ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第八十五話 「臆病」

「相変わらずあの老害に振り回されてるのね」

 

椅子に腰かけ、足を組みながら目の前に控えているレルネンにそう告げる。大陸魔法協会における一級魔法使いの称号を持つ男。それはすなわち現代の人間の魔法使いにおける最高峰であることを意味する。何でもこの村の調査にやってきたらしい。白々しいことを。実際はあのエルフ、ゼーリエの差し金だろう。面倒なことを。一級魔法使いと言えば聞こえはいいが、ようするにあいつの使いっぱしりだろう。

 

 

「ゼーリエ様の我儘は今に始まったことではないので」

「老害だって認めたわね、あんた……」

 

 

そんなこっちの皮肉も何のその。レルネンは動じることもなく淡々とそれに応じてくる。流石と言うか何というか。やはりあいつのお気に入りなだけはあるのだろう。老害だけでなく、我儘だと認める始末。きっと本人の前でも言うに違いない。

 

 

「十年ぶりくらいかしら……少し老けたわね」

「白髪も増えてるけど、前よりもずっと強くなってるよ! たった十年なのに凄いね!」

「そうね」

「いえ、お二人に比べれば私などまだまだです」

 

 

改めてその姿を見据える。確か前に会ったのは十年ほど前だったか。その時は確か歳は三十かそこらだったはず。なら今は四十ほどか。見た目はそう変わっていないが、リーニエの言う通り少し白髪が増えているかもしれない。だが何よりも変わっているのは魔力だった。魔力量もだが、十年前でも洗練されていた魔力にさらに磨きがかかっている。特に魔力の流れを見ることができるリーニエからすれば一目瞭然なのだろう。五十年前の戦争時にこいつがいれば、間違いなく魔王軍にとっては厄介な脅威となっただろう。もっとも厄介なのは今でも変わらない。目下私にとっては。

 

 

「相変わらず謙虚な奴ね……あいつの弟子とは思えないわ」

「ゼーリエ様からもよく言われます。臆病者だと」

 

 

それこそがこいつの一番厄介な点だろう。これほどの高みにいながら、こいつには全く驕りが、慢心がない。魔法使い特有の誇りもない。どころか自分を本気で卑下している。謙遜という、相手を欺くための嘘ではない。傲慢さの塊みたいなゼーリエとは正反対。師弟は似る物だというが、こいつらは真逆なのかもしれない。

 

 

「ふぅん……私たちの前に一人でやってくる奴が臆病者、ね。いつから言葉の意味が変わったのかしら? それとも私を試してるわけ?」

「そんなことは決して。私はアウラ様を試すような器ではありません」

 

 

変わらずこちらに敬意を払い続けるレルネン。取り付く島もない奴だ。臆病者か。よく言ったものだ。大魔族でありかつての七崩賢である私とその配下であるリーニエの前に単身で乗り込んでくる臆病者が一体どこにいるというのか。臆病者ではなく、命知らずが正しいだろう。勇者一行ほどではないにしても、こいつもまた化け物寄りであるのは間違いない。

 

 

「ねえねえレルネン。また私と模擬戦しない? 私も前よりも強くなったんだよ?」

「リーニエ様が宜しいのでしたら是非」

「ほんと!? やった! でもリーニエでいいよ。前も言ったでしょ?」

「いえ、私にとってはリーニエ様は目上なので」

「むぅ……」

 

 

手を引っ張りながら甘えるようにレルネンを誘っているリーニエ。その目はいつにも増して輝いている。そういえばそうだったか。レルネンはリーニエにとってもお気に入りだった。ゼーリエとは違う意味で。いわば好敵手だろうか。対抗意識と言ってもいいかもしれない。

 

きっかけは十年前初めて出会った時のこと。その際に、リーニエはレルネンに一目で魔力の偽装を見抜かれてしまったのだ。本人は偶然僅かな揺らぎが見えただけだと言っていたがあり得ない。十年前とは言え、リーニエの魔力の偽装は魔力に敏感な魔族ですら欺くもの。今では魔族の将軍はおろか、大魔族の私ですら騙し切るほど。ゼーリエの揺らぎを見抜くのも時間の問題かもしれない。

