ハルミヒトセと願いの叶う薬   作:白梅つばめ

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掃除人形

 教室倉庫、と書かれたドアを開けると短い廊下に繋がっていた。廊下の突きあたりにまた1つ扉が見える。

 

「地図の上だと扉だけが書いてあって中がどうなっているのかわからなかったのだけれど、こうなっていたのね……」

 

 ヒトセがきょろきょろと様子を見るように見回していると、壁をきらきらとした文字が滑りながら進んでいくのが目に入った。部屋中に液晶を集めて何本もの映画のエンドロールを一度に再生しているようだ。どこにむかうのかと目で追えば文字同士は不思議とぶつからないものの、規則性が感じられない様子で何処かへと溶けて消えていく。すいすいと好きな方へ泳いでいっているようにも見える。

 

 ヒトセが一生懸命文字を目で追っているのを見て、クロエはくすりとした。

 

「この学校にかかっている魔法や魔術は、主に初代校長のエイデン先生、建築家のバロンさんが協力しながら手掛けたそうなのだけれど、何をどうしたら使わない教室をそのまままるごとしまっておこう、と思い立ったうえでそれを実現させることまで成し遂げることが出来るのかしら」

 

 そう言いながらクロエは奥の扉のドアノブに手をかけた。

 

 扉には小さな黒板が吊られており、『67』とチョークで書かれている。

 

「私達、校長先生たちの時代をなぞっているだけなのかもしれないわね」

 

 

 

 ドアを開けると、案の定コールは酷く苛立った様子で教室内の入口の脇に立っていた。彼の傍で浮いている光魔法までもが不機嫌そうにチカチカと点滅している。

 

「まだ校内案内が必要だとは思い至らなかったよ」

 

 コールはむっつりとした様子でじろり、とライリーにだけ視線を寄越して睨んだ。

 

 室内にはガラス戸と大きな木棚が立ち並び、窓もそれらにいくらか塞がれていて、残っている窓も重たい色合いのカーテンが吊られている。そのため昼だということもあり中が全く見えない程ではないが、室内はかなり暗い。

 

 並んだ机の上には魔法薬学で使うような器具が鎮座しているが、上級生の授業で使うかどうかも怪しいほど専門的なことに使うようなものばかりで、確かに普段使うような教室ではないらしいことが伺えた。

 そのためか、ほこりが積もるほどにこの教室は永らく使われていないようだ。使われてはいないが、出入りした人間はいるらしく、幾分かましな箇所が何箇所かある。まさに今コールが立っている入口の脇の辺りもそうであった。

 

「おい、何か言っているか」

 

 コールは顎で命令するようにクロエの手元にあるカードに変化はないかと問う。すると、それを合図のようにぱ、ぱ、ぱ、と教室内の明かりがついていく。少し暗い中にいたものだから眩しく思えて皆一様に目を細めた。

 

「あ、今……決闘は3番勝負とする。第1の勝負は『掃除人形を使って掃除せよ』ですって?ええと、これ、ね」

 

 クロエは指示を受けたとおりに教室内を進んでいき、教室の中程の壁際の荷物にかけてあったクロスをはずす。想像以上にほこりが舞い、盛大に顔をしかめた。

 

 そこには、かかしのような見た目のかざりっけのない人形が2つあった。

 

「魔法道具の調査員を呼んだほうがいいんじゃあないか?」

 

 コールの皮肉も最もなほどに古いタイプの掃除人形だ。

 

 掃除人形とは、人の形を模した掃除用具である。全ての掃除用具に魔法をかけるよりも、これ一体に魔法をかけておいて掃除用具を持たせたほうがいいのではないか?というアイデアから作られている。

 

「人形の指定はないんだな」

 

 そう言うコールにクロエは恐らく、と先程の説明から様子の変わらないカードを見せる。

 コールはひょい、と片方の人形をかつぐと、少し離れた位置に下ろし人形をいじりはじめた。

 

 クロエはちらり、とライリーを見る。これは不利どころでなく、無茶苦茶な話である。

 

