ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第八十一話 「アイゼン」

「話に付き合え、か」

「ええ。あんたたちの言う、相談ってやつね。今まで散々付き合わされたんだから、たまにはね」

 

 

意外だったのか。まるで意表を突かれたようにアイゼンは珍しく戸惑っている。それもそうだろう。私自身もそうなのだから。これは意趣返し。今まで散々こいつらの問答に付き合わされてきたのだから。たまには逆もしなければ帳尻が合わない。

 

 

「相談か。魔族とは思えん言葉だな」

「私もそう思うわ」

 

 

心の底から同意する。きっとそんなことをするのは私ぐらいだろう。真似事ぐらいなら他の魔族でもできるかもしれないが、その意味を理解した上での行動なのだから。

 

 

「しかしお前が俺にか。何の相談だ?」

「あんたなら察しがついてるんじゃない?」

 

 

あえて試すようにそう問いかける。そう、こいつらは本当に異常なほど察しがいい。察するという、今の私ですら困難な、人間たちが得意とする経験予測。勇者一行はその中でも際立っているのだろう。魔族からすれば未来予知に見えるほどに。なら

 

 

「……リーニエのことか?」

 

 

目の前のアイゼンがそれができないはずがない。それに関しては拙いであろう私の思惑など見抜いてしまうに違いない。

 

 

「ええ、流石ね。あんたはある意味、ヒンメルよりもあの子を理解してるでしょうから」

 

 

当然のようにそう察するアイゼンに、分かっていても感心してしまう。私がこいつに相談することなんて、それぐらいしかなかったのかもしれないが。こいつは私以上にリーニエと親しく交流している。同時に理解も示している。私は当然だとしても、もしかしたらあのヒンメル以上に。いや、魔族という種族と言ったほうがいいのかもしれない。長命種であるドワーフだからなのか。人間であるヒンメルやハイターとは違う価値観があるのだろう。

 

 

「それで? 何が聞きたい?」

 

 

珍しく私に主導権を握られているからか。それとも相談の内容自体は見当がついていないのか。静かに、こちらを窺うようにアイゼンは聞き返してくる。

 

 

「あの子の行動……いえ、習性かしら。この五十年はヒンメルたちと一緒に暮らしてたから気づけなかったけど、あの子は魔族として歪だわ。私以上にね」

 

 

それに淡々と私も問いかける。いや、相談することにする。それはリーニエの最近の行動、習性についてだった。ヒンメルたちと暮らしていた頃には気にならなかったのだが、ここ二月ほどはそれが顕著だった。端的に言えば理解できない行動が増えてきた。どこか違和感を、歪さを感じてしまうほどに。魔族として私以上に。

 

 

「お前は自分が歪だと認めているのか」

「最近ようやくね。私は私だけど……他の魔族連中から見れば変わったのは私の方なんでしょうね」

 

 

それに思っていない方向からアイゼンの突っ込みが入る。なるほど。そっちの方が意外だったのか。確かに以前の私ならそれを忌避し、否定していただろう。だが今は違う。私は私だ。魔族としての誇りも矜持も変わらずある。ただそれに新たに加わった物がある。ただそれだけ。自分では気づけていない部分もあるのだろう。グロースとのやり取りではそれが明らかだった。きっと変わってしまったのは私の方。違うのは、今の私はそれを受け入れることができつつあるということ。あきらめてしまったとも言えるがそれはともかく。

 

 

「それはこの際どうでもいいわ。リーニエのことよ。あの子はヒンメルの真似ばかりしているけど、その行動がちぐはぐなのよ」

 

 

今はあの子、リーニエのことの方が重要だった。解放されてもなお変わらず、勇者を模倣し続けている例外の魔族。その行動が歪に、ちぐはぐになりつつある現状を。

 

そのまま淡々とこれまでの、ここ二月のことをアイゼンに語っていく。いや、明かしていく。私にとっては罪でもある、ヴィルとの出会いから始まった一件も。拙い話だったはずだろうに、それをただ静かに、黙々と聞きに徹してくれるアイゼン。なるほど。これがきっと懺悔なのだろう。聞かされるばかりで辟易していたが、まさか自分がそれをする時が来るとは。本当に何があるか分からない。きっと今の私はあの時のヒンメルと同じなのだろう。無駄なことだと分かっていても、誰かに聞いてほしかったのだろう。そのおかげもあったのか、少し体が軽くなった気がした。

 

 

「何でそうなってるのか、あんたなら分かるんじゃないかって」

 

 

一通り話が済んだ後、改めてそう問いかける。リーニエの歪さ。ヴィルの一件だけではない。それ以降も人間と接することがあったが、やはり違和感は拭えなかった。ヒンメルならそうするであろう行動をしながらも、それが嚙み合っていない。唐突にそれにそぐわないような行動もしてしまう。まさにちぐはぐだった。何故そんなことになっているのか。この五十年はそんなことはなかったというのに。それに

