(全く……これじゃあごっこ遊びと変わらないわね)
リーニエたちが去り、独りきりになった教会でローブを脱ぎながら溜息を吐く。仕方がないだろう。今の自分はまさに道化に過ぎないのだから。かつて聖都でやっていた神官ごっこと変わらない。いや、今は村長ごっこか。これなら村長の演じ方をシュトロに倣っておけば良かったかもしれない。リーニエは嫌がるだろうが、法衣でも纏っている方が分かり易いのは間違いない。
(本当に人間は面倒ね……魔族で良かったわ)
心の底からそう思う。それは身なりで強さを、地位や財産を示すという分かりづらい人間の習性。ようするに人間は魔族のように一目で相手の強さを見抜けないのだ。そのせいで無駄にこうやって身なりを着飾って誇示するしかない。面倒で無駄な行為。王族連中はもちろん、自分の役職を示すのにもそれは用いられている。聖都で私が纏っていた法衣もそれだ。分かり易い魔族の証として角があるが、どうしても人間はそれに見慣れてきてしまう。私自身の容姿が小柄な女性という人間社会では低くみられるものだということもある。今は仕方なくこの赤いローブで代用しているが、本気で法衣を纏った方がいいかもしれない。
(結局その習性のせいで、この辺りは戦争になってるってわけね……)
そう、結局それがこの南側諸国の現状の全て。いや、もしかしたら人間という種族に言えることなのかもしれないが。相手の強さが分からないからこそ、無駄な戦いを、争いを続けている。魔族であればあり得ないこと。私たちは魔力が高い者に従う習性がある。魔王様の支配がまさにそれだ。個人主義の私たちを統べる、弱肉強食という最も原始的で、分かり易い摂理。
しかし人間の力は魔力や武力だけではないことを私はこの五十年で見せつけられている。政争。相手を貶める足の引っ張り合い。悪意によるもの。王都と聖都でそれに嫌というほど巻き込まれた。そしてそれはここ南部でも変わらなかった。いや、より酷くなってしまっている。ここにやってきてからのほぼ一月で目の当たりにした。
五十年以上前の、魔族たちと戦争していた頃と全く同じ光景。蹂躙され、荒廃してしまっている村落。疲弊し、絶望している人間たち。それ以外に見るべきものはなかった。違うとすれば、それを行っているのは魔族ではなく、人間同士であるということ。勇者を恐れて隠れているということもあるだろうが、それ以上に南部は生き残っている魔族の数がそもそも少ないのだろう。魔王軍の拠点は北部にあったのだから当然と言えば当然。
だがそのせいで戦後は人間同士の争いに発展している。魔族という共通の敵がいなくなってしまったことで。魔王様を討伐したヒンメルたちからすれば皮肉でしかないだろう。それを防ぐためにヒンメルたちも尽力したようだが、叶わなかったようだ。いかなヒンメルでも限界はあったのだろう。いや、それはあいつらがお人好しだからでもあるのだろうが。
(あいつらが本気で人間たちを支配していれば、また違ったんでしょうけど……)
思い出すのはいつかハイターの奴に言ったこと。面倒なことをせずに勇者一行で国を、人間を支配すればいい。そうすればここまで南部が混乱することはなかっただろう。強力な国があれば少なくとも人間同士の争いは抑えられる。北側諸国がそれを証明している。帝国という、私たちの侵攻にも耐え抜いた大国があるからこそ北部はまだ安定している。残存した魔族の多さや自然環境の過酷さはあるが、少なくともここよりは遥かにマシだろう。
中央諸国も安定しているが、それは勇者の存在が大きいだろう。その象徴が抑止となっている。現に私たち魔族はヒンメルがいることで動きを制限されている。実際に支配者ではなくともこれなのだ。本当に王になればどれだけの力を、権力を持つことになるのか。あいつらがそれを嫌ったのも頷ける。そんなあいつらだからこそ魔王様を討伐できたのだとすれば、やはり向き不向きなのだろう。あの生臭坊主はできるのに面倒臭がってしていないだけだろうがそれはともかく。
(まあ、私もあいつらのことは言えないわね……)
何度目になるか分からない溜息をつきながら、窓から外を眺める。そこには何の面白みもない、退屈な日常を送っている村人たちの姿。何の変哲もない人間の村。違うのはそれを統治しているのが魔族である私であるということ。
何でこんなことになってしまっているのか。きっかけは人間同士の争いに巻き込まれたことだった。いや、正確にはそれに首を突っ込んでしまった。私ではなくリーニエが、だが。戦争中に命を奪われかけていた人間の子供をリーニエが助けてしまったからこそ。リーニエからすればヒンメルならそうしたからなのだろうが。それ自体は別に構わない。リーニエがしなくとも私も天秤として同じことをしていただろう。
