を食べられないことだった。魔族は人間を食べなくても生きていくことはできるものの、その欲求は凄まじい。服従の魔法によって禁じられているとはいえ、その食人衝動とでもいうべきものは悩みの種となっていた。そのストレスと負荷でいつも以上にイライラが増してしまう、禁断症状とも言える状態。勇者に至っては何を勘違いしたのか、女性特有の問題だと思って馬鹿な気遣いをしてくる始末。そんなこんなでその解決策として講じられたのが、目の前のリンゴである。

 

服従の魔法(アゼリューゼ)を利用した食人の代償行為。

 

ようするにリンゴを食べることを、人間を食べることだと服従の魔法(アゼリューゼ)を使って私自身に思い込ませたのだ。人間でいう暗示に近い物だろうか。半信半疑で行った実験だったのが結果は上々。流石に本物の人間を食べた時には及ばないものの、衝動を抑えるという意味では十分すぎる効果があった。対象としてリンゴを選んだのは手軽に食べれることに加えてこの村の特産でもあるのが理由。また自分に新しい戒律が課せられたのは思うところはあるが、この恩恵に比べれば大したことではない。

 

 

「完全にリンゴが好物になってしまったみたいだね。ああ、ちなみに僕の好物はルフオムレツなんだ」

「あっそう」

 

 

聞いてもいないのに自分の好物を教えてくる勇者。別にリンゴが好きになったわけでもないのに何でそうなるのか。相変わらずこっちの話は聞こうとしない。反論しても無駄なのはもう分かり切っているので流すことにする。

 

 

「そういえば、新しい本棚を買おうと思うんだけどどうかな? 本も増えてきたし」

「好きにすればいいじゃない」

「そうはいかないさ。ここは君の部屋でもあるんだから。そもそも増えているのは君の本なんだし」

 

 

さっきまでの話はどこに行ったのか。もう話題が変わってしまっている。だが今度の話題は私も無関係ではない。見れば床には本が無造作に散らばっている。私が読み散らかした本の数々。魔導書だけでなく、様々なジャンルの本がある。特に意味はないただの暇つぶし。四六時中労働させられているわけでもなし。時間がある時には部屋で本を読むことが私の日課になりつつある。興味があるなしではなく片っ端からただ読んでいるだけの時間つぶし。本当はそれよりもやりたいことがあるのだが日中は難しいため仕方なくこうなっている。そんなことを考えていると

 

 

「おはようお姉ちゃん! 遊びに行こう!」

 

 

勇者に匹敵する私の平穏を乱す乱入者がやってくる。相変わらず麦わら帽子を被った、何も考えていないような顔をした人間の子供。初めて畑仕事をした時から何を勘違いしたのか、前以上にこっちに纏わりついてくるようになってしまった。それだけではない。

 

 

「……お、おはようお姉ちゃん、勇者様」

 

 

おずおずとしながらももう一人の乱入者、女の子供もやってくる。麦わら帽子の子供ほどではないがこっちも私に絡んでくるようになっている。あの花を受け取ってしまったからなのか。そういう意味がある行為だったのか。分かっていれば受け取らなかったのに。

 

 

「おはよう二人とも。今日も元気そうだね。アウラを遊びに誘いに来てくれたのかな?」

「うん! お姉ちゃん今日は森に行こうよ! 虫を捕れる魔法があるって言ってたでしょ?」

「わ、わたしはあれが見たいな。お花畑を出す魔法。昨日、珍しいお花を見つけたの」

「あんたたちね……」

 

 

こっちの都合なんて何のその。勝手にやってきて勝手に話を進めていく。勇者とは違う意味不明さがこの二人、いや人間の子供にはある。魔族の子供にはない習性なのか。何にせよ今の自分には迷惑なことこの上ない。

 

 

「いいじゃないか、遊んであげても。僕も村の見回りが終わったら手伝いに行くから」

「……また命令ってわけ?」

「命令じゃない、お願いさ」

 

