【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結) 作:Woudy
おれの名前は星野マリ……ア……
「私の名前は『伊集院茂夫』。この道場の持ち主で、こちらの紅林くんの師匠です」
遂に裏社会の災厄と初エンカウントしてしまい、かつて報復を目論んでいた前世の自分の浅はかさを噛み締めている、何処にでも居る普通の男の娘だ。
(おれの攻撃を、楽々と躱してくるなんて……)
冷や汗が首筋に流れる。これでも既に全盛期と同格まで力を取り戻している自負はあった。だからこそ事実上の不意打ちを見切られて確信せざるを得ない……未だ大きい力の差を。
「うっそッ!? マリアの攻撃を避けちゃった……! この人もしかしてマリアより強いんじゃないッ!?」
「待てルビー。今はマリアがいきなり攻撃した事を詫びるべきところだぞ? ……弟が失礼しました、伊集院さん」
「何、別に私は一切気にしていないよ。君達の事は紅林くんから聞いている。アクア君にルビーちゃん、それにマリア君だね。それで此方の子達は……」
「えっと、有馬かなです。芸能人でして、メインは女優ですけど最近はアイドルもやってます」
「め、MEMちょと申します! YouTuberですが、つい数日前にアイドルB小町に加入しました。宜しくお願いします、伊集院さん」
とは言うものの、今更小湊の件で仕返ししようという気は全くない。アイツも無実の人間を快楽目的で斬りまくっていた。伊集院に殺されたのもある種のケジメであり、因果応報でしかない。
(ってかこの道場、拷問ソムリエの敷地だったんだ……紅林も教えてくれれば良いのに)
ある人の好意で貸して貰ってる……という話しか聞いてないし、師匠の正体についても今初めて知った。おれ、8年以上も怪物の縄張りで修行してたんだぁ……
すると伊集院は未だ弟子入りを知らされてなかった2人――パイセンとMEMちょを交互に見る。
「なんと、貴女があの有名YouTuberの”MEM”さんでしたか。噂はかねがね伺っております」
「あ、どうも、光栄です!」
「そしてそちらの女性は……もしや”10秒で泣ける天才子役”、有馬かなさんでは?」
わぉ、パイセンが大口開けて驚愕してら。そこまで派手にリアクションするレベルなの? 伊集院が知ってたのはおれも驚きだけど。
「む、昔の私を知ってる人に漸く出会えた……長かったぁ……」
と思えば大粒の涙を流しながら大感動。かつての異名よりも短時間で泣き出した。そんなパイセンに伊集院はそっとハンカチを差し出す。
「これは失礼、泣かせるつもり等なかったのですが。良ければコレを使って下さい」
「あ、ありがとうございばず……」
「良かったねえ先輩! まだ知ってくれてる人が居てくれてさ!」
「……うん。ありがとルビー」
「な、先輩が珍しく嚙み付いてこない……」
「噛み付いてきて欲しかったのかよ?」
外道には鬼のように容赦しないと噂の拷問ソムリエも、そうでない人間に対しては非常に紳士的に振る舞う……まるで今のおれみたいな二面性の持ち主である。おれも家族・仲間に手を出す輩にはマフィアとして対応するけど、普段は他人だろうと困ってたら手を貸してあげたくなるから。
「いやぁ、でも助かりましたよー。紅林さんが銃弾を避ける訓練するって聞いて、正直不安でしかなかったですからね。伊集院さんも流石に無茶だと思いますよね、人間が銃を避けるなんて」
「――え?」
「「アンタもかよッ!!?」」
(だって当たり前だし)
そんな事を考えている脇で、パイセンとMEMちょが天然ボケをかます伊集院にユニゾンツッコミしていた。銃弾回避術なんて猛者の世界では普遍的な能力。おれや紅林にも出来る事を、裏社会の災厄に出来ない訳ないじゃん?
「紅林くん、折角だから私も講師を務めさせて頂こう。……勿論、最初は座学や見学からだ。実戦形式の修行はその後にな?」
「はぁ、すみません。宜しくお願いします、伊集院さん」
「ほ、本気でやるんすね……」
「頭が痛くなってきたわ……」
伊集院と紅林。裏社会に名を轟かせる達人をダブル講師とした講義が始まった。
「――まず相手の攻撃を避ける際だが、その時に重要なのが相手の予備動作を的確に読む事。相手がどんな攻撃をしてくるのかを事前に予測出来れば、その後の自らの最適な動きを瞬時に計算し、実行に移せるからだ――当然これは銃を向けられた場合も同じ」
そう言って伊集院が懐から取り出した物を見せると……パイセンにMEMちょにお姉ちゃんが氷のように固まってしまう。お兄ちゃんも背筋が凍る錯覚を抱き、冷や汗を流す。
「「「ひぃッ!? じゅ、銃ッ!!?」」」
「ご安心を、これは只の玩具だ。ビュービュービュー」
外見だけは精巧に作られた水鉄砲を天井に向け、中の水を撃ち出す伊集院。壁際まで後ずさりしていたB小町の3人は、銃が偽物と分かると力が一気に抜け、壁を背に床へ座り込む。
「な、なんだぁ。心臓に悪過ぎよぉ……」
「見た目あまりにも似過ぎじゃないですか……? あの風見って言うヤクザ組長が向けてきたのとデザインそっくりだし」
「え゛!? ルビーちゃん風見組でヤクザに銃向けられたの……!?」
「うん。直ぐに刑事さんが取り押さえてくれたけど、あれはマジで生きた心地しなかったなぁ」
「何処の世界に反社から銃向けられる女子高生がいんのよ……」
等と口々に言い合う3人だが、おれだけは違う印象を抱いていた。
(伊集院ほどの男が単なる玩具を意味も無く持ち歩く……訳ないよね絶対)
本物同然の外見からして多分フェイント用かな?
