【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結)   作:Woudy

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『弱ぇからだ。人生なんて理不尽の連続だろうが。病気じゃなくてもな、この世の奴等は大なり小なり問題を抱えている。逃げて解決することなんざ1つもねえ。前に出て戦うしかねえんだよ』

――――天羽組武闘派極道  ”バイティング”須永



11話

リビングから飛び出した俺は寝室の隅で蹲っていた。

 

「……何やってんだろう、俺」

 

あの悪夢を見てから俺の身体はおかしくなっていた。

 

一条との最後の切り合いを除けば、今まで何物も恐れを抱く事などなかったこの身体が”何か”に怯え、震えている。いくら収まれと念じても効果がない。

 

その恐れが一気に膨れ上がったのはアイに撫でられた時だ。瞬間俺は我を失い、迫り来る恐怖に抗おうと暴れてしまった。気が付けば昼食はテーブルごとひっくり返って台無し。アイたちは呆然とした様子で俺を見ていた。

 

「……アイツ等に嫌われちまったかな?」

 

……ちょっと待て。俺は今、何と呟いたんだ?

 

「そしたら、また一人になっちまうんだろうなぁ……」

 

別にどうでも良いだろ、あんな奴等! DV女予備軍と馬鹿なアイドルオタ共だぞ! 何故そんな連中に好かれたがるような発言をしてるんだ、俺は!!

 

「嫌だ……嫌だ……どうしよう……」

 

……そう何度も必死に否定して暴言を吐き続ける度に、俺の中で走るズキリとした痛み。物理的な痛みじゃない。これ以上奴らを悪く言うなと、俺の身体が訴えて来てるような気がした。

 

あぁ、分かってる。分かってるよ。3年以上一緒に過ごしてきて、俺はアイツ等を他の有象無象と同様に見る事は出来なくなっていた。みんな個性派揃いでお人好しで、そんな連中との生活は割と退屈しなかったし、最近では寧ろ心地良いとさえ思っている。こんな日々が続けば良いなって……思い始めている自分がいる。

 

だから幼少期のトラウマが再発して荒れてしまった時は、その後の惨状に動揺して逃げてしまった。もしアレが原因で、みんなが俺といる事に嫌気がさしたら……

 

「嫌だなぁ……」

 

この幼い体に精神が引っ張られているのか、それともあの悪夢のせいなのか、俺は今までにないくらい弱気になっていた。

 

その時だった。アイが俺の所へ現れたのは。

 

「マリア……此処にいたんだね?」

 

少し落ち着いていた筈の体の震えが再び増す。俺はこの女に怯えてるのか……何故?

 

「……何の用だ? 俺なんか放っといて向こうに行けよ」

 

口から漏れる声色は生まれ変わって高音になったとは思えない程低く、そして視線は絶対零度の如く凍てつくものを送った。それ程強烈な拒絶を受けてもアイは全く怯まず、俺の元へ近付いて隣に腰を下ろした。

 

「放っとけって言ってるだろうが。今は一人にしてくれ」

「ヤダ。自分の子供がこんなに震えて辛そうにしてるのに、放っておく事なんて出来ないよ」

「余計なお世話だ」

「余計なんかじゃないよ、私はマリアのママだもん。当然だよ」

 

どれだけ突き放すような言葉を浴びせられても、アイはその場からテコでも動こうとしない。俺を怖がらせないようにしてるのか、見目麗しい顔に微笑みを宿して見詰めてくる。

 

「マリアがそうなっちゃった原因はきっと私にある。だから君が何故そうなってしまったか知りたい。知って君に謝って仲直りしたい。だから分かる範囲で良いから教えてくれるかな? さっきは一体何があったの?」

「……何でそんな事を知りたがるんだよ?」

「マリアとは仲の良い家族でいたいからだよ。勿論、家族や友達と言った親しい間柄でも喧嘩とかの問題は起きるかもしれない。……でも、ずっと関係が悪いままではいたくない。仲直りして、良い関係に戻って、また一緒に笑い合える。そんな家族をママは望んでいるから」

 

……何が仲の良い家族でいたいだ? 笑わせてくれる。

 

