ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第八十二話 「土下座」

勇者ヒンメルの死から二十八年後。

北側諸国エング街道沿いの街にて。

 

 

夜遅く、人通りがほとんどなくなった広場のベンチで何をするでもなくただ座ったまま。さっきまでお祭りで多くの人で賑わっていたのが嘘のように広場は静まり返っている。

 

 

(解放祭か……師匠も一緒なら良かったのにな)

 

 

今ここにはいない師匠のことを考える。一年に一度、かつて勇者一行によって魔族から救われたことを祝う祭りがこの解放祭だった。もう八十年も前のことになるのに、街の人たちはみんな楽しそうだった。師匠も一緒ならもっと楽しかっただろう。いや、師匠なら恥ずかしがって参加しないだろうか。

 

 

(八十年前の銅像か……師匠はほとんど見た目が変わってないな)

 

 

そのまま広場に建てられている、勇者一行の銅像に目を奪われる。八十年の月日を感じさせる銅像。なのに、師匠の姿は今とほとんど変わらない。ドワーフだからだろう。小さい頃は俺よりも高かった背丈も、大きな背中も。今の俺は追い越してしまっている。もっとも体の大きさだけで、それ以外は全く追い越せていないのだが。今頃何をしているだろうか。きっと変わらず鍛冶に勤しんでいるに違いない。そんなことを考えていると

 

 

「フリーレン……?」

 

 

師匠と同じく、いやそれ以上に銅像と全く変わらない姿のフリーレンを見かける。だがすぐにはこっちに気づかない。無理もない。フリーレンはその両手いっぱいに何かを抱え込んでいる。そのせいで前が見えず、よたよたと歩いているのだから。

 

 

「シュタルクか。こんなところで何してるの?」

「ただの散歩さ。寝付けなくてさ。そっちこそ何してるんだよ?」

 

 

ひょこっと抱えた荷物の横から顔を出して、ようやく俺のことに気づいたらしい。相変わらずマイペースな奴だ。一緒に旅を始めて間もないが、それには振り回されっぱなしだ。それにずっと付き合っているフェルンはすごいのかもしれない。

 

 

「ふふん、フェルンには内緒だよ?」

 

 

まるで待ってましたとばかりに得意顔を見せながらフリーレンはその手に抱えた宝物を披露し始める。まるで小さな子供のようだ。怖いので口には出せないが。年寄り扱いではなくとも、また泣き喚かれては敵わない。

 

 

「これは……」

「街の人たちにもらったんだよ。余ったからってね。すごいでしょ?」

 

 

むふー、と胸を張りながら戦利品を見せびらかしてくるフリーレン。それは大量の菓子やパン、そしてジュースだった。これだけでちょっとした出店ができるのではないかという量。どうやらお祭りで捌き切れなかった物らしい。それを譲ってもらったのか。きっと街の人からすればおすそ分けぐらいのつもりだったのだろう。こんなに根こそぎ持って行かれるとは思っていなかったに違いない。

 

 

「確かにこれは大量だな」

「でしょ? ちょうど良かった。一緒に食べない、シュタルク?」

「いいけど……フェルンはどうしたんだ? あいつ、甘いものが好きだろ?」

「もう寝ちゃってるよ。起こすのも可哀想だしね。ちゃんとフェルンの分は取ってあるから大丈夫だよ」

「でもな……」

 

 

そんなフリーレンの誘いに及び腰になってしまう。それに付き合うのは構わないが、やはりあの子、フェルンがいないのは気にかかる。というか怖い。確かフェルンは甘いものが好きだったはず。なのにそれを差し置いて俺たちだけで食べるのは如何なものか。頬を膨らませてむすっとしている顔が目に浮かぶ。きっと三日は不機嫌になるに違いない。なのでせっかくだがお断りを、と思うも

 

 

「そういえば聞いたよ。フェルンと二人だけでパフェ食べたんだってね。なら私にも付き合ってよ」

「やっぱりあんたはフェルンの師匠だな」

「そうだよ」

 

 

それはフリーレンのそんな言葉によって遮られてしまう。さっきまでとは違う、意味ありげな笑みを浮かべている。間違いない。フェルンが漏らしたんだろう。そしてそれを根に持っている。本当に子供みたいな奴だ。それを言われては断ることもできない。

 

そのまま心の中でフェルンに謝りながら、フリーレンと二人きりで、お祭りの続きに付き合うことになるのだった────

 

 

 

「ヤバイな……夜中にジュースを飲んじまった。しかもお菓子まで。師匠がいたら怒られちまうぜ」

「私もだよ。フェルンに怒られないなんて最高だね」

 