 掃除人形の操作自体はそう難しくない。今回は説明書などがないから多少手探りにはなるが、対応する呪文か、魔法か、何にせよ掃除人形の操作をする術を見つけさえすればあとはほとんど勝手に掃除をしてくれる。

 

 だけれど、仕込まれた魔法も魔術も魔法使いが使うことを前提にして作られているのだ。これだけ古いものともなれば確実に呪文式だろう。呪文は魔法使いの専売特許に近いから、ライリーとヒトセでは操作が出来ないことになってしまう。

 

 だからのほほんと掃除人形の前で

「この子の名前何が似合うかな」

とか

「アイビーかしら。ほら、目の鉱石がアイビーの葉のようで不思議な模様よ」

とかいっている場合ではないし、あ、そういえば、お菓子をもらったんだっけ、なんて言って分け合って食べている場合でもない。

 

 クロエがその様子に困惑していると、そ、とクロエの手にもお菓子が乗った。ライリーはにっこりとしている。食べたかったわけではないの。

 

 まるで緊張感がない。

 

 ライリーには当然にこの世界の常識がある。だから、確実に掃除人形が自分に操作出来ないことを知っている筈だ。なのに、ちっとも負けた、と諦めているわけでもないようなのだ。クロエはああ、私が手伝えたら、と思いながら、自分は見届ける他ないことに苛立ち、思わず目を伏せた。

 

「やっと取り出せたや」

 

 ライリーはパンパンだったポケットの嵩が少し減ったおかげで小さなノートをするりと取り出すことに成功した。

 

 お菓子をもぐもぐとしたままノートを何枚か千切って床に並べて、お菓子の包装を留めていたテープ3人分を裏に貼って、ノートをつなげていく。そうして少し大きな紙を作ると、懐からペンを取り出してもくもくと迷いなく魔術式を描き始めた。

 

「ハルミさん、アイビーの指は何本?」

「ええと……4本よ!」

「うん、じゃあ腕は肘みたいに曲がって足は膝みたい曲がる?」 

「腕は膝みたいに曲がるけど足はしなやかで関節みたいなのはないみたい」

 

 ヒトセはライリーの言うとおりにアイビーを曲げたり伸ばしたりしているうちに、まるでお人形遊びをしているようね、と思い、くすりと笑ってしまった。お人形遊びなんて記憶のあるうちに少しくらいしたことがないのにこんな年になって嗜む機会があるなんて、と少し楽しくなってきてしまったのだ。

 

 そうしてヒトセが笑えばライリーもにへ、と笑い、不安そうな顔をしていたクロエの表情も和らいだ。

 

 先程からコールもこちらと同様の様子で人形の腕を回したりしながら、何かを唱えてみたり、魔法を使ってみたり、と試行錯誤を繰り返している。

 

 ヒトセは掃除人形というものが掃除をするための何かであることくらいは想像がついたものの、自分がこれのために何をしたらいいのかが分からなかったから、こうしてライリーがあれこれとアイビーの何はどうだ?と言いつけてくれるのはとても都合がよかった。

 

 しばらくの間そうしているうちに、コールの呪文に反応してカタリと人形が音を立てた。キキキ、と木が擦れるような音をさせながらコールの目の前の掃除人形が動き出したのだ。

 

 コールはそれを見てから、教室を見回しはじめ、じ、と視線を定めると入口近くのロッカーまでツカツカと人形を抱えて歩いていき、また1つ呪文を唱えた。

 

 人形はカタ、カタ、と木と木をぶつけたような軽い音をさせながら、目の前のロッカーを開けてハタキを取り出すと、教室の奥の方へと進んでいく。次第に油が回ってきたかのようにその動きはなめらかになっていき、するのはハタキがぱたぱたとする音だけになった。ヒトセは横目でそれを見ながら、はたかれたほこりが舞うこともなく素直に床に落ちていくのに感心する。

 

 コールは掃除が上手くいっていると見るとはじめの入口のわきあたりに戻り、腕を組んで掃除人形だけを視界におさめるような姿勢になり、置物のようにじっとし始めた。

 