 

それ以来、リーニエはこいつを気に入っている。友達とはまた違う意味で。年齢的にも近いのもあるだろう。もっともまた今回も呼び捨てに関しては振られてしまったようだが。

 

 

「それはまた後にしなさい。それで? 一体何の用なわけ? ただの調査にあんたが来るわけないでしょ」

 

 

足を組み直し、頬杖を突きながらそう催促する。化かし合いなど時間の無駄だ。さっさと本題に入るとしよう。

 

 

「流石はアウラ様……これをゼーリエ様から預かっております」

 

 

そんなこちらの態度を気にすることなく、まるで待っていたかのようにレルネンは一通の手紙をこちらに差し出してくる。信書と呼ばれる物。聖都にいるときに王都から度々送られてきた、私にとっては煩わしい物。今回もその例に漏れないのだろう。仕方なく封を切り、文面に目を通す。だが

 

 

「あんた、ふざけてるわけ……? こんな物寄こすなんて……殺されても文句は言えないわよ?」

 

 

掛け値なしの殺気を、魔力をレルネンに突きつける。久方ぶりの、天秤でも魔族でもない。純粋な殺意。知らず手紙を握りつぶしてしまっていた。当たり前だ。それだけの内容が綴られていたのだから。

 

南側諸国の和平に協力しろ。その代わりこちらには手を出さない。それが信書の内容だった。ようするに見逃してやるからこっちの言うことを聞けと脅しているのだ。ふざけている。宣戦布告以上の傲慢さ。

 

 

(こっちの足元を見てるってわけね……!)

 

 

今の私には王国との繋がりも、勇者一行の後ろ盾もなくなってしまっている。以前のようにそれを盾にすることはできない。それがゼーリエには分かっているのだろう。いや、この時を待っていたのか。以前の王都での件の意趣返し、仕返しかもしれない。ヒンメルが言っていたように、本当に子供のような奴なのだろう。

 

だが私に選択肢はない。この要請、命令を断れば魔法協会に敵だと認定され、使者であるレルネンに手を出せばこちらの負けでもある。初めから詰んでしまっている。伊達に無駄に長く生きているわけではないということかもしれない。

 

 

「はい。申し訳ありません」

 

 

だからこそレルネンは使者としてやってきたのだろう。私たちが手を出せないと分かっているからこそ。もっともこいつは私たちが相手でも逃げおおせかねないが。だがそれ以外にも腑に落ちない点がある。それは

 

 

「あいつ、人間たちの争いに興味はないなんて言ってたくせに、どういう風の吹き回しなわけ?」

 

 

あのエルフが、人間同士の争いに介入しようとしていること。そんなことに興味があるようには見えなかったが。一体何を企んでいるのか。

 

 

「戦争が長引いて、貴重な魔法使いが使い潰されているのを憂慮されているのです。他国からの干渉も無視し切れなくなっているのでしょう」

「戦争そのものよりも、魔法の発展が気がかりってわけね。あいつらしいわね」

 

 

明かされた理由に納得するしかない。なるほど、あいつらしい理由だ。あいつからすれば与えた魔法は魔族の掃討に使われてこそなのだろう。魔法の発展とやらか。あいつの予言通り、ゾルトラークはこの南部で発展を遂げたが、それ以外の方向にも向かって欲しいのかもしれない。口では中立だと言っても、魔法協会も他国からの影響は避けられないのだろう。もっともあのエルフのことだ。また嘘をついているだけかもしれないが。

 

 

「貴重な魔法使いとか言ってるけど、最近質が落ちてるんじゃない。ついさっきリーニエに手を出してきた魔法使いもあんたたちの認定を受けてたらしいわよ」

「三級って言ってた。大したことなかったよ。修行が足りないんじゃないかな?」

「それは失礼をしました。アウラ様たちには手を出さないよう通達しているのですが……以後徹底します。リーニエ様が相手では仕方ありませんが……試験の内容も検討しなければいけないかもしれませんね」