 

まるで悪い子になってしまったかのような、変な高揚感でいっぱいになってしまう。これはヤバイ。癖になっちまいそうだ。こんなに悪いことをしたのは小さい頃以来だ。俺も大人になってきたのかもしれない。きっとフリーレンもそうなのだろう。もしかしたら俺以上に興奮しているのかもしれない。互いに叱られる相手がいないのだから。そのまま一夜限りの豪遊を楽しむことにする。だが少し安心した。こうしてフリーレンと二人きりになるのは珍しい。ほとんどフェルンと一緒に行動しているからだ。気まずくなるんじゃないかと思ったがそんなことはなかったらしい。

 

 

「今度はジュースじゃなくてお酒に付き合ってもらおうかな。二十歳なんてすぐでしょ」

「それは俺じゃなくてフェルンに言ってやれよ」

「それはそうなんだけど……フェルンはハイターに育てられてるからね。お酒を飲ますのが怖いんだよ……」

「?」

 

 

その手にジュースが注がれた杯を持ちながら、何故かまるで酸っぱい葡萄を食べたかのように渋い顔をしているフリーレン。全く意味が分からない。僧侶ハイターに育てられているならそんな心配はいらないだろうに。何を怖がっているのか。不思議に思いながらも飲み食いを続けていると

 

 

「……そういえば、シュタルク……最近どう? 何か困ってることはない……?」

 

 

どこかもじもじしながら、さっき以上に挙動不審にフリーレンはそんなことを聞いてきた。何なのこの人。お酒飲んでる訳でもないだろうに。

 

 

「最近って……俺、まだこのパーティに入ったばっかなんだけど」

「……そうだったね。やっぱり私には向いてないね」

 

 

自分の行動がおかしいことには気づいていたのか。どこか自己嫌悪に陥っているフリーレン。質問の意図もまるで分からない。まるで久しぶりに会う親が会話の糸口を探しているかのよう。相変わらず何を考えているのか分からない奴だ。

 

 

「何の話だよ?」

「最近子育ての本を読んだから試してみたんだよ。確か思春期の子供との接し方、だったかな。やっぱり魔導書じゃなくてあの本を持ってくれば良かったかな」

「何でそれを俺に試すんだよ。フェルンにすればいいじゃねえか」

「だって怖いし」

 

 

どうやら俺の考えは当たってしまっていたらしい。しおしお顔になりながら指を弄っている。どれだけ不器用なのか。そもそもそれを俺に試すのがおかしい。するならフェルンだろう。それは分かっていたのだろうが、怖くてできなかったらしい。それはすごく俺も分かる。

 

 

「まだ一緒に旅してちょっとだけど、心配しなくてもフリーレンはフェルンの母ちゃんやれてると思うぜ?」

 

 

なのでそう教えてやる。まだ付き合いの浅い俺でもそれぐらいは分かる。やってることは真逆で、面倒を見てもらってばかりだが、フリーレンはフェルンの母親だろう。フェルンの素っ気ない態度や厳しさも、その裏返しみたいなものだろう。怖くて本人には言えないが。

 

そんな中、ふと頭に温かさを感じる。気づけば頭の上にフリーレンの手が載せられている。そのままされるがままに撫でまわされる。横目には満足げな笑みを浮かべているフリーレンの姿。

 

 

「何で頭を撫でてるんだ?」

「褒めてるんだよ。シュタルクは偉いね。お礼に私を年寄り扱いしても一回は許してあげよう」

「……もっと早くそれが欲しかったよ」

 

 

心の底からそう思う。思い出すのはここに来る前の大騒動。三日三晩泣き喚くフリーレンに四苦八苦した記憶。もう二度と御免だ。そこまで師匠たちと同じ経験したくなかった。どうやらフリーレンはさっきの言葉に喜んでいるらしい。褒めてくれているのか。もう頭を撫でられるような歳でもないのだが。まあいいか。そういえば頭を撫でられるなんて何時振りだろう。

 

 

「私のことお母さんって呼んでもいいんだよ?」

「そいつは光栄だけど、フェルンが怒るだろうから止めとくよ」

 

 

少し調子に乗って来たのか、それとも自信がついたのか。そんなことを言ってくるフリーレン。だが丁重にお断りすることにする。そんなことすればきっとフェルンにゴミのように見られてしまうに違いない。想像しただけで体が震えそうだ。

 

 

「お姉さんでも構わないよ。私ほどのお姉さんはいないよ?」

「それはもう間に合ってるっつーの」

「そういえばそうだったね」

 

 

