【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結) 作:Woudy
もしマリアが生まれる世界線のカミキがそうならば、マリアは最初こそ激しく拒絶するも次第に受け入れるようになって、最終的には口数は少ないながらも悪くはない父子関係で落ち着きそうですね。
父親への悪口はあってもなんだかんだピンチの時は躊躇なく助けてあげたり親切にしたり…ツンデレみたいな感じで。
気絶したパイセンを肩に担いだまま、淡々と彼女の頭を軽く叩いて促した。その体がビクッと震え、閉じていた瞼がゆっくりと開いて赤く輝く瞳を露わにする。ふぅ、ようやく意識が戻ったようだね?
「――さてパイセン、何か言う事は?」
「ごめんなさい」
「宜しい」
「だからって踵落としはやり過ぎでしょうが!? 頭Uの字にする気かパワー馬鹿!」
パイセンが頭を押さえながらこっちを睨みつけてくる。おれは肩をすくめて悪びれずに笑ってみせた。
「いや、ああでもしないと収拾付かなくなるかなって」
アレでもメッチャ手加減しましたよ? 本気でやったらUの字磁石みたいになるのは間違いないけど。砂鉄がたっぷり付きそうだね。
……なんて心の中で毒づきながら、おれは周りのみんなの視線を感じ取った。パイセンの発言が問題過ぎた為か、おれの“The 暴力”を咎める人はいないようだ。
「でも先輩、流石にクルミさんの自殺問題に触れるのはヤバかったよ。Kakabelの人達、今にも怒鳴りつけてきそうだったし」
「あの人達、アイドル界隈じゃ凄く仲良しで有名なんだよ? 本物の姉妹そのものって言われるくらいなんだから。かなちゃんの言葉が、どれだけ彼女達を傷付けたか……」
「わ、分かってるわよ……流石にデリカシーが無さ過ぎたわ。次に会う機会があったらキチンと謝ります……」
B小町の仲間達からも的確な指摘の連発。追撃とばかりに母さんやお兄ちゃん、果てはパイセン推しな黒川さんすら頷くもんだから完全に四面楚歌。パイセンはすっかり萎縮して項垂れてしまう。
しゃーないよね。高校生とはいえ、芸能界で活動してる以上は立派な社会人。一般的なマナーや常識を知りませんは通用しない。もしKakabelに怒鳴られても自業自得でしかないだろう。
……それでも彼女はきっと、次に会ったら素直に頭を下げてみせる筈だ。パイセンは、そんな根性と優しさがある子だから。
「うぅ……まだ頭がジンジンするぅ~……」
「よしよし」
地面に降ろされたパイセンの頭を母さんが優しく撫で、みんなが少しずつ夜道を歩き出す。
「いやぁ、それにしても今日は良い日だったな〜。アイさんだけでなく、トップだった方のKakabelともお話し出来るなんてさ!」
「そうだねMEMちょ! 今日は良い夢見れそう!」
2人の笑い声が夜の空気に溶けていく中、おれは少し後ろを歩きながら思わず口元を緩めた。……でも、心のどこかで別の考えが渦巻く。
(Kakabel、か……)
おれは思案顔を浮かべて、先ほど出会ったお姉さん達について考えた。
Kakabel。陽東高校と同じように芸能科を擁するお嬢様学校、其処で立ち上げられたアイドルユニットの第8期生。初代B小町解散1年前より超新星の如く現れ、B小町解散後は一気にトップアイドルに躍り出たグループだ。
……そして4年前に起きたセンターことクルミさんの自殺未遂をキッカケに、無期限の活動休止に追い込まれた。活動休止とは言うが、実際は事実上の解散。彼女達の学園が既に第9期生を輩出している事からも、不祥事を起こした8期生は用済み扱いなのだろう。
(反吐が出る。彼女達自身の落ち度じゃないのに……散々恩恵を受けときながら問題が起きれば手の平返しかよ)
原因は不明とされてるが、多感な年頃の女の子の突然の自殺未遂。それも有名な芸能人の子が自殺を図るなんて、高確率で業界に巣食う“大人の出来損ない”共の餌食になったとしか思えない。さっきの7人の義憤に満ちた表情からも、グループ内の不和が原因ではない事が察せられた。8期生は歴代最高に絆の強いグループと言われているが、それは概ね真実と見て良い。
(黒川さんが誘拐直前に自殺を図ったって聞いた時は、おれもみんなもショックだったし……もしそれで彼女が死んだり昏睡状態にでもなったりしたら……)
残された7人の苦しみは極めて計り知れない。黒川さんが歩道橋から飛び降りようとする姿を思い浮かべるだけで、胸がざわつく。あの女の子達は同じような絶望の淵で、きっと今もクルミさんの為に戦っているんだろうか。
……いや……いや違う。
(やっぱり、ちょっと怪しかったなぁ)
彼女達が立ち去ろうとした瞬間、ほんの僅かな焦げ臭さを一瞬感じたような気がした。本当に一瞬だったので勘違いの可能性もあるだろうけど、マフィア時代の経験から過敏になってるのかな?
