「今までどこにいたんだ?」
「北部よ。特に理由はないけどね。気づいたらそこだったわ」
「なるほど。お前らしいな」
カップに注がれた紅茶を口にしながらそう答える。それに対面するようにアイゼンもまた紅茶を口に運んでいる。傍から見ればさぞおかしな光景だろう。魔族とドワーフが一緒にお茶をしているのだから。もっとも今更ではあるが。リーニエは今ここにはいない。新たに手に入れた勇者の剣を手に森に遊びに行ってしまった。本当に自由奔放な子だ。ある意味一番魔族らしいのかもしれない。
それからぽつりぽつりとこれまでのことをアイゼンに話していく。といってもヴィルの村の一件以降は取り立てて何かあったわけではない。ねぐらを転々と変えながら北部で過ごしていただけ。いや、ある意味準備期間のようなものだろうか。今の私たちがどんな生活をしていけるのか。それを探っていたようなもの。それに無言で、時には頷きながらこいつは応じてくる。ヒンメルやハイターとはまた違う。よくこんな奴らがまとまって十年も旅ができたものだ。そんな中
「……ヒンメルには会って来たのか?」
少しの間を置きながら、静かにアイゼンはそう問いかけてくる。恐らくそれを聞くタイミングを窺っていたのだろう。表情では分かりづらいが、態度でバレバレだった。変な気でも使っていたのだろう。魔族である私には無駄でしかないだろうに。相変わらずお人好しなのはこいつも同じなのだろう。
「いいえ。まだ別れてからたった二月じゃない」
「……そうか」
なので正直に答えることにする。嘘をつく必要もない。まだあいつと別れてからたった二月しか経っていない。時期尚早だろう。人間で考えてもそう長い時間ではない。魔族からすれば瞬きのような時間。そんなにすぐ会いに戻ってしまっては立つ瀬もない。こっちが会いたくて仕方ないみたいではないか。ヒンメルにからかわれるのが目に見えている。
だがアイゼンはそのまま再び黙り込んでしまう。何かを言いたいが、口には出せない。そんな空気。それが何を意味するか理解できてしまう私。本当に私は変わってしまったのだろう。
「……余計な心配しなくてもいいわ。どこかの誰かみたいに五十年も待たせたりはしないわよ」
なので仕方なくそう告げる。あの時ヒンメルに伝えたように。私はあのエルフではない、と。まったく。何で私が何度もそんなことを言わなくてはいけないのか。こいつの言葉を借りるならあのエルフは罪な女なのだろう。
「そうだな。それを言えるのはお前ぐらいだろうな」
「馬鹿にしてるわけ?」
「褒めているんだ」
それを知ってか知らずか。どこか楽し気にこちらを煽ってくるアイゼン。こいつも良い性格をしている。
「ヒンメルも同じようなことを言ってたわ。本当に似た者同士ね、あんたたちは」
ようするにこいつらは似た者同士なのだ。どいつもこいつもお人好し。計ったように同じ方向を向いている。示し合わせなくても同じような行動を取っている。ヒンメルに倣っているのだろう。倣われている本人はそんな気はないのかもしれないが。
「ヒンメルに何か言われたのか?」
「? ええ、また会いに来てくれるかってね。トラウマになってるんでしょうね」
アイゼンの問いにそう答える。思い出すのは別れ際のヒンメルの言葉。あいつらしくないものだったが、きっとあのエルフのせいだろう。また五十年待ち続けるのは流石にヒンメルでも耐えかねたのだろう。人間で言うトラウマ、とかいう物かもしれない。そんな風に思い返すも
「…………」
さっきまでの雰囲気が嘘のように、アイゼンは黙り込んでしまう。いや、何かを考えこんでいる。ヒンメルから聞いていなかったのだろうか。だが分からない。そんなに悩むような内容だろうか。ちゃんと会いに行くと言っているのに。それだけでは不満なのか。
「何? どうかしたわけ?」
「いや、何でもない。やはり罪な女だな、お前は」
「残念だけど
「都合の悪い時にはそれか。お前も強かになったものだ」
「誰のせいよ」
都合が悪い時には戦士だからで誤魔化す癖にこいつは何を言っているのか。そもそもこいつやハイター、ヒンメルにこの五十年散々振り回されてきたのだ。これぐらいはできて当たり前だ。それでもあの生臭坊主には一生口では敵いそうにないが。
「そういえばヒンメルに聞いたぞ。
「……ええ。断ったわ。何か文句がある?」
そんな中、話題は半年後に見れるという