お母さんは無理だと判断したのか、違う方面から攻めてくるフリーレンに呆れるしかない。残念ながらもうそこは埋まってしまっている。これ以上姉が増えるなんて冗談じゃない。姉ちゃんはリーニエ姉ちゃんだけで十分だ。そもそもお姉さんなんて言う歳じゃないだろうが、口には出さない。せっかくもらった権利が台無しになってしまう。

 

 

「結局詳しく聞けてなかったんだけど、リーニエって実際どうなの?」

「どうって……?」

「何度も会って、一緒に修行もしてたんでしょ? どんな感じなのか教えてもらえると助かるんだけど……」

 

 

お姉さん、という言葉で思い出したのか。今度は話題がリーニエ姉ちゃんのことに移ってしまう。俺も他人のことは言えないが、フリーレンは本当に会話が苦手なのだろう。いや、不器用なのか。言葉数が少ない師匠とは違う意味で。

 

 

「そう言われてもな……修行って言っても一方的にぼこぼこにされるだけだったし」

「シュタルクでもそうなるの?」

「当たり前だろ。そもそも動きが速すぎて目で追えないんだよ。こっちの攻撃も当たらねえし……一度相打ち覚悟で狙ったけど、結局ダメだったな。姉ちゃんには褒められたけど」

 

 

思い出すだけで体が震えてしまう。ある意味トラウマというか条件反射のようなもの。俺はどうやってもリーニエ姉ちゃんには敵わないのだろう。気を失ったのは数えきれない。それでも倒れるなと無理やり起こされるのだから。師匠よりも遥かに厳しい。褒められたのは唯一相打ちを狙った時ぐらいか。結局一本取れなかったのだが。そんな俺の下らない話を

 

 

「やっぱりヒンメルと同じか……どうしたものかな」

 

 

さっきまでとは違う、どこか真剣な様子でフリーレンは聞き入っている。その姿に思わず目を見張る。やはりこいつは伝説の魔法使いなのだろう。普段の情けなさや、ポンコツぶりはなりを潜めてしまっている。フェルン曰く、葬送としてのフリーレンの在り方。きっと会ったことのないリーニエ姉ちゃんの情報を一つも漏らさずに得ようとしているんだろう。

 

 

「そういえば……アイゼンはリーニエのこと、何か言ってなかった?」

「師匠が? 別に何も……あ、でもよく姉ちゃんの鍛錬を見てたな。何してるかは分かんなかったけど」

「アイゼンがリーニエに……? でもアイゼンは歳だからってリーニエの修行には付き合ってないんじゃなかったの?」

「そうなのか? まあ俺みたいに直接相手にするんじゃなくて、見てるだけって感じだったけど。何でも負けたくない……許せない奴がいるからって姉ちゃんは言ってたけど」

「許せない……? 魔族が……?」

「珍しいよな。姉ちゃんがそんな風に言う奴がいるなんてさ」

 

 

フリーレンが驚いたような表情を見せている理由はよく分からないが、確かに珍しいことには違いない。基本的に誰にでも好かれる、懐く姉ちゃんがそんな風に言う奴がいるなんて。しかもそいつを倒すために修行をしている。ということは姉ちゃんよりも格上の相手ということなのだろう。一体どんな化け物なのか。知らず冷や汗をかくも

 

 

「……一つ聞いてもいい?」

「何だよ? 改まって」

 

 

いつの間にか、フリーレンがこっちを見つめながらそう尋ねてくる。さっきまでの葬送としての顔をしながら。思わずこっちも身構えてしまう。そんな俺の様子を察しているのか、いないのか。

 

 

「シュタルクは、魔族が憎くないの?」 

 

 

淡々と何でもないことのように、俺にとっての核心をフリーレンは暴こうとしてきた。

 

 

「何でそんなこと聞くんだ?」

 

 

それに自分でも驚くぐらい冷静に聞き返すことができた。自分が自分じゃないみたいに。いや、もしかしたら分かっていたのかもしれない。きっとフリーレンはそれを聞きたくて、こんな深夜に俺に会いに来たのだろう。何よりも

 

 

「シュタルクは私と同じだからね。あいつらに故郷を滅ぼされてる。なのに、アウラやリーニエと普通に接してるから。あいつらが憎くないの?」

 

 

フリーレンは、俺と同じだったから。魔族によって家族を、故郷を奪われた。なのにどうして魔族と仲良くできるのか。接することができるのか。フリーレンからすれば当然の疑問。

 

 

「フリーレンはどう思ってるんだ?」

「決まってるでしょ。恨んでるよ。根絶やしにしてやりたいぐらいね」

 

