ハルミヒトセと願いの叶う薬   作:白梅つばめ

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『惚れ薬』

「えっ」

「だから授業で作る惚れ薬は小説で出てくるような代物じゃ、ないの」

 

 クロエは初めてヒトセから声をかけてもらえた、とはしゃいでいた気持ちが萎んでいくのを感じた。

 いつもの場所、になりつつあるテラスで2人はそれぞれのお昼ご飯をつついている。

 そんな中、ヒトセは少し興奮したように解説を始めた。

 

「ユニコーンの角なんて恋愛成就と真逆の物が入っているのに逆さま媒体が入ってない時点で気づくべきだったわ。ユニコーンの角は毒の中和作用があるでしょう、それにね授業で使う材料との相性が特に悪いの、短く言えば効能が低くなるわ」

 

 きっとこの発見をした瞬間、とてつもなく痺れたんだろう、というのが分かるほど今日この時のヒトセは饒舌であった。

 

「全くもって惚れ薬でない、とは言いきれないのよ?だって、人魚の鱗とチョラの実をそれぞれ歌い落として液体にしたり、ノックしながら砕いていくんだもの、これだけでかなりの価値があるわ」

 

 これを考えた人はすごい、ととても感心したのだ、とヒトセはクロエがこれまで一度も見たことのないような生き生きとした表情をしている。

 

「でもね……授業ではこれを全部作った上で反対に嫌われ薬を作って中和させましょうってことをするらしいの、だからどちらにしても効果がある量持って帰ってくるのは至難の技で……」

 持って帰っては来られないわ。

 最後のほうはほとんど声になっていなかった。

 クロエがすでに心ここにあらずであることに気づいたからだ。

 

 クロエの精神がヒトセの告げる事実の何処までに耐えれたかどうかが定かではなかったけれど、惚れ薬を手に入れられない、ということだけは理解出来たらしいことはヒトセにも分かった。

 

 2人の間にぴしり、とした空気が流れる。

 ヒトセはそんな空気を切り裂くように声を絞り出した。

 

「……特別になのだけど」

 

 ことり、とヒトセが机の真ん中にガラス瓶を置けば、 クロエは散らした意識をゆっくりと机の上の瓶に集めた。

 

「なあに?これ」

 

 クロエがつん、と指さきで瓶をつつくと、コン……と軽やかな音が鳴った。

 

「惚れ薬」

 

 それを聞いたクロエは慌てて手を引っ込めた。

 

「……みたいなもの」

 

 ヒトセはそんなクロエの様子がどうにも面白くて仕方がない。

 

「み、みたいなものって!?え?」

「永続し続ける惚れ薬なんてもう惚れ薬じゃあなくて、盲目薬だわ。ようは惚れ薬、は一時的に気を向けさせれば惚れ薬、なのよ」

 

 つう、とヒトセがガラス瓶と中身を傾けると光を反射してキラキラ輝いた。

 

「これを飲ませれば相手は貴女が気になってどこかにいったりはしないで少なくとも好印象を抱いて素直な返答してくれると思うの」

 

 ヒトセはクロエの前に瓶を置く。

 

「それじゃあ、だめかしら」

 

 クロエは頭が飛んでいってしまいそうなほど首を横に振った。

 

「告白するならとってもいいと思うし、好きな人と楽しく過ごすならとてもいい薬だと思うわ」

 

そう言いながらヒトセはひどく苦しい気持ちになった。

 

 インに授業で作る惚れ薬の謎を問いかけ、最後には中和してしまうことを知って、ヒトセは聞かなければよかった、と心底後悔した。授業を受けるまでは惚れ薬が自分に用意できないことは分からないでいられたのに。分かってしまったら、いわないでおくなんてことはできなかった。

 

 だってクロエは惚れ薬がほしいのだから。

 

 ヒトセはクロエが明日から他人になってしまうかもしれない、と少し震えたが、でもそれは明日なのか、授業が終わったあとなのか、そう差のないひと時の話ではないか、とどこか納得がいってしまった。 だからヒトセはその晩と週末、本をひっくり返し方法を吟味して、『惚れ薬』を作った。この『惚れ薬』はヒトセのここしばらくのクロエへの全部だった。