 

 

「……単純な話だ。お前はリーニエに騙されてしまっているだけだ」

「私がリーニエに……?」

 

 

深く目を閉じた後、アイゼンはそう答えを明かしてくる。私にとっては、魔族にとっては当たり前の答え。違うのは、騙されているらしい私には、まったくその心当たりがなかったということ。

 

 

「そうだ。お前は五十年見続けてきたせいで、リーニエが人間の子供のように、ヒンメルの代弁者のように感じているのかもしれんがそうではない。あいつの本質は五十年前からずっと変わらず魔族のままだ。お前よりもずっとな」

 

 

そんな私の困惑、戸惑いを見ながらも変わることなくアイゼンは続ける。私では気づけなかった、騙されてしまっていた事実を。その事実に思わずただ目を丸くするしかない。そう、それは当たり前の答えだった。当たり前すぎて、近すぎて見つけることができないような。魔族が人を襲うなんて当り前すぎて、あの時気づくことができなかったように。

 

 

「リーニエはその意味を理解しないまま、ただヒンメルを真似ている。魔族が意味を理解しないまま言葉を使っているのと同じだ。かつてのお前のように」

 

 

リーニエはただ魔族として周りを騙し続けていただけだったのだ。五十年前、私とした契約をただ守り続けている。生き延びるために。他の魔族と同じように。

 

 

「そう……私は知らない間にリーニエに騙されてたってことね」

 

 

そう、笑い話だ。自分で命令しておきながら、それに騙されてしまっているなんて。いつからかその二つ名の通り、リーニエは魔族でも例外なのだと思い込んでしまっていたのだ。私以上に人間社会に溶け込んでしまっていたからこそ。魔族は騙されることに慣れていない。これでは私も他の魔族のことを言えないだろう。そういう意味ではリーニエはあのエルフ、葬送のフリーレンの模倣とも言えるかもしれない。生涯を懸けて相手を騙し続けているのだから。違うのはその相手が魔族か人間かくらい。リーニエに至っては同族すら欺いているのだから超えているとも言える。きっとヒンメルやハイターですらその例外ではないだろう。リーニエが魔族だと頭では理解していても、無意識に人間だと思わされてしまう、騙されてしまう。ある意味この子は、誰よりも魔族らしい魔族なのかもしれない。

 

 

「それだけあいつの模倣が優れている証だ。だが解放され、外の世界に、ヒンメルたちがいない環境になって綻びが目立つようになってきたんだろう」

 

 

模倣の魔法を究めんとするリーニエの面目躍如だろう。だがそれが変わりつつある。リーニエではなく、その周囲の環境が変化したことで。魔族であるリーニエを理解してくれている隣人がいなくなり、その模倣する相手であるヒンメルも近くにはいなくなってしまった。それがこの二月、リーニエが歪になってしまっているように見える理由。

 

 

「さっきのお前の話もそうだ。リーニエの中ではその魔族の将軍を逃がせば人間が殺されることは分かっていても、それが村の人々が襲われることに繋がっていない」

 

 

その最たるものが魔族の将軍、グロースへの対応だった。あの子はあの時私に向かって進言してきた。グロースを逃がすべきではないと。人間を殺す魔族だからと。ヒンメルならそうするからこそ。だがそれを私が遮るとそれ以上追求してくることはなかった。次の日にはそれを忘れてしまっているかのように振る舞い、ヴィルがやってこないのが、逃がした魔族に襲われているからかもしれないと思い至っていない。きっとリーニエはただその時々で、ヒンメルがそうするであろう行動を模倣しているだけなのだろう。その意味を理解し切れていないから、それが連続していない。一貫性がない。結果、ちぐはぐに見えてしまう。

 

 

「あいつはまだ若い。いや、幼いのか。人間と魔族の五十年は全く違うからな。シュトロやリリーと一緒にしてはいかん」

 

 

だがそれは当たり前のことなのだとアイゼンは言う。魔族であるリーニエはまだ若く、幼いのだと。確かにその通りだろう。個人差はあるだろうが、リーニエが成人するにはあと五十年はかかるだろう。人間と魔族の時間の流れは全く異なる。なのに私は知らず混同してしまっていたのだ。なまじ近い歳のシュトロやリリーと一緒に育ったせいで。今でもあの二人は私にとっては小さい子供のようなものなのだから。

 

 

「今のあいつは……そうだな。初めてここに来た頃のお前だと思えばいい。生まれて間もない魔族を五十年間でそこまでにしたのはヒンメルの努力の賜物だな。逆に言えば、それがヒンメルの限界だったのかもしれんが」

