【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結) 作:Woudy
暴対法に縛られながら何故彼等が巨大組織に成長できたのか、その理由の一端が描写されています。
私の名前は
この組の部屋住みになってから今日で丁度1ヶ月といったところ。ほんの少し前までの私は、何処にでも居る18歳のぴちぴちな女の子だった。
……なーんて嘘、本当は滅茶苦茶ヤンチャしてました。小さい身なりをしてるけど、こう見えて元暴走族のレディース総長。喧嘩上等で今まで負けなしな強さを誇ってたんだ。
で、その頃の伝手で龍珠組の噂を聞きつけてさ、『女も活躍できる任侠の組』って言葉に惹かれて、半ば勢いそのままに入門したんだよね。
今は澤本の姉貴の元で、数名の同期と一緒に暮らしてる。寝泊まりは数ある支部の一つ、その奥にある寮みたいな場所で、少し狭いけど清潔で意外と快適。龍珠組は構成員1万人以上という巨大組織であり、当然入門者も相当数に上る。だから同じような寮が何十も用意されてるんだってさ。すっげぇ。
『ほら起きろ起きろ!! 部屋住みは朝早くから掃除に洗濯に料理だ!』
『は、はいぃぃ!』
『おはようございますッ!』
毎朝6時起床して掃除、食事の準備、姉貴達の身の回りの世話等等……正直、最初はキツかったよ。レディース時代は自由気ままで、仲間と夜通しバイク飛ばしまくってたのにさ。当然此処ではそんな暮らしが出来る筈もなく、組の厳格なルール下に置かれる。
遅刻したり、態度が悪いと姉貴の容赦無い鉄拳が飛んでくる。同期のアカリちゃんなんか高そうな壺を割って姉貴にゲンコツ食らってたっけ。あれは私もマジでビビった。
更にはこんな遣り取りを偶にだけど作業中にさせられる。
『お前達。ミスは即ち……なんと教えた?』
『『『『『死で御座います!!』』』』』
『そうだ。無論組内ではミスしても本当の意味で味方に殺される事はない。だが危険な任務に就けば、一瞬の油断で実際に自分や仲間が死ぬリスクがある! その事を常に肝に銘じ、どんな事でも全力で取り組め!』
『『『『『はいッ、姉貴!!』』』』』
ミス即ち死。確か天羽組若頭の野田一さん……だっけ? 澤本の姉貴はその人の世話になった事があり、その際にこのような教訓を叩き込まれたそうだ。物騒な言葉だけど、此処は容易く人が死ぬ裏社会である事を感じさせる。
『あッ!? 花瓶落としちまった……!!』
『おいコラぁ、お前いったい何処見てやがんだー? 罰として頭蓋骨に“眼”って書いとくわー』
『うげぁああああ、三つ目が通るぅうううう!!?』
『あぁ、また1人若者が小林の兄貴の餌食に……』
『しかも画数多い方で掘ってらっしゃる……』
『頑張れ新人。そこは俺達も通ってきた道だからな?』
その天羽組の方は安土桃山時代も真っ青のスパルタ教育が主流らしいから、ずっとマシな龍珠組に入れてホント良かった……。額に刃物で漢字を掘られるとか絶対イヤ。
とまあメッチャ大変ではあるものの、毎日が新鮮で面白い。
今日も午前から姉貴の運転手役となり、組の用事で街中を回った。午後は事務所の電話番と雑務。その後は夕飯を食べてお風呂にも入って……自由時間を迎えた頃には外は完全に真っ暗。今は並べられたベッドにみんなで寝転がり、お喋りタイムと洒落込んでいた。同じ寮に暮らす仲間は全員女の子で、広々とした部屋に私を含めて5人いる。
「へえ、みんなも結構苦労してきたんだー」
「みんな”も”って事は……アヤメちゃんも?」
「…………ん、まあね」
みんな事情は異なれど辛いバックグラウンドの持ち主ばかり。親の離婚にイジメ、虐待エトセトラ……かく謂う私も例外ではない。父親はギャンブル狂いだし、母親は私が中学に入る直前に蒸発しちゃうし……その結果グレにグレて暴走族の頭にって訳。
そこへ部屋のドアがノックされる音。
「みんな。疲れてるとこ申し訳ないが、ちょっと事務室まで来てくれないか?」