問題はその先だった。魔族である私たちが乱入したことでさらに戦場は混乱してしまった。このままではさらに余計なことになりかねないため、私とリーニエによって人間の両陣営を退けた。疲弊したからか、それともこれ以上続けると敗北してしまうと察したからか。奇しくも魔王軍が存在していた時と同じように、魔族という第三勢力ができたことで、争いを続けることができなくなったのだろう。
だが事はそこで終わらなかった。救われたと勘違いした人間たちが私たちの根城に集まって来たのだ。どうやら人間たちからすれば私たちが争いを平定したように見えたらしい。私にとっては慣れ親しんだ感情や視線を受けることになった。それは信仰に他ならない。それに加え、恐らくは善意と呼ばれる物。悪意と対極でありながら、やはり魔族には理解できない概念。書物によれば返報性の法則、習性だったか。こっちが勝手にやったことを、勝手に自分たちのためにしてくれたのだと勘違いすること。それによって半年経たぬ内に、また私は信仰されることになってしまったわけだ。
もっとも最初は何もしていなかった。追い払うのも面倒なので、こっちの害にならないならと好きにさせていたのだが今度はその集まっていた人間たちが勝手に争い始めてしまう。挙句その平定を、調停を私に縋ってくる始末。つい最近まで自分たちがそれに苦しめられていた癖に、今度は自分たちがそれを始めてしまう。それが人間たちの悪意なのだろう。
それに対して私は服従の魔法によって、その場にいる全ての人間たちに枷を施した。『暴力を振るってはならない』という命令を。かつて私がヒンメルに課せられた『人間を傷つけてはならない』という命令を倣ったもの。それがあれば、争うことはできなくなる。動物が牙と爪を抜かれたように。あえてそれ以上の命令は行わなかった。自由と平等。人間たちが大好きな言葉と概念。効果の条件を私が根城にしている廃村に限定し、そこからも好きに出て行けるようにしている。それを保証してやれば後はどうとでもなるだろうと。
(
その結果がこの箱庭。人間を共存させるごっこ遊び。恐らくヒンメルならしないであろうこと。だが魔族である自分だからできることでもある。天秤として。女神や僧侶のような清廉潔白な物ではない。もっと動物的な、原始的な物。退屈しのぎ、暇つぶし。
だが私にとってもそれは悪い話ではなかった。これからのことを考えれば、私は人間の悪意を、私なりに理解する必要があったのだから。それを確かめる機会だと。
そう、それはまるで実験だった。人間たちを観察し、理解できない行動を理解できないままに利用する。いや、観測だったか。
(これじゃあ、やってることがあいつと同じね……)
その事実に思わず背筋が寒くなる。不快感を覚える。脳裏に浮かぶのはいつも張り付いた笑みを浮かべていた大魔族のソリテール。人間を研究している変わり者の魔族であり、魔王様とも懇意にしていた存在。何度か顔を合わせたことがあるが、勝手に喋り続ける鬱陶しい奴だった。話半分どころか、ほとんど聞き流していたのだが、そういえば似たようなことを言っていた気がする。もう少し真面目に聞いておくべきだったか。いや、やはりあり得ない。そもそもあいつは私とは致命的に相性が良くない。考え方も、魔族としても。
(村長の奴が生きていれば聞きに行けたけど、仕方ないわね……)
そのまま読みかけだった本を開きながら考える。そう、この類の話題は村長なら得意としていたはず。生きていればそれを頼る所なのだが、もういないのだから仕方ない。その代わりがこの本。人間の習性、心理だったか。それらがまとめられている物。ここ最近はそれを読み進めているのだが、芳しくはない。どうしても内容を嚙み砕けない。人間用に書かれているのだから当たり前なのだが。理解したいのなら間にやはり誰かを頼るしかない。業腹だが、今度会った時にハイターにでも翻訳してもらうしかない。対価に何を要求されるか分かったものではないが。
(問題は代行もね……他にできそうな奴もいないし、しばらくは様子見ね)
目下の問題は代行だった。この村における人間のリーダー。平等を謳っている以上、本当は置きたくはないのだが、全ての些事に私が直接関わるのは煩わしく、そもそも現実的ではない。仕方なく今は立候補してきた人間の一人に代行させているのだが、どうにも評判が良くない。能力はあるのだが、判断や行動に偏りがある。最近は食料の分配においてもそれが耳に入ってくるようになっている。その真偽を問い質したこともあるが、要領を得なかった。本当なら魔法で確かめることもできるのだが、この村の教義を考えると好ましくない。それは最終手段だろう。
(求めるものを与えてやってるのに……何が不満なのかしら?)