「……フン、その考えが何時まで続くんだろうな?」

「マリア……?」

 

きょとんとした顔で首を傾げるアイを、俺は鋭く睨み付けた。

 

「どうせ軽い気持ちで男と体を重ねた結果餓鬼こさえちまって、悩みを周りに打ち明けきれずに産むしか選択肢が残されてなかったとか――そんなパターンなんだろ?」

 

そうでなければ16歳で子供を産むなんてリスキーな真似、出来る訳がない。

 

「俺は不安しかねぇんだよ。良いか、アンタみたいに餓鬼の年齢で人の親になった奴が最後にどうなるのか? 望まない子を産んだ人間が後々どんな奴に変わるのか? ……子供を虐待する碌でもない屑と化すんだよ」

 

あのクソ親父が散々俺に浴びせてきた。お前さえいなければと。この金食い虫がと。飯を抜かれたり暴行を受けたりと、父親は望んでいない子だった俺を弱らせ、上手い具合に死へ追い遣ろうとしていた。結局何時まで経っても死ななかった俺に業を煮やした奴は、俺を捨てて母さんを連れて行く選択を取ったのである。

 

「私はそんな酷い事をしないよ。アクアもルビーもマリアも、大切な私の子供だもん」

 

目に濁りは全くない。本心からの言葉なのが嫌と言うほど分からされる…………だが。

 

「信用出来るか!! そんな在り来たりな台詞吐いて、結局DVに走ったゲスなんて世の中には腐るほどいるんだよ!」

 

軽々しく”大切”だの”酷い事しない”だの宣いやがって! 数年後にもその綺麗な瞳の色を保ったまま同じ事を言えんのかよ……!!? とうとう俺は我慢出来ず声を荒げた。

 

「どうせアンタだって!! 今は俺たちを大事に思っていても段々重荷に感じる時が絶対に来る!! そして何時か俺たちを裏切って、何処かへ消えちまう!! 俺はそれが怖いんだよ!!!」

 

あぁ、この恐怖の正体が分かっちまった。母さんは俺を愛してくれたけど、結局俺を捨てちまった。愛されていても、それが続く保証は全く無い。何時か裏切られる絶望に襲われるかもしれない。

 

……“本当”の愛が、“嘘”になるかもしれない。

 

それを前世で身を持って知った俺は、アイもまた母さんみたいな事をするのではないかと疑わずにはいられなかったのだ。

 

「……マリアの言ってる事、まるで実際に見てきた人の台詞みたい」

 

本当にコイツは、何でこんなにも鋭いんだろうな。あっさりと見透かされてしまい、何故か俺は笑いが込み上げてきた。

 

「は、ハハハハハハハハハハハハッ!!」

「マリア? どうしたの、大丈夫?」

 

すげぇや……子供が突然狂った様に笑い出したのに、1ミリも瞳の煌めきに衰えがねぇ。こんなんでも本気で俺の事を想って心配してくれてんだなぁ、アンタ。

 

だがこれを言っちまったらどうなるかな? 何だかどうでも良いし面倒くさくなってきちまった。よし、もう言っちまおう。

 

「見てきた……? 寧ろ体験してきたんだよ……俺は」

「どういう……事……?」

「気になって仕方ねえって顔だな。――良いぜ、話してやるよ。滅茶苦茶ぶっとんでて、頭のおかしい話をな!」

 

俺は呆然と此方を見るアイに向かって遂にカミングアウトを決行した。

 

「俺はな……前世の記憶があるんだよ」

 

アイの顔が驚愕の色に染まる。

 

「前世……? マリアが誰かの生まれ変わりって事?」

「そうだよ。――俺の前世は地獄そのものだった。父親は飲んだくれで家で暴れる屑野郎で、小さかった俺は毎日殴られていた! 母さんは俺を大事に想ってくれていたけど父親に支配されていて、俺は碌に飯も貰えなかった!」

 

話す度に苦しかった日々が俺の頭の中で蘇る。思い出したくもねえ……殴られる恐怖、身体中を襲う痛み、部屋の隅で孤独に過ごす苦しさ、そして――。

 

