ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第九十九話 「弟子」

「そっちはどうだったんだ、フェルン?」

 

 

ひとまず椅子に腰かけながら先に部屋に戻っていたフェルンに問いかける。今、俺たちはグラナト領の宿の一室にいた。三人の入国だったが今は二人だけ。城門での騒動の結果、フリーレンは拘束、連行されてしまった。今は留置所にいる。俺たちは何とか入国できたものの、このままではどうにもならない。とりあえず急いで宿を確保してから二手に分かれて行動していたのだが、どうやらフェルンの方は芳しくなかったらしい。

 

 

「駄目でした。面会も許可できないと」

「やっぱりそうか。反逆罪みたいなもんだもんな」

 

 

落ち込みながら、フェルンはそう肩を落としている。だが仕方ないだろう。フェルンには捕まったフリーレンへの面会と、釈放の嘆願に行ってもらっていたが、流石にそれは許可されなかったらしい。捕まったばかりなのにそれが許されるはずもない。衛兵に手を出してしまった反逆罪なのだから当然。仲間である俺たちが見逃されたのが甘すぎるぐらいだ。でも意気消沈してしまっている目の前のフェルンにそんなことを伝えることもできない。

 

 

「こっちも大体聞き込みは終わったぜ。どうやら俺たちは最悪のタイミングで入国しちまったらしい」

「どういうことですか?」

 

 

少し話題を変える意味でも、今度はこちらの報告をすることにする。街での聞き込み、情報収集。それが俺の担当だった。それはあまりにも俺たちが状況を理解できていなかったからだ。フリーレンが捕まってしまった時の衛兵たちとのやり取りでもそれは明らかだった。いわばこれはフリーレンを救出するための任務、依頼のようなもの。まずは聞き込みから。それが戦士、ではなく冒険者の鉄則だという師匠の教えでもある。フェルンはそういうのには向いてなさそうなので俺がすることにした。本人には怖くて言えないがそれはともかく。

 

そのままフェルンに簡潔に説明する。ここグラナトの現状と、フリージアとの関係を。何故フリーレンが捕まってしまったのか。あまりにもできすぎている、最悪のタイミングで俺たちが入国しようとしてしまっていた事実を。

 

 

「そういうことだったんですか。ならフリーレン様は」

「フリージアとの和睦交渉の邪魔をしに来たと思われたんだろうな。フリーレンの二つ名を考えたら当然かもな」

 

 

少し落ち着いてきたのか。いつもの冷静さを感じさせながらフェルンも納得してくれたらしい。グラナト側からすればフリーレンが和睦交渉の妨害に来たのだと勘違いしてしまったのだろう。無理もない。葬送。それがフリーレンの二つ名。いつものとぼけた姿からは想像できないが、フリーレンは歴史上で最も多くの魔族を葬ってきた伝説の魔法使い。魔族からすれば天敵のようなもの。そんな奴が和睦交渉をしている場にやってくるなんて、警戒するに決まっている。そうとも知らずに俺たちは暢気に正面から入国しようとしてしまったというわけだ。ヴァールの関所の件もあって緩んでしまっていたのもあるかもしれない。

 

 

「でも、いきなり拘束するなんて」

「手を出しちまったフリーレンの落ち度もあるけど、一番はフリージアからの要請のせいだろうな。アウラもフリーレンが来るのを警戒してたってわけか」

 

 

グラナト側もだが、一番はフリージア、アウラの要請のせいだろう。どこからかは分からないが、アウラは俺たちが、いやフリーレンがやってくることを知っていたに違いない。あまりにもタイミングが良すぎる。俺たちには悪いのか。アウラからすれば当然だろう。和睦交渉もだが、魔族にとってはフリーレンは人間で言うなら魔王のようなものなのだから。グラナトに、人間側にそれをさせるのは流石は国王といったところか。俺たちにはできないことだ。

 

 

「本当にアウラ様がそんな命令をしたんでしょうか……?」

「だってフリージアの国王はアウラなんだろ? ならそうなんじゃねえの?」

「私にはそうは思えません。確かにアウラ様はフリーレン様を良く思ってらっしゃらないでしょうが、こんなやり方をするとは……」

 

 

だがフェルンは違う意味でそれを訝しんでいる。それがアウラらしくないのだと。そこにはフェルンのアウラへの信頼が見て取れる。少しそれが行き過ぎているような気もするが。この子は少し思い込みが激しいところがある。特に自分に良くしてくれた相手には。昔会った時の話も何度か聞かされてもいる。それが間違っているとは言えないが、少し妄信しすぎている気がする。今のアウラはフリージアの、魔族の国の王なのだから。俺たちには預かり知れない事情があってもおかしくない。特にフリーレンとの関係については。日記や伝聞だけだが、二人の関係が一言で表せるような物ではないことを俺も知っている。