「いや、当然だな。ヒンメルの奴も反省していたぞ。あいつのことだ。お前を解放できたことで舞い上がっていたんだろう」
「こっちはいい迷惑よ」
どうやらアイゼンは真っ当な神経をしていたらしい。おかしいのはヒンメルだけだろう。子供だって分かるようなことだろうに。今思い出しても呆れるしかない。いくつになっても子供みたいな奴だ。
「何でも私をあのエルフと友達にしたかったらしいわ。何を考えてるのかしらね」
「友達に、か……あいつらしいな。それも断ったのか?」
「あいつに聞いてないの? 保留よ。あいつがあのエルフを口説き落とせたら考えてやるって答えておいたわ」
「なるほど。それは難儀だな」
なのにこっちも暴露してやることにする。流星を見に誘う以上のやらかしを。私とあのエルフを友達にする、というある意味人類と魔族の共存を遥かに超えるであろう御伽噺を。いや、妄言か。為し崩し的に保留したが、その条件もまた困難極まるだろう。何故ならこの五十年間、魔王様を討伐した勇者様でも達成できなかった難敵なのだから。千年凝り固まった鈍感さはいかなヒンメルでも十年では溶かしきれなかった。それに再度挑むというのだから。
「そもそも私が参加したら流星を見るどころじゃなくなるわ。そんなことも分からなかったのかしら」
「自分のことには疎い奴だからな。お前の方がそれは分かっているだろう?」
「そうね。あのエルフを口説くのも流星を見た後になるでしょうね。ちゃんとあのエルフを捕まえることができたらの話だけど」
「捕まえる、か。確かにそうかもしれん。甲斐性の見せ所だな」
それはともかくとして、やはりあれはあり得ない。私があのエルフと再会することになれば、そのまま殺し合いになるのは避けられない。いや、ヒンメルたちがいる以上、すぐにそうとはならないだろうが少なくともそのまま流星を見に行こうなんてことにはなるはずもない。別に流星なんて見たくもないが、そんな面倒事に巻き込まれるのは御免だ。流石にヒンメルも頭は冷えただろう。私のことを話すのは流星を見終わってからになるはず。もっとも
「それで? あんたはあの薄情者はやってくると思ってるわけ?」
それこれも、あの
「そうだな。あいつは確かに薄情者だが、約束は守る奴だ。きっと来るだろう」
「そう。ならそういうことにしておくわ」
それに笑みを浮かべながらアイゼンはそう白状する。なるほど。ならあいつはやってくるのだろう。これで本当にやってこないようなら、今度こそゼーリエにエルフを探す魔法をもらうしか手がなくなるだろう。そんな魔法があればだが。あっても伝説級だろう。
「そういうお前はどうなんだ? 本当に来ないのか?」
今度はそう私が問い質されてしまう。いつもなら嘘をつくところだが、こいつにならまあいいだろう。
「……そうね。あんたたちが流星を見終わってから、少ししたら行くわ。最低でもあのエルフに私のことを話しておいてもらわないと面倒だもの」
そう本音を漏らす。いつかのように、正直に話すことで生き延びたように。その癖が抜けきっていないのかもしれない。会いに行くとしたらそのタイミングだろう。今から大体半年後か。そのぐらい経っていれば会いに行っても不自然ではないはず。そんな風に自問自答していると
「そうか。なら俺は流星を見たらすぐに退散することにしよう」
「────は?」
それはアイゼンの理解できない言葉によって中断させられてしまった。
「……どうしてそうなるわけ?」
「決まってるだろう。怖いからだ」
「何がよ?」
「フリーレンがだ。ヒンメルと修羅場になるのは目に見えてるからな。巻き込まれたくない」
本当に怖いのか。そのボロボロの手が震えている。呆れるしかない。こいつは一体何を言っているのか。どれだけ臆病、情けないのか。いつも戦士だのなんだの偉そうに言っている癖に。
「あんたね……散々あのエルフを薄情者扱いしておいて自分はいいわけ?」
「俺は臆病者だからな。問題ない。それにお前はあいつが泣き喚くのを見たことがないからそう言えるんだ。もう二度と御免だ。ハイターも同じことを言うだろう」
当時を思い出しているのか。そのまま俯いてしまうアイゼン。私も伝え聞いていただけだが、あのエルフの癇癪は凄まじいのだろう。毎日寝坊しても許してくれていたこいつらが本気で恐れおののくのだから。ハイターなら言わずもがな。きっと気づいたらいなくなっているに違いない。そのまま二人して王都でまたスイーツ巡りでもし始めるのだろう。