「そして最後は……捨てられた。俺は母さんが大好きだった! でも母さんにも……俺は捨てられちまった!!!」

 

それから続く地獄の日々も、俺に安息の時なんて一切なかった。信じていた相手に捨てられ、嘘を吐きまくる連中を見てきた俺は常に疑心暗鬼だった。どれだけ恐怖と暴力で支配し続けても本当の安心を得られない日々。上だと認める奴も対等な奴も勿論出来なかった。裏切られるかもしれないから、そんな奴がいるだけで猛烈な不安に襲われる。

 

「アンタに分かるか!!? 最愛の人に裏切られ、捨てられる恐怖が!! 絶望が!!! もう俺は誰も信じられない!! 信じたくない……!!! アンタだって何時かきっと、俺を捨てるに決まってるんだ……!!!!」

 

視界が滲み、頬を熱い液体が流れるのを感じた。

 

その歪んだ視界の中でずっと此方を見据えるアイの姿。涙が邪魔して瞳の濁り具合を上手く確認できない。今、彼女は俺の事をどう思って見ているのだろう? やっぱ変な奴だって思われたかな? それは嫌だなぁ……やっぱり嫌われたくないよ……

 

だが、アイの行動は俺の予想の斜め上をいった。

 

 

 

 

 

「そっか」

 

アイは俺を抱き寄せ、その腕の中に包み込んでしまった。自分を囲む彼女の腕は、密着した彼女の胴体は、とてもポカポカで気持ち良い。

 

顔を見る。瞳の星は相変わらず強く輝いていた。

 

「マリアもママと同じだったんだね」

「…………え?」

 

一瞬だけ思考が止まった。俺とアイが同じ……? どういう意味だ?

 

「ママもね……お母さんに捨てられちゃったんだ」

「母さんに捨てられ……? え、嘘……」

「折角の機会だし、私も話してあげるね? 聞いてくれるかな?」

「あ、あぁ……」

 

アイの話に凄く興味を抱いた俺は、耳を傾けた。

 

「――私ね、元々片親だったんだ。お父さんがいなくてお母さんと二人暮らしだったんだけど、小さい頃にお母さんが窃盗で捕まっちゃってね。私はその間施設に預けられたの」

 

天涯孤独とは聞いていたが……今まで興味が無かったので詳細は知らなかった。そんな経緯があったのか。

 

しかし、俺は更なる衝撃を受ける事になる。

 

「でもお母さん……釈放された後も迎えに来てくれなかったんだぁ。顔見せすら一度も無かったよ……」

 

「!!?」

 

その時のアイの綺羅星は真っ黒に染まっていた。一番星の如き輝きが消え失せ、闇夜のように先が全く見えない。俺は今、彼女の闇の一端に触れている事を理解する。

 

母さんに捨てられた。施設に一度も会いに来てくれなかった。アイの境遇は、前世の俺と幾つもの点で共通していた。

 

「……まぁ良いんだけどねー。殴られるより施設の方がずっとマシだし」

 

しかし続けて話を聞いていくうちに違う点がある事に気付いた。アイの母親は俺の父親みたいな屑で、彼女に虐待をはたらいていた点。そして何より味方となるもう片方の親がいなかった点だ。俺で例えるなら母さんがいなくて、あのゲスと二人っきりで暮らすのと同じ。

 

「うぷっ……!」

「だ、大丈夫、マリア?」

「大丈夫だ……」

 

想像しただけで吐き気がした。俺と違ってアイには心を許せる相手が一人もいなかった。彼女は俺以上の地獄を味わってきたんだ。

 

……俺はこの人に親近感を覚え始めていた。

 

「――なぁ」

「ん? 何、マリア?」

「アンタは……少しでも母さんが自分の側にいてくれたらって、思わなかったのか? 施設に一回でも会いに来てくれたらって、思わなかったのか? ……少しだけでも、愛して欲しかったって……思った事はなかったのか?」

 

死に際に俺が思った事だ。どれか一つでもあったら、独りぼっちで死んでいく最後も少しはマシなものになっていたのかもしれないから。

 

「……分かんない」

 

しかし、その質問に対するアイの返答は意外なものだった。

 