それとも堅気として生きてきた影響で鈍っていた嗅覚が、漸くダダ漏れている違和感を拾えた?
…………
……う〜ん、やっぱり警戒しておくに越した事はないかな? Kakabelのお姉さん方には申し訳ないけど、ちょっとしたミスも命取りに成りかねないからね。
(そうと決まれば情報収集だ)
おれはマフィアとしての勘を優先して動き出す。今回の件はどうもきな臭い感じがする。だから情報を集める協力者を募る方針で行こう。
真っ先に候補に上がったのは、みなみや黒川の救出に関与してくれた風谷だが、生憎奴との連絡手段は全く無い。龍珠組を経由すればいけるかな?
……
………
…………え? ただの子供が『ちょっと怪しい』って理由だけで裏の情報屋を頼るとか、秀智院の人達に不審がられたりしないかって? 別に構わないよ。
家族や仲間を守る方が、何よりも最優先だ。
「……」
前方で楽し気に歩く大切な人達を、おれは温かい眼差しで見詰めるのだった。
――それから数日後。
苺プロのレッスンルームでは、新生B小町の3人が旧B小町の7人から厳しい指導を受けていた。汗が飛び散って息が上がる中、腰に手を当てたニノさんの声が鋭く響く。
「ハイそこ! 腰を振るのが遅い! しっかり合わせなさい!」
「「「ひえ~ッ!」」」
「”ひえ~ッ!”じゃない、返事ッ!」
「「「は、はいッ!」」」
お姉ちゃんもMEMちょも、そして一番アイドル活動のモチベが低いであろうパイセンすら……全員が悲鳴を上げながらも折れずに気合を入れて臨み続ける。鏡張りの壁に映る彼女達の姿は、汗塗れでも輝きを増していた。旧B小町のメンバー達は、笑みを浮かべつつも容赦ない指摘を飛ばす。アイドルという花道の厳しさを、身をもって教えてくれる先輩達だ。
(ふふ、みんな頑張ってるな……)
おれは控え室の隅から、そんな光景を眺めていた。
レッスンルームの熱気が、ガラスの扉越しに伝わってくる。お姉ちゃんの情熱的な目、MEMちょの意外な粘り強さ、パイセンの意外な成長ぶり――みんな、少しずつ変わっていく。母さんの視線は優しいけど、厳しさも忘れない。あの伝説のユニットを継ぐプレッシャーの中で、彼女達はきっと花開くはずだ。
因みにお兄ちゃんは外出中で事務所不在である。理由は前々から鏑木さんより誘われていた食事会に出向く為。正体不明の父親の件で少しでも有力な情報が得られれば良いけど……
「じゃあ、今度の野外ロケは来月の5日にね?」
「はい、かぐやさん。宜しくお願いします」
一方のおれは苺プロにやってきたかぐやさん、そして早坂さんと会議室で次の仕事の打ち合わせに入った。
何故早坂さんまでいるかというと、彼女はかぐやさんの元従者として、諜報員としての技能も持ち合わせていると聞いたからだ。白銀スタジオの責任者であるかぐやさんの隣で、早坂さんはいつものクールな表情を崩さない。
「――そうそうマリアくん。頼まれていた例の件だけどさ」
打ち合わせが終わったタイミングで、その早坂さんが新たな話題を切り出してきた。おれとそっくりな声なもんだから、一瞬目の前に自分がもう一人居るような感覚だ。
「この間スタジオにやって来た風谷って情報屋さん……残念ながら協力は得られないってさ」
早坂さんが申し訳なさそうに首を振る。
あの男の情報収集力は相当だ。おれが羅威刃時代に雇った数多の情報屋など足元にも及ばない程に。だからかぐやさん達にお願いして、龍珠さんを通じてコンタクトを取ろうと思ったんだけど……
「どうしてですか? あの人なら確かな情報を集めて下さる筈。みなみと黒川さんも、彼のお陰で助かったようなものですし」
おれの問いに早坂さんはかぐやさんと横目で遣り取りをした後、事情を説明する。
「詳しくは話せないんだけどね、色々他にやる事があって忙しいみたいなの」