自由に平等。非暴力。人間たちが求めているものを与えているのに、何が気に入らないのか。確かにこの村の仕組みが拙いのはあるだろう。人口の増加。それに伴う食糧、医療の問題。表立ってはいないが不平や不満が出始めている。出ていくのも自由なくせに、文句を言い始めている。働いて勤勉な者もいれば、怠惰な者もいる。平等とは言えない状況になりつつある。平等を与えているのに。人間は不合理を求めているかのように。
何よりも頭を悩ませているのは、直接的な暴力ではない、間接的な暴力が増えていること。盗みや中傷。他者を排除しようとする動き、本能なのか。魔族には理解できない悪意によるもの。
今の私はいかに人間を統制し、操るのか。服従させるのかばかり考えている。天秤に従い、勇者に倣うように自由と平等を与えんとするのに、その真逆のことをしないといけない矛盾。
(これなら私が支配した方が、ずっと簡単じゃない……)
そう、支配した方が遥かに楽だ。かつて私がハイターに言ったように。この服従の天秤によって。しかしそれではかつての
だからこそ法律や教典が必要なのだろう。支配であるのに、支配でないかのように見せる欺瞞が。ハイター曰く、律するということが。
(本当にあいつは夢を見てたってわけね……)
人間の共存だけでこれなのだ。魔族との共存など夢のまた夢。少なくともこのままでは。なのにどうしてヒンメルはそれができたのか。私という魔族との共存を。知らずまた胸元にあるアクセサリに手を伸ばしかけるも
(っ! そうよ……何で気が付かなかったのかしら。誰よりも、私がそれを知ってるはずなのに……!?)
そこでようやく気付く。その答えを誰よりも私自身が知っている、経験をしていることを。服従の天秤。魂を載せた相手を己が傀儡にし操る私の魔法。それをヒンメルは異なる使い方で、魔族である私に人間の在り方を矯正した。三箇条だけではない。食人欲求の抑制や、それ以外の細かな条件付けで。その前提があったからこそ私は人間社会に適応し、天秤へと至った。
なら悪意に抗えない人間を矯正するにはどうすればいいのか。そう、暴力を禁止するだけでは足りないのだ。考え方を変える必要がある。自由や平等は与えてはいけないのだ。人間は本質的にする側であれ、される側であれ、支配を望んでいるのだろう。なのに、自由や平等が欲しいと嘘をついている。ヒンメルも言っていたではないか。人間はみんな嘘つきだと。
なら私はどうすればいいのか。決まっている。嘘をつけばいい。騙せばいい。自由と平等があるように見せかけて、支配すること。それが私の魔族の本質でもある。ようやく自分なりの
「アウラ様! お客さんだよ!」
聞き慣れた大きな声と共に扉が叩かれる。どうやら静かな時間は終わったらしい。それにしてもまたか。今日は千客万来らしい。だがそこで違和感に気づく。お客さんという言葉。それは先のような難民ではないということ。それに加えて私が許可していないのに既に村に入っているということ。それはつまり私も見知っている相手であることを意味している。瞬間ようやく悟る。どうやら考え事に没頭しすぎて、魔力探知を怠ってしまっていたらしい。
「……いいわ。案内しなさい」
再び本を閉じ、意識を切り替える。天秤としての、いや魔族としての私に。ローブを被り直す必要はない。今から来る相手は私が魔族だと理解しているのだから。
それは初老の男性だった。前に会ったのは十年ほど前だったか。人間で言うなら貫禄がついたと言うのかもしれない。だが変わらぬその所作が、その人間がただ者ではないことを示している。何よりも纏っている魔力が。魔族である私にはそれが一目で分かる。大魔族である私でも、侮ることができない魔法使いであることの証。
「お久しぶりです、アウラ様」
頭を下げながら、男は私にそう挨拶してくる。魔族である私にそんなことをしてくる人間の魔法使いなんてこいつぐらいだろう。
それが私にとっては間違いなく面倒事でしかない、大陸魔法協会最初の一級魔法使いである、レルネンとの再会だった────