ハルミヒトセと願いの叶う薬   作:白梅つばめ

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裏通りのゴースト

 裏通りを目指すべく表通りから少しずつ外れていけば、賑わった空気は消えていき、歩いている人もだんだん少なくなっていく。

 3人はあれやこれやと雑談をしながらも目的地へ向け着々と歩を進めていた。

 

「どうして通りの名前を直接書かなかったんだろ、怪しい感じが格好いいからかなあ」

「……そう書いておけば、これがいたずらにしろ本物にしろ、何かしらの手違いが起きても、何かを読み違えたかしら?、とこちらからの信用を失うことがないもの」

「全然思い付かなかった」

 

 あまりに素直に感動しているライリーにクロエは、どうだか知らないけど、と言うように首をすくめた。

 

「ねえ、じゃあ元々のゴーストの噂と今回の噂は関係はないの?」

「そうだと思うわ」

 

 その瞬間、ぴた、とライリーが足を止めたのに気付きヒトセもクロエも一緒になって足を止める。

 ライリーの視線の先を追えば少し先の路地に見知った背格好とキャラメル色の金の髪が揺れていた。

 

「……やっぱり」

 

 それはほとんど声になっていないほどの呟きだったが、ヒトセとクロエの耳にはなんとか届いた。

 コールは少しキョロキョロとした様子であたりを見回しながらも確かな足取りで、通りの奥へ奥へと進んでいく。

 

「っ……兄さん!」

 

 ライリーは今まで見たことのないほどの気迫で足を前に出しながら叫ぶ。1歩だせばもう1歩、もう1歩と足はどんどん前に出ていく。

 

「兄さん!」

 

 コールはライリーの声と足音に気づいたのか振り向きもせずに奥の方へと走り出していった。

 

 ライリーが普段からは想像できないほどに懸命に走ったところで、コールは2つ上であるうえ、ライリーより競争向きな体躯である。どんどんと差は開く一方であり、ライリーは少しの距離で息が上がって来ていた。

 

「ああ、もう!捕まえればいいのね!」

 

 訳が分からず傍観に徹していたヒトセもクロエも、ライリーはコールに追い付きたいらしい、ということだけは理解出来たため、少し先を走るライリーを追って駆け足になる。

 

 クロエはライリーを易々と追い抜き駆けていった。

 

 軽やかに跳ね、長髪をきらきらとさせながらどんどんコールの背に迫っていく。

 

 一直線に跳ねていく2人の背を見ながらヒトセはヒトセで地図を思い起こして、挟み撃ちできそうな道は、と駆け出した。

 

 

 

 クロエは足まで速いのか、と驚きながらも、ヒトセは横道に逸れて階段を駆け降りていた。簡単なスポーツや運動をやる授業もあるが、ヒトセとクロエは互いに取っている授業の関係もあり時間が別である。これまで彼女の足の速さを知る機会はなかった。

 

 ヒトセもほどほどに運動は出来る方ではあるが、これといって練習を積んできた訳ではないためうんと得意だとは到底言えない。でも、足は遅くない。

 

 は、は、と少しずつ息が切れてくる。あっちの道は走りやすそうなかわりにかなり回り道な筈だ。あれくらいのスピードで走っていったとしたらここを下っていけば挟み撃ち出来るか、出来なくても増えた追手を見せて驚かすことくらいは出来るだろう。ヒトセは思考を巡らせながら1段、1段と階段を下っていく。

 

 コツ、という靴の音がまさに目の前の角から聞こえて、ヒトセは息をのんだ。ヒトセの足は勢いづいたままにその角へ向かっている。人通りがなく、この道に入ってからは誰ともすれ違うこともなかったため、存分に道を急いでいたが、当然ながら、ここは人の通る道なのだ。

 

「!」

 

 なんとかぶつからずに止まったヒトセだったが、少しつんのめりながらどうにか体勢を立て直す。

 

「すみません、道を急いでいたもので…」

 

 そう言いながらヒトセは頭を下げた。急に足を止めたために心臓がばくばくとしているのが次第に大きくなっていく。ああ、1度足を止めると余計きつくなるのよ、と頭の片隅で思う。固まったように動かない相手を不思議に思ってヒトセは下げていた頭をゆるゆると上げた。