 

迷いなく、フリーレンは葬送としての答えを口にする。その瞳が、それが真実だと告げている。フェルンや師匠から伝え聞いて知っている。フリーレンがそのために生涯を懸けて血の滲むような研鑽を続けていることを。きっとその憎しみと恨みは正しい。魔族に大切な人を、ものを奪われた人は皆そうだろう。

 

 

「そうだな……俺もだ。フリーレンほどじゃないけど、魔族を恨んでるよ」

 

 

俺も、その例外じゃない。俺も魔族を恨んでいる。俺に厳しかった親父も、優しかった兄貴も。その全てを魔族に奪われた。それを恨まなかった日はない。今でも俺は魔族を恨んでいる。でも

 

 

「でも、それ以上に魔族が怖いんだ。いや、違うか。俺自身が怖いんだ。家族を置いて、村を逃げ出した俺自身が」

 

 

それよりも怖さ、恐怖が上回ってしまっている。魔族だけではない。あの日、燃え盛る故郷を背に、みんなを残して逃げ出してしまった自分の臆病さに。その情けなさに。無力さに。

 

 

「師匠の所でどんなに修行してもそれは変わらなかったんだ。情けないよな。フェルンは俺を認めてくれたけど、まだ怖いんだ。また逃げ出しちまうんじゃねえかって。勇者ヒンメルならきっと逃げなかっただろうな」

 

 

だから鍛えた。師匠にも鍛えてもらった。勝つよりも負けないために。倒れないために。守るために。それが戦士の教え。でもまだ迷いがある。フェルンはそんな俺を認めてくれたのに。俺は俺を信じられない。

 

そのままずっと眺めていたヒンメルの像を改めて見つめる。勇者ヒンメルならきっと逃げなかっただろう。俺みたいには。やっぱり俺には。そう思うも

 

 

「いいや、ヒンメルならきっとすぐ逃げ出しただろうね」

 

 

それは他ならぬ、勇者一行の魔法使いによって否定されてしまった。

 

 

「……え? 嘘だろ? だって勇者だぜ? そんなことするはずが」

「私たちは勝てない相手から逃げ出すなんてしょっちゅうだったからね。ヒンメルとアイゼンが先走って私とハイターが尻拭いしてばっかりだったよ」

 

 

思わず呆然としてしまっていた俺に、フリーレンはさも当たり前のことのようにとんでもないことを口にしている。勇者一行の逸話を信じている者たちが卒倒してしまうような内容を。師匠から聞いていた話とは少し違うような気もするがそれはともかく。少なくともフリーレンたちにとっては逃げることは恥じることでもなんでもないらしい。嘘ではないのだろう。今のフリーレンを見れば、俺にもそれぐらいは分かる。

 

 

「だからこれから先、勝てない相手に出会ったら一緒に逃げようか。私たちは同じパーティだからね。シュタルクには私たちを担いで逃げてもらうよ」

 

 

宜しくね、と告げてくるフリーレンに呆れるしかない。どこにパーティの前衛に逃げ出すことをお願いする奴がいるのか。いや、きっとそれが師匠たちのパーティだったのだろう。勇者ヒンメルも、僧侶ハイターも。御伽噺の登場人物じゃない。師匠に聞かされたような、下らなくても楽しい奴らだったんだと。フェルンに読まされた日記も本物だったんだろう。

 

 

「何だよ、それ。お前たちが俺を抱えて飛んだ方が早いだろ」

「そしたらフェルンにえっちって言われるよ? それでもいいの?」

「担いでも言われそうだな、それ」

 

 

知らず笑いながらそう突っ込むも、逆に突っ込まれてしまう。間違いないだろう。やっぱりあの子はふしだらなのかもしれない。俺たちよりもずっと。

 

 

「話が逸れちまったな。アウラたちのことだったか……本当のことを言えば、初めて会った頃は二人が怖かったんだ。もしかしたら食べられちまうんじゃないかって」

 

 

頭を掻きながら、強引に話を戻す。魔族であるアウラたちのこと。出会った頃は本当に怖かった。だってそうだ。人を食べる魔族が、俺の故郷を滅ぼした奴と同じ魔族がやってきたのだから。師匠の背中にずっとしがみついていたのを覚えている。

 

 

「でも余計な心配だったけどな。俺の村は魔族に滅ぼされたけど、アウラや姉ちゃんがそれをしたわけじゃない。それで恨んだりはしないさ」

 

 

それがなくなったのはいつからだったか。そう、それは単純なことだった。同じ魔族でも、アウラたちは違う。俺の故郷を滅ぼしたのは別の魔族だ。それを恨んでも仕方ない。その権利があるのは、アウラに蹂躙された人達だけだろう。何よりも

