ハルミヒトセと願いの叶う薬   作:白梅つばめ

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兄-2

「……だから兄さんはお祖母さん似なんだと思う、んだよね。お祖母さんは薬学もお上手でらしたから」

 

 ふう、と一息ついたライリーがそう言い、クロエは思わず

「どう着地したらいまの話でそういうまとめ方になるのよ!」

と返してしまう。

 

 ヒトセがうつむいて小さく肩を震わせたのが見えてクロエはほら、おかしいのよ、と思ったが、ライリーはええ?と首をかしげた。

 

「そのあとはそうおかしな様子でもなかったから、本当に機嫌が悪かったんだな、と思ったんだ」

 

 ライリーは自分に言い聞かせるようにそう言う。

 

「今年の夏の休み、僕は入学の準備に楽だから、とコップス家にかなり長く滞在することになっていた、んだけど……兄さんは夏の講義を取ったから、顔を付き合わせるのもそう多くない数になるんだろうな、と思ったし事実、そうだった」

 

 コップス家に長く滞在することになったライリーはひどく暇をもて余していた。祖父も父母も仕事に出ているし、祖母との関係も改善されたとはいえ何かを一緒にしませんか、と誘えるほどまでではない。

 

 普段のように『テイルの草結び』の店先にでも座っていればぼーっとしていても1日なんてあっという間だというのに、コップス家では家の手伝いなんて必要ないし、手伝っても手伝おうとしてもその結果でひそひそとされたらと思うと誰にとっても不本意なことだ。

 

 部屋にこもっているのにも限界を感じたライリーは外へ出ることにした。少し歩くが学校からも行ける街通りに出て、学校周りの店を見て回るのもいいなあ、と思ったからだ。

 

 はやめに昼飯を食べ、外出する旨を伝えて家を出た。

 

 コップス家の周りには明るくないから、ライリーは家のそばの道ですら少しわくわくしたが、どこか小さな頃に兄と、祖母と、一緒に歩いた道のような気がして、そそくさと街通りを目指した。

 

 引っ越して、小学校に入学して、毎日が慌ただしくなって、思い出を振りかえる暇もなかったし、その必要もなかった。薄れていった。あれこれ考えることもそう得意ではない。きっといろんなものをこの家に置いたままにしているのだな、と思いながら、ライリーは今日もそれをそのままに置いておいた。

 

 

 

 街通りまでの道はそう複雑な道のりではないため、そう苦労することもなく街通りにたどりついた。

 

 日の光を避けるように移動していたけれど、帽子を被ることを忘れたことを後悔するほどには暑い。汗ではりついたシャツを引っ張りながら何処かで休憩しよう、とあたりをきょろきょろとする。案内妖精などがいたりしないだろうか、とさまよわせた視線の少し先の店からするり、と兄が出てくるのが見えた。

 

 よくもめざとく見つけるものだ。その機嫌があまりよくないのを見て思わず人混みの方へ体をやる。人混みにのまれるようにしながら息を潜めているうちに兄は元より他に関心などなさそうに歩いていった。

 

 よたよたと人混みから抜け出て、兄の出てきた店を覗き込めば、お菓子屋……だろうか。ほどよく賑わっている店屋であった。そういえば兄は甘党であったな、と思い出す。

 

 店内の様子を観察していると、右の方に沢山の薬棚があることに気づいた。は、と気づいた時には店に入り込み薬棚の前まで歩いていた。

 

「すごいな」

 

 ライリーは思わずそう言う。

 

 店内にはところせましと薬が置いてあった。まじない屋という店名や伝統的な造りの店外の様子からすればまじない薬を売っているという方がうんと似合いだ。それらしい。

 

 兄はもしかしてここで薬……まじない薬を調達しているのだろうか。だとするなら、あの時飲もうとしていたものもあるのではないか。店内も涼しく、疲れればカフェスペースもある。それならば、とライリーはあの薬を探してみることにした。

 

 あの日の薬を思い出す。液体で、確か薄紫色に黄色が少し浮いていた、と思うが、この手がかりでは店員に尋ねようもないな、とライリーは困ってしまう。少し悩んで、病気にかかりにくくするまじない薬などはないか、と店員に尋ねてみることにした。

 

 しかし、店員は少し焦ったような顔で、どこになにの薬があるか見当がつかない、と言う。

 

 まさかそんなことがあっていいものか、とも思ったがそう言われてはどうしようもない。潔く薬棚の前に舞い戻ったライリーがじっとどうしよう、と悩んでいるとふわふわと光が肩や腹の辺りにくっついてきた。よくよく見れば虫である。虫はそう苦手でもないからくっつけているのは平気であるが、もぞもぞとするのでどうしても気になって手のひらに転がした。

 

 まさか薬棚に置くわけにもいかないしとライリーはすでに数匹手のひらに転がっている虫を見つめた。彼らは噛むでもなく刺すでもなく手のひらをウロウロとするだけで、何がしたいかわからない。悩みながら薬棚を物色しているとちょうどよく何匹か同じ虫の乗った花のさしてある花瓶がある。ここに返しておけばいいか、とライリーは虫を花の上にそっと乗せた。

