ハルミヒトセと願いの叶う薬   作:白梅つばめ

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まじない屋

「手伝わせてごめんなさいね」

 

 掃除道具を片付け、中庭に施錠し、廊下に出る。結局最後まで手伝ってくれたライリーにヒトセは少し申し訳ない気持ちになった。

 

「いいや、僕が勝手にしたことだから……その」

「ええ」

「ハルミさんの口調、というか言葉選びというか、が、その……僕がお店を手伝っていたばあちゃんに少し似てるんだ。なんかつい、手が出ちゃって……」

「そんなに厳しい方なの?」

「優しいし、芯のある、素敵な魔法術師なんだ。でも少し腰が悪くて」

 

 ヒトセは、ライリーが大好きな祖母の体を労ってすすんで掃除をしていた、と聞いてなんだか、らしいな、とほんわかした気持ちになった。彼も寮生活なのだろうから、ホームシックにでもなっているのかもしれない。が、ヒトセにはそれよりも気になることがあった。

 

「わ、私の話し方ってそんなに古くさいの?」

「え!いや、なんというか魔女っぽいというか、こう、芯がある感じが!似てる、というか!」

 

 ライリーはここに来てはじめて慌てた。かなり失礼なことを言ってしまったのではないか、と気づいたからである。わたわたとするしかない。

 

「まあ、でもいいわ、悪い印象ではないんでしょう?」

「も、勿論……」

「……ねえ、貴方、まじない屋、って行ったことあるかしら」

「ある、けど……」

 

 急に歯切れが悪くなるヒトセに、何か言いにくい話なのだろうか、とライリーは身構える。

 少しの沈黙の間、2人の間で緊張が走った。

 

「そ、そこのお菓子で1番美味しいのって何か分かったりするかしら!」

 

 ライリーは脱力感に襲われつんのめりかけてなんとか持ちこたえた。

 

「ええと……」

 

 ヒトセは、歯切れは悪かったもののクロエがあまり見ないお菓子があり、美味しかった、と言っていた為にまじない屋のお菓子はどんな感じなのかしら、と気になっていた。クロエが美味しいと言っていたから気になる、というのが気恥ずかしくて、頭の中がぐちゃぐちゃして、間違えてそれだけが口からまろび出てしまったのだった。

 

「じゃあ、なくて、道!道を教えてほしくって!何処の辺りにあるどんなお店かしら!!」

「ホワードさんと行くの?」

「いいえ、今から少し行ってみたいと思って。お菓子……も気になるけれど、今日はまじない薬を買ってみたいの」

「まじない薬を?」

「その、分析したいなあ、と思って」

 

 そう言いあまりにうっとりした顔をしたヒトセにライリーは思わず口を閉じた。

 

「そういえば他の方の作って売られているような魔法薬と触れあう機会ってあんまりないなあ、どんな配合なのかなあ、と思って……」

「……まじない屋、よく行くんだ。今から行くなら一緒に行くよ」

「いいの?」

「ちょうど、お菓子、買いに行こうと思っていたから」

 

 事実、ライリーは明日あたりにでもまじない屋に行こうと思っていたし、何より魔法渉者で魔法のある場所に慣れていない女の子を1人で街に行かせるのは自分の信条に反していた。自分の鈍臭さでは盾になれるかすら怪しいが、1人で行かせるよりはいいだろうとも思ったのだ。

 

 

 

 尖った屋根に所々蔦が巻き付いた壁。まじない屋はヒトセが思う、魔法使いっぽい、を体現したお店であった。

 

 中に入れば、1番目にはいる位置にお菓子のショーウィンドウが並び、奥を覗き込めばそれらを食べることのできるカフェのようなブースが構えている。そちらから視線を右へ移せば、こじゃれたそちらとはうってかわった雰囲気になり、天井まで伸びた薬棚に陳列棚が並んでいた。一目でそこに置かれて随分長いことの分かるそれらには小分けにされた薬が所狭しと詰め込まれている。

 

 カフェの方には放課後も遅い時間だというのに人がまだまだおり、逆にまじない薬のある一角には人がまばらであった。

 

「すごいよね」

 

 後ろから声をかけられるまでヒトセはすっかりライリーの存在を忘れてしまっていた。入店するやいなや、ふらふらと薬棚に吸い寄せられるように歩いていき陳列棚に張り付いてしまったのだ。もう釘付けであった。

 

「すごいわ、こんなに並んでいると壮観ね……それってこれだけの数、薬の作り方があるってことよ。それを使いこなしているってなんて素晴らしいことなの」

「そんな風には考えたことなかったなあ」

 

 ヒトセは薬瓶に書かれた文字を目で追っていく『うそつき薬』『笑い薬』『足軽薬』……効能が複数ある薬をそれぞれ別の薬として出せばかさ増しは出来るけれど、どう考えても今目の前にあるこれらはそれぞれ調合法が違いそうだ。まじない薬というのもそう侮れないな、と唸っていると、ふわ、と目の前を光が通り過ぎていった。

 

「ランプフィル?」

 

 ヒトセは光を目で追いながら呟いた。淡い光を放ちながらランプフィルはライリーの肩に止まる。

 

「そんな名前なの?」

 

 ライリーはもぞもぞと肩上で動くのが気になったのかそっと肩の上から手のひらにうつした。成虫でも1センチ前後ほどの小さな虫で、よくみるとつぶらな瞳をしている。

 

「珍しいわ…ヒカリムシの1種なのだけど、とても偏食でアーレン科の決まった花の蜜しか吸わないの。アーレン科の花は生息地域以外で育てるのは難しくて…」

 

「あの花は?」

 

 ライリーの指した先を見れば花瓶に花がさしてある。

 

