【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結) 作:Woudy
お兄ちゃんが鏑木さんと話している頃、おれはみなみと一緒にカウンター席に並んで座って談笑していた。
「恋人になったからにはやっぱ……デート、かな?」
「あ、ええなあそれ! 早速予定を開けときますー!」
恋人らしい事。それで真っ先に思い付いたのはデートくらいしかなかったが、みなみの反応は上々である。近いうちに実行する流れになった。これは良い感じのお店や観光地を見繕っておかなければだけど、慣れない事なので正直自信が……かぐやさん達夫婦に相談してみようかな?
「……あ、マーくん見て見て? あれ」
ふと何かに気付いたみなみに肩を叩かれ、彼女の指差す方向へ目線を送る。熊野と鷲見さんがソファーに腰掛け、見るからに楽しそうに会話している。特に鷲見さんは初々しく頬を赤らめ、幸せいっぱいな雰囲気を纏っていた。
「2人とも本当に恋人みたいに仲良いよね。どうして鷲見さんは告白を蹴っちゃったんだろう……?」
「んふふ、マーくんはまだ知らへんかったな? 実はゆきちゃん、あれからノブ君と付き合う事になってん」
「え、マジ?」
じゃあどうして告白を……? 撮影のタイミングでOKすれば良かったのに。
「“ガチ”やからこそやで、マーくん? 誰にも注目されん形で付き合いたかったんや」
「ん? そ、そうなんだ……?」
乙女心とはよく分からないものである。
「ゆきちゃん、人生初の彼氏なんやってね。このままノブ君と結婚まで行きたいって嬉しそうにしとったなぁ」
「結構先まで見据えてるんだね、鷲見さん」
彼女とってはボロボロになるまで自分を守ろうとした男。惚れない道理なんてないだろう。熊野への恋心は、おれ達にも負けないくらい強いに違いない。
「ウチらもな、あの2人に負けんくらい良い思い出、作ってこう?///」
「う、うん。よろしくね///」
か、顔が……全身も熱い……誰か、誰か冷房の設定温度下げて下さい……
「あ、もう空っぽじゃん……」
せめて冷たいドリンクで体を冷やそうと思ったけど、既にグラスの中は溶けかけの氷しか残ってなかった。
「――宜しければ新しいドリンクをご用意致しますが?」
少し離れたカウンター席のスタッフと遣り取りしていた店員さんが、此方に気付いて歩み寄ってきた。年は紅林か久我と同程度だが、整えた銀色の髪に丸メガネを掛けた姿は、彼等とは違いとても落ち着いた印象を受ける。
「ありがとうございます。実は今喉がカラカラで……」
「成程。初めての恋人と過ごす時間です。緊張で熱くなるのも無理はないでしょう」
げ、聞かれてんじゃん。
「失礼。すぐ近くで仕事してたもので。聞き耳を立てるつもりは御座いませんでしたが」
すると男性は此方の内心を察したのか、軽く頭を下げてきた。まあ不可抗力は仕方のない事。怒る程の事ではないため気にしないでと一声。
「ありがとうございます。それでドリンクですが、生憎ブドウジュースは現在切らしてしまいましてね。代わりにカクテルをお作りしましょう」
「いえ、僕ら高校生なのでお酒は……」
「大丈夫です。ジュースとシロップで作るノンアルコールカクテルですから、未成年の方でも安心してお飲み頂けます。――そちらのお嬢さんも、如何ですか?」
「あ、じゃあお願いします?」
「畏まりました。では少々お待ちを」
男性はカウンターの端に置かれた大型冷蔵庫を物色し、数種類のドリンクと柑橘類を取り出す。ドリンク類はメジャーカップで計量してから次々とシェーカーへ入れ、最後に予め細かく砕いておいた氷を投入。蓋を閉めると両手で大きく上下に振り始めた。
「わぁ、本格的やんけ」
「流石はプロのバーテンダーだね」