 

 

「何より師匠が二人を信じてたからな。俺にはそれだけで十分だったよ」

 

 

師匠があの二人を信じている。ならそれだけで十分だろう。俺はあの人の弟子なんだから。

 

 

「そう……やっぱりシュタルクはアイゼンの弟子だね」

 

 

きっと期待していた答えではなかっただろうに、フリーレンは何故か微笑んでいる。一体何なのか。それでもさっきまでの空気が和らいでいるのなら良かったのだろう。

 

 

「俺も聞きたかったんだけど……フリーレンはアウラたちを討伐する気なのか?」

 

 

一度ジュースを口にしながら、今度はこっちから問いかける。この旅が始まってからずっと聞きたかったこと。フェルンがいる手前、中々機会がなかった。ならちょうどいいだろう。それに

 

 

「そうだね……前はそのつもりだったんだけど、今は会ってみるまで私にも分からないかな」

 

 

ここではない、どこか遠くを見つめながら独り言のようにフリーレンはそう明かしてくる。きっとその言葉通り、フリーレンにもそれは分からないんだろう。だがそれだけで十分だった。それはさっきまでの葬送のフリーレンではなかったのだから。

 

 

「そっか。それを聞いて安心したぜ。頼むからいきなり喧嘩を吹っ掛けたりしないでくれよ?」

「…………ウン」

 

 

だというのに、今度はまるで母親の真似事をしようとしていた時のように、それ以上に片言で答えてくるフリーレン。目の焦点が合ってない。間違いない。こいつとアウラを二人きりにしてはいけない。きっと三日三晩泣き喚くのが可愛く見える事態が起きかねない。フェルンにも相談しなければ。

 

 

「何かあった時には前衛、リーニエの相手は頼んだよ、シュタルク?」

「え? 本気(マジ)で言ってるの?」

 

 

なのにその尻ぬぐいに、あろうことか俺を巻き込もうとフリーレンは考えていたらしい。思わず体が固まってしまう。自分がやらかしてしまった時のことをもう考えているのか。どれだけ我慢ができないのか。というか戦うこと前提なのか。ふざけている。明日本気で二人へのおみやげにリンゴを買っていくしかない。

 

 

「もちろん。知らないの、シュタルク? 弟子はね、師匠を超えていくものなんだよ」

「姉ちゃんは師匠じゃねえよ。そういうフリーレンはどうなんだよ?」

「私もまだ師匠(せんせい)を超えられてないよ。でも大丈夫。何度も土下座させてきたからね」

「どんな師弟関係なんだよ」

 

 

そんなもっともらしいことを言って誤魔化そうとしているがそうはいかない。そもそも弟子が師匠を超えるというのはそういうことじゃない。しかも当の本人も師匠を超えていないらしい。そもそもこいつの師匠って一体いつの時代の人間なのか。弟子に土下座を何度もする師匠なんてどういうことなのか。何から突っ込んだらいいのか分からず途方に暮れるも

 

 

「お二人とも……こんなところで何をしてるんですか?」

 

 

それは、俺たち二人にとっての『お母さん』の登場で全て吹き飛んでしまった。

 

 

「フェルン……!? 違うんだよ、これは年上のお姉さんとして、ちょっとシュタルクの相談に」

「知りません」

 

 

フリーレンは挙動不審になりながらフェルンにわたわたと言い訳している。それに利用されるも、俺は既に床に正座している。それにふくれっ面で不機嫌になっているフェルン。きっと俺たちが内緒でお菓子やジュースを楽しんでいたのに怒っているのだろう。いや、もしかしたら俺がフリーレンを独り占めしてしまったことに嫉妬しているのかもしれない。

 

俺の隣で、そのまま土下座しかねない勢いで謝罪しているフリーレン。もしかしたらこの師弟は、師匠が土下座をする系譜なのかもしれない。

 

 

(……本当に下らない旅になりそうだよ、師匠)

 

 

自分も土下座した方がいいだろうかと思いながら、これからの下らない旅と、帰りを待ってくれているであろう頑固な師匠に思いを馳せるのだった────

 

 

 




久しぶりのフリーレンサイドのエピソードになります。原作でもあまり多くない、二人きりでのフリーレンとシュタルクのやり取りがメインになっています。今回でこういった形でのフリーレンサイドの話は最後となります。次回からフリーレンたちはフリージア編に突入します。
それに合わせて、次話からは過去編のクライマックスである別離編になります。お楽しみに。
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