【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結) 作:Woudy
――杠葉胡桃の入院先は、あの少女連続失踪事件の被害者達が担ぎ込まれた田沼総合病院だった。
「杠葉さん、一体どうしたのです?」
「実は脚を怪我してしまいまして……こちらの親切な方達に連れて来て頂いたんです。折角なので娘に会って頂こうかなと」
「そうだったのですね。では先に膝の怪我を診て貰いましょう」
「はい、宜しくお願いします」
大所帯で受付に現れたおれ達に担当の看護師は驚きつつ、専門医に連絡して美津子さんの怪我の状態を診てくれた。幸い重大なものではなく、患部に軽い消毒を施してから包帯を巻く程度で済んだ。待合室の柔らかな照明の下、美津子さんは治療中の痛みをこらえながらも、おれ達に感謝の言葉を繰り返した。
治療が一段落ついた後、看護師さんが美津子さんに声を掛けた。
「杠葉さん、特別病棟への移動は大丈夫ですか? 車椅子をお持ちしましょうか?」
「いえいえ、ありがとうございます。この方たちが支えてくださるので、歩けますわ」
看護師さんの好意をやんわりと断り、おれ達はクルミさんが待つ病室へ向かう事に。
「こっちよ。1階の奥にあるの」
おれは美津子さんに肩を貸しながら、彼女の案内で特別病棟への廊下を進む。壁に掛けられた抽象画が淡い光を反射し、消毒液の匂いがかすかに漂う。一般病棟と異なりクルミさんのような重病人が多い故か、足音が吸い込まれるような静寂に満ちていた。12年前、母さんがストーカーに刺されて昏睡状態に陥っていた時も、こんな風に病室までの道のりは暗く寂しいものだったっけ。おれは壊れかけの心を締め付けられ、覚束ない足取りで歩いていたような気がする。
…………はぁ。
(やめよう、ここで嫌な事を思い出したって生産性は無いし……今はこの人を支えあげる事に専念しとこ)
そして目的の個室に辿り着いた美津子さんが入り口のドアを軽くノック。当然、中に居るだろう人間からの返事は期待出来ない。
「来たわよ胡桃? 入るわね?」
扉をスライドさせて、おれと美津子さんが先に病室へ入り、お兄ちゃん達も後に続く。部屋は清潔で広々としており、窓からは病院の庭園が見渡せた。ベッドサイドのモニターがピッピッと規則正しい音を立て、生命維持装置の管と電気コードが張り巡らされている。
そして――、
「「「「……!!」」」」
お姉ちゃん、パイセン、黒川さん、みなみ達女子はベッドに横たわる少女……いや女性になったばかりの人間を見て息を呑み、言葉を失う。
「間違いない。Kakabelのクルミ……本物だ」
「ものすっごく可愛い人やなぁ……」
少ししてお姉ちゃんがポツリと呟き、みなみは女性の美しさに感嘆の声を漏らす。
ベッドに横たわる彼女――杠葉胡桃は、4年間の昏睡状態を感じさせないほど美しかった。腰まで伸びた桜色の長髪が枕に広がり、閉じた瞼の下に長い睫毛が影を落としている。長年の病院生活で多少痩せこけてはいたが、肌は透き通るように白く、まるで眠り姫のような気品を湛えていた。母さんやお姉ちゃんに次ぐレベルだろう、圧倒的美貌。大量の生命維持装置に繋がれてなければ、ファンタジー世界から飛び出してきたかのような存在感を放っている。
「胡桃、今日は新しいお客さんを連れてきたわよ? 悪い人達に絡まれたお母さんをね、助けてくれたの。――皆さん、椅子を用意するから楽にして頂戴?」
そう言って美津子さんが部屋の隅から椅子を引っ張り出そうとするのを、お兄ちゃんが制した。
「こっちでやりますよ。貴女は娘さんの側に居てあげて下さい」
「おれも手伝うよ、お兄ちゃん」
女性陣には待機して貰い、おれとお兄ちゃんで病室の隅に保管されたパイプ椅子を人数分設置していく。その間に美津子さんはバスケットから高級メロンを取り出し、未だ覚めぬ愛娘へ笑い掛けた。
「ほら胡桃。今日は凄く高いメロンを持って来たよ? お母さん、近所のスーパーで偶然これを見付けてね。胡桃はメロンが大好物だったでしょ?」
「――――」