彼の動きはあまりにも洗練され過ぎていて、おれ達はついつい見とれてしまう。昔、羅威刃幹部の間宮が自分の恰好をネタに何度かカクテルを作る様子を見せられたけど、やはりプロとなんちゃってバーテンダーでは腕前に天と地ほどの差があった。
「どうぞ」
そして最後に花を添えられた赤いカクテルが2つ、流れるようにして目の前に差し出された。
「これ、どんなドリンクですか?」
「ザクロジュースをメインに柑橘系のドリンクをミックスした、ノンアルサングリアで御座います。爽やかで甘酸っぱい口当たりをお楽しみください」
「キレイやなー! 特に、この黄色いお花が赤のドリンクと良いアクセントになっとります」
「こちらは”キンレンカ”という植物の花で御座います。食用ハーブの一種ですが独特の辛みがありましてね、そのまま食べる事はオススメ出来ませんが、見た目の美しさから飾りとしても需要がある植物なんです」
「へー」
男性の話に感心しながらカクテルを観察していると、先程まで彼と会話していたスタッフさんが会話に混ざってきた。
「相変わらず良いセンスしてるじゃないか、マスター?」
「これはこれは遠藤さん、感謝の極みです」
どうやらスタッフさんは此処の常連らしい。マスターとは顔馴染みなのか、砕けた話し方をしている。
「スタッフさんは此方に何度も通っとるんですか?」
「まあな。この店は芸能関係者がよく通う隠れ家的な場所でね、今回の打ち上げにも好意で会場として提供して下さったんだ」
「そうだったんですね、ありがとうございます」
「いえいえ、こうして皆様のお役に立てたのでしたら、このラファエル。嬉しい限りです」
マスターは背筋を正し、ペコリとお辞儀してきた。
「申し遅れました。私はこのバー『Fellini』のマスター、『ラファエル・エドゥアルド・ペレス』と申します。昼間は喫茶店としても経営してますので、是非デートスポットとしてご利用くださいませ」
「エドゥアルド……ペレ、ス?」
長い名前だな。そう思っているとスタッフさんが補足説明してくれた。
「この人、メキシコ出身なんだよ。20年近く前にに来日して以降、ずっと日本に永住してるんだ」
「見るからに外国の方でしたけど、メキシコから来たんですね」
「遠藤さんの言う通り、もう日本に住んで20年は経ちますからね。心は既に日本人のつもりです。――ささ、私の事は遠慮せず、氷が溶けて味が薄まる前にお召し上がり下さい」
「はい、頂きます」
「いただきますー!」
ラファエルさんに促され、おれ達は冷たいサングリアに口を付けた。うん、甘酸っぱくて美味しい。爽やかな気分になってきたよ。火照った身体に丁度良いや。
「如何です、お二人とも?」
「はい、とても美味しいで――」
しかし感想を述べようとしたところで、それを遮られる事象が発生した。
『――番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝え致します』
カウンター席の端に置かれていたテレビの画面が切り替わり、殺風景なスタジオを背に険しい表情を浮かべたニュースキャスターが映し出された。
『本日、午後6時頃。北九州市の市営ドームにてアイドルフェスタが開催中、爆破事件が発生しました』
「え……?」
「爆破、事件だって……?」
おれとみなみの意識は九州地方で起きた大事件に釘付けとなる。アイドル。それはおれにとって非常に身近な言葉だ。
『目撃者の話によると、イベント開始直後に不審な男がスタジオに乱入。男は支離滅裂な事を話しており、すぐさま警備員に確保されましたが、男が腕を振り上げた次の瞬間に男が爆発。警備員2名がこれに巻き込まれ死亡。ステージに上がっていたアイドル7名も爆風に吹き飛ばされ重傷となり、北九州大学病院へ救急搬送されました』
ニュースキャスターの口から出る事件の一部始終を耳にしたおれは、即座に前世の記憶を強く思い返す。
(……腕を振り上げた瞬間に男が爆発? まさか……遠隔操作型の爆弾か?)