 

 

私にも分かる、伝わる言葉を選びながらアイゼンはそう告げてくる。今のリーニエの状態を。ここに初めて来た頃、確か王都でハイターと出会った後、ちょうどリーニエを拾った後ぐらいのことか。その頃の私はどんな風だったか。そうだ、まだヒンメルから逃れようと必死だった頃か。償いやお母さん、家族という概念に振り回されていた時期でもあった。今のリーニエはその時期にあたると言うのか。全くそんな風には見えないが。だがそれよりも引っかかるのがアイゼンの物言い。珍しく、ヒンメルを貶める、わけではないが悲観するような言葉を使っている。一体何故。そう疑問を抱くも

 

 

「……アウラ、もしお前が昔のようになったらリーニエはどうすると思う?」

 

 

それよりも遥かに大きい、あり得たかもしれない未来をアイゼンは私に問いかけてきた。

 

 

「それは……」

 

 

それに私は言葉を詰まらせてしまう。そう、それは決してあり得ないことではなかった。あのまま本能のままに、再び断頭台に戻ってしまうことも。そうなったらリーニエはどうしていたのか。ヒンメルならきっと私を止めようとしただろう。魔王を止めるのは勇者の役目だとのたまっていたように。最悪に至る前に、この首を落としたに違いない。ならリーニエもそれに倣うのだろうか。その受け継いだ剣で。知らず自分の首元に冷たい感覚が走るも

 

 

「あいつはきっとお前に従うだろう。ヒンメルの教えに逆らうことになっても。あいつはお前の従者で魔族だからだ」

 

 

それ以上の寒気が私に襲い掛かってくる。それはつまり、この子も私と同じようになる可能性があったということ。魔族なら当然。私たちは主従なのだから。この子は私を止めたりはしない。ヒンメルのように。今のこの子にはまだ無理なのだ。真似をするだけで、その意味を理解できていないこの子には。

 

 

「あいつは人と魔族。どちらにも傾き得る。危ういんだ。かつてのお前のように」

 

 

この子もまた私と同じなのだ。断頭台と天秤。魔族と人間の間で揺れ動いている存在。

 

胸にかけられている銀のフリージアを手に取る。これを失ったあの時、私は選択したのだろう。その苦悩と葛藤を今も覚えている。あの頃の私と同じなのだとアイゼンは言った。ならこの子にも、形は違えど同じような試練が訪れるのだろう。魔族としての自己を問われる時が。その時には隣にあいつがいた。だから今の私がある。なら

 

 

「だからヒンメルはお前にリーニエを託したんだ。人間であるヒンメルでは、この先共に生きることができないからだ」

 

 

この子には誰かいるというのか。ようやく悟る。言葉にしていない、しないからこそ伝わるヒンメルの意志。あいつもまた私に託していたのだ。リーニエにはその剣を、私にはリーニエ自身を。自分ではその役目を果たしきれないと分かっていたからこそ。

 

 

「なら私にどうしろっていうのよ……?」

 

 

だがそれを前にしたところで、私にできることは何もない。途方に暮れるしかない。当たり前だ。私はあいつじゃない。あいつのようにできるわけがない。

 

 

「言いたいことは分かるわ。私にリーニエを育てろってことでしょ……」

 

 

育てる。子育て。それに類することを、ヒンメルが私に託したことは分かる。だからこそ分からない。何であいつがそんなことをしたのか。

 

 

「でもできるわけないわ……私は魔族なのよ。子育てなんてできるわけないじゃない」

 

 

だってあいつは分かっていたはずだ。私が魔族であることを。私達には子育てなんて習慣はない。真似事はできても、所詮は真似事。だからこそリーニエの教育についてはあいつに任せっきりだった。師弟ではあったが、きっとあいつにとっては親子のような物だったのだろう。それを引き継ぐことなんて、できるわけがない。だがそれは無駄なことだと知らされる。

 

 

「その必要はない。お前はこれまで通りにすればいい」

「────え?」

 

 

アイゼンの、私を肯定する言葉によって。

 

 

「特別なことをする必要はない。これからリーニエはヒンメルの代わりに、お前を真似していくだろう。それがきっと魔族(お前)たちの子育ての形だ。お前は今みたいに、少し気にかけてやればいい。あいつを知ろうとしてやるだけで十分だ。魔族(お前)たちにとってはな」

 

 

髭を触り、どこかその未来を見るかのように穏やかにアイゼンはそう語ってくる。今のままでいろ。特別なことは必要ないと。そんなアイゼンの姿に、かつての記憶が蘇る。失くしてしまったアクセサリを探している私を手伝いに来たこいつの姿。

 