 

 キラ、と光が目に飛び込んできてヒトセは思わず顔をしかめる。

 

「大丈夫かい」

「ええ……」

 

 心配そうな様子で深い黒色がヒトセを見下ろしている。

 

 ところで、もしヒトセが『真実の鏡』であったなら、『鏡よ鏡、世界で1番美しいのはだあれ?』と問われたならば、1も2もなく『クロエ・ホワード』と答えていただろう。先ほどまでならば。

 

 ヒトセは自分を見下ろす男を見た。

 

 灰か黒か判断がつかないほどキラキラと太陽を反射する青みがかった髪は、魔法の髪のようでとても綺麗であり、暖かそうなコートをもこもこと着ているが恐らくはすらりとしていて、何よりうんと驚くほど顔立ちが整っている。

 

 この人物を言い表すのならきっと、美しい、という言葉になるのだろう。もしも私は美の化身なんだ、などと名乗られれば、さもありなんと納得してしまいそうなほどだ。

 

 とはいっても、世間的な評はともかくとして、これからの『鏡』も少しくらいは迷っても『クロエ・ホワード』と答えるに違いない。

 

「ん?ああ」

 

 ヒトセが目をぱちぱちさせていることに気付いた彼は、豪快な動作で暖かそうなコートのフードをばさり、と被る。途端に髪の輝きが立ち消えた。フードの隙間から覗いた色はほとんど黒のように見える。ヒトセはそれを見て光の加減で違った色に見える鉱物のようだなあ、と思った。

 

「君、魔法薬学とか得意かい?」

「え」

 

 それを聞いた途端ヒトセは警戒の色を濃くした。自分を見てすぐにその話題が出てくる理由が分からないのだ。しかし、ヒトセのそんな様子を見ても、男は気にしない様子で話を続けた。

 

「探してるんだ、多分とびきり薬を作るのが得意な魔法使い。うーん、君くらいの歳の子ってそもそも魔法薬学が得意なのかな、こないだも君くらいの歳の子だった」

 

 ヒトセは何を言われているのかがさっぱりで困惑する。

 

『ランベッド通りに人と思えないほどの容姿の言葉を話す何かが現れて二、三質問をしてくるって──』

 

 ふと、以前のクロエの言葉が頭をよぎった。

 

「裏通りのゴースト……?」

 

 ヒトセは口の中でそう呟いた。

 確かに只人とは思えないほど美しい容姿であり、靴音はさせていたものの突然に現れた、とも言えなくもない登場の仕方ではあった。それに、まさに彼は今、二、三質問をしてきている。噂の通りであるのならヒトセは裏通りのゴーストと対面していることになる。

 

 それならば『裏通りのゴースト 6-5』は彼のことを指していたのか、いや、ランベッド通りの6-5はこんな場所ではなかった筈だ。もしかして、そもそもの読みが違っていて、手紙が指していた場所はここのことだったのか──様々な疑問が浮かび、ヒトセは思い悩む。

 

「ゴースト?」

 

 ヒトセが1人で百面相しているのも気にせずに、ヒトセの小さな呟きを拾った彼はふむ、と少し考えるような顔をして言う。

 

「死んだ覚えはないけど、もしかしたら私のことかもしれないね。この間もそう呼ばれたんだ。ま、しかし、他人がつけた呼び名なんて当人が関わっていないのだから、聞いたって分かるわけはない、だろう?」

 

 ヒトセは何かを見落としているような気がして、彼の言ったことを反芻する。何かがとても引っ掛かっていた。

 

「貴方は願いを叶える薬を持っていて?」

「どんな願いなんだい、自力で作れないようなものかい」

「だから、どうして私が作れると思うの」

「多分きっと薬を作るのが得意な魔法使いを探しているからね」

「なんて当てずっぽうな探偵なのかしら!」

 

 そうヒトセに言われておどけた表情が返ってくるあたり、かなり気さくな性格らしい。

 

「……ねえ、キャラメル色の金の髪に緑の目の男の子、知らないかしら」

「ん、ああ。彼、彼かな?多分君と同じ人物を思い浮かべている。多分だけどね。背はこれくらいの」

 