「分からない……?」

「うん。だって私、人を愛する記憶も愛された記憶も無いんだ。だからお母さんにどうして欲しかったのか、全然分かんないの」

 

それはつまり、愛を知らない……? おい、ちょっと待て。

 

「アンタ、まさか俺たちを愛してるって自覚もねえのか……?」

「え、そうなの……? …………ごめん、まだ分かんないや」

 

アイは暫く考え込んだが、やがて諦めたように苦笑した。

 

多忙な中で少しでも側にいれるよう努め、子供の将来について本気で悩み、子供の成長を自分の事の如く喜び……突然癇癪を起こした餓鬼に寄り添い安心させようとする。これらを全て無自覚でやってたのかよ。

 

「愛してるかどうかも分からないのに……何故俺たちを産もうと……?」

「家族に憧れてた、というのもあるけど……子供を産めば、母親になれば……子供を愛せるかもって思ってね」

「何だよそりゃ……? そんな博打みたいな事……どうして……?」

 

例え博打だとしても大当たりだろう。アイは紛れもなく俺たちを愛せている。だが肝心の本人がそれを理解出来てなくて、そんなハッキリとしない状態で母になろうと決心したその理由が、俺は気になって仕方がなかった。

 

俺等を産んだ動機が博打みたいな事に対する怒りは湧かなかった。ただ純粋に、この人の内面を知りたくなってしまった。

 

「ガッカリしちゃったかな? 残念だけど、ママはこんな人間なの。無責任でどうしようもなくて、ずるくて汚くて嘘吐きで……人を愛するって何なのか分からないダメ人間。ただ可愛いだけが取り柄のクソ女――それが君たちの母親、星野アイの本当の姿なんだ」

 

何もそこまで自分を卑下しなくて良いだろ? アクアたちが聞いたら悲しむだろうが。……何故か俺も、悲しくなってきた。

 

「でもね、ある日転機が訪れたの。それが12歳の頃、斉藤社長が私をアイドルとしてスカウトしに現れた時。最初は断るつもりだったんだけどね、その時社長がこう言ったんだ」

 

 

 

 

――本当は君も人を愛したいって思ってるんじゃないか?

 

――”愛してる”って言ってる内に、嘘が本当になるかもしれん。

 

 

 

 

「――”嘘が本当に”……?」

「うん。その言葉を聞いて決心が付いた。……私は誰かを愛したかった。愛する対象が欲しかった。アイドルになればファンを愛せるって思って、アイドルになったんだ。心の底から”愛してる”って言ってみたくて、ずっと”愛してる”って嘘を振りまいてきた」

 

アイは俺を抱き締めたまま頭を撫でてくる。今度は辛い思い出が流れ込んでくる事はなかった。

 

「3人を産んだのもそう。母親になれば子供を愛せると思って。……けれど、あれから何年経っても”愛する”って何なのか、まだ全然分からない。だからまだ私は、君たちに”愛してる”って伝えられていない」

 

思い返せば、アイは様々な形で俺たちに愛情を注いでくれているが、直接言葉で表現した事は一度もなかった。未だに本当か嘘か、本人が確証を持てていなかったから。

 

「もし”愛してる”って言った時、それが”嘘”だと気付いたら……そう思うと怖いから」

 

そんな事はない。アンタは既に俺たちを愛せている。アンタは俺たちを想う時は常に全力で、一生懸命だったのを俺は知ってる。この目を見るだけで”嘘”を見抜く能力のお陰で、俺は誰よりもアイの願いが既に叶っている事を知っている。

 

いっそ俺の能力の件も教えるべきか……?

 

(……いや、それはダメだ)

 

言ってはいけないと思い口を噤んだ。だってそれは、アイ本人が自力で気付かなければならない事だから。俺が答えを教えたところで、本人が心から納得出来なければ意味がない。

 

「……でも、私は決して諦めないよ。みんなを愛せるようになりたい、アクアとルビーとマリアを愛せるようになりたい。だから私は、今日もこれからも嘘を吐き続ける。”愛してる”って言い続ける。いつか、この”嘘”が”本当”になる事を信じて。例え死ぬまで分からないままだとしても――最後まで!」

 

「!!!」

 

そこへ更にアイが見せたのは、今までで最も輝く星の煌めき。一番星の強烈な光に、俺はこれ以上ない程圧倒されてしまった。

 

(あれ……?)

