ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第九話 「理解」

「いただきま……」

 

 

す、と言いかけたところでようやく気付く。今朝はそんなことを言う必要がないことに。

 

『今日は用事があるから早くに出ます。本ばかり読まずにちゃんと仕事もするように』

 

そんな書き置きがテーブルの上に残されていたからだ。それでもちゃんと自分を煽る文面が残されているあたり、勇者の性格が表れている。本当にいてもいなくても癪に障る奴。

 

 

「……美味しい」

 

 

用意されていたアップルパイを口にした瞬間、思わず本音が漏れてしまう。一瞬慌てるも幸いにも今は私一人。もし勇者がいる前でそんなことを口にすればどれだけ馬鹿にされるか分かったものではない。安堵したまま手に取ったそれを口に運び続ける。服従の魔法(アゼリューゼ)の暗示によってリンゴを食べることが食人欲求を抑えることとなっているが、流石にリンゴだけではお腹が満たされるわけもなく、何より飽きてきてしまう。その解決策としてこのアップルパイが考案されて今に至る。その考案者である勇者を喜ばせてしまうので口が裂けても言えないが、このアップルパイが今の自分にとっての好物。確か勇者は……そう、ルフオムレツとかいうのが好物だと言っていたが私の口にはあまり合わなかった。

 

 

(そういえば最近、勇者の奴が大人しいわね……何のつもりかしら……?)

 

 

一人黙々と食事をしている中、その静けさに思わず違和感を覚えてしまう。それは勇者の不在。加えてここ数日の奇行だった。端的に言って大人しかった。いつもならこっちが鬱陶しくなるぐらい絡んできていたのにそれが鳴りを潜めている。それでも十分鬱陶しいのだが逆にそれが不気味だった。こっちの調子が狂ってしまう。一体今度は何を企んでいるのか。どうせ自分が振り回されるのは目に見えているので憂鬱でしかない。

 

 

(まあ、いいわ……あいつの考えてることなんて分かるわけないし。せっかくだからゆっくり読書でもして)

 

 

勇者がいないこの平和な間にゆっくり読書でもと新しく置かれた本棚から本を取ろうとした瞬間、思わず固まってしまう。思い出したのはテーブルの上の書き置き。同時に寒気が、怖気が走る。私の考えが、行動が勇者に完全に読まれてしまっている。だがこのまま仕事に出かけるのはあいつに負けた気がする。しかしこのまま読書を決行すれば後で何を言われるか分かったものではない。進むか退くか。本を片手に持ったままでいると

 

 

「おはようお姉ちゃん! 遊びに来たよ!」

 

 

遊ぶ、という第三の選択肢がやってくる。何にせよ自分にとっての短い平穏は終わりを告げたらしい。

 

 

「……またあんた? いい加減飽きないの?」

「だってお姉ちゃんと遊ぶの面白いんだもん。それと僕の名前はシュトロだよ。いつも言ってるでしょ?」

「名前なんてどうでもいいじゃない」

 

 

こっちの悪態も何のその。ある意味勇者以上に話を聞かない自分にとっての天敵が襲来する。こうなってはもうあきらめるしかない。本を戻し、食べ終わった朝食を片付ける。そのままにしていたら今度は命令するよと勇者に脅されてしまっているので仕方がない。それにしても名前か。いい加減覚えるべきかとも思うが、やはり人間の名前を覚えるのは億劫だ。そんなものを覚えるぐらいなら本の内容を覚える方が何倍も有意義だろう。

 

 

「あれ? 勇者様は?」

「さあ? またどっかで人助けでもしてるんじゃない。ご苦労なことね」

 

 

心の底からそう思う。この一月で観察してきたが勇者のお人好しぶりは異常だ。この村にいる間だけであれなのだ。旅をしていた間はこの比ではないに違いない。その一点においてのみ他の勇者一行に同情してもいいと思えるほど。そんなことを考えていると

 

 

「そうなんだ……ねえ、お姉ちゃんと勇者様ってけんかしてるの?」

「はぁ……?」

 

 

そんな意味不明なことを子供は口走ってくる。一体何を言っているのか。

 

 

「何の話? 何で私があいつと喧嘩なんてしないといけないのよ」

「だって最近勇者様、ずっと元気がないんだもん。だめだよ、けんかしちゃ。ちゃんと仲直りしなくちゃ」

 

 

見当違いの勘違いをしたままこっちの心配をしてくる子供にただ困惑するしかない。何故自分と勇者が喧嘩をしなくてはいけないのか。そもそもあいつと私は敵同士で喧嘩も何もない。仲直りなどなおさら意味が分からない。だが思い当たる節がないわけでもない。ここ数日勇者が奇行に走っているのは確かなのだから。その原因を目の前の子供は知っているということなのかもしれない。その対策が仲直り、というのも理解できないが