 ス、と男の黒手袋が思い浮かべた背丈を手で示す。ヒトセはどのくらいだったかしら、と思いながらもその高さを追い越した位置に手を置く。

 

「違うわ、このくらいよ」

「よく考えれば1年ほども前の話だから、背丈くらい変わるだろう、どうだったって?効果は」

「あ、貴方が薬をばらまいていたということ?」

 

 ヒトセは目の前の男をどうしたものか、と考える。捕まえる?こんなにも自分より背丈のうんと高い大人を?しがみついたって自分の重さすら歯牙にもかけずにそのまま歩いていってしまいそうだ。

 

 人相は忘れようもないから、その点は安心だけれど。そもそも悪い人には見えない。いいえ、それこそが罠?ヒトセは混乱したままに悶々とした。

 

「ばらまく?とんでもない話だ。ばらまいてくれるんなら私が欲しいね。そんなに量はないからね。材料がないんだ」

 

 そういいながら男はポケットから小瓶を取り出す。

 桜色の半透明の結晶同士がぶつかりあって軽い音を立て、チャリ、と鳴った。

 

 ヒトセは必死にこれはなにだろう、と記憶の中を引っ掻き回すけれど、どうにもそれらしい物が浮かばなかった。そもそも魔法薬の類は製法の定まっているような、きちんとした名前のついている物の方が圧倒的に少ない。ヒトセの『惚れ薬』のように、その時その時に作る場合がうんと多いからなのだろうが、こういう場合はひどく困る話だ。

 ヒトセのじろじろとした瓶を溶かせそうなほどの熱い視線に苦笑いしながら男は言う。

 

「クルガベレーをカラントアでとじ固めた結晶さ」

 

 ヒトセはむ、と瓶を見つめたまま眉根に皺を寄せた。

 

「クルガベレーはその実を食べた生き物の体に炎症を起こすことで魔力を際限なく作らせて体力を奪い、弱らせる魔法植物よね?炎症がひどいと魔力が2度と作れなくなってしまうから魔力のある生物にとって猛毒の筈でしょう?」

「うん、うん。詳しいね」

 

 ヒトセはすっかり魔法薬学の授業でも受けているような気分になり真剣になってしまう。男は楽しげにヒトセの様子を眺めている。

 

「ええと、カラントアでは炎症の症状は抑えられないし……ああ、でも、そうね。カラントアなら炎症で体が傷つくのは防いでくれるから魔力が作れなくなることはないのかしら?それにクルガベレーならカラントアの麻痺毒を排除できる筈で……」

 

 ヒトセは無性にペンを走らせながら考えたくって右手をもぞもぞとさせる。

 

「ええと?これって一体何が残るの?」

「魔力を作れなくなることを一切気にせずに魔力を作り続けることが出来て炎症が収まるまで果てしなく苦しみ続けられるのさ!」

 

 ヒトセは思わずのけぞった。

 

「一生懸命考えてみたけれど、やっぱり毒じゃないの!何てものを渡してるのよ!」

「まさか。ただの毒なら上手に出来たからってあげたりはしないさ。私も彼もロマンチストで……君、1人じゃなかったのか」

「え?」

 

 ヒトセを通り越した先を見る男の視線の先を追うようにヒトセが振り返ると、コツン!という音が外れた視界の外あたりで鳴った。

 やられた、とヒトセが今一度男に向き直ろうとすると、ぶわ、と風が吹いてきて思わぬ風圧に目を瞑る。目を瞑りながらもヒトセは男に手を伸ばした。

 

「危ないよ」

 

 その声と共に空をかいたヒトセの手は手袋に受け止められてぐい、と壁にそえられる。その勢いによろけてとっさに壁に体重を預けるような姿勢になりながら、その手を思わずぎゅうと掴んだ。

 

「ちょっと!」

 

 目を開けたころには先ほどまで男がいた場所にはもう誰もおらず、遠くから駆けてくるクロエが視界に飛び込んで来るばかりである。

 

「こ、子供騙しな方法でいなされてしまったわ……」

 

 ヒトセ、というクロエの声が足元まで跳ねてくるのに少し安心しながら、ヒトセは壁にもたれたまま手の中にある手袋を握りしめながら歯軋りした。

 

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