「ここよ!」
クロエが、じゃーん、といった仕草でお店の扉を示す。本当に学校から少し歩いたところ、であった。
木の看板には『ムルタレスト』と彫られている。洋風の老舗の喫茶店のようであり、かわいいお店だなあ、とヒトセは心踊った。窓に備え付けられたウィンドウボックスには、洞窟などによく生えているストイテムが綺麗に植えられており、夜になればきっとほの明るくこのお店を照らすのだろう。
クロエがドアを開ければ、からん、ころん、とドアベルが鳴る。
「わ、あ」
ヒトセは店内を見てすぐ驚いた。喫茶店のようだ、と思った通り、奥には数席の座席があり、木製のつやつやした床やテーブルが綺麗に整列している。吊るされた灯りや飾りのそのどれもが植物を模したようなものであり、どうしようもなく心ひかれた。店主は植物が好きなのだろうか。
しかし、ヒトセが驚いたのはそれらの素晴らしさだけではない。
「ね、ねえ!クロエ、いろんなものが浮いてるわ」
泡のように中がくっきり見えるふわふわと滑空する器の中で、星形のゼリーや、飴、マシュマロ……いろいろなお菓子やお菓子にのせる飾りのようなものが、種類ごとにわかれ、まるで鳥や蝶であるように自由そうに飛んでいた。
「ヒトセ、どの入れ物にする?」
クロエはきょろきょろと辺りを見回すヒトセにずらーっと並んだ瓶やタンブラーやカップがある一角を案内した。
「これ、一度買ったらそのあとは持ってくればずっと使えるの。それに……見ていて」
クロエはポケットから少し分厚いコースターのような物を取り出し、端のほうにあった機械のような物にコースターを差し込む。
コロン、コロンと鈴のような音がしたあと、コースターのようだった物がタンブラーの形で出てきた。
「飲み干せたら畳めるのだけれど、ここに持ってくれば綺麗にしたうえ戻してもらえるわ」
出てきたタンブラーを手に取ったクロエは中を見せるようにして傾ける。確かに綺麗に洗浄されている。朝焼けのような空色に蝶が飛んでいる上品なデザインだ。クロエにとても似合うな、とヒトセは思った。
「私、これ昔集めてたのよね、ほら、かわいいのがあるでしょう?」
入れ物の並ぶ一角の隅の方には子供に好まれそうなデザインの入れ物たちが整列していた。かわいい動物や魔法生物、恐らくはこちらの地域で流行っているのだろうキャラクターが描かれている。
「クロエはよく来るの?」
「最近は時々だけど。兄がいるって話、したでしょう?兄が入学してこのお店を気に入って、私を連れてきてくれてから、そりゃあもう通いましたとも。だって、可愛いでしょう?」
クロエもきらきらした顔でこの光景を見たのだろうか。今まさにヒトセがどれにしよう、と迷っているように悩みながら選んだのだろうか、その思い出を少しだけ共有したようで、ヒトセはくすぐったい気持ちになった。
「これにするわ」
「あら、シンプル」
「そう?見て、ここにちいさくネーデンの模様が入っているでしょ。ネーデンの茎は鉱物を練るときにすごく便利なのよね……見ると心踊るわ……あ、あとほら、葉っぱの形がかわいいでしょ」
ネーデンの葉は猫のように見えなくもない形をしており、観賞用としても評価が高い植物なのだ。
「茎の有用性から評価に入る人始めてみたわ……じゃ、それを持って、どんな感じの物が飲みたいかを言ってみて。私から行くね」
クロエはカウンターにいる店員さんに一礼し、カウンターの上にタンブラーを置き、端にあった箱にカードをかざす。それから、ヒトセに見てて、というように目配せをひとつ。
「爽やかな感じの炭酸で、とびきりかわいいの1つ!」
クロエの通る声が店内で跳ねると、その声に従うようにふわっとタンブラーが浮いて、先ほどヒトセが見ていた中にお菓子や材料の入った器がくるくると寄ってきた。
ぽん、ぽん、とポップコーンが弾けるみたいにタンブラーに材料が入っていく。ヒトセはその不思議で綺麗な光景に言葉を失ってしまった。そうして、タンブラーはお腹をいっぱいにするとくるんくるん、とバレエのターンのように回転しつつ、クロエの手に戻って来る。
「わ、かわいい」
クロエの手元には、浜辺のような色合いで、ところどころにきらきらした飴のようなものが入った飲み物があった。
「ほら、ヒトセも」
「きゅ、急にいわれても……フルーツ…フルーツっぽくてき、きらきらしてるやつ…」
クロエのさっきまでやってた動作を真似しながら、ヒトセも声に出してみる。
タンブラーがふわ、と浮かぶが、さっきと違って器たちが微動だにしない。ヒトセはたまらず青ざめながら思わずクロエを振り返った。
「どうしよう、クロエ、魔力がないからかしら、こわ、壊しちゃったかしら!」
「大丈夫よ、ほら」
ヒトセは、クロエが視線の先の店員さんがにこにこしていることから、壊した訳じゃあないと気づく。
