【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結) 作:Woudy
……私の名前は星野ルビー。B小町のセンターとして話題沸騰中のトップアイドルだ。
でも……何の為にアイドルを続けているのだろう? 私が輝く姿を見せたい人達は……もう、この世にいないのに。
今、私はアクア――おにいちゃん――せんせーの自室で彼の遺品を整理している最中だ。夜の静けさが部屋を包んでいて、それが私の心に宿る寂しさを一層強く深めてくる。
「え、何、これ……?」
そんな暗い気持ちで作業を続ける事30分、押し入れを片付けている最中に奥からある物を見付けた。カーテンの隙間からこぼれた月明かりが、机の上に置いたA4サイズの封筒を優しく照らす。中身を取り出すと、出てきたのは少し古びた一枚のDVD。
「おにいちゃんじゃない。ママの字だ……」
カバーに包まれたディスクには、所々薄くなった油性ペンの文字で『ルビーへ』、と書かれていた。指が震え、胸の奥でざわざわと何かが蠢く。
「おにいちゃん、どういう事……? どうして、教えてくれなかったの?」
おにいちゃんが死んでから5ヶ月が経とうとしている。B小町のセンターとしてステージで笑顔を振りまき、ファンの歓声を浴びる日々。でも、心のどこかで彼のいない穴が広がっている。そんな時、まるで隠すように置かれたこの封筒を見つけた私は、時間が止まったような気がした。
DVDを手に持つと、冷たくて重い。アクアが私に隠していたもの。私のために……黙っていたもの。まるで何かに取り憑かれたかのように私はリビングへ向かうと、プレーヤーにディスクを入れてソファーに沈み込んだ。手が震えて、リモコンを握り潰しそうになりながら深呼吸して、再生ボタンを押す。画面が点滅した後、懐かしい声が鼓膜に響いた。
『――ルビー元気? ママだよー! あははッ、びっくりしたかな?』
スクリーンに映る、恐ろしいくらい綺麗な笑顔。星野アイ――私のママだ。あの輝く瞳に柔らかな声、幼い頃に抱き締めてくれた温もり。それらが胸の奥で蘇り、目尻から涙が溢れそうになる。
「ママ……私も、会いたかったよ」
そう呟くが、喉が詰まってきて声が小さくなる。アクアも、ママも……私の家族は、みんな死んじゃった。映像の中やお墓の前で呼び掛けたって、もう二度と答えてはくれない。
何故? 何故私は転生なんかしたんだろう? 神様が家族に見放された私を憐れんだから?
……違う、きっと神様にそんなつもりは無かったんだ。今のように、周囲の為の偶像としての役目だけを求められたんだ。だって結局、私は前世も現世も家族に恵まれる事はなかった。おにいちゃんとママの願いの為にも死ぬ訳にはいかず、これからもステージの上で無理矢理輝きながら孤独な人生を歩むしかない。みんなが私という光で希望を抱き、幸せになっていく中、私だけは不幸なまま。多くを救う為の、小さな犠牲。私は謂わば人柱で、生贄のようなもの……あまりにも残酷だ。
「神様の意地悪……酷いよ……」
そんな娘の心情を知る由も無く、画面の中のママは話を続ける。その声は優しくて……でも、どこか切なげだ。
『……ねえルビー、実は凄く大切なお話があるだけどね。ママの宝物のルビーに、特別な事を教えてあげたいんだ。ちゃんと聞いてくれるかな?』
「大切な……お話?」
まるでステージで歌う前の、ちょっとドキドキしていた時のママみたい。私は画面に吸い寄せられ、身を乗り出す。
『ルビーは知ってるよね? 君とアクアは双子だって』
「……うん、知ってる」
今更その話をするなんて、ママは何のつもりだろう。その疑問は、ママが放った次の言葉で吹き飛ぶ事になった。
『……でも、実は2人だけじゃなかったんだ。君達はね――三つ子だったんだよ?』
………は?