 

同時に俺は気付いた。アイの嘘を吐いた時の濁った瞳と、今の本心をぶつけてくる決意に満ちた輝く瞳。そのどちらの時にも色褪せる事の無い煌めきがあった事に。彼女の綺羅星が放つ輝きとは全く異なり、しかしそれにも負けない強い輝きがあった事に。

 

(……俺はこれを知っている)

 

見覚えがあり過ぎた。

 

 

 

 

 

――テメエごときに負けて……組にかえれるか……!!

 

 

 

 

――そんな汚ねえ金いるかこの野郎! 殺せるもんなら殺してみろぉおおお!!

 

 

 

 

――みんなと明日生きてえんだよ! できればずっと生きてえんだよ! 京極組の仲間を心底愛してんだ! だから俺は、仲間の未来のために死ねる!!

 

 

 

 

 

小峠、紅林、そして一条康明を始めとした京極組の奴等。俺が対峙してきた男たちと同じ”信念”に満ちた目。今のアイの瞳には、奴等のそれと同じ輝きを宿していた。

 

嘘を本当にしてみせる。そんな強い信念をこの人は常に胸に抱いて生きてきたんだ。嘘を吐くときも、本当の事を言っている時も。

 

(何て眩しい光なんだ……)

 

信念を持った一番星の輝きは、途轍もない光として俺を焼いてしまう。深い闇に落ちている俺の元まで届く、強烈過ぎる光だ。

 

「あぁ、でもやっぱり3人にはちゃんと心から”愛してる”って言いたいなぁ。――だからもう少しだけ待っててね? いつか必ず、君たちを愛してみせるから」

 

決意に満ちた表情のまま、アイはそう俺に微笑んだ。

 

理解してしまった。この人は……絶対に諦めない。本気で死ぬまで俺たちやみんなを愛し続けるんだ。本心から人を愛したい、それがこの人の願いだから。

 

 

 

 

 

(――強い)

 

 

 

 

 

直後に彼女へ抱いたのは……深い深い尊敬の念。俺は初めて自分より上だと認める人間に出会えた。

 

(この人は俺以上の地獄を経験しながらも、決して折れない信念を抱えて全力で生きている……)

 

己の信念の為に数多の怪物が蠢く芸能界へ足を踏み入れ、何度理不尽に揉まれながらも懸命に努力し続ける。嘘を吐くのはそれを本当にする為の、この人なりの戦い方に過ぎない。観客の目線とスポットライトを浴びて歌い踊るこの人の様子を思い返し、その姿が脳裏により強く焼き付けられた。

 

なんて強くて、凄くて、格好良い人なんだろう。

 

 

 

 

 

――じゃあ俺は……?

 

同じ境遇なら、この人みたいになれる可能性があった筈。なのに、それを放棄した俺は何なんだ?

 

「……あ」

「マリア?」

 

あぁ、そうだ。ただ”暴力”と”支配”に逃げてただけじゃねえか。

 

この人や俺のように理不尽な目に遭った奴なんて、この世界には山程いる。なのに俺は前を向いて歩こうともせず、自分の境遇に対する不満のはけ口として周囲にあたり散らかしてただけだった。まるで餓鬼の癇癪だ。俺は良い年こいて、死ぬまでそんな情けない事を続けていたのだ。

 

それに何故早く気付けなかったんだ? 暴力と支配で他人を服従させるとか……あの忌々しいゲスと同じ事をしてた訳じゃん。母さんが受けた苦しみを関係の無い奴にまでぶつけてさ……屑から生まれた子供も結局同じ屑って訳か。

 

(ははは……本当に俺ってどうしようもない奴だな)

 

”悪”だなんて格好付けて、子供みたいに暴れて……。この人を侮辱する資格も、見下す資格も俺には最初から無かった。

 

(――散々この人をクソ餓鬼呼ばわりしやがって。俺の方がよっぽどクソ餓鬼じゃねえか……!!)