 

 

「……ともかくこれからどうするかだな。反逆罪なら少なくとも数年は出られないぜ。下手したら十年以上かも」

「フリーレン様なら思ったより短いと言いそうです」

「かもな。でも流石にそれは勘弁だな。最悪、魂の眠る地(オレオール)で師匠に会うことになっちまう」

 

 

これ以上フェルンを不安にさせても仕方ないので、話を強引に持って行く。これからどうするかという話に。フリーレンの拘束についてはすぐに解かれることはないだろう。数年で済めばいいが、場合によっては十年以上出てこれなくなってもおかしくない。フェルンの言う通り、フリーレンにとってはそんなもの何でもないだろうが、俺たちはそうも言っていられない。それを待っていたら、土産話を天国に行ってしまった師匠にする羽目になりかねない。流石にそれは御免だった。

 

そのままふと顔を上げる。そこにはどこか思い詰めた、いや何かを決意したような表情を見せているフェルンがいた。それを見て、思わず体が震える。いつもの臆病さからくる震えではない。それは

 

 

「……シュタルク様」

「まさか襲撃して助け出す気じゃねえよな?」

 

 

こちらの想像を超えて暴走するフェルンの気配を感じてのものだった。それを見越して先に釘を刺す。あまりにも短絡的な、というかあり得ない選択肢。だというのにフェルンはそのまま固まってしまう。まるで嘘を見抜かれてしまったかのように。そのまま互いに見つめ合う。呆れるしかない。

 

 

「…………何で分かったんですか?」

「やっぱお前、フリーレンの弟子だよ」

 

 

間違いなくこの子はあのフリーレンの弟子なのだろう。世間知らずと言うか、無鉄砲というか。いつもはそんなことはないのに、フリーレンのことになると冷静さを失ってしまう。師弟は似るものだというが、そんなところまで似なくてもいいだろうに。

 

 

「血の気が多すぎだろ。もっと平和的に行こうぜ。俺たち、本当に反逆者になっちまうぞ」

「すみません。でも、フリーレン様が心配で……フリーレン様が捕まってしまったのは私のせいでもありますから」

「それは……」

 

 

いくら何でも今回はそれが行き過ぎだ。借金の踏み倒しとは訳が違うのだ。反逆罪で捕まったやつを助けに留置場を襲撃するなんて。そのまま極刑になってもおかしくない。それが分からないフェルンではないだろうに。そうなってしまうほど、フェルンは冷静さを失ってしまっているのだろう。自分のせいでフリーレンが捕まってしまったと感じているせいかもしれない。

 

そのままフェルンは俯いてしまう。こうなっては何を言っても駄目だろう。こんな時に女の子をどう励ましたらいいかなんて俺に分かるわけがない。なのでできるのはこのパーティの前衛として、ブレーキ役としての役目を果たす事だけ。

 

 

「…………そうだな。なら俺たちだけで行くしかねえか」

 

 

聞き込みをしながら考えていた、フリーレンを救出するための作戦を実行するしかないだろう。

 

 

「私たちだけで……? フリーレン様を見捨てる気なんですか? 見損ないました……臆病者に加えて薄情者だったんですね。シュタルク様」

「違うっつーの!? もっと優しくしてくれよ!? マジでへこむから!?」

 

 

何を勘違いしたのか。さっきまで俯いていたとは思えない、まるでゴミを見るような目でフェルンは俺を見下してくる。本当にこの子は怖い。竜を前にした時に匹敵する震えが起きてしまう。確かに俺の言い方が悪かったかもしれないが何もそこまで言わなくても。薄情者はフリーレンだけでいいだろう。

 

 

「行くのはフリージアのことだよ。こっちでどうにもならないなら、あっちに行くしかねえだろ。拘束要請を出してんのはフリージアなんだ。俺たちだけでも何とかアウラに会って」

 

 

慌ててそう弁明する。そう、グラナト側でどうにもならないなら後はもうフリージア側に頼るしかない。幸か不幸か。俺たちはその国の王であるアウラと顔見知りなのだから。拘束命令がアウラが出している物かどうかは分からないが、その命令を取り消してもらえれば、もしかしたらフリーレンも許してもらえるかもしれない。

 

 