羅威刃時代に数多の敵対組織を爆破してきた。だからこそ分かる、これは綿密に計画された爆破テロだって。自爆した男は恐らく使い捨ての駒。真犯人は別に居ると考えるべきだ……それも複数犯、それなりの規模を持つ組織の可能性が高いね。
「なあなあ、あれってCB'sの子やない? ほら、桜の模様が入った衣装を着てるし、間違いないで」
「CB'sって、今話題に挙がってる新進気鋭のアイドルユニットの? 彼女達も爆発に巻き込まれたのか」
画面内ではメンバー6名全員が担架に乗せられ、救急車へ運ばれる様子が映し出されていた。ファンを魅了してやまない華やかな衣装は血と煤で汚れ、誰もが襲い来る激痛に苦んでいる。中には意識を失った子も居り、応援に来てた母親が涙を流しながら娘に呼び掛けていた。
「……申し訳御座いません。少々御手洗いに」
途中、ラファエルさんが席を外したけど、おれ達は事件の事が気掛かりで返事すら出来なかった。
「あの女の子達、大丈夫やろか? あんなに酷い怪我をしちゃって……」
「まだ分からないけど、無事に戻ってきて欲しいね」
「ん、せやな……」
母親が泣く姿が頭から離れない。次第に腹の底から怒りが沸々と湧いてくるのを感じた。
(子供を傷付けて、母さんを泣かせやがって……一体何処のゴミ屑だ?)
俺はな……母親を悲しませ、苦しませるような輩がこの世で一番嫌いなんだよ。
「皆様、夜道にはどうぞお気を付けて」
打ち上げもお開きの時間を迎え、参加者はラファエルさん含む店員に見送られながら次々と店を後にした。
「ありがとうマスター、また来るよ」
「大丈夫っすよ、ちょっと前と違って今は滅茶苦茶治安が良いんですから!」
「暴漢や半グレに絡まれる心配なんて、殆どする必要無くなりましたもんね! いやぁ、平和平和~」
「よーし、もう一軒行って飲み直しといくかー」
スタッフの一部は酔った勢いそのままに二次会へ突入する猛者も現れたが、おれ達高校生組は全員帰宅となる。子供は22時以降に出歩いちゃダメだから仕方ない。
18歳まで残り2年と数ヶ月。あ~あ、早く大人になりたいなー。
「じゃあみんな、またねー!」
「お疲れー」
「みなみ、また日取りが決まったらまた連絡するね?」
「うん、楽しみにしてるでマーくん!」
黒川さん、鷲見さん、熊野に森本、そしてみなみ。この5人は番組スタッフから事前に話を受けていたタクシーに乗ってそれぞれ帰路に着いた。それを見送るお兄ちゃんとおれ、そしてMEMちょの3人。
「MEMちょはタクシーじゃないのか?」
「うん、歩いて帰れる距離だから」
そういえば、この辺は結構有名な業界人が住んでる所なんだっけ? 流石は人気YouTuberである。
「……寂しいな。私、この現場めちゃくちゃ好きだった」
タクシーを見送りながら名惜しそうに語るMEMちょ。普段のおバカキャラらしからぬ物憂げな表情で、みなみ達が帰っていった方を見詰め続ける。
「分かるよMEMちょ。おれもみんなと一緒にいる時間が凄く心地良かったもん」
「俺もだ。良い思い出になりそうだよ」
第2の人生で漸く得られた青春らしい青春。こんなに楽しい思いが出来るって知ってたら、喧嘩になんか明け暮れるんじゃなかった。
「でもマリりんとアクたんはそんな寂しくないかなぁ? マリりんはみなみちゃんの彼氏だし、あかねの方も苺プロに移籍を検討してるんだって? この2人となら今後も頻繁に会えるじゃん」
歩き始めた折、此方を振り返って何時もの調子でおれ達に絡んでくる。
「あかねの件、残念だったねーアクたん? めっちゃお似合いのカップルになれそうだったのに」
「仕方ない。この番組で俺個人を好きになるような切っ掛けは無かったからな。あかねは寧ろメンバー全員が等しく好きって感じだったし」
「もしかしたらハーレム宣言してたかもしれないね」