「あれだわ……」

 

 花の付き方から葉の生え方、色合い、どれをとってもランプフィルと共生しているアーレンフルイヤだ。

 ふと店内を見てみれば、あちこちでちらちらと光が舞っている。店内は明るすぎないほどの照明だから、魔法か何かで光を舞わせているようにも見える。きらきらと綺麗であった。

 

 アーレンフルイヤをどう維持しているのかと花瓶を見回すけれど、魔法で何かの工夫がされているとするならば魔力も持たないヒトセに分かるわけはない。ランプフィルもそう数は多くなさそうだし入れ替え差し替えの手間を惜しまなければ店内の数本で彼らの餌を賄えるのかも知れない。

 

「じゃあ、僕はお菓子を見てくるから」

 

 ライリーはランプフィルを適当に花瓶の花に返すといそいそとまじない薬コーナーを抜けていく。

 よく行く、というのも今度行こうと思っていた、というのも嘘ではないらしい。

 

 さて、とヒトセはまじない薬に向き直った。何か気になるような薬があるといいけれど、ときょろきょろとする。これといった案内もないので何がどこにあるかがちっとも分からないため、当てずっぽうでなんとなく惹かれた場所の薬の効能を見ていく他ない。

 

 つ、と次の棚に移ろうとしたときヒトセは『おしゃべり上手の薬』というラベルのついた小さな瓶に目を奪われた。

 

 いえ、別におしゃべりが下手な訳ではないし、むしろ口は達者な程で、流暢に嫌味だって言ってのけるわけで、つまり自分には無用なのだけれど、と誰に言い訳するわけでもなくひとりごちながらヒトセは瓶をそっと棚から出す。

 瓶の外を、中を見つめながらヒトセは上手なおしゃべりってどういうことかしら、とそわそわした。他の薬の効能も気になるものの心は決まってしまって、お会計はどこかしら、とあたりを見回す。店内の様子を見るにどうやら会計はお菓子と一緒の場所でするらしい、と気付きヒトセはそちらへ向かった。

 

 ヒトセが会計の列に並ぶとライリーがこれでもか!とお菓子を積んだ籠とトレーを持って後ろに並んだ。

 

「ちょうどよかったね」

 

 籠自体は教科書を4、5冊入れられるか入れられないか、くらいの小さいものだから、欲張れば籠いっぱいにお菓子を買うのも難しくはない。とはいえ、周りの人の籠やトレーを見れば1つ2つ……ライリーの籠の半分もない量だった。

 

「すごい量ね」

「あとは、ショーウィンドウのあの緑色のケーキを買えば全種類食べ終わることになるんだ」

 

 入学して2ヶ月。以前から来ていたとしたら話は別だが、その期間で店内のお菓子を?ヒトセは思わずぐるっと店内を見渡す。ショーウィンドウに思わず目が行ってしまったけれど、こちらもまじない薬の配置と同じようにあちこちにお菓子の棚があり、フレーバーの違いで種類が多くなっているようなものもある。これを全て?

 

 ヒトセがライリーのたゆまぬ努力に心底感心していると、レジから声がかかり、慌ててレジの前まで歩く。

 

「会員カードはお持ちですか?」

 

 店員はにこやかな様子でヒトセを迎えてくれた。

 

「持っていません。今日作れますか?」

「50ルクスでお作りできます」

「あ、カード、で……」

 

 ヒトセはレジを見渡してもカードを使えそうな場所がないことに気がついた。ヒトセのカードは学校から支給されたもので、勤労奨学生としての報酬はここに入っている。購買や食堂、学校での買い物はこれで問題はなく、クロエと行った『ムルタレスト』でも使えたため、てっきり学校近くの店であれば使えるものなのだと思っていた。

 ヒトセはすっかり困ってしまう。

 

 とりあえずは買い物を諦め、明日イン先生にお金のことを聞いてみよう、と薬をつかみ、踵を返そうとするより先にライリーが会員カードを出した。

 

「ぼ、僕のとお会計まとめて」

「かしこまりました」

 

 ぽかり、とヒトセが口を開けているうちにライリーは会計を済ませてしまった。

 

 

 

 

「はい」

 

 店を出て、お菓子の袋から取り出した薬を渡される。

 

「兄さんの件で奢るって話だった、から。気の済むようにしていい、でしょう?」

 

 ヒトセは大事そうに薬を握りしめる。

 

「ありがとう」

 

 ライリーは気にしないで、とかぶりをふる。

 

「あの、ハルミさん」

 

 のそ、と並んで歩いていたライリーの歩みが遅くなり置いていく形になったヒトセは思わず振り返った。

 

「なあに?」

「奢るっていった、けどお願いもしていい?」

「私に出来ること?」

 

 2人とも立ち止まったものだから、歩く人歩く人が2人を避けて歩いていく。ざわざわとした賑やかな人と人との中でヒトセとライリーだけが異物のようだ。

 

「……ハルミさんがその薬を分析したら、け、結果を教えてほしいんだ」

 

 ヒトセは手のひらの中の瓶を見つめた。

 

『おしゃべり上手の薬』

 ライリーは話が下手なのではなく、発言に自信がないだけのような気もしているけれど、もしかして自分と同様の悩みを持っていたのか、とヒトセはひどく心打たれた。

 

「買ってみたい薬があるんだけれど、効かなかったら恥ずかしいから……」

 

 全然違った。

 

 ライリーは照れたようにはにかんだが、ヒトセはライリーの倍くらい恥ずかしかった。

 あまりに恥ずかしくて少しうつむいたあと、すぐにライリーに向き直ってヒトセは言う。

 

「任せて頂戴」

 

 それを聞いてライリーは嬉しそうに笑ったのだった。

 

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