(それに右の胸ポケットのほんの僅かな膨らみ……ライターだね)
水鉄砲の中身をオイルに詰め替えて、それと組み合わせれば……即席の火炎放射器の出来上がり。達人級の戦闘者とは、一見何の変哲もない日常道具ですら武器として使ってくるものである。戦闘中に所詮は玩具等と侮る事は……即ち死に繋がる危険行為でしかない。
「さて続けようか。今度は私の手の動きに注目したまま聞いてくれ」
伊集院がおれ達に対して横向きとなった状態で水鉄砲を構える。
「大前提として敵が構えた時点で警戒心はMAXに。意識して集中力を高める事を心掛けなさい」
相手の挙動を少しでも見逃さないようにする。撃つタイミングに気付けなければ回避が遅れ、被弾するリスクが高まってしまうからだ。
「照準を合わせてくる、指を引き金に掛ける等の動作は発射直前のサインだ。この時は同時に相手の肩・腕・視線の動きを観察する事。そうする事で弾道とタイミングを予測し、回避行動に移る事が可能となって「あのぅ……」ん?」
だが説明の途中で待ったが入る。
「ごめんなさい、やっぱ難し過ぎて正直出来ない気しかしません……」
「先輩に同じ……ってかさっきからずっとチンプンカンプンだもん」
「うん、聞いてて尚更だよぉ。無茶だわ……」
「すみませんが俺もです。あまり複雑な手順だと、いざという時に上手く動けないかと。せめてもう少し簡単な方法はないでしょうか?」
もう、お姉ちゃん達は文句ばっかり。襲ってくる敵にそんな弱音が通じると思う?
しかしそんな4人を伊集院は咎めるでもなければ、気分を害した様子もない。流石に初心者には難解過ぎたかと反省した彼は、より難易度の低い対処法を伝授する。
「ならば周囲の環境を利用してみる事だ。テーブルや壁、車に木。これらのオブジェクトは盾になるから、素早く隠れる事で相手の攻撃を防いでくれる。例え周りに何も無くともジグザグ走行や方向転換、しゃがみ等の不規則な動作を行いつつ距離と取れば良い。予測困難な動きは相手に照準を定め難くさせるからな」
「な、成程です……?」
銃で狙われた場合、一番大事なのは相手の射線や射程に入らない事。向かわざるを得ない状況ならより高度な術が必須だけど、そうでない場合は逃げに徹する事が肝心だ。どんな猛者だって頭や心臓を弾丸が貫けば簡単に死んじゃうのだから。
「しかしそういう”逃げ”や”隠密”に徹する場合でも敵の動きを読む必要がある。その為にも観察力は鍛えなければならないが、やはり実戦形式でないと能力は成長し辛いものだ」
暫く考え込む伊集院だったが、直ぐに紅林に視線を向けた。
「よし紅林くん。昔やった練習法を私にやってくれないか?」
「確か、ボールを使った練習ですよね? ボール自体を弾丸に見立てて投擲し、相手はそれを避けるというやつの」
「そうだ。最初に私と紅林くんでやる様子を見せた後、誰かにも試して貰おうと思う」
模擬訓練。本物の銃は(当たり前だが)使えないとはいえ、紅林の規格外のパワーで撃ち出されるボール……
「嘘だろ……」
「あの、紅林師匠が投げたボールなんて砲弾と変わんないと思うんですけど……」
紅林の力を度々目撃していたお兄ちゃんとお姉ちゃんは顔を引き攣らせる。その表情になるのも分かるよ……おれも少し嫌な気分になったし。
「えっとその訓練、ホントに大丈夫ですよね……?」
「マリりんですら嫌そうな顔してるんですけど……」
「なーに大丈夫だ、問題ない。怪我しないように注意はするからさ」
と紅林がフラグっぽい事を言う所為で、余計に誰もが不安でいっぱいになった。
「……頭、スイカみたいに割れなきゃ良いなぁ」
「「怖い事言わないで(言うな)マリりん(マリア)ッ!!」」
訓練は続きます。