 

 

「仲直りねぇ……それで、私は何をすればいいってわけ?」

 

 

これ以上この状況が続くのは私にとっても望ましくない。大人しくなってくれるのは助かるが、それ以上に気持ちが悪い。こっちの調子までおかしくなってしまう。

 

 

「っ! そんなの簡単だよ? それはね」

 

 

何故か目を輝かせたまま、理解不能な人間の子供は得意げに仲直りの方法を私に告げるのだった――――

 

 

 

「どうぞ、勇者様。お口に合うかは分かりませんが」

「ありがとう村長。それとすまない、こんな早くからお邪魔してしまって」

 

 

軽く頭を下げながら出された紅茶に口をつける。こちらを安心させるような甘みと温かさ。とても自分では出せないような紅茶。知らず表情にそれが出ていたのか、村長は微笑みながらこちらを見守ってくれている。思わずこっちまで恥ずかしくなってくる。両親の前で子供に戻ってしまうような感覚。

 

 

「構いませんよ。こうして勇者様とお話できる機会はめったにありませんからね」

 

 

そう言いながら村長はテーブル越しに僕の前に腰を下ろす。その言葉には本当に頭が下がる。本当ならもっと早く村長とこういう機会を設けるべきだったのだがあれよあれよという間にもう一月が経ってしまっていた。夢中になるとつい時間を忘れてしまうのが自分の悪い癖で、みんなにもよく注意されたことがある。気を付けなければ。

 

そんなことを考えながらふと、気づく。それは部屋の内装。今僕は村長の書斎に案内されている。当然、その部屋には本が溢れていた。それはいい。だがその内容が少し違っていた。それは女神様に関係するような書物が多く収められていたこと。それだけではない。小さな祭壇のようなものも置かれている。女神様を信仰するための物が部屋には溢れていた。

 

 

「村長、これは……」

「ええ、見ての通りです。これでも以前は神父をやっていまして、今はもう形だけになってしまっていますが」

 

 

お恥ずかしい、とばかりに村長はそう教えてくれる。だが自分にとってはどこか納得できる事実だった。たった一月だけの付き合いだが、それでも村長の人となり、物腰の柔らかさは感じられていた。神父だと言われてようやくその正体が分かった気がする。

 

 

「ですが、少しは勇者様の力になれると思います。今日来られたのも彼女、アウラの件ですね?」

「何でそれを?」

「神父ですから……というのは冗談として、シュトロが心配してましてね。勇者様とアウラが喧嘩しているみたいだから心配だと」

「そうか、シュトロが」

 

 

すぐに自分の悩み事を見抜かれてしまったことに驚きながらも、その理由に苦笑いするしかない。できるだけ表には出さないようにしていたつもりだったが、シュトロには見抜かれてしまっていたらしい。小さな子供の感受性だろうか。実際には喧嘩ではなく、僕の勝手な独り相撲によるものだったのだが、心配をかけてしまっているのは申し訳ない。もっとも、シュトロの件がなくても目の前の村長には全てお見通しだったのかもしれないけれど。

 

 

「実は――」

 

 

こちらを見守っている村長に、一つ一つ事情を話していく。ここに来るまでの経緯。自分とアウラのこれまでの生活。その中でのやりとり。先日の夜での出来事。それはまるで懺悔だった。僕の拙いであろう話を村長はただ優しく傾聴してくれる。勇者として旅立ってから初めての経験。仲間たちと話すのとはまた違う感覚。それによるものか、驚くぐらい素直に今の自分の心を言葉にできた気がする。

 

 

「――それ以来、アウラにどう接していいのか分からなくなってしまって。情けないな、勇者なんて呼ばれてるのに」

 

 

そう吐露してしまう。あの夜以来、アウラにどう接していいのか分からなくなってしまった。

 

 

『私はフリーレンじゃないわよ』

 

 

あの言葉が今も胸に刺さっている。だがそれはアウラが悪いのではない。僕自身の問題でもある。知らずアウラに彼女を重ねてしまっていた。彼女に届いたのだから、アウラにも届くだろうと。今思えば傲慢だったのだろう。同時にここにはもう彼女はいない。その事実を突きつけられて、知らず寂しさを感じたからなのか。

 

 

「……いいえ、勇者様は間違いなく勇者です。それにこれはきっと人間と魔族の問題になるでしょうから」

「人間と魔族……?」

「はい。以前にも言ったように彼女は魔族なのです、勇者様。気にされているその言葉も、彼女は貴方を傷つける気はなかったのでしょう。勇者様もそれは感じられているのでは?」