あの時も、こいつは私を肯定してきた。私は魔族だと。魔族(わたし)たちには魔族(わたし)たちの形があるのだと。無理に人間に当て嵌めることはないと。当たり前だ。私たちは魔族なのだから。育てられなくとも、何の問題もない。今の私がしていることだけで、人間の子育てに値するのだとこいつは言っているのだ。

 

 

「何よ……偉そうに言っておいて、結局今までと同じってことじゃない」

「かもしれんな」

 

 

ようするにそういうことだろう。散々語っておいて、結論がそれか。本当に食えない奴だ。

 

 

「心配することはない。人間で言う成人まで、リーニエはあと五十年ほどだろう。それまでなら俺も手伝える」

 

 

それを補うわけではないだろうが、そうアイゼンは付け加えてくる。どうやらこいつなりに、私を手伝う気があるらしい。もしかしたら最初からそれだけ言いたかったのかもしれない。確かドワーフの寿命は三百年ぐらいだったか。今こいつが幾つだったかは定かではないが、五十年ぐらいはまだ生きるつもりらしい。もっともこいつのことだ。その倍以上生きても驚きはしない。

 

 

「あっそう。せいぜい頼りにさせてもらうわ、『お父さん』?」

「任せろ。俺は戦士だからな」

 

 

ならそうさせてもらおう。こいつが好きでしていることだ。何の遠慮も必要ない。皮肉も込めてそう呼んでやる。口には出さないが、あの子にとってはこいつはお父さんなんだろう。人間の言うお父さんとは違うかもしれないが。ヒンメルがいれば嫉妬しかねない。それに当然のように戦士と返してくる筋肉馬鹿。

 

 

それに呆れながらも、いつかと同じように夜が更けるまで酒を酌み交わすのだった────

 

 

 

「じゃあ行ってくるね、アイゼン!」

「ああ、気をつけてな。忘れ物はないか」

「うん! ちゃんと二本持ってる!」

 

 

そう言いながら両手の勇者の剣を見せびらかしているリーニエ。本当にご満悦なのだろう。そのまま二刀流になってしまいそうになるぐらいには、その贈り物が嬉しかったのだろう。この子は嘘をつかないのだから。

 

 

「……本当に行くのか」

「ええ。いつまでもここにいても仕方ないし」

 

 

ローブを被り、鞄を持ち直しながらそう告げる。都合一週間ぐらいは滞在したのだが、こいつからすれば早い出立になるのだろうか。まあ魔族の感覚からすれば一年ぐらい滞在しても何の問題もないのだが、そうも言っていられない。

 

 

「そうか。だが南側は今……」

「分かってるわ。私たちは魔族よ。心配する必要なんてないわ」

 

 

どこか言いづらそうにしながらアイゼンは口を噤んでしまう。私たちが向かおうとしている場所、南側の心配をしているのだろう。何故なら南側諸国は今も戦争の真っただ中なのだから。人間ならその安否を心配するところだろうが私たちは魔族だ。無用な心配だろう。

 

このまま中央諸国に残っても意味はない。天秤扱いされて面倒に巻き込まれるのは目に見えている。

 

北部もそれは同じだ。あそこでは私は未だに断頭台のまま。いらぬ争いを生むだけだろう。

 

なら残りは南だろう。戦争という人間の悪意が渦巻いている場所。だからこそ私はそれをこの目で見ておく必要がある。天秤として。悪意に抗う術を見つけるために。もうあの生臭坊主の庇護はないのだから。何より

 

 

「それに行ったことのない場所に行くのが冒険って奴なんじゃなかったの?」

 

 

こいつら自身がさんざん言っていたことだ。行ったことのない場所で、会ったことのない人に会い、見たことのない光景を見る。それが旅、冒険の醍醐味だと。欠片も理解できないが、その真似事をしてみようと思った。ただそれだけ。ただの退屈しのぎでしかない。

 

 

「なるほど。なら仕方ないな。半年後の流星の後に、王都で待つとしよう」

「あんた、流星見たら逃げ出すんじゃなかったわけ?」

「そういえばそうだったな。歳をとると忘れやすくなっていかん」

 

 

一本取られたとばかりに含み笑いしているアイゼン。相変わらず都合のいい奴だ。やられっぱなしだったが、その顔が見れただけで今回は良しとしよう。

 

 

そのまま振り返ることなく旅立つ。リーニエと共に。未だ見ぬ新たな土地へ────

 

 

 




最新話を投稿させていただきました。
今回で過去編の解放編が終了。そしてアイゼンの名前回でした。これまでのアウラとアイゼンの関係の集大成のようなエピソードになっています。かつての二人のやり取りを読み直してもらうとさらに面白いかもしれません。
次話は久しぶりのフリーレン側のエピソード。そしてそこから過去編の最終章である別離編に入ります。お楽しみに。
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