 

 

だが肝心の魔法使いの質とやらは上がっていないらしい。もちろんリーニエ相手であれば仕方ないかもしれないが。魔法協会の基準に照らし合わせるのなら、リーニエは一級相当になるのか。レルネンと同格なのだから。そんな奴らばかりになれば魔族の残党もあっという間に掃討されるに違いない。あいつの理想はそうなのだろうが、一体何千年後になることやら。

 

 

「話が逸れたわね……まあいいわ。あんたが悪いわけじゃないし」

「恐れ入ります。ゼーリエ様に代わって感謝を」

「そんな物いらないわ。ただあんたたちに討伐されたくないからよ」

 

 

殺気を抑え、平静を取り戻しながらそう愚痴る。そんな物は欠片も欲しくはない。やり方はともかく、南側諸国の和平はこちらにとっても都合がいい。気紛れで始めたこの箱庭だが、私もいつまでも南部に留まる気はない。目途がつけばここを解放するつもりだったのだから。あのエルフの思惑に乗るのは癪だが、私の有用性と友好性を人間たちに示す意味では悪くない。ヒンメルの庇護下で王都や聖都の信頼を掠め取ったように、これから私はもう一度同じことをしなければいけないのだから。

 

何より単純な理由。生き延びるために。ただそれだけだ。ヒンメルに服従させられる前から変わらない、私の行動原理。

 

 

「お戯れを。ゼーリエ様ならともかく、私たちがアウラ様を討伐など」

「マハトの奴を封印しておいてよく言うわ」

 

 

謙遜もここまで行くとただの嫌味だろう。私と同じ七崩賢であるあのマハトを封印しているのだから。七崩賢最強とまで呼ばれていたあいつを。私にとっては最大限の脅威でしかない。解放される前からその情報は集めていた。無論一人でやったわけではないだろうが、その集団としての強さがこいつらの最も厄介な点だ。奇しくも勇者一行と同じだ。もう同じ轍を踏む気はない。しかもこいつらはあのエルフから特権を得ている。それは人間よりも遥か高みにある魔族の魔法に匹敵しかねない。人知も理も超える七崩賢の魔法ですら例外ではないかもしれない。

 

 

「そもそも私はあんたたちと正面から戦うような馬鹿な真似はしないわ。とっとと逃げるだけよ。私もあんたと同じで臆病なのよ」

「存じております」

「私もいるから負けないよ!」

「そうね。頼りにしてるわ」

 

 

そう、馬鹿正直に正面から戦うことはない。逃げる、隠れる、不意打ちする。いくらでも選択肢はある。何故魔族(わたし)たちが言葉を使うのか。力押しなんて馬鹿のすることだ。魔法使いとしての誇りも、魔族としての本能も必要ない。ようするに愚かな驕りと油断。その悪癖こそが魔族の弱点。

 

その意味で私が目指すべき、見倣うべきは目の前の臆病者なのだろう。そして私よりも先にそこに至っているのがリーニエだ。生まれて間もない頃から魔力を、誇りを偽り、魔力を見透かす瞳によって相手の強さを見誤ることはない。驕りと油断を排した魔族。そういう意味でもこの二人は似た者同士、お似合いなのかもしれない。

 

 

「お詫びではありませんがこれを……」

 

 

交渉という名の脅しがようやく終わり、せいせいとしているとレルネンが何かをまた差し出してくる。また面倒事かと辟易しかけるも、その品に首を傾げるしかない。瓶のような物の中に、何か人形のような物か収められている。見たことがない物。

 

 

「何よそれ?」

「私が作成したゴーレムです。試作型ですが、侵入者の迎撃に役に立つかと」

 

 

どうやらそれはこいつが作成した魔道具の類だったらしい。話しぶりから察するに、自動で相手を迎撃する人形のような物なのだろう。その意図も明白だ。私欲も何もない奴かと思ったがそうでもなかったらしい。こいつが作った物ならその性能は折り紙付きだろう。

 

 

「そう……それをここで試したいってことね。好きにしなさい。こっちの役に立つなら構わないわ」

「痛み入ります」

「ただし、条件があるわ。いえ、あんたたちへの依頼かしら」

「依頼ですか?」

 

 

こっちの役に立つ取引なら何でも構いはしない。今更こっちの機嫌を損ねるような馬鹿ではない。なので今度はこちらの番。

 

 

「ええ。半月ほどここを離れる予定があるの。その間のこの村の防衛をあんたたちにしてほしいってわけ」

 

 

それが依頼という名のお願い。あいつとの約束を守るためにこの箱庭を離れることになる、私にとっての懸念だった。

 

 

「元々は私が服従させてる魔物たちにさせるつもりだったけどちょうど良かったわ。その方が確実でしょう? 私たちを利用したいなら悪い話じゃないと思うけど」

 

 

笑みを浮かべながら今度はこちらが優位に立つ。そう、元々は天秤で服従させた魔物たちに村の防衛を任せるつもりだったが、どうしても心もとなかった。竜も含めた、新たな私の軍勢は戦力としては申し分ないがやはりその統制には以前よりも難がある。何よりも村の内部の方が問題だった。下手をすれば戻って来た時に内乱状態になりかねない。南部の難民たちが集まっているここが崩壊するのはこいつらにとっても望ましくはないはず。逆に今度はこいつらの足元を見てやった形。しかしそれは

 

 

「願ってもない申し出です。元々私はアウラ様にお力添えするよう命じられて派遣されたので」

 

 

思ってもいなかったレルネンの暴露によって失敗に終わってしまう。いや、無意味になってしまった。

 

 

「ゼーリエが? つくならもっとマシな嘘をつきなさい。あいつがそんなことを言うわけないでしょ」

「私も直接言われてはいません。本当に不器用で優しいお方ですから。アウラ様と似ておいでかもしれません」

「……前言撤回よ。あんた、間違いなくあいつの弟子だわ」

「ありがとうございます」

 

 

ここに来てから初めて、僅かに笑みを浮かべながらレルネンはさらっととんでもないことを告げてくる。さっきの信書以上の侮辱だろう。今私はどんな顔をしているのか。きっとあのエルフも同じような顔をするに違いない。分かるのは、間違いなくこいつがあの老害の弟子だということだけ。

 

 

「聞き忘れておりました。ゼーリエ様に何か言伝があればお伝えしますが」

 

 

まるで私の反応すらも見抜いていたかのように自然に話題を変えてくるレルネン。もしかしたらゼーリエもこいつに世話されているのかもしれない。

 

 

「そうね……せいぜいボケないよう気を付けろって伝えなさい」

 

 

なのでそう伝えてもらうことにしよう。弟子に甘えてばかりだと、ボケてしまいかねないだろう。魔法どころか弟子のことすら忘れないよう、せいぜい気を張っていればいい。

 

 

「もう終わった? なら早く行こうレルネン!」

「はい。ご指導お願いします、リーニエ様」

「いいけど、ほどほどにしなさい。夢中になって遅れないようにね」

「うん!」

 

 

もう待ちきれなかったのか、リーニエはレルネンを連れ去ろうとしてしまう。それにも全く動じないレルネン。それに釘を刺しておく。はしゃぐのはいいが、やりすぎないように。リーニエはもちろんだが、見た目に反してレルネンも同じように戦いを好む習性を持っているからだ。十年前はそれに面食らってしまったほど。夢中になれば殺し合いに発展しかねない。そして

 

 

「何かこの後にあるのですか?」

 

 

レルネンが尋ねてきたのが、もう一つの理由。それは

 

 

「ええ。何でも今夜、五十年振りの流星が見れるそうよ。急ぎの用がないならあんたも見て行きなさい」

 

 

五十年前から何度も聞かされてきた、私にとっては無関係なのに巻き込まれてしまっている、下らない行事のことだった────

 

 

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