ハルミヒトセと願いの叶う薬   作:白梅つばめ

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兄と弟

「兄さんはなんの願いを叶えたかったの」

「っ、ぇ、魔力を増やしたかった」

 

 医務室へ向かう廊下でそれまで口を開かずに大人しくしていたライリーが突然にそう尋ねてきたものだから思わず肩の上の弟を落としそうになった。

 

 そういえば先程までヒトセもクロエもそのことに一切触れなかった。普通ならば確実に、いの1番に聞くことだろうに。

 

「ハルミさんたちはわざわざ聞かなかっただけだよ。ハルミさんはゴーストの方から貰った薬の設計が分かっていたでしょ」

 

 コールの考えなどお見通しというようにライリーはそう言う。

 

 つまりはコールが飲んだのはどんな効果のある薬かの想像はついていたということだ、とライリーに言われてコールは願いの内容を聞かれなかったことに合点がいった。

 

「聞かなかったんじゃなくて、分かっていたってことじゃないか」

「個人的なことを暴くのを楽しむ人たちじゃないから」

 

 そういえば、こんなに弟と話したのはいつぶりだろう。最近の記憶の中では自分の怒鳴り声の前でぼうとしているか、何かを言おうとして詰まっている様子しか思い出せない。こんなにしっかり話せたのか。

 

 先程から普段のように笑うことなくどちらかといえば淡々と言葉を放る弟に、コールは少し苛立ちながらもうろたえた。

 

「僕、兄さんのこと好きだよ」

「へ……」

「だから、兄さんのことが好きなの。尊敬してるし、かっこいいな、って思ってる。自分に誇りを持ってるのも、持てるように努力してるのも凄いな、って思ってる」

 

 ライリーがコールの肩に回っている方の手でコールの服をぎゅうと掴んだ。遠く遠くを見つめてるライリーの横顔はひどく大人びていて、コールは自分の何もかもが身勝手な子供のようだ、と言われているようで苦しくなった。

 

「魔法術師の僕の入学の誘いが来たのは家のおかげもあるけど兄さんのおかげだと思ってる。兄弟に凄い生徒がいると、魔法術師でも誘いが来やすいんだって」

 

 違う。お前はすごいんだ。俺はもうゴーレムの魔術式なんて覚えてないし、あんなテープで留めたくらいの紙に書いた魔術式を成立させるほど魔力を操作出来ない。俺の魔力量じゃあんなに動かし続けられない。口になんて出してややらないけど、コールはライリーの凄いところは沢山知っていた。コールが凄いから、なんて理由ではないはずだ。だが、ライリーは嫌味でなくそう思っている。それが余計に腹立たしい。

 

「……お祖母さんが僕が魔法術師だって分かって僕と母さんに怒ったとき、兄さんが助けてくれて嬉しかった」

 

 別に助けたかったわけじゃない。昨日まで俺よりも大事にしていたはずの弟に怒鳴っている祖母に腹が立ったからだ。弟を怒鳴り、母を怒鳴り、それから魔法術師だったばあちゃんまでもをなじった祖母に、それは絶対におかしいと思ったからだ。不誠実だと思ったからだ。だって弟は今日突然に何かに変わったわけじゃないんだから。

 

 俺なんて要らなかったんじゃないか、と思っていたくらいだった。弟は俺が覚えられないようなこともするすると覚えてしまうし、素直で人当たりもよかった。その場にいるだけで周りを和ませるのだ。祖父のように。

 

 それが、ライリーが魔法術師だったから崩れた。ひどく混乱した。ライリーに寄せられていた期待が全て俺に向いたような気がして苦しかった。

 

 ライリーは早々に母と大好きなばあちゃんの家に行ってしまって、母は帰って来てくれるけど、普段世話を焼いてくれる祖母の手前、祖母があれだけなじったばあちゃんに会いたいとは言い出せなかった。

 