 

 そんな『惚れ薬』をクロエはうっとりとした目で見つめる。

「無味無臭にしたかったけれど少しだけ匂いと甘さがするの。それならいっそ、とリキュールくらいかしら?それくらいに果物のような香りにしておいたわ」

 

 どうやるかは自分で考えるのよ、とヒトセがいうとクロエは満面の笑みを浮かべた。

 

 お昼を終えたあと、クロエはいつものようにヒトセと一緒に廊下を歩かなかったし、授業は隣の席には座らなかった。

 

 

 

 

 寮の部屋はそう広くないかわりにそれぞれ1人部屋だ。それぞれの習慣や宗教でわざわざ軋轢を生むこともない、というのが最もな理由だそうだ。

  制服も脱がずに靴だけをだらしなくほうり出してベットに横たわりながらヒトセは机の上に散らかしたままの道具や本をぼんやり眺めた。

 

「…上手に作れてよかった」

 

 流石にどこまでの効果であるかまでは確かめようがなかったけれど、理論上そうなるべき色と香り、味になっていたし、薬草園で植物の世話をしながら合間合間で薬を作っていた私を見守ってくれていた妖精は大丈夫だ、っていってくれたから、きっと大丈夫なはず。

 

  …大丈夫なはず。

 

  ヒトセは自分にそう言い聞かせながら丸くなった。

 

 コンコン。

 

 ノックの音がした。

 ヒトセはこれまで、寮長や先生にすらノックをされたことがなかった。されるような用事がなかったからである。

 

 コンコン。

 

  ヒトセはゆるゆると起き上がりながらどうしたものか、とドアを凝視した。

 

「ヒトセ~」

「......!」

 

 ドアをそろそろと開けるとトレーを持ったクロエがそのままよたよたと部屋に入り込んでくる。

 

「ちょ」

 

  ヒトセはクロエの持ったトレーから甘い香りとまだ湯気の出ている紅茶からいい香りがして、思わずそれを目で追った。クロエは散らかった机を見つめながら少し悩んだあとトレーを椅子に乗せると、椅子をベッドに寄せた。ヒトセがぽかんとしている間にクロエは当然のようにベッドに座り、ヒトセにも座るように促した。

 

「私の部屋なのだけど…」

 

 ヒトセは促されるままトレーを挟むようにして座った。クロエは上品な生地のワンピース姿だ。

 

「ランチのときも時々紅茶を飲んでいたから飲めるわよね?」

「……ええ」

 

 ヒトセは状況を飲み込めないまま、コポコポと紅茶がカップに注がれていくのを眺めた。なんだかその湯気で部屋の中が一気にあたたかになった気がした。

 

 クロエは包みを開けて出したパウンドケーキの上でケーキナイフを右に、左にするのに一生懸命になりながら弱々しく

「……ヒトセ、お腹すいてる?」

と尋ねた。

 

「それ1本2人で食べようとしてるの?」

「してるわ」

「私、まだ夜ご飯食べてないわよ」

「わかったわ!」

 

クロエは殆どの量を盛った皿をどん、とヒトセの前に置いた。失恋のやけ食いでもこんなには食べないだろう。

 

「あまりにすべての行動の勢いがいいものだから何もかもに口を出す暇がなかったけどこれだけは言うわ。多いわ」

「夜ご飯よ」

「ちょっと、貴女の量なによ」

 

  ヒトセに冗談みたいな量を盛ったわりにクロエの皿にはお店で出てくるだろう程度の量だ。

 

「私ディナーは済ませたもの」

「人の部屋に食後のデザートを食べに来ないでちょうだい」

「違うわ」

「なにが……」

 

  ヒトセは、クロエの少し緊張した目を見て、この部屋に入ってきたとき彼女はどんな表情をしていたかしら、ともう息を飲むことしか出来なくなった。

 

「『惚れ薬』のお礼」

 

  じわじわと頬が熱くなっていく。それはお互いにそうである気がした。

 

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