「あ、はい姉貴!」
部屋住みのルールで、上の人に呼ばれたらすぐ動かなければならない。私達は澤本の姉貴に連れられ、事務所のある建物の2階へ向かった。其処は姉貴達の普段の仕事場であり、この部屋のすぐ隣には仮眠室も設けられている。
「お前達が部屋住みを始めて早1ヶ月。ここまでよく頑張って私等のシゴキに耐えられたな。偉いぞ?」
澤本楓。30代の中堅極道で、龍珠組の最精鋭”龍の蹄”の一員でもある超武闘派。クールで厳しいけど実は優しい人で、私もみんなも彼女を頼りがいのある姉貴分として尊敬している。
そんな姉貴は椅子に座ってデスク上の書類を整理し出す。煙草の匂いが少し鼻につくが、不思議と思ってたより不快じゃない。
「ありがとうございます姉貴。これも全ては姉貴達の愛ある御指導と、仲間達の支えがあったお陰です」
私達が整列したまま立っていると、姉貴は咥えていた煙草を灰皿に押し付けて、見慣れない緑の封筒を差し出した。
「今月分の給与だ。確認しろ」
「え、給与?」
私達は戸惑いながらも封筒を開けた。中には紙切れが1枚で、タイトルは給与明細……きゅうよめいさい?
「ふぇ、給料!? しかも手取りで……17万円!? 中小企業の初任給レベルじゃないですか! 確か部屋住みって上の兄弟からの小遣いしか収入が無いんじゃ……?」
私は目を丸くして姉貴を見た。レディース時代に仲間から聞いた話じゃ部屋住みはほとんど無給か、若しくは親分や兄貴分から貰う僅かな小遣いだけで生活すると聞いてたから。他の4人もかなり驚いた様子で明細書と睨めっこしている。
その姉貴はクスっと魅力的な笑みを浮かべ、煙草をもう一本咥えた。直後にライターを手渡された私が、彼女の煙草に火を着ける。
「ふぅ……それだけだと生活が苦しくなるだろう? うちの組はしっかり福利厚生も充実させる事で安定を図ってるんだ。勿論、極道の伝統に則って小遣いも別で出してやるから、実際の収入はもう少し多いぞ? 部屋住み期間の衣食住は組が保証するし、無駄遣いしなければ十分生活していけるから、頑張れよ?」
「そうなんですか? 部屋住みでも食事代や衣料費は自己負担だと思ってましたよ、姉貴」
私は感心して明細を眺めた。基本給が約20万で、税やら保険料やらが引かれて17万弱。組のフロント企業に警備員として雇用されてるみたいで、ちゃんと保険にも入ってる。通常、暴対法によりヤクザは銀行口座を作れない筈だが、合法企業の従業員として雇う事でその問題を回避しており、明日にはその口座へ振り込まれる予定だ。
「一応他の極道組織も部屋住み中の生活は上が負担してるけどな。――ただ、龍珠組はちゃんとした給与を出す事で組員のモチベを保ってるんだ。みんなが満足して働かなきゃ組は強くならないからよ」
「そうだったんですね。てっきり龍珠組だけかとばかり……」
嬉しい。以前まで金銭面で苦労してきたけど、此処ならそこまで心配なさそう。組の規模が大きいからこそ、こんな待遇が可能なんだろうな。流石は日本を牛耳る勢力の一つと謳われる組織だ。
「……ただし」
煙を吐いた姉貴の声のトーンが若干変わる。仕事中と同じ真剣な表情で私達を見詰める。
「部屋住みが終了した後は組が借りてるマンションに入るか、自分でアパートを借りる事になる。そこからは当然自己負担だし、小遣い制度もきっぱり無くなる。それを踏まえて今のうちに貯金はしっかりしておくように。少なくとも嗜好品や趣味に使う以外で金を消費せずに済む環境にいるんだからな?」
「「「「「はい、姉貴!」」」」」
私達は元気よく返事した。姉貴の目は優しいけど、言葉はいつも現実的。そう、部屋住みは他の極道にとっては最も貧困に喘ぐ時だが、龍珠組にとっては逆に最大のチャンスなのだ。
「因みに普通の会社と同様に手当も付くし、ボーナスも年に2回ある。ボーナスの額は給与とほぼ同じ位だな。浪費しないよう注意しとけば、1年で200万円近く貯める事だって難しいが不可能ではない筈だ」