「龍珠先輩曰く、優秀な方らしいですからね。ヤクザの世界では引っ張りダコだそうですよ?」
……あぁ、成程ね。おれ達とは無関係な裏社会の抗争が勃発しているのだろう。で、風谷はそっちに掛かり切りで此方を相手する余裕は無いと。
「本当に詳細は話せない事なんですか?」
「子供が知って良い内容じゃない、とだけ言わせて頂戴?」
「はぁ、分かりました」
結局一切教えてくれなかったが、マフィア時代の経験から理由はおおよそ察せた。裏社会の渦は、いつだって混沌としている。
「それに君は知らないだろうけど、裏の情報屋の依頼料って想像以上に激高なんだよ? 風見組の件だって、100万円以上の大金を龍珠先輩が負担してくれたんだから」
え、100万? たったそれだけの端した金で? 徴用していた情報屋連中の半分程度じゃん。
「おれ200万くらいなら用意出来ますけど?」
「いやどっから出した!?」
「何処って懐からですが?」
現れた渋沢さんの群れに目を剥き立ち上がる早坂さんと、それに答えるおれ。キャッハハ、声が同じ過ぎて一人漫才みたいになってら。
「札束を持ち歩く高校生なんて聞いた事ありませんわ……」
おれの奇行にかぐやさんも開いた口が塞がらない様子だ。
「何言ってんのよ? かぐやだって学生時代は財布から大金出しまくってたじゃないの」
「それでも30万円程度でしょ!? ここまで金銭感覚狂ってないわよ……! ――はぁ。ほらマリアくん、そのお金は早く仕舞いなさい。あと大金なんて軽々しく人に見せるもんじゃありませんわよ?」
「は~い……」
かぐやさんに叱られて、おれは渋々懐に札束を戻した。
「兎に角、その情報屋さんは多忙で連絡も取り難いとの事です。200万円を積まれても直ぐには動けないでしょうね」
「むぅ……そうですか」
「というか、君はどうしてKakabelについて裏ルートを使ってまで調べたがるの? お嬢様でトップアイドルとはいっても、あくまで彼女達は普通の女の子なんだよ?」
仕方ないので情報のスペシャリストである早坂さんの協力を仰ごう――と思ったところで、当然の疑問が飛んでくる。2人共、何故そこまでKakabelを意識しているのか気になって仕方ない。
「……実は」
おれは彼女達に数日前の出来事を伝えた。夜道での偶然の出会い、Kakabelの7人が去る瞬間の微かな違和感、焦げ臭さのような匂い、そしておれの勘が警鐘を鳴らしていること。案の定、かぐやさんは眉を寄せ、早坂さんは呆然としている。
「流石に根拠に乏し過ぎません? 彼女達を疑う理由が貴方の勘だけだなんて」
「それは……そうかもしれませんけど」
普通に考えれば『気のせいだよ』と言われて終わる話だ。被害妄想か過剰反応と見做されても無理はない。
でも、やっぱり不安は拭えない。去っていくKakabelの後ろ姿から漂った僅かな焦げ臭さの記憶が、鼻腔に蘇ってくるんだ。彼女達の笑顔は融和的で穏やかだったのに、何かが……引っ掛かる。
「おれ、これでも自分の勘には結構自信があるんです。これまでだって、何度も命を救ってくれましたから。マフィ……昔の経験から言うと、こういう少しの違和感すら無視したら、後で後悔する羽目になるんじゃないかなって」
深刻そうに告げるおれの姿に、かぐやさんも早坂さんもタダ事ではない雰囲気を感じ取っていた。だが、同時にそれ以上は不審を抱く事もなかった。
「……まあ無理もありませんわね。貴方みたいな普通に生きてきた子供が、あんなケダモノやヤクザに自分や仲間が襲われたとあっては」
何故なら十分に納得できる経験をかぐやさんは知っていたからだ。良かった、必要以上に追及されそうになくて。肉蝮、まさかお前に感謝する日が来るとは思わなかったぞ?