「ちょ、どういう……? 三つ子? え?」
『末っ子の弟、『星野マリアライト』。長い名前だから、ママは『マリア』って呼んでるの。えへへ、可愛い名前でしょう? 聖母マリアみたいに沢山の人を癒してあげる光になって欲しい、そんな願いを込めて付けたんだー!』
「マリ、ア……?」
頭が真っ白になる。心臓がドクンと跳ね、胸が締め付けられる。私とアクアに、弟がいた? 全然知らなかった。だってママ、そんな事私達には一度も話してくれなかったから。
『でもね……』
するとママの目が画面越しに潤んだ。涙がこぼれる前に袖で目を拭い、ママの声が静かに続く。
『マリアは……産まれてくる前に、死んじゃったの。流産だったんだ。ママのお腹の中で、ちっちゃな命が外に出てくる前に眠っちゃっていた。……それでも、マリアは私達の大切な家族。だからルビーには覚えていて欲しい。 マリアの名前、マリアが確かに存在していた事、君の心に刻んでほしいの。きっとルビーならそうしてくれるって、ママは信じてるよ』
私の声が震える。
「マリア……」
星野マリア。癒しの光の意味が込められた名前を持つ男の子。ママや私、そしておにいちゃんにも負けない、輝やかしい名前。
……なのに、会えなかった。抱き締められなかった。涙が止まらず、両手で顔を覆う。
「マリア、ごめんね……君の事、今まで全然知らなくて、本当にごめん……」
ふと記憶が蘇る。B小町としてダンスの練習に勤しんでいた日。おにいちゃんが私のダンスを見て、「アイよりもずっと凄くなってきた」と穏やかに笑い掛けた時。あの時の笑顔が、さりなだった頃の吾郎先生と重なる。病院のベッドで、彼が言った。
――”退院したら、アイドルになりなよ。そしたら俺が推してやる”
その言葉が、私をここまで連れてきた。もしマリアが生きていたら、おにいちゃんと3人でどんな笑顔を見せ合えたんだろう。一緒に並んで赤のサイリウムを激しく振って、汗を飛ばす勢いでママへエールを送って……絶対に楽しい一時になったに違いない。
『ルビー、ママからお願いがあるの。この事をアクアには教えないで欲しいんだ。どうしてなのかママにもハッキリ説明出来ないんだけど……アクアを見てるとね、吾郎先生の事が頭に浮かぶの。――覚えてるかな? 病院でママが君達を産む手伝いをしてくれた、優しいお医者さん。アクアの瞳とか話し方が、なんだか先生みたいで……もしマリアのことを知ったらアクア、きっと深く悲しむと思う』
吾郎先生――雨宮吾郎はアクアの前世で、私の最推しで……誰よりもアイドルとして輝く姿を見せたかった人。私の……大好きな人。でもママはアクアの正体を知らない筈。それなのにママは、無意識にアクアをせんせーだと見抜いていたなんて。
「やっぱりママは凄いや……」
胸が締め付けられる。おにいちゃんはママにとっても特別だったんだ。涙がこぼれ、ソファに滴る。
『それからね、この事は吾郎先生にも黙っていてくれる? 先生、ママに『元気な子を産ませる』って約束してくれたから、もし流産の事を知ったらショックを受けちゃうと思うんだ。――だから、ごめんねルビー? こんな重たいお願い、君にだけ押し付けちゃって』
「そんな事ないよママ。いいよ……私、ママのお願いを守るから……」
私はソファーから降り、画面に手を伸ばす。触れられないママの笑顔。アクアを――せんせーを守る為に、ママは私に秘密を託した。マリアの存在を、家族の欠片を、私に覚えていてほしいって。
……でも、アクアはもういない。カミキヒカルに襲われて、命を落とした。この秘密を知る事なく、彼は逝ってしまった。
「ごめんね、おにいちゃん! 私、ママのお願い守れなかった……!」
叫び声が、部屋に響く。
ママの声が、軽やかに変わる。
『ねえルビー? ママ、君の事を信じてるから。ルビーならマリアの事を大切にしてくれるって。ほら、ルビーの笑顔って星みたいにキラキラしてるから、もしマリアが側で君を見守っていてくれるなら、その笑顔で同じように笑い返してくれると思うから」
――その時、私は自分の隣に立つ幻を捉えた。
「――え?」
目を瞬く。私やおにいちゃんのような、柔らかくふんわりとした金糸の髪。子供らしい服装に身を包んだ幼稚園児くらいの子供。此方を見上げる2つの瞳はママのような菫色で、両方に白い綺羅星を宿していた。
「マリア……?」
何故か分からないけど、私は眼前の幼子へそう呼び掛けた。するとその子は天使のような愛くるしい笑顔を私に見せてくれた。
――”大丈夫だよ、お姉ちゃんッ! おれが側にいるから! だから……いっぱい笑って!”