「それは……」

 

 

まるであらかじめ答えを用意していたかのように村長はそう投げかけてくる。同時にようやく気付く。村長の言う通り、アウラには自分を傷つけるような意図がなかったのだと。あの後も、特にそれを気にかける様子もなかった。全く気にしていない、そもそも気づいていないように。彼女にとってあの言葉は何の特別な意味もない、当然の物でしかなかったのだと。それは

 

 

「魔族には『悪意』と呼ばれるものがないのです。知識としては知っていましたが、直接魔族と話す機会を得てそれが正しいのだと私も知りました」

 

 

悪意、というものが魔族には存在しないのだということ。罪悪感、と言い換えてもいいかもしれない。

 

 

「一度、彼女に聞いたことがあるのです。今まで殺めてきた人間についてどう思うかと。彼女は何とも思わない、と答えました。全く悪びれることもなく、当たり前のように」

 

 

淡々と村長はそう教えてくれる。その光景が目に浮かぶ。彼女たちにとってはそれが当たり前。人間は食料であり、餌でしかない。知らずそのことを忘れてしまっていた自分。いや、違う。忘れたかったのだろう。その事実に。表面的にとはいえ、村で暮らしているアウラの姿。それを否定したくなくて。

 

思い出すのはあの日の夜。燃え盛る家に、小さな魔族に抱かれた娘と殺されてしまった村長の姿。あれ以来、僕は魔族と分かり合うことをあきらめた。そんなことをすれば、戦うことができない。そんな余裕などなかった。それでも、と。あの日の償いをアウラに僕は押し付けてしまっていたのだろう。でもそれも、もう――そう再びあきらめかけた時

 

 

「ですが勇者様、それは悪では……悪いことでは決してないのです」

「……え?」

 

 

それは思いがけない村長の言葉によって止められた。

 

 

「彼女が命を乞うた時、私は勇者様に言いました。償いの機会を与えてもいいのではないか、と。ですがそれは間違いだったのです。何故なら彼女たち魔族には償うという概念がそもそもないのですから」

 

 

そのまま村長は静かに続けていく。ないものを生み出すことはできない。フリーレンは疎かったが、情緒や機敏がないわけではなかった。だが魔族にはそれがない。子供を育てるように育もうとしてもできることではないのだと。

 

 

「私も間違えていたのです、勇者様。魔族に罪を償わせようとするのは、私たち人間側の都合、傲慢なのです。私たちは魔族はそういう存在であると理解した上で共に生きていかなければならない」

 

 

その言葉に、言葉が出ない。そう、そもそも魔族には罪などない。それは人間たちの、僕たちの都合であり尺度。それを無理やり魔族に当てはめても上手くいくわけがない。魔族は人間にはなれない。人間は魔族にはなれない。そんな子供でも分かるような、当たり前のこと。でも分からない。これからどうアウラと接すればいいのか。自分ではアウラを変えることはできない。これまでも、これからも。あの時、アウラを助けたのはやはり間違いだったのか。

 

 

「……大丈夫です、勇者様。偉そうに言いましたが、勇者様はもう彼女を変えているのですよ」

 

 

そんな僕の心を読んだかのように村長はそう教えてくれる。だが分からない。一体村長が何を伝えようとしているのか。

 

 

「僕が……?」

「はい。これを見てください。彼女が借りて読んだ本です。何か気づくことはありませんか?」

 

 

その場を立ち上がり、あらかじめ用意していたのか何冊かの本を村長は僕の前に広げてくれる。

 

 

「これは……」

 

 

それは女神様の教典だった。それだけではない。裁判や刑法に関する書物がそこには広げられていた。およそ彼女には似つかわしくない内容の数々。

 

 

「最初の頃はいろいろな本を雑多に読んでいたようですが、最近はこういった内容の本が増えてきまして。本人は気づいていませんが、こういったことに興味があるのでしょう」

 

 

言われて思い当たる節があった。それはアウラの魔法である服従の魔法(アゼリューゼ)。フリーレンにかつて聞いたことがある。魔法は使い手の性格が、特性が大きく関係するのだと。一般的な魔法でない、固有の魔法であればなおのこと。天秤を扱うアウラの魔法もまた、彼女の無意識を反映したものなのかもしれない。だがそれが一体僕に何の関係があるのか。

 

 

「ですが、そのきっかけを作ったのは勇者様なのです。初めてここに彼女が本を借りに来た時、こう言ったのです。『償うというのがどういうことか知りたい』と」

 

 

その答えを村長は教えてくれる。僕が探していた、探し続けていた答え。

 

 