 

お決まりのやり取りをしながらもあきらめるしかない。命令されれば従うしかない。畑仕事の上に子供の世話までさせられるのか。辟易しているといつの間にか子供たちが自分の手を掴んで早く早くと引っ張ってくる。それに半ば引きずられながら、私にとってまた長い一日が始まるのだった――――

 

 

 

「さて」

 

 

嵐のような騒がしさと共に連れられて行ったアウラを見送った後、そう思わず声が漏れる。もう日常になりつつある光景だが未だに新鮮さがある。当たり前だ。小さな子供に振り回されているあの女性が断頭台のアウラだと誰が信じるだろうか。こんな光景を見ることになるなんて一月前の自分であっても信じられなかったに違いない。もっともその前途が多難なのは変わらないが。そんな中

 

 

「おはようございます、勇者様。朝からうちの子供たちが申し訳ない。言い聞かせているのですが」

「おはよう、村長。構わないさ。家にいても本を読んでばっかりだし、たまには外に出るのも悪くない」

 

 

子供たちを追ってきたのか、村長が玄関先にやってきて挨拶してくれる。僕たちに迷惑をかけていると思っているようだが何の心配もない。むしろ僕らの方が迷惑をかけっぱなしなのだから。

 

 

「そう言っていただけると助かります。しかし不思議なものですな。こうしてみると本当に彼女が魔族だとは思えない」

「そうだね……アウラに関しては状況は特殊だから、余計にそう感じるよ」

 

 

村長の言葉を肯定しながらも改めて魔族の恐ろしさも実感する。そう、アウラが特別なのだ。服従の魔法という枷があるからこそ、彼女はこの村で暮らすことができている。枷、という意味では勇者である僕もそれにあたるかもしれない。人間を傷つけないという縛りがあるからこそ一時的にではあるが共存が成り立っているのは皮肉でもある。

 

 

「そういえば、村でのアウラの評判はどうかな? 勇者の僕にはなかなかみんな本音では言いづらいところもあるみたいで」

「そうですな……まだ反対している者の方が多いでしょうか。ですが無理もないことなのです。この村はクヴァールによって長い間危険に晒されてきた。魔族への忌避があるのです。彼女に関しては時間はかかると思いますが、徐々に皆慣れてくるでしょう」

「魔族への忌避……か」

 

 

村長のもっともな答えに頷くしかない。そう、この村を中心にこの辺りはかつて賢老クヴァールによって悪逆の限りが尽くされた地域。魔族に対しての恐れ、恐怖は計り知れない。それを考えれば、自分の無理な提案を受け入れてくれただけで感謝するしかない。本当なら追い出されても何ら不思議ではないのだから。

 

 

「……勇者様、本当のことを言うと、私は少し後悔しているのです。あの時の私たちの願いが勇者様を苦しめてしまうのではないかと」

「あの時の……? それはアウラのことかい?」

「はい。あの時のシュトロの言葉は間違いではなかったと今も思います。それでも、その重荷を勇者様に背負わせてしまったことを申し訳なく思っているのです」

 

 

その言葉通り、村長は神妙な面持ちのままそう吐露してくる。あの時、命乞いをするアウラを助けた時のことだろう。だがそんなことを気に病むことはない。きっかけは確かに村長とシュトロの懇願だったかもしれないが、決めたのは僕なのだから。

 

 

「心配いらないよ。僕は勇者だからね。困難は大きければ大きいほどいい」

 

 

そう胸を張って言える。確かに前途は多難だがまだ始まったばかり。思い出すのはかつての旅の記憶。アウラ同様、人間の情緒や機敏に疎かったフリーレン。だけど彼女も僕たちの旅の中で徐々に成長していった。色々なことにアウラも順応してきている。きっと上手くいくはず。

 

 

「……勇者様、彼女が魔族であるということを本当に分かっておられますか?」

 

 