母の優しい声は、しかし娘には全く届かず室内で虚しく霧散する。クルミさんはずっと瞼を閉じたまま、ただ静かな呼吸音だけが部屋に響く。美津子さんの声は優しく、しかしどこか切なく、娘の耳に届かない事を知りながらも続けているようだった。
「……そ、そうだわ! 折角だしこのメロン、皆さんも一緒に頂きませんか!?」
「え、ええんですか? それは娘さんの……」
「良いの良いの! 今のこの子は食べられないし、飾っておいても腐らせちゃうだけだからね? 私一人だけだと食べきれないと言うのもあるけど」
「で、では……お言葉に甘えて」
気まずい空気が流れる中、それを何とかしようと無理して明るく振る舞う美津子さんの姿は見てて悲しい。みんなもその気持ちを察し、ぎこちなく頷いた。
(……あの時の母さんみたいだな)
心の中で呟いた。
「――へえ、貴方達も芸能人だったんだ」
一口大に切り分けられたメロンを爪楊枝で刺して口に運びながら、おれ達は美津子さんや胡桃さんと談笑する。お姉ちゃんが率先して会話を主導し、残る5人で補足する形だ。
「はい、この子と一緒にアイドルをやってます」
「び、B小町というユニット名で、もう一人メンバーがいて3人組のアイドルグループなんです。今度大きなライブがあるので、もし宜しかったら見に来て下さい」
お姉ちゃんがパイセンの肩を抱き寄せ、彼女は少し照れくさそうに頷いた。普段はこういうスキンシップを嫌がって引き剥がそうとするのに、此処が病院だから騒ぐのを控えているようだ。美津子さんが目を輝かせる。
「B小町……あぁ、あのアイっていう女優さんが昔いたアイドルグループね。胡桃がアイドル時代に彼女と共演した事を興奮しながら話してくれたから、よく知ってるわ」
「私達もアイさんから胡桃さんと一緒にやったライブについて聞いてます。とても楽しかったと仰ってました」
「そうなのね。――胡桃、良かったわね? アイさん、胡桃との共演がとても楽しかったそうよ」
美津子さんは時々胡桃さんにも語り掛け、その額を優しく撫でてあげる。自然と会話は胡桃の幼少期へと遡った。
「……この子はね、小さい頃から歌うのが大好きな子だったの。大人顔負けで凄く上手だったのを覚えてるわ」
よく家族や知り合いの前で歌を披露していた胡桃さん。その歌声は子供とは思えない程に透き通っており、時に力強く、聞く者の感情を揺さぶるようなものだったらしい。美津子さんはこの頃から彼女の才能を感じていたそうだ。
”Kakabelの歌姫”という異名で親しまれ、歌唱パートでの存在感も圧倒的だった彼女だけど、その片鱗は幼少期から見られたのか。
『胡桃は本当に歌が上手ね。将来は歌手かしら?』
『う~ん……歌うのは大好きだからそれも良いんだけどね、それだけじゃ全然足りない! だから私、アイドルになる!』
『え、アイドル……?』
『うん! ほらテレビ見てお母さん! Kakabelってアイドルが出てるとこだよ! みーんな本物のお嬢様で、歌もダンスも優雅で素敵なんだ! 私、このKakabelに入りたい!』
「小学校高学年の頃かしら? この子は偶然テレビに映っていたKakabelに憧れるようになって、そのアイドルがいる星羅女学院へ入学しようと必死に勉強を頑張ってたわ」
秀智院学園に並ぶ名門校なだけあって、星羅女学院の偏差値は非常に高い。況してや編入試験は大学並の難易度があると有名だ。しかし胡桃さんは夢の実現の為に血の滲むような努力を行い、試験では数多のお嬢様を引き離してトップの成績を収めた上で合格。学費免除の特待生として中等部から入学を果たした。
「そして念願だったKakabelに入って、そこで仲間にも恵まれた。お嬢様ってもっとお堅くて、庶民を悪く言う人達だと思ってたのに……葵ちゃん達は凄く良い子で安心したわ」
美津子さんが葵さん達に初めて出会ったのは、胡桃さんが入学した最初の夏休み。彼女が自宅にKakabelのメンバーを招いた時だった(この時点で神宮寺姉妹は未加入)。
『お母さん! 今日はKakabelの人達を連れてきたよ! みんな優しくて素敵なお姉様なんだ!』
胡桃さんの声が弾けんばかりに明るかったのを、美津子さんは今でも