 

地獄を見ても前を向いて戦い続けるこの人を、逃げて癇癪してばかりの野郎が! 一体どの口が言うんだよ城ヶ崎賢志!!!

 

お前にこの人みたいに真っ当に生きようとする意志は無かったのか!? 前に出て戦う意思は無かったのか!? 愛されたくて愛そうと我武者羅に頑張ってきたこの人と、初めからそれを捨てて暴れていたお前は比べるべくもない! お前はただの臆病者で弱虫だ……!!

 

(……そうさ、俺は弱かった。この人みたいに強くなれなかった。そりゃあ最期まで一人のままだよなぁ)

 

だって戦わずして逃げ続けたんだ。愛されるどころか憎まれる事ばかりしてきたんだ。相応の末路になっちまうのも当たり前じゃねえか。

 

「信じても……良いのか?」

 

――でも、この人の側にいれば変われるだろうか? 弱虫な俺でも、少しは強くなれるだろうか?

 

「うん。約束する。必ずマリアたちを愛せるようになってみせるから。だからママを信じて?」

 

そう言ってアイは力強く頷いてみせた。

 

大丈夫だ、貴女は俺たちをちゃんと愛せてる。後は貴女がそれを自覚すれば良いだけ。ゴールはもう目の前なんだ。だから――

 

「……か」

 

母さん。俺は彼女の頬に自分の手を添えようと伸ば…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ごめんね賢志……すぐ……帰るから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!!?」

 

「きゃっ……!!?」

 

雪崩れ込んできたトラウマ。俺は反射的にアイを突き飛ばして距離を取ってしまった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

何でこのタイミングで起きるんだよ……?

 

「マリア、大丈夫……!?」

「はぁ……はぁ……大丈夫。でも、まだ無理かも」

 

この人を信じたいのに。

 

「クソ……震えが全然止まらないねえ……」

「マリア……」

 

「触るな……!!」

 

「!?」

 

「……あ、悪い」

 

アイが辛そうな顔をしていた……やめてくれ、貴女にそんな顔は似合わないよ。俺が近付いて抱き締めれば、きっとこの人も喜んでくれる筈……なのに俺は酷い奴だ。こんなにも俺を愛してくれている人を、まだ信じることが出来ないでいる。しかし俺の望みとは裏腹に、身体は言う事を聞いてくれない。

 

「はぁ……はぁ……ちくしょう……!」

 

ダメだ、やっぱり怖い。信じるのが怖い……。裏切られるのが怖い……。”本当”の愛が”嘘”になったら、そう思うと……怖い……!!

 

だから俺はこう言うしかなかった。

 

「――精々頑張って良い親とやらであり続けろ。絶対に子供を裏切るな! 自分の子供に、自分と同じ絶望を与えんじゃねぇぞ!」

 

偉そうな態度で忠告する事しか出来ない自分が嫌になる。いざ彼女と同じ立場になった時、自分の両親みたいにならない自信も無いくせに。

 

「うん。何度でも言うよ? 私は君たちを絶対に見捨てない。だからマリアもいつかは私を信じて欲しい。それで、もし信じることが出来たら――」

 

立ち上がり部屋を出ようとする俺の背中に向かい、アイはある”お願い”をしてきた。

 

「私の事――”ママ”か”お母さん”って呼んでね?」

 

「! ……アクアは良いのかよ? アイツも貴女を名前呼びしてるだろ?」

「あ、そっか。アクアにもいつかは”ママ”って呼んで貰いたいね。でも、まずはマリアにそう呼んで欲しいかな?」

 

あぁ、俺もそう呼びたい。いつか貴女を信じれるようになって、純粋に母として接したい。その時の貴女はとても嬉しそうに笑ってくれると思うから。

 

「……分かった、約束する」

「うん!」

 

アイは喜色満面に笑ってくれた。彼女は俺の隣を歩き、一緒にリビングを目指した。まだ触れ合うのが怖いので、腕一本分ぐらい間を開けてだが。

 

「な、なぁ……」

「ん? なあに、マリア?」

 