「でしょうね……私も行きたくなくなってきたわ」
「なら一緒に逃げるとするか。俺たちは仲間だからな」
「私は勇者一行じゃないわよ」
何故かそれに私も巻き込み、共犯者にしようとしてくる伝説の戦士だった男。やはり会いに行くなんて約束するんじゃなかったかもしれない。そう本気で後悔しかけるも
「アイゼン、早く修行に行こう! この剣を早く使ってみたい!」
森から帰って来たのか、それも飽きたのか。剣を振りかざしながらリーニエが帰還してくる。いつかのヒンメルを修行に誘っていたのを思い出させる光景。
「いいだろう。だがもう剣は受け止められんぞ。歳だからな」
「そもそも体で受け止めるのがおかしいのよ、あんたは」
腕まくりをしながらどこか嬉しそうにそれに応ずるアイゼン。どうやらそれに付き合う気らしい。リーニエ曰く修行に付き合ってくれなくなったらしいが、あくまで以前と比べてだったのだろう。もしかしたら体で受け止めきれなくなったのが衰えだと思っているのかもしれない。そもそも私達とは基準が違うのだろう。やはり化け物でしかない。
「晩までには帰ってきなさい。アイゼン、厨房借りるわよ」
「すまんな。任せた」
「アイゼン、早く早く!」
そんな二人を見送りながら、いつかのように夕食の準備に取り掛かることとするのだった────
「ようやく寝たわね。いくつになっても騒がしいわね」
「見た目は成長してもそれは変わらんな」
「あんたたちが甘やかした結果でしょ」
「俺はたまにしか会ってないぞ。間違いなくお前たちのせいだ」
「……ヒンメルのせいよ」
夜も更け、少し肌寒くなり始めた頃。すやすやと幸せそうに夢の中にいるであろうリーニエを見ながらそう漏らす。久しぶりに修行をつけてもらったからか、それとも新しい剣を手に入れたからか。さっきまで騒いでいたのが嘘のようにリーニエは寝息を立てている。本当にそれは五十年前から変わらない。こうなったのは間違いなくヒンメルのせいだろう。きっかけは私だったかもしれないが、間違いないはず。
「しかし意外だったな。お前は自分から会いに来るような奴じゃないと思っていたが」
「薄情者だって言いたいわけ?」
「いや。そもそも魔族はそういうものだろう。何か用でもあれば別だろうが」
改めてこっちを見つめながらアイゼンはそう漏らしてくる。きっと再会した時から思っていたのだろう。やはりこいつは生臭坊主とは違う意味で鋭い奴だ。魔族という種族の在り方を、習性を理解しているとでも言うのか。長命種でもあるドワーフだから、というのもあるのだろう。
「……相変わらず目ざといわね。ええ、これがその理由よ」
それに降参するわけではないが、そのまま隠し持っていた袋をテーブルに置く。同時にその中身も露わになる。私がここにやってきた、来ざる得なくなった理由を。
「これは確か……」
「あんたたちが大好きな酒よ。ヒンメルから渡されてたのよ。きっと私をあんたのところに行かせる口実でしょうね。発案はハイターでしょうけど」
「なるほど、あいつららしいな」
それは私にとっては忌まわしい、こいつらにとっては懐かしい葡萄酒だった。ご丁寧にその瓶まであの時と同じ。あの日、ヒンメルから渡された物。それをアイゼンに渡してほしいと。魔族である私に、アイゼンの所に行かせる理由を作りたかったのだろう。やり口が完全にハイターのそれだ。あいつの差し金に違いない。アイゼンもまたそれをすぐさま見抜いている。本当に気持ちが悪いぐらい仲が良い奴らだ。
「どうした、飲まないのか? そのためにリーニエが寝るまで待っていたのかと思ったが」
だが私がそのまま動かないからか。アイゼンは訝しんでくる。確かにその通りだ。リーニエが起きていてはこれを飲むことができないのだから。それは嘘ではない。ヒンメルたちに嵌められてアイゼンに会いに来たのもそうだ。だが本当はそれだけではない。
「そうね……リーニエじゃないけど、嘘は止めるわ。この酒がなくても、私はあんたに用があったの」
私はこのお酒がなくても、こいつに用があってここに会いに来たのだから。
「あの時の続きよ。たまには私の話に付き合いなさい、アイゼン」
そう言いながら酒瓶を開け、杯に注ぐ。あの時の、夜の問答の続き。
それがアウラが生まれて初めて、誰かに相談した瞬間だった────