「200万……よーし頑張って貯めるぞー!」
私は拳を握って気合を入れた。17万円の手取りにボーナス2回、各種手当にプラス小遣い……親の所為でひもじかった頃よりずっと裕福じゃないか。
「いいか? 消費が少ないからって考え無しに浪費するなよ? あっという間に金が無くなっちまう。それで泣きを見たって自業自得だからな?」
「分かってますよ、姉貴!」
「よし、話は終わりだ。明日は定休日だが、夜更かしは許さん。寝坊しないよう早めに休むように」
「はい、おやすみなさいませ!」
こうして部屋に戻った私は、この湧き立つような喜びを同期達と分かち合った。
「ねえミユキちゃん、そっちは給料いくらだった?」
「ちょいちょいアヤメちゃん、人の給料を聞くのは失礼だよ? ……と言いたいところだけど、私も自慢したいから言わせて貰おう。――なんと手取り17万2千円!」
「あはは、やっぱみんな同じ額なんだね。まあ1ヶ月目だし当然だろうけど」
「でも部屋住みの段階でこんなに貰えるなんて、龍珠組最高!」
ミユキちゃんは飛び跳ねて喜び、ユカリちゃんも金額の部分を何度も見返してニコニコ笑っている。
「これなら貯金も出来るね。姉貴の言う通り、無駄遣いせず頑張って溜めてこうっと!」
「貯金もだけど、お母さん達に仕送り出来るかも……」
ソラちゃんは私と同じ目標を掲げ、家族がいるサクラちゃんはホッコリとした様子で明細書と封筒を抱き締めた。
「――おーい、雪河だ。入って良いか?」
「雪河の兄貴? はーい、大丈夫ですよー!」
みんなで給与の話で盛り上がっていると、再び部屋のドアがノックされた。現れたのは澤本の姉貴の一番舎弟であり、私達にとっての兄貴分『雪河宗弥』。いつも明るい人で、部屋住みの私達にも優しい。
……あと、実はちょっと気になる人だったりする。男の人として。
「おッ、その明細書。確か明日が給料日だったな? おめでとう」
そう言って兄貴がポケットから取り出した封筒を5つ渡してくる。
「――ほらよ、俺からはコイツを渡したくて来たんだ」
「こ、これが、あの有名な……!?」
「極道の伝統! お小遣い!」
興奮気味に中を開ける私達。封筒1つあたり3枚の万札が顔を出した。
「凄い、3万円も! ありがとうございます兄貴!」
これで合計20万の収入! ヤバい、超嬉しい!
「それだけじゃねえぞ、コイツもだ。5人で分け合って食べな?」
「わぁ、高そうなチョコにクッキーまで……兄貴ってば最高です! 神様!」
「菓子くらいで大袈裟じゃないか菖蒲。でもお前等の幸せそうな顔が見れて良かったぜ――じゃあおやすみ、良い夢見ろよ?」
最後にお菓子の入ったケースを渡すと、兄貴は笑って去っていった。
「雪河の兄貴ってイケメンだよねぇ。性格も超カッコいいし」
「分かる。あれは女の子にモテモテなタイプだって」
「ところで明日は何処行こうか?」
「私、ショッピングモールで買い物したいなー」
「出費は程々に、だよ?」
「分かってるって。姉貴の教えは忘れてないから」
私達はお菓子を摘みながら、就寝時間まで兄貴や姉貴談義に花咲かせたり、明日の休日の予定について話し合うのだった。
「じゃあおやすみー?」
「うん、おやすみなさーい」
部屋住みの日々は厳しいけど、ちゃんとした給料にお小遣い、更にはお菓子や化粧品等も支給される。休日だってある。何より頼れる兄貴や姉貴、そして苦楽を共にする仲間達がいるから頑張れる。
寂しくて暴れ回っていた日々とはおさらば。龍珠組に入って良かったなって、心から思うよ。
菖蒲ちゃんは家族に愛されなかった飯豊のような女性です。
龍珠組は部屋住み時代から給料を支払い、そこに小遣いや嗜好品(女性には化粧品)の支給も加えています。これがモチベを維持し、また路頭に迷った若者の受け皿にもなっています。これが離脱率を低く抑え、同時に人員が増える要因となりました。