「っ! そうですよね。シュタルク様、こういう時には頼りになるんですね。私、誤解してました」

「ねえ、俺、何か悪いことした?」

 

 

瞬時にそれを理解したのか。さっきまでの態度は消え去り、喜びと尊敬のまなざしを向けながら俺の手を握ってくるフェルン。本当にこの子はふしだらなのだろう。それに振り回されるのが俺の役割なのかもしれない。それは大変だが、とりあえず元気を取り戻してくれたのは良かった。やっぱりフェルンはこうでなくてはいけない。もう少し優しくしてくれれば助かるが。

 

 

「なら急ぎましょう。きっとアウラ様も事情を話せば分かって下さるはずです」

「……だといいがな」

 

 

善は急げとばかりに出発しようとしているフェルンに遅れてついて行く。だが違う意味で足取りは重くなる。まるでフリーレンのよう。フリーレンほどではないが、俺もフリージアに行くのは二の足を踏んでいたのだから。そもそもどうやってフリージアへの通行を許可してもらうのか。見逃してもらっているとはいえ、俺たちもある意味お尋ね者なのは間違いない。となれば結局強行軍で突破するしかないかもしれない。あのまま留置場を襲撃するよりは遥かにマシだろうが。何よりも

 

 

(姉ちゃん……今頃何してんだろうな)

 

 

三年ぶりに会うことになるだろう姉の姿が目に浮かぶ。それによって体が震える。今日自分は後何度怯えることになるのか。

 

 

勇者一行の魔法使いと戦士。その一番弟子である二人は、そのまま一足先にフリージアへと出発するのだった────

 

 

 

「そちらからすれば、我々魔族に対する恐怖と不安はすぐに払拭できるものではないでしょう。なのでその緩衝地帯、中立地帯を設けるのはどうでしょうか」

「フリージアが行っている、楽園という制度に近い物のことか」

「ご存知であるなら話が早いです。もちろん、我々魔族には人間を傷つけないよう祝福が与えられています。そこで交流や交易が行えれば、相互理解と利益に繋がるかと」

「うむ」

 

 

テーブルを挟んで、リュグナーがグラナトのおじさんと話をしているのをただ立ったまま聞き続ける。これが交渉というものらしい。私と同じように、護衛の人間たちも身動きせずに立ったまま。それがもう一時間以上は続いている。みんな眠くならないのだろうか。

 

 

(退屈だなー……やっぱり難しい話は分かんないや)

 

 

必死にあくびを噛み殺しながら耐えるしかない。あくびや居眠りはしないこと。それがリュグナーに言われたことであり、アウラ様からも命令されたことなのだから。でも退屈なのは変わらない。和睦交渉という、さっきの嘘のつき合いが終わって、これでもうおしまいだと思ったのに。どうやら交渉はまだこれからだったらしい。さっきからずっと私には分からない難しい話ばかりしている。

 

 

(でもやっぱりリュグナーは凄いね。私も見倣わないと)

 

 

でもリュグナーはそうではないのだろう。アウラ様ともよくそれをしているのを目にする。やっぱりリュグナーは凄い。私にはとても真似できない。だからアウラ様もリュグナーを頼りにしているのだろう。でもリュグナーはそれをあんまり分かってないみたい。アウラ様もちゃんと言ってあげればいいのに。私も何度も教えてあげているが、リュグナーは信じてくれない。私は嘘をつかないのに。リュグナーのようにはなれないが、少しでも見倣わなくては。とにかく今はただ我慢すること。

 

 

「少し休憩するとしよう。そういえばリュグナー殿はワインを嗜むらしいが、儂も趣味で集めていてな。良ければ好きな物を見て選んでもらいたいのだが」

「ご厚意痛み入ります。それならば是非」

「では案内しよう。リーニエ嬢はどうかね?」

「ううん、私はいいよ。私、お酒は飲んじゃダメだってアウラ様に言われてるから。ここで待ってるね」

 

 

いつの間にか話は途中で終わっていたらしい。どうやらリュグナーが好きなお酒を選びに行くことになったようだ。それに誘われるも断るしかない。私はお酒を飲めないから。お酒は好きなのだが、アウラ様に禁止されている。一度飲んだことがあったのだが、酔っぱらって大変だったらしい。私は全然覚えていないが、朝ヒンメルがぐったりしていたのは覚えている。そのせいもあって私はアウラ様の魔法でお酒を飲むのを禁じられている。美味しかったのは覚えているので残念だが、ここで留守番することにする。

 

 