そんな自分を憂うように、村長はそんなことを問いかけてくる。知らず息を潜めてしまう。それは村長が心から自分を案じていることが伝わってきたからに他ならない。

 

 

「村長……?」

「この一月、私も彼女と少なからず接してきました。ここ最近は私のところによく本を借りに来るようになりまして。そこで肌で感じたのです。人を食べるからではない。彼女が人間ではなく、魔族であるのだと」

 

 

ぽつりぽつりと、噛みしめるように村長は言葉を紡いでいる。村長の言葉の意味をこの時の僕はまだ理解できていなかった。

 

 

「なので勇者様。どうかお一人で背負いこまれないで下さい。これは私たちの問題でもあるのですから」

 

 

村長がアウラではなく、僕を案じてくれているということを。アウラが魔族である、というその意味を――――

 

 

 

人気もなく静まり返った夜の中、村の外れに二つの影があった。一つが物言わぬ銅像のように封印されてしまっているクヴァール。もう一つがローブを被ったアウラ。アウラは静かに目をつむったまま立ち尽くしている。微動だにしない。まるで近くにいるクヴァールのように封印されてしまっているかのよう。だがそうではない。魔法使いであれば、魔族であれば見ることができただろう。彼女から立ち昇っている強大な魔力の奔流を。月明りにも劣らない輝き、魔力が周囲を照らしているのを。

 

 

(ふぅ……こんなところかしらね)

 

 

一度大きな深呼吸をしながら目を開ける。同時に発露していた魔力を平常時に収めていく。何のことはない、魔法使いであれば誰であれ行う鍛錬。基本的に魔力は鍛錬を積み重ねた年月に比例して増加する。生まれてから私はこの鍛錬を欠かしたことはない。服従の魔法はその魔力量が全てを決する魔法であり、私にとって魔力量こそが全てと言っても過言ではないのだから。ただ

 

 

(今の私にとっては無駄かもしれないけれど……いえ、そうじゃないわ。私はまだあきらめていない……!)

 

 

今の自分には服従の魔法(アゼリューゼ)は使えない。いや使えないようにさせられてしまっている。勇者によって課せられているルールの一つ。当然だろう。いくら人間を傷つけないといっても服従の魔法(アゼリューゼ)は人間たちからすれば危険すぎる魔法なのだから。その代わりではないが今は人を殺す魔法(ゾルトラーク)を鍛錬している。人間ではなく魔族が生み出した魔法であることもあるが、何よりこの魔法の完成度はもはや芸術と言っても過言ではない。服従の魔法(アゼリューゼ)がそれに劣るとは思わないが、同じ魔族としてもそこは認めざるを得ない。それでも

 

 

(それでも結局私たちは負けた……その結果がこれってわけね)

 

 

自分は、いや自分たちは敗北してしまったのだ。その結果がここにある。自らの生きる意味でもあり、生涯を懸けた魔法を禁じられ、それによって隷属させられる生活。日中はその喧騒からできず、夜抜け出してここで一人魔法の鍛錬を行っている無様。ここまでなら勇者から離れても大丈夫なことは実証済み。魔法はイメージでもあり、服従の魔法(アゼリューゼ)の適応範囲は術者のイメージによる。この場合は主である勇者のイメージ。どうやら村の周囲の森までが離れてはいけない範囲なのだろう。

 

ふと隣にいるクヴァールに目を向ける。その封印を解くことも禁じられているが、そんなことはどうでもよかった。ただ今の自分の境遇が重なる。生きたまま隷属させられている自分と生きたまま封印されているクヴァール。はたしてどちらがマシなのか。そんな自嘲の最中に

 

 

「こんなところにいたのか、アウラ」

 

 

今一番会いたくない人物がやってくる。本当に癪に障る。わざとやっているにしてもやりすぎだろう。

 

 