 弟をかわいいと思う気持ちと訳のわからなくなってしまったほどの複雑な気持ちが入り混じっていた。

 

 ライリーは小学校のあとはそのままばあちゃんの通った学校へ行くものだと思っていた。魔法使いだった母はこの学校が母校だが、魔法術師だったばあちゃんはそちらの学校が母校だったから。

 けれど、実家の廊下で聞いたのはライリーにこの学校の入学の誘いが来ているという話で、受けることにしたという話で、弟がこの学校へ来ると言う話だった。

 怖かった。

 

 分かっていた。弟は魔法使いじゃない。

 

 コップス家を継ぐのはどうせ自分だし、このままずっと辛いのも自分だけだ。

 

 へらへらと笑いながらこちらを見る、気づけば肥えた弟が、幸せだからそうなっているようで腹が立った。

 

 負けたくなかった。けれど、弟よりも自分に出来ることはコップス家らしいことではないのだ。自分は祖母に似てしまった。怒鳴り方もまさに祖母そのものだったように。

 

 せめて欲しかった。コップス家らしさが。弟みたいに魔力が沢山あったら、そう思って願いの叶う薬に縋り付いた。

 

 その結果がこれだ。

 

 弟が願いを叶う薬を調べていたのはうぬぼれではなく、妙な様子の兄のことが気になったからだろうと思う。

 

 医務室に弟を放り投げてさっさと部屋に戻りたい。けれど、戻ったところで弟なものだから縁なんて切れないのだ。そして、切りたいとも思わない。

 

 地獄のようだ。

 

「兄さんは僕が魔法使いだったらどんな風になったと思う?」

「そりゃあ、きっといろんな魔法を覚えている優秀な魔法使いになったと思う……」

 

 それを聞いたにへ、とライリーが笑うのが見えた。

 

「兄さんは僕に甘いよね。僕が思うに……」

「思うに?」

「多分コップス家を魔力暴走で3回は燃やしてるし、それどころかあちこちの物は壊しただろうし、そもそも頭の中で術式を思い浮かべてどうのこうのなんて苦手中の苦手過ぎて簡単な魔法しか使えない、魔力だけはある残念魔法使いになったと思う」

 

 見たものをそのまま覚えておくとか、それを外に出力してから、なんとなあくいじるのはまだ出来るけど、頭の中でなにかするなんて苦手。無理。と大真面目な顔で続けるライリーにコールは思わず笑ってしまった。

 

「そうなんだよ。無理なの。思い出してよ、兄さんは僕のいいところだけを見てくれるから誤解するんだ。それに、僕がこの学校に来たのは兄さんと一緒の学校に通いたかったのもあるけどもう1つ理由があるんだ」

「……なんだよ」

 

「コップス家を継いだ兄さんの役に立てるようになりたいから、それなら魔法とか魔術とかがここらで1番のこの学校がいいって思ったんだ」

「その割には成績は思わしくないようだが?」

「痛いところをつかれた。あーあ、もう歩けない」

 

 ライリーはおぼつかないがまだなんとか歩くという形はとれていた足から力を抜いてコールにのしかかった。

 

「潰れる潰れる、いつの間にこんなに育ったんだお前」

「ばあちゃんが兄さんの分まで作るんだよお菓子とか。美味しい美味しいって食べてると近所の人とかもお菓子くれるしさ。ここに入ってからはまじない屋のVIPになろうとしてみたり……」

「そんな噂信じたのか」

「店内のお菓子コンプリートした。感想聞く?」

「今はいい。そもそもお前別にそんなに菓子好きじゃないだろ」

 

 コールの言葉にライリーはへへ、と笑った。

 

「嫌いじゃないし美味しいと思うよ。お菓子ってかわいいから好きだし」

 

 コールは遠くに見えてきた医務室を前に、治療が終わったら一緒に帰って寮の自室まで送って行ってやろうかな、なんてことを思っていた。

 

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