「失礼しました、グラナト卿。リーニエはまだ魔族としては幼く」

「構わん。魔族は見た目では年齢が分からんからな。なら違う物をリーニエ嬢には用意させよう」

「ほんと!? ありがとうおじさん!」

 

 

思わずそう声を上げてしまう。やっぱりこのおじさんは偉い人なのだろう。私にもおみやげを用意してくれるらしい。一体何をくれるんだろうか。それに胸を躍らせるも

 

 

「……リーニエ」

「……ごめんなさい」

 

 

リュグナーが怖い目をしながら私を叱ってくる。それに思わず体が震えてしまう。知らず身体が縮こまってしまうほどに。失敗だった。おじさんは駄目だったらしい。本当はおっさんと言いかけたのを言い直したのにそれでもダメだったらしい。

 

 

 

(リュグナー、怒ると怖いんだよね……)

 

 

リュグナーとおじさんたちが出て行った部屋の中でようやく自由になれる。そのままソファの上に体を投げ出す。本当に疲れた。そして怖かった。リュグナーは怒ると怖い。アウラ様とはまた違う怖さがある。他の人たちなら許してくれることも、リュグナーは許してくれない。気を付けなくては。嫌われては大変だ。リュグナーは私とちゃんと話をしてくれる数少ない魔族なのだから。もっと仲良くなりたいのに上手くいかない。どうしてだろうか。そのまま柔らかいソファの上でごろごろと寝転んでいると

 

 

「失礼します。グラナト卿、至急お伝えしたいことが……」

「──っ!? おじ……じゃなかった! グラナトきょうならここにはいないよ! リュグナーと一緒にどこかに行っちゃった」

 

 

ノックの後に、人間の執事のような人が部屋にやってくる。思わず飛び起きながら誤魔化すも髪がぼさぼさになってしまっているのを隠し切れない。油断してしまっていた。こんなところを見られたらリュグナーだけではなく、アウラ様にも怒られかねない。シュトロにもからかわれてしまう。おじさんと言わずにできたのは良かったが。

 

 

「フリージアの使者の方でしたか。これは失礼を……なら入れ違いですか。フリージアの方にも報告したかったのですが」

 

 

どうやらこの執事はおじさんとリュグナーに用事があったらしい。ちょうど入れ違いになってしまったのだろう。どこに行ったのかは分からないが、私もできることがある。それは

 

 

「何かあったの? 私もフリージアのシシャだから何でも聞くよ?」

 

 

私もちゃんとしたフリージアのシシャなのだから。胸を張りながらそう告げる。リュグナーの真似をしながら。私だって話を聞くぐらいはできるのだから。そんなちょっとした自慢は

 

 

「そうですか。なら先に用件だけを。要請があったフリーレンと思われるエルフを一人拘束したと報告がありまして」

 

 

その言葉を耳にした瞬間、全て消し飛んでしまった。

 

 

「────フリーレン?」

 

 

ヴィルに教えてもらった、声を真似する鳥のようにただそれを聞き返す事しかできない。その意味が、理解できない。頭の中に入ってこない。

 

 

「それって、葬送のフリーレンのこと……?」

 

 

知らず声が出ていた。鼓動が高まっていくのを感じる。瞳孔も開いたまま。例外としての、魔族としての私。それが警鐘を上げている。瞬時に私を作り替える。まるで獲物を前にした獣のように。

 

 

同時に氷のように冷たくなっていく私がいる。どちらも私だ。でも、私じゃない何かがいる。

 

 

「そうですが……何か間違いがありましたか? 確か先日、そちら側からかつての勇者一行の魔法使いであるフリーレンが和睦交渉を妨害しに現れる可能性があるとの警告を受けてのものだったかと」

 

 

何かを話しているが、そんな物は耳には届いていなかった。あるのは感覚だけ。気づけば腰にある剣の柄を握り締めていた。目一杯の力で。ヒンメルの剣を。まるでそれが疼くかのように。それに呼応するように、私の中の、アウラ様から託してもらった天秤も疼きだす。その秤が狂ってしまったかのように。

 

 

二人から預かった、私の大切な物。それと同じぐらい、二人にとっては例外的な存在が、今、この街にいるのだと。

 

 

「────フリーレンは今、どこにいるの?」

 

 

淡々と、まるで人形のようにリーニエは問い質す。先程までの少女とは似ても似つかない、魔族の貌で。

 

 

それが葬送のフリーレンがついに、自らの天敵(例外)である勇者の一番弟子に見つかってしまった瞬間だった────

 

 

 

 

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