「彼女はきっとその意味を理解することはないでしょう。それでも、それを知ろうとしてくれたことが大切なのではないでしょうか」

 

 

知ろうとすること。知ろうとし続けること。それが大事なのだと。僕も魔族のことを、アウラのことを知ろうとしなくてはいけないのだと。

 

 

嫌悪することがあるかもしれない。こちらの想いが届かないことがあるかもしれない。それでも寄り添って生きていかなければならない。でなければきっと、魔王がいなくなっても魔族との争いは終わらない。どちらかがいなくなるまで。それが彼女の命を預かった僕の役目なのだろう。

 

 

「――ありがとう、村長。おかげでもう少し勇者らしいことができそうだ」

「お役に立てたのなら光栄です。ですが前にも言ったようにお一人で抱え込まないでください。この村には私も、他の村人たちもいますから」

「もちろん、頼りにさせてもらうつもりさ」

 

 

再び立ち上がり、村長にお礼を告げる。明確な答えが見つかったわけではない。それでも道筋は示してもらった。なら後は走り続けるだけ。きっと大丈夫だ。かつての仲間はここにはいないけれど、それに負けない心強い仲間がいるのだから。

 

 

「それにしても、村長はすごいね。僕の親友も神父なんだけど、いつも酒ばかり飲んでる生臭坊主なんだ」

「ハイター様に比べれば私なんてとてもとても……最後のは聞かなかったことにします」

 

 

思い出すのはいつも飲んだくれていた自称神父。今も聖都で好き勝手しているに違いない。神父の何たるかを村長に教えてもらうべきだろう。村長はそれを聞いて知らないふりをしてくれている。本当に頭が上がらない。

 

そのまま改めて感謝を伝えながら村長の家を後にする。改めて見上げた空は、いつもより晴れているような気がした――――

 

 

 

「ただいま――」

 

 

そう言いながら宿屋に戻る。もう時刻は夕刻。あの後、村の手伝いをしているうちにあっという間に日が暮れてしまった。畑の様子を見に行こうとも思っていたのだができなかった。もっともアウラが仕事に行っていたかどうかは分からないが。知らず一度、深呼吸をした後、部屋に入った瞬間

 

 

「――おかえりなさい、ヒンメル。遅かったじゃない」

 

 

そんな、予想だにしなかった彼女の姿があった。

 

 

「――――」

 

 

そのまま固まってしまう。だけど仕方ないだろう。夢でも見ているのかと思うほどに、目の前の光景は不思議なものだったのだから。

 

まずはその恰好。普段身に着けていないエプロン姿。これが致命的に似合っていない。女性の服装を褒めるのを信条にしている僕でもあきらめるレベル。次がその背後にはめちゃくちゃになっている、直視できない台所の惨状。その成果と思われる焦げた料理らしきものがテーブルに置かれている。

 

 

「…………やっぱり駄目ね。全然元に戻らないじゃない。出鱈目ばかり教えるんだから」

 

 

拍子抜けだとばかりに溜息と共に肩をすくめているアウラ。一体何が起こっているのか。ただ茫然とその場に立ち尽くすことしかできない。

 

 

「…………アウラ、これは?」

「ああ、これ? あの子がこうすればあんたが元に戻るっていうから試してみたのよ。結局無駄だったみたいだけど」

 

 

何の躊躇もなくアウラはこの状況のネタ晴らしをしてしまう。あの子、というのはきっとシュトロのことなのだろう。村長が言っていたように、僕とアウラの仲直りをさせたかったのだろう。それが夕食の準備と言うのもシュトロらしいが、何よりそれを台無しにしてしまっているのはアウラ自身。それを堂々とばらすなんてどうかしている。何より

 

 

「…………どうかしたの、ヒンメル?」

 

 

アウラは気づいていない。僕が一番驚いている理由を。それもシュトロに教えてもらったからなのか、それとも無意識なのか。それを聞くのは野暮というものだろう。

 

 

「……いいや、君らしいと思ってね。それで、ちゃんと仕事には行ったのかい?」

「五月蠅いわね、ちゃんと行ったわよ。そもそも――」

 

 

そのままいつもの調子で悪態をついてくるアウラをからかいながら帰宅する。もう迷いはない。一方的な喧嘩は一方的に仲直りで終わりを告げる。当の本人は何も気づいていない。でもそれでいい。僕が、人間が思うような形ではないかもしれないけど、ちゃんと彼女は変わっていっているのだから。

 

 

もしいつか、自分とアウラが友達になれたなら、彼女とも――――

 

 

そんな遠い未来の夢を見ながら、焦げた好物であるルフオムレツを口に運ぶのだった――――

 

 

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