「別の意味で炎上しかねないだろ、それ?」
お兄ちゃんについては誰ともくっ付かなくってホント良かったよ。最終回が近付くにつれてお姉ちゃん凄くピリピリしてたし。もし誰かとカップル成立したらお兄ちゃん、お姉ちゃんにマジでぶっ殺されてたかもしれないから。
「でもアクたんがあかねにガチになる可能性はゼロじゃないかも。アイさんの演技した時のあかねに凄く動揺してたしね?」
「生憎だが、俺は訳あって誰かとくっ付く予定は無いんだ」
「……ほほう? それはもしかして別に好きな女の子が居るからって意味?」
「……ノーコメントだ」
MEMちょの絡み方、なんか対象Fさんみたいだなぁ。何と言うかこの、ちょっとウザそうなところとか。向こうは天然っぽいけど。
「そういえばMEMちょはアイ姉ちゃんの大ファンだって? 警視庁や監督の自宅で会った時も凄い目を輝かせてたし」
実は少し気になる事があったので、試しに聞いてみる。
「B小町って解散から8年は経つからさ、MEMちょの年齢だと世代からズレてるなって」
お姉ちゃんは分かる。前世では母さんと同い年であり、両親に見放されていた彼女にとって、お兄ちゃんと出会うまでは母さんだけが大きな心の支えだったから。その過去が母さんを超えるという、壮大かつ険しい目標に繋がっているのだ。
「……ここだけの話なんだけど」
するとMEMちょが寂しそうな表情で自分の過去を語り始める。
「こう見えて私、元々アイドル志望だったんだ。アイさん達のB小町に強く惹かれて、自分も彼女達みたいに輝けたらなって思うようになったの」
しかしその声色は、徐々に小さく弱々しいものへと変わっていく。
「……でも色々あって挫折しちゃってね。その時の欲求不満な感情をYouTubeにぶつけまくっていったら、ドンドン再生数が伸びてってさ……」
「それで今や人気YouTuberに?」
「うん、そういう事」
なんとMEMちょは、アイドルになる事を夢見ていたのだ。それを知った途端、おれの脳味噌は超高速で計算に走り出す。
「ふうん、成程ね」
極めて知名度の高いYouTuberとは、即ち非常に優れた宣伝者でもある。それがアイドルの一員として加わるとなれば、未だ駆け出しの新生B小町の躍進をギアアップさせる事が出来る。
「じゃあ、ウチ来たら?」
「アクたん……?」
「現在新生『B小町』は、情熱溢れるメンバーを募集中なんだけど」
おれが誘う前にお兄ちゃんが先に動き出した。お姉ちゃんが本格デビューするのに必要なメンバーは残り1人。丁度良いと思ったんだろう。容姿もエース級だし、アイドルに必要な要素をMEMちょは全て揃えているからね。すかさずおれも援護射撃だ。
「年齢、キャリア、一切問わず大歓迎です。アットホームな職場で楽しくアイドルをしてみませんか?」
「マリアお前、ブラック企業の募集文句みたいになってるぞ……」
「失礼だなぁ、お兄ちゃんったら。苺プロは超ホワイトじゃないか」
MEMちょは夢だったアイドルに、それも憧れのB小町になれる。苺プロはB小町のメンバーとして新たな猛者を仲間に加えられる。どちらにとってもWin-Winな話でしかない。
「どうかなMEMちょ? 君にまだその気があるのなら、今度こそ夢を掴んでみない?」
突如として舞い込んできた予想外の勧誘に、MEMちょは思考が追い付いておらず茫然としてしまう。
「あのB小町に、私が……? あはは、嘘、そんなの、冗談……」
冗談でもなければ嘘でも無い。
「マジも大マジ」
「…………」
MEMちょの表情が崩れていく。余所行き用に作った愛嬌溢れる笑顔が、猫のような口が。
「……うん」
其処に居たのは――諦めかけていた夢を手にした、1人の女の子。
アニメラストでB小町になれると理解したMEMちょの反応が凄く可愛かったです。