「ハルミさん、この紙の上にアイビーを乗せるの手伝ってくれる?」

 

 ライリーは魔術式を書いていた紙をアイビーのすぐそばの床に真っ直ぐになるよう少し伸ばしながら置いた。

 

「ええ、じゃあ私は此方側から持つわね」

 

 よいしょ、と2人がかりで持つが、移動するとなると少し重い。紙をぐしゃ、としないようにと慎重にアイビーを移動する。

 

 無事に紙の上にアイビーを乗せると、ライリーは今度は懐から魔法鉱石を取り出した。

 

「なんでも入っているのね」

「なんでも入れちゃうんだよね」

 

 そうなんてことのない顔で言われ、ヒトセは思わず吹き出しそうになった。

 

 ライリーはしゃがみ込み、コツ、と床にある魔術式の描かれた紙の真ん中あたりに魔法鉱石をあてがう。

 

「アイビー、起きて」

 

 ぶわ、と熱気のようなものが床から上がってくる。ライリーは前髪をふわふわと踊らせながら魔法鉱石をあてがった姿勢のままじっとしている。

 ヒトセは熱気で服をはためかせ、どうなるのかしらとどきどきしながら見守った。

 

 キキキ、と音をたてながらアイビーは先程コールが掃除人形を動かし始めたときのように震えだした。

 

 そして……大きく跳ね上がり、綺麗にターンを決め、華麗な動作で着地した。

 

 ヒトセはぽかん、と口を開け放ってその様子を眺める。その動作は先程コールのポケットから飛び出したカードの動きを思い起こさせたが、あれより少し機械的なもののようにも思えた。

 

「アイビー、これで掃除をお願い」

 

 ライリーにほうきを渡されたアイビーはコクリ、と頷き時々ターンを決めながら受け取ったほうきで絶妙にコールの掃除人形と協力するような様子で掃除を始める。

 アイビーはなめらかに踊り、しかし掃除はきちんとこなす。なんとも奇っ怪だが華やかで愉快な光景であった。

 

「あれは、踊るゴーレムっていう術式を使ったんだ。すごく昔にああやって踊らせたり、飛ばせたり、するのが流行っていたんだって」

「だから踊っているのね」

「そうなんだ。掃除人形は、掃除の仕方を覚えている道具でしょ、僕自身は操れなくってもアイビーとしてなら掃除してもらえるかなあ、って」

 

 うまくいったと喜ぶライリーにつられるようにしてヒトセはにこにことした。

 

「小さい頃に雪だるまを動かそうとしたことがあったんだ。兄さんがお祖父さんの書斎からゴーレムの本を持ってきて……」

 

 ライリーの昔話が聞こえたのかコールの掃除人形のはたきがスコン、と地面に落ちる。

 

アイビーは不思議そうにほうきの手を止めて、はたきを落とした掃除人形を見つめている。どうしたらいいかまでは思いつかなかったらしいアイビーが最終的に踊りだしたのを見て、ヒトセはなんて陽気なの、といっそ感心した。

 

「ライリーもあんなに長い魔術式をさらさらとよく書けたものね。魔術式ったら、少しでも間違えたらうまくいかないでしょう?覚えはいいと以前言っていたのは確かだったようね」

 

 なんでどうして呪いでもかかっているのかしら、というほどに素直に褒め言葉の1つもかけられないの!とヒトセは手で口を押さえた。その様子にライリーは快活に笑う。

 

「殆んど丸覚えしただけだから描いてる式の意味は分かってないんだよね。なんでアイビーがあんなに踊っているのかも分からない」

 

 こらえきれずに笑ったのはクロエだ。

 

 掃除人形を使った掃除という勝負でこんなにも笑いの絶えないことになるなんて誰が想像しただろう。

 

 ただ1人、コールだけは、不機嫌そうにしかめ面だ。騒がしくする3人に怒鳴る元気もないのか、徐々に壁にもたれていきながら掃除人形だけに視線を寄せている。そんなコールを見てライリーが泣きそうな顔をするから、ヒトセはどうしてこんなにも上手く想いが通じないのかしら、と悲しくなった。

 

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