 

 

 

 暇にあかせてまじない屋へ数日通いつめ、虫と戯れながらまじない薬というまじない薬を見て回ったがどうにも兄の持っていたような薬は見つからなかった。小瓶の大きさはかなり近いように思えるのだが、多くの場合店ごとに違うのは瓶をとめる蓋や栓の方だから、この店のものではなくても判断がつかないだろう。

 

 薬を眺めていると、ときどきどうしてこんなにもあの薬が気になるのだろう、という気持ちがライリーに降ってきた。降り積もっても降り積もってもライリーはどうにもそれが分からないままだ。

 

 ただ、兄のことを少しでも知りたい一心だったのかも知れない。

 

 

 

 そうこうしているうちに兄の夏の講義が終わり、コップス家に帰って来た。

 ライリーは入れ替わるように一度テイル家に帰るから一緒にいるのはほんの5日間だ。

 

 兄が帰って来た時、ライリーは部屋にいたが、やはり気になり階段から顔を伸ばして兄の様子を盗み見た。

 見れば冬よりもまた少し背が伸びていて、しかしどうにも少し痩せたようだ。冬の勢いはどこへやら、どちらかといえばぼう、としている様子だ。

 

 そんなに講義で絞られたのか、と祖母につつかれ、いえ、と短く言って階段を上がってくる。そりゃあそうだ。荷物を置くのだから。ライリーは慌てて部屋に戻ろうとするが、足がもつれて転んだ。そのため、兄と自分の部屋のちょうど真ん中あたりの位置で情けなく転けた姿勢を兄に晒す羽目になる。

 

 ライリーはすっかり混乱してしまってどうにも立てやしないし、兄も階段を上がってすぐの辺りで立ち止まっている。

 

 重い沈黙が続いた。

 

 ライリーがなんとか起き上がり、兄の方をちらり、と見れば、ぞ、とするような、まるで仇敵とでも出会ったかのような強い視線がライリーを見つめていた。目をそらすことすら恐ろしく、また体が固まる。

 

「いつまでそうしているつもりだ?」

 

 すっかり低くなった声がびりびりと波を作りながら足元に伸びてきてからやっと、ライリーははねる心臓と一緒になってばねじかけのおもちゃのようにはねるように起き上がった。

 

「分かっていないだろうから言ってやるが、学校では頭を使ったわきまえた行動をしろよ」

 

 部屋へ駆け込む背中に飛んでくるその声にこくこくと頷きながらドアを閉めた。

 

 

 

 互いに互いと関わらないよう、と努力した結果だろう。食事の席など互いに用を思い付いては別々に食べ、何とか顔を突き合わせることを避けていた。

 

 もうすっかり嫌われているのだ、とライリーはがっかりする。今までも兄は自分を嫌ってはいなかったのかというとそうでもなく、どちらかといえば嫌っていたような気もするが、ここまでの態度ではなかった。

 

 兄の目は確かに自分と同じ緑なのに、どうしてあんなにも鋭い色を宿しているのだろう。

 何にせよ明日自分はテイル家に帰る。互いの辛抱もそれまでだ。ライリーはそうやってやっぱり考えるのをやめた。

 

 思考を手放したまま荷物をまとめていたら小腹がすいて、キッチンに降りた。こういうときに食べるようなクラッカーや軽食の用意があったはずだ、とライリーはキッチンを見回す。何年離れていてもそういうことは案外忘れない。あのときは、確か……

 

「クラッカーなら横の棚で、スコーンは小さい冷蔵庫の左だ」

 

……兄が魔法で棚を開けてくれたんだ。

 

 ライリーは驚きのあまり勢いよく振り返り、バランスを崩してひっくり返って尻餅をつく。

 

「?どうした情けない格好をして」

 

 兄だ。この物言いは本物の。

 

 ライリーが尻餅をついたまま視線を兄の方にそろそろと向ければ、夢うつつ、というか心 ここにあらずというか、どうも様子がおかしい。機嫌はいいが、機嫌がよすぎるのだ。まさか酒でも飲んだのだろうか。だけれど尋ねる勇気もない。ライリーが戸惑っているとそんなことはおかまいなし、といった様子でキッチンに入ってきた。

 

「スコーンはチーズのやつだったら食べれるんだったか?」

「なんでも食べられるよ。あれは兄さんがはちみつの上に更にいちごジャムをかけたから」

「美味しいだろう、甘い方が」

「限度があるでしょ」

 

 夢を見ているんだろうか。ライリーは何度もまばたきをする。しかし、どうにも兄の方こそ夢を見ているようであった。

 

 冷蔵庫を物色しはじめた兄がしゃがみこむと上着が床についてガチャン、とひどい音がした。

 

「割れた?」

「ん……ん?割れてない」

 

 兄のポケットから覗いた空になった小瓶はあの冬に見たものとひどく似ていて、ここ数日にらめっこし続けていた色合いのコルクがはまっていた。

 

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