「ええ、何か問題があるかしら? ちゃんとルールは守ってるわよ? それとも今度は夜出歩いてはいけないとでも命令してみる?」

「そんなことはしないさ。小さな子供じゃないんだしね。こんなところで何をしてたんだ?」

「別に。ただの散歩よ」

 

 

こっちの悪態も全く通じず、勇者は辺りを見渡している。恐らくはそれだけでここで自分が何をしていたかを察したのだろう。そういう意味深な表情をしている。この一月で何度も見た表情。

 

 

「そうか……そういえば君がこの村に来てからもう一月になるかな。どうだい、この村での生活には慣れたかな?」

「おかげさまでね。これ以上にない経験をさせてもらってるわ」

「なるほど、それは何よりかな」

 

 

そのまま勇者は何でもないことのようにこの一月での生活、村人との関係などを聞いてくる。私はただ淡々とそれに答えるだけ。一月前と何ら変わらないやり取り。村での生活も、村人との関係も何も変わっていない。なのに何故か勇者はどこか楽しそうにしている。一体何が楽しいというのか。そんな中

 

 

「……アウラ、君は魔法が好きかい?」

「は……?」

 

 

唐突にそんな意味不明なことを勇者は問いかけてくる。それまでの質問がどうでもよくなるほど、意味が分からない質問。

 

 

「ここで魔法の鍛錬をしていたんだろう。魔法使いではないけど、僕にも分かる。フリーレンもよくやっていたからね」

 

 

いつか見た表情を浮かべながらそう告げてくる勇者。なるほど、それでそんな質問をしてきたらしい。だからこそ分からない。

 

 

「……魔法に好き嫌いなんてあるわけないじゃない。あんた、息をするのに好き嫌いなんてするの?」

 

 

魔法にそんな感情があるわけがない。魔族にとって魔法はあって当たり前。息をするように、歩くようにそこにある存在。そもそも質問として成り立っていない。なのに

 

 

「いいや、きっと君は魔法が好きなはずさ。好きじゃないことに、毎日人はこんなにも必死にはなれない」

 

 

どこか自信満々にそう宣言されてしまう。こっちを見透かすような、いつかの視線。ようやく理解する。いや違う。

 

 

「あんたに私の何が分かるっていうの……? 人間のあんたが」

 

 

理解できなかった。目の前の人間が言っていることが。その在り方が。この一月、ずっと観察をしてきた。分からなかった。何を考えているのか。いや、そもそも分かるはずがない。人間だからではない。魔族であっても、私のことを理解できるわけがない。魔族はそれ単体、個で完結している存在なのだから。

 

 

「アウラ……」

 

 

私の名を呼びながら勇者は何かを言おうとしている。分からない。だがその中でも分かったことがある。魔族の習性として、観察してきた中で。度々感じていた違和感。気持ちの悪さ。苛立ち。その正体。

 

 

「何を勘違いしているのか知らないけど……私はフリーレンじゃないわよ」

 

 

目の前の人間が、ここにはいないエルフに私を重ねているということ。理解不能な行動。あのエルフと私は種族も何もかもが違う別個体。そんな当たり前のことが何故分からないのか。

 

 

「――――」

 

 

だがそんな私の言葉によって勇者は言葉を失ってしまっている。何をそんなに驚くことがあったのか。

 

 

「……何? どうかしたわけ?」

「…………いや、何でもない。すまない」

 

 

勇者は一度、月を見上げるように顔を上げた後、そのまま去って行ってしまう。いつもとは違う、妙な雰囲気を醸し出したまま。一体何なのか。分からないが、ここから立ち去ってくれたのならそれでいいだろう。

 

 

アウラはそのまま、何事もなかったように魔法の鍛錬を再開する。

アウラは気づかない。自らの言葉が勇者に何をもたらしたかを。

アウラは知らない。勇者が何故この場を去っていったのかを。

 

 

勇者が去った後の広場には、変わらず鍛錬を続けるアウラの魔力光と月明りだけが残されたのだった――――

 

 

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