前世があるだなんて、況してや巨大マフィアのボスを務めた半グレだったなんて、あまり周りには教えたくない。
「そういう事なら協力するのもやぶさかではありませんね――愛、貴女はどう思う?」
早坂さんは少し間を置いて、溜め息をついた。彼女の冷静そうな瞳が、まるで鏡のようにおれの顔を映している。
「そうだね……正直、Kakabelを襲った悲劇には不可解な点も多いわ。クルミさんの自殺未遂事件は当時大ニュースになったけど、原因自体は不明瞭でね……だから業界の闇が絡んでるって噂が絶えなかった」
「隠蔽、という事ですか……」
「おそらく……いいえ、十中八九そうだと思うよ? 証拠は無いというより、抹消されたと見るべきね」
クソったれが。子供を食い物にする妖怪共と聞くと不愉快極まる。
「精神的プレッシャーに過酷なスケジュール、更には一部の大人達からの……オブラートに言えば下手な手出し。そういった搾取の被害者が自殺に追い込まれるケースは、世界中で似たような話が沢山あるのよ」
早坂さんが淡々と語る……ように見えて、唇の端が歪んでいる。彼女も怒ってくれてるんだなと、おれは親近感が湧いてきた。
「分かります。黒川さん――おれ達の仲間も前の事務所で似たような扱いを受けてたらしいですから」
「炎上した舞台女優の子ね? しかも、そんな状況でヤクザに内臓狙いで拉致されるとか……でもそこから立ち直れたんだから、本当に凄いわ」
「はい、強い子だと思いました」
でも彼女が立ち直る切っ掛けを与えたのは、一緒に捕まってしまったみなみの励ましでもある。拘束され閉じ込められた状況でも、諦めず脱出を考えていたって本人の口から聞いた。逆境でも抗い続けようとする姿勢に、おれは益々みなみの事が好きなった気がした。おれは折れて、悪い方向へ突っ走ってしまったからね。
「それでクルミさんの件だけど、彼女は一般家庭出身で、他のメンバーが名家のお嬢様ばっかりだったから、差別的な扱いもあったらしいわ。接待強要の噂すら出てる……でも証拠は全然無いし、Kakabelの7人も星羅女学院も沈黙しっ放し。憶測ばかりがネット上で飛び交ってるだけの状況よ」
早坂さんはスマホを操作し、画面をおれに見せる。
「ほら見て? SNS上でもKakabel公式アカウントは勿論、彼女達個人のアカウントの更新も数年前から止まってるでしょ?」
「あ、本当だ」
まるでクルミさんの件には一切触れて欲しくないと言わんばかりに――実際パイセンが失言した際は正しくそんな反応をしかけてた――しかし、それが却って彼女達の現在の動向を読み取り辛くさせていた。
「ありがとうございます。こっちでも色々と調べてみようと思いますが、その……」
「皆まで言わないで、私もかぐやも協力してあげるから」
「そこまで必死な様子を見せられたら……ね?」
はっきり言って断られる可能性の方が高かった。だからこの結果は嬉しい。おれは2人に深々と頭を下げる。
「本当に、宜しくお願いします」
かぐやさんも微笑まし気におれを見詰め、早坂さんは肩をすくめた。
「貴方って、本当に不思議な子ね。勘が鋭いのは認めるけど……危ない橋だけは渡らないでよ? 私たちも、できる限りサポートするわ」
「特攻は、ダメだからね?」
「あはは……は、はい。分かってます」
なんて言ったけど、ごめんなさい。必要とあれば間違いなくカチコミを掛けちゃうと思いますんで。
「――ヤクザ数十人を倒す実力と言い、あの極端なまでの警戒心と言い……やっぱり普通の子供からは程遠い存在って感じだったね、かぐや?」
「えぇ。でも拷問ソムリエ『伊集院茂夫』氏の孫弟子と考えれば納得出来ますわ……一応は」
苺プロからの帰り道。私と愛はマリアくんの異常性について語り合っていた。龍珠先輩から齎された情報を念頭に置いた上で彼と相対したが、疑念は寧ろ深まるばかり。
そんな子が直感で怪しいと踏むアイドルユニット。これは一度調べてみるべきだと判断した。
「でも、Kakabelの件……本当に何かあるのかしら?」
愛の瞳が鋭く細められる。私は静かに頷き、スマホを取り出す。
「調べてみましょう。御行さん達とも協力して。少しでも、彼の不安を払拭してあげたいですし」
私達は、真夏の太陽の下を歩きながら、静かに計画を練り始める。マリアくんの勘が、正しい事を祈りつつ……
――そして、それが正しくない事を願いつつ。
Kakabelの誤算その一:マリアが羅威刃の城ヶ崎としての異常な警戒心(あの京極組が微塵も手掛かりを掴めずジリ貧に追い込まれた程)を持っていた事。