不意にカウンター奥のピアノがなり始め、ヒトセは目を丸くする。音に押されるように器が動き出した。まるでお菓子たちのミュージカルである。
「わ、わ」
ぽん、ぽん、とピアノに合わせてタンブラーに材料が入っていき、くるくる、と中身を振り混ぜるように回転してヒトセの手に降りてきた。
色鮮やかなゼリーが氷のように浮かび、それらが反射してきらきらしている。
「1口飲んでみて」
ヒトセは手の中にあるそれをクロエに勧められるままに1口飲んでみる。
「フルーツだ……」
手の中できらきらと輝き、舌の上ではなめらかにすべりながらみずみずしく弾けるような甘味のジュースにヒトセはどきどきとした。
それに、自分が言った通りの物が出てくるなんてまるで魔法使いになったみたいだ。
「アシュ!」
そんなヒトセを見ながら、クロエはカウンター奥に向けて声を飛ばす。
「はい、はい、ホワードの嬢ちゃん」
先ほど鳴っていたピアノの影からひょっこりと人の良さそうな笑顔の男性が出てくる。
「この人はアシュ……アシュビムさん、さっきヒトセが壊しちゃったかも!って慌てたのを楽しんでいたこの店の悪い店主よ!」
「あまりにも人聞きの悪い!ただピアノに合わせて作った方が楽しいかなって思ったんだよ!」
「でもヒトセが慌ててるところを見て、しめしめ、と思ってこの後どんな反応をするか楽しみにしていたでしょう」
「……」
アシュビムはわざとらしく目をそらし、クロエはそれにくらいつく。
「私の友達よ!」
「いやあ、だからですよ、サービスしたくて……最近客の入りが少なくて新入生の新鮮な反応に飢えてるのもありますけど……」
ヒトセは自分と話すときとは少し違うものの、打ち解けた様子のクロエとアシュビムに少し、もやとして、ジュースをちびりと飲む。
「ヒトセを自慢したかっただけだから!行こ、ヒトセ、中庭に戻るものね」
再び手を繋ぎクロエにうながされ、ヒトセは店を出ようと扉の方へ足を向けた。
「ホワードの嬢ちゃん!」
背に受けたアシュビムの声ははつらつとして嬉しそうなものだ。
からん、ドアベルが鳴る。
「よかったな!」
クロエは満面の笑みを返したようだった。
「自慢って……」
店から出て数歩、ヒトセはぽつ、とそう声にもらした。手を引きながら少し前を歩いていたクロエがゆっくりと速度を落とし止まる。店を出る際に繋いだ手に力がこもり、ヒトセは少し驚いた。
「が、学校で友達が出来たら絶対一緒に行きたいって、思ってたの……」
ヒトセはそっ、と秘密の宝物入れの中を覗かせてもらった、そんな気分になり、まだ誰も知らなかった彼女の何処かに自分がいる気がして、目を丸くした。そっとクロエを覗き込めば照れているのか困っているのか神妙な面持ちで固まっている。
ヒトセはなにか、なにか返そう、宝物を覗かせてもらったのだから、と言葉を絞り出そうとして、
「……じゃあ私は貴女の思った通りに動いたってわけね」
とかわいくない言葉が飛び出した口を引き結ぶ。
クロエはそんなヒトセを見て笑った。ヒトセはひどく喜んだ顔をしていたし、握った手も振りほどかずやさしく握り返していたからだ。
「他にもジュースの売ってあるお店ってあるのね」
ヒトセは目の前を横切った同じ学校の女の子たちの手にジュースを見つける。
「いろんなお店があるわ、ああ、ちょうどあそこのパン屋さん、木の実パンが美味しいのだけれど、木の実のジュースも出してる」
ジュースを持った手で看板を指すクロエが、パン屋の店内をのぞき怪訝な表情をした。
「どうしたの?」
「いつもより、お客さんが少ない気が……それに、あの子たちの持ってたの、まじない屋のジュースだったな、って」
「まじない屋?」
「まじない薬とかを売ってて、ちょっとしたジョークグッズとかお菓子とかがあったお店なんだけど、去年かな?店主のシューマさんが腰をいためたときにお菓子屋さんをやっていたお孫さんが帰ってきて、焼き菓子やケーキを売り出し始めて、飲み物も出し始めたの」
「皆新しいものが気になるのかしら?」
「……普通、どんなにお気に入りの店があっても他のお店に少しは行ってみたりはするじゃない?」
「ええ」
慣れない土地への物珍しさもあると思うけれど、ヒトセはいざ街へ来てみればなんだかあちこちが気になって、どこそこへと行ってみたく思っている。
「あのお店に通っている子たち、どうしてか他のお店にはあまり行かなくなってしまう、気がして……」
「クロエは行ったの?」
「何度か。お菓子は美味しかったし何よりあまり見ないお菓子だったわ」
クロエは煮え切らなさをジュースで流し込む。ヒトセはそんな様子を見てこんなに歯切れの悪いクロエを見たのは初めてで、物事は複雑なのだろうと思った。