「……あ」
気が付けば、その子の姿は影も形も無かった。
でも何だろう……? あの子の笑顔を見た瞬間、あれだけ冷たかった私の心が一気に温まってきた気がする。
まるでママみたいな笑顔だった。B小町のステージでファンを魅了するママによく似ていた。マリアが側に居てくれている。今まで存在すら知ってあげられなかった私を”お姉ちゃん”と慕って、信じてくれている。
「元気付けてくれたんだね……ありがとう、マリア」
涙を拭いて、画面を見つめる。
『それからね、ルビー。アクアと吾郎先生以外の人になら、マリアの事を話してもいいよ。ちゃんと『アクアには教えないで』って伝えてからならね。ルビーの大切な人にマリアの事を教えてあげると、ママも嬉しいんだ。マリアが居た事、少しでも多く知って欲しいから』
「……良いの? 話しても?」
嬉しい。ママは私に自由をくれた。マリアの事を、誰かと共有していいって。心の奥で重い鎖が外れる。おにいちゃんが死んでから、いくらステージで笑顔を振り撒いても、胸の空洞が広がったままだった。全部一人で抱え込まなくて良いと言われて、ほんの少し軽くなる。
「あと、社長とミヤコさんには流産の事はもう話してあるんだ。2人ともママの大事な家族だからね。ルビー、ミヤコさんに沢山甘えるんだよ? ママの分まで、沢山ぎゅって抱きしめてもらってね。社長の事も、いっぱい頼ってあげてね?」
そうだ、社長にミヤコさん。あの2人だって、私の家族じゃないか。あの人達も、マリアを家族として想っていてくれたんだね。おにいちゃんが消えてしまって、家族が欠けたと思っていたけど、ちゃんと近くにいてくれる人達が私にはいた。
それだけじゃない。先輩にMEMちょに、あかねちゃん、みなみちゃん、フリルちゃん、そして大輝兄さん……私には偶像としての『星野ルビー』じゃなく、私を――”ただの”星野ルビーを見てくれている人達がこんなにもいるじゃないか。
「社長、ミヤコさん……マリアを知っててくれて、ありがとう。みんな……一緒に居てくれて本当にありがとう……」
もう終わりが近い。最後にママの笑顔が、画面の中で一際輝いた気がした。
「――ルビー。君とアクアとマリアは、ママの最高の宝物。本当は君が輝いていく姿を、これからもずっと見ていたかったな。どんな時でも、君達3人はママを照らす光。大好きだよルビー、愛してる……ずっと、ずっと……愛してる」
映像がフェードアウトし、部屋は静寂に包まれる。私はDVDプレーヤーを抱きしめ、声を上げて泣く。
「ママ、おにいちゃん、マリア……私、頑張るよ。3人の分まで、いっぱい輝くから。みんなと、一緒に!」
月明かりが、私の涙を照らす。マリアの名前が、胸の奥に刻まれる。誓おう、アクアとママの愛と合わせて全部、抱き締めて生きていくと。
ミヤコさんと社長にも、このDVDを見せよう。マリアの事を、家族として共有しよう。先輩、MEMちょ、あかねちゃん、みなみちゃん、フリルちゃん、大輝兄さんにも、いつか必ず話そう。
「マリア、おにいちゃんやママと一緒に見守っててね? お姉ちゃん、絶対に挫けないから」
部屋の隅で、私の両目に宿る白い星の輝きが、私の誓いに応えるように煌めく。本当の私を愛してくれた家族の為に、愛してくれている人達の為に、私はこれからもキラキラと輝いていこう。
「お姉ちゃんのキャワワな笑顔、いーっぱい見せてあげる!」
私は久しぶりにアイドルとしてではなく、ただの私として笑う事が出来た。
セルジオが想像以上に強くて笑うしかなかった……
まあマリア君も最終的(高校3年生時点)にセルジオ・伊集院・瓜生・鶴城・肉蝮と同格の超々武闘派まで成長させるつもりなので、作中人物達は外見要素も相まってこの5人以上の凄まじいインパクトを受ける事になりますが。
少女連続失踪事件時点で、既に前世の全盛期に近い実力を持つマリア君。現在も家族・仲間・恋人への愛情パワーにより途轍もない早さで成長中です。近い内に師匠(紅林)すら超えていきます。
……なにせ本作ラスボスとして構想中のオリキャラは、セルジオと同格の怪物にするつもりなので。