廊下を歩いている時に、俺は俯きながら徐に口を開いた。

 

「お握り投げ付けて……あと、お握り台無しにして……その…………ごめん、なさい……」

 

愛情込めて作った料理をダメにしたんだ。アイの顔に怪我させる真似をしてしまったんだ。これだけはきちんと伝えておかなければいけない。

 

「大丈夫だよ、また作り直せば良いんだし。それよりも怪我が無くて良かった」

「……ありがとう」

 

全く気にしていない様子で笑い、あっさりと許してくれた。

 

 

 

 

 

「――あ、お帰りー」

 

リビングに着くとアクアとルビーとミヤコが座って待っていた。

 

散らかっていた破片や米粒は綺麗に掃除され、元に戻ったテーブルには新しく作り直されたお握りの山。どれもこれもアイが作ったそれよりも歪な形をしている。

 

「お、もしかして3人で作ってくれたの?」

「そんなところだね」

「私は少しお手伝いしただけよ。実質アクアとルビーの2人で全部作ったわ」

「ママ、私頑張って沢山作ったよ!」

「うんうん、凄いよルビー! ありがとう!」

 

先に3人にの元へ寄ったアイがルビーたちを褒める。其処へ俺も近付いていく。

 

「アクア、ルビー、ミヤコ……さっきはごめん」

 

謝る俺に対してミヤコは微笑み、アクアとルビーはアイと似た反応を返した。

 

「気にすんな。何か辛い事を思い出したんだろ? 怒ってなんかいないよ」

「それよりも怪我とかは無い? もしあったらお姉ちゃんに見せてね? 応急処置ぐらいしか出来ないけど……」

 

何処までを俺を想ってくれる発言だった。

 

アクアの奴、確か前世は医者だと言ってたな。さっき暴れた原因がトラウマなのもある程度察してるって訳か、流石だな。ルビーの奴は俺の手を自分の手で包み込み、傷が見当たらないか入念に調べている。

 

こんなに温かい”家族”を……俺は全然信じてあげられない。底無しの優しさが胸を締め付けてきて、本当に申し訳なかった。

 

「さぁ、お昼ご飯を再開しましょう」

 

ミヤコの一声でみんながテーブルを囲み、好きな種類のお握りを取っていく。

 

「……美味いなぁ」

 

俺も同じようにお握りを食べ進めていき、目尻に涙を浮かべそうになる。貧乏人の食い物と見下していた筈のそれらが、高い金を払って喰ったどの料理よりも絶品で、冷えていた心を温かくしてくれた。

 

 

 

 

 

……だが、じゃこお握りだけは怖くて結局食べれなかった。

 

そして未だにアイたちを信じる事も出来ないでいる。

 

 

 

 

 

「……あれ、マリア? 貴方、アイドルに興味は無かったんじゃないの?」

 

しかし、少しだけ変化した事があった。

 

「それ、サイリウムじゃないか。お前がそれを持ってるところなんて初めて見たぞ?」

 

ある日の夜のライブ番組。アイの出演で熱にうかされるアクアとルビーの隣に俺は腰を下ろした。その両手にアイのイメージカラーである赤のサイリウムを携えて。

 

「俺はアイドルなんて微塵も興味は無い」

 

そう、全くもってどうでも良い。信念も無く打算的に嘘を吐く有象無象など道端の石ころと同じだ。

 

「……自分の”母親”を応援したいだけだ」

 

俺の”推しの子”は世界でたった一人――濁る瞳の中でも信念の光を放ち続ける星野アイ(一番星)だけだ。

 

それを聞いたアクアとルビーの顔がパアッと明るくなる。

 

「なら俺たちもサイリウムを振ろう! ちょっと用意してくる!」

「うん! 3人で激しくヲタ芸といきましょう!」

「……それは勘弁してくれ」

 

販促ライブの時みたいなキレのある動きを求められたが、恥ずかしいので丁重にお断りした。

 




ようやくマリアも”推し”の子になりました。しかし信じたくても怖くてまだ信じる事が出来ません。もう一押しですね。

いよいよ例の日が近付いていますが、番外編を一つくらい入れようと考えています。
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