(思ったより賑やかね……)
夕日の光で辺りが朱に染まり始める頃。村の広場には多くの村人が集まっていた。ちょっとしたお祭り騒ぎになりつつある。ここ箱庭では珍しい光景。それはこれから見れるであろう、
よく考えれば当たり前か。人間たちにとっては一生に一度、どんなに足掻いても二度までしか見れない物なのだから。かつてヒンメルに十回は見る機会はあったはずと言われたことを思い出す。暗にあれは私が年寄りだと言っていたのだろう。本当に癪な奴。今頃、あの薄情者と再会できたのだろうか。こればかりは女神の奴でも分からないに違いない。そんな下らないことを考えていると
「あ、アウラ様だ! これあげる!」
私の姿に気づいたのか、小さな女の子がこちらへと走り寄ってくる。確か今日村にやってきた難民の子だったか。相当疲労していたはずだが、やはり人間の子供は元気なのだろう。女の子はその手にある白い花を私に差し出してくる。どうやら贈り物らしい。村の花畑に咲いている物の一つ。その光景にいつかのリリーの姿が重なる。そういえば、あの子も白い花をくれたのだったか。もっとも引っ込み思案で、目の前の子とは似ても似つかないが。
「そう。ありがとう」
その時には言えなかった言葉を告げる。ヒンメルに教えられた言葉。その意味を私は理解している。それを反射でできるほどには、私も染まってしまったのだろう。騙すためではない、感謝を伝えるための言葉。
「すみません。アウラ様……」
「いいわ。でも目は離さないようにしなさい。どこに行くか分からないわよ」
慌てた様子で母親がやってくる。きっと苦労しているのだろう。私も経験がある。主に三人分。特にその内の二人には手を焼かされた。目下一人に関しては継続中だがあえて言うまい。村から出れないはずなのに、魔力探知で探す羽目になったのは一度や二度ではない。それができない人間の子供であればなおのことだろう。そんなことを考えていると
「慕われているのですね、アウラ様」
いつの間にか隣にレルネンがやってきていた。流石は熟練の魔法使いといったところか。少し気が緩んでいたかもしれない。気を付けなくては。もっともこいつは今、私に手を出してくるほど愚かではない。こいつも私が手を出すことはないと踏んでいる。ある種の休戦状態。
「ええ。自分で出した花をもらうのはこれが初めてだけど」
手にした白い花を見ながらそう零す。自分が出した花をもらうなんて経験は流石になかった。子供故の無知だろう。だがその行為自体に意味がある。わざわざあの子に言うようなことでもない。時間の無駄だろう。
「リーニエは? 一緒じゃないの?」
「リーニエ様なら向こうでお菓子を召し上がられています。少しすれば来られるかと」
「そう。迷惑かけたわね」
そういえば私の護衛をすべき従者の姿が見えない。どうやら途中で道草をくっているらしい。いつものことだが呆れるしかない。きっと村人からちやほやされているのだろう。聖都でもここでもそれは変わらない。皆あの子に騙されてしまっているのだろう。もっとも実害はないので放っておくしかないが。それに付き合わされたこいつからすればいい迷惑だろう。本人は全く気にした風ではないが。むしろ楽し気ですらある。やはり戦闘狂同士、気が合うのかもしれない。
「ですが本当に綺麗な花畑です。ゼーリエ様にもご覧になって頂きたいぐらいです」
そんな見た目にそぐわない本性を見せることなく、レルネンは目の前に広がっている花畑を眺めながらそんなことを口走った。私からすれば面食らってしまうような内容。
「ゼーリエに? あいつ、花が好きなの?」
「はい。花畑を出す魔法はゼーリエ様が好きな魔法の一つですから」
それはゼーリエが花が好きだということ。いや、花畑を出す魔法が、なのか。どっちにしろ似合わないことこの上ない。嘘かと疑うも、そんなことをする意味はこいつにはない。ならそれは本当なのだろう。
「ふぅん……てっきり下らない魔法だと馬鹿にしたのかと思ってたけど……戦い以外にも興味があったのね」
思い出すのはいつかの式典の時。あいつに好きな魔法を言ってみろと脅され、仕方なくそれに答えた記憶。どうやら私は意図せず、あいつの好きな魔法を答えてしまっていたらしい。下らない云々は、それを誤魔化すためだったのだろう。本当に子供みたいな奴だ。
それにしても意外だ。あいつは民間魔法などには興味がない、自分たち魔族寄りかと思ったが、そうでもなかったらしい。だがよく考えればそうか。あいつは生きた魔導書なんて呼ばれるぐらいに様々な魔法に精通している。戦闘以外に使える魔法も例外ではないのだろう。様々な魔法を収集しているという点ではあのフリーレンと同じなのかもしれない。似た者同士なのだろう。本人に言えば、ヒンメルに言われたあの時のように不機嫌になるに違いない。そんな中
「戦いしか知らないのはむしろ私の方でしょうね。私は古い魔法使いなので」
レルネンはそんな言葉を漏らしている。恐らくはまた自分を卑下しているのだろう。その内容も私にはよく理解できないもの。言葉通りに受け取るなら、古い魔法使いというのは、戦いしか知らない魔法使いのことか。なら新しい魔法使いはその逆か。ますます分からない。それの何がいけないのか。どう考えても生きた年月ではあのエルフの方が古い魔法使いなのだがそれはともかく。
「古いかどうかは知らないけど……あんたは間違いなくあいつのお気に入りね。わざわざこうして見せびらかしてるんだから」
それが答えだろう。あいつにとってこいつはお気に入り、特別なのだ。私にとってのリーニエのように。古いか新しいかなんてあいつにとってどうでもいいに違いない。
「どういう意味でしょうか……?」
だというのに、レルネンは呆気にとられたように固まってしまっている。こいつがこんな風になるのは初めて見た。驚いているのだろうか。いつも察しがいいくせに、本当に気づいていなかったのだろうか。
「? 気づいてなかったわけ? あいつがあんたをここによこした理由よ。自慢したかったんでしょうね。本当に子供みたいな奴だわ」
そんなこと、考えなくても分かるだろうに。一級魔法使いというのは言わばあいつの目に適ったお気に入りの集団だ。弟子と言い換えてもいい。その中でもこいつは特別なのだろう。こうして私の前によこすぐらいなのだから。ヒンメルたちに言わせれば一番弟子か。そういえばヒンメルもことあるごとにリーニエを見せびらかしていた。おもちゃを見せびらかす子供となんら変わらない。
「そうですか……なら、あのお方の記憶に少しでも残れるかもしれませんね」
ようやくそれに気づいたのか。どこか穏やかな顔を見せながらレルネンはそんなことを漏らしている。なるほど。そういうことか。本当に人間はそれが好きなのだろう。
「あいつに覚えててほしかったってこと? 無駄な心配しているのね。千年以上前の弟子のことを覚えてる奴よ。ここ百年の弟子なんて忘れるわけないじゃない」
自分を覚えてもらうことが。いや、覚えていてくれることが。まだ死んでいないくせに。そもそもそれは無用な心配だろう。ことあの老害に関しては。未だに千年前の弟子の遺言に従って、魔法協会まで創設するような物好きなのだから。あいつにとって百年なんてあってないようなものだろう。神話の時代から生きているなんて豪語しているぐらいなのだから。
「それはフランメ様やフリーレン様のように名を残された、偉大な方だからでしょう。私ではとても……」
だがそれをこいつは認められないらしい。信じられないのか。ここまで謙遜だと逆に毒だろう。悪癖とも言える。偉大な方、か。確かにそいつらは大魔法使いと呼ばれる化け物たちだろう。しかしそれとこれとは何の関係もない。そもそもあの薄情者が偉大かどうかは甚だ疑問だがそれはともかく。
「なら直接あいつに聞けばいいじゃない。そんな下らないこと考えてないで修行でもしたらどう?」
そこまで気になるならあいつに直接聞けばいい。ようするにこいつもヒンメルと同じなのだろう。さっさと言葉にして伝えればいいのに、面倒なことばかり気にしている。さっさと聞いて、修行でもした方があのエルフも喜ぶに違いないだろうに。どうしてそれが分からないのか。
「────ゼーリエ様にも同じことを言われそうですね」
「私はゼーリエじゃないわよ」
しばらく目を閉じていたかと思えば、今度はそんなふざけたことを口にしてくるレルネン。私とあのエルフを同一視するなど。あの時のヒンメルに匹敵する侮辱でしかない。もし同じことを今度口にしようものなら、天秤で減らず口を閉じさせることも辞さないほど。
「アウラ様お待たせ! いっぱいお菓子もらってきたよ! レルネンも食べる?」
そんな中、両手いっぱいに貢物を抱えた今の村で一番祭りを楽しんでいる我が従者がやってくる。そう、この子とこいつを足して二で割ればちょうどいいかもしれない。きっとあのエルフもそれに関しては同意するに違いない。
気づけば日は落ち、辺りは暗闇に包まれていた。だが代わりに月が私たちを照らしている。どうやらもうそんな時間になっていたらしい。賑やかだった村人たちも静まり返り、皆が皆、空を見上げている。まだかまだかと待ち詫びるように。そしてようやく、その時は訪れた。
それは一筋の光だった。それが一つ、また一つと増えていく。まるで雨が降り始めるように。その輝きが増していく。
それがあいつが待ち望んでいた、五十年振りの、私にとっては初めて見る
「ママ! 空にろーそくがたくさん!」
空を指差しながら、さっきの子が声を上げている。蠟燭か。確かに言い得て妙かもしれない。光っては消えていくその様は蝋燭のように子供には見えるのかもしれない。だとしたらその流星がなくなった時が、この光景の終わりなのかもしれない。
流れ続ける無数の流星に、村人たちから歓声が上がる。ある者は手を叩き、ある者は両手を上げ、ある者は祈りを捧げている。そういえば聞いたことがある。流れ星が消えるまでに願い事をすれば、それが叶うのだと。笑い話だ。何の魔法的な根拠もない、ただの妄想。空想。そう勘違いしてしまうほど、この光景は人間たちにとっては特別な物なのだろう。だが
(確かに綺麗だけど……思ったほどじゃないわね)
どうやら私にとってはそうではなかったらしい。確かに珍しいとは思うが、思ったほどではない。期待しすぎていたからか。正直拍子抜けしてしまう。あいつがずっと騒ぎ立てていたからかもしれない。
そもそも人と魔族では感性も違う。星の名前や星座に意味を見出せないように。短命な癖に暇な人間たちだからこそなのかもしれない。なのにあいつは私もこれを楽しめると思ったのだろうか。あいつにしては珍しく、私のことを分かっていなかったのかもしれない。そう星空から意識を外した瞬間、
「わぁ……! 綺麗だね、アウラ様!」
ふと隣に目を向ける。そこには流星に目を輝かせているリーニエの姿。その横顔に思わず目を奪われてしまう。まるであの時のように。
そうか。かつては花にも全く興味も持たなかった子が、こんなに変わってしまったのか。今のこの子は、何も偽っていない、欺いていない。私にはそれが分かる。やはりこの子は例外なのだろう。
知らず自分の顔に手を当てる。分かる。今自分が微笑んでいることに。その口元が緩んでしまっている。あの時とは違う。
(そう……そういうことね)
ようやく分かった。ヒンメルが、私を誘った本当の理由。私に流星を見せたかっただけではない。ヒンメルは私と一緒に流星が見たかったのだ。あいつがずっとこの流星を楽しみにしていたのも、仲間と一緒にもう一度見たかったから。流星なんて、ただの口実に過ぎなかったのだろう。
(ならそう言えばいいのに……本当に馬鹿な奴ね)
きっといつものように格好をつけたのだろう。今更そんなことを気にする歳でも、間柄でもないだろうに。五十年一緒にいても、私はまだまだあいつのことを分かっていなかったらしい。
「そうね……綺麗だわ」
同じ光景なのに、さっきとは違って見える。誰かと一緒に見ることで。きっとそれが、ヒンメルがこの光景を待ち望んでいた理由なのだろう。
一緒に流星を見ることはできなかったが、伝えてやろう。私も流星を見たことを。覚えていたことを。
きっと同じ夜空を、今も見ているであろう私の友達に────
タイトル通り、半世紀流星の回でした。
半世紀流星は原作でも重要なイベントでしたが、本作でもそれが言えます。特にフリーレンとアウラにとっては終わりでもあり、始まりを意味します。そして勇者にとっては眠りに就く刻限でもあります。時系列的には次話にあたる四十一話の『追憶』をこのまま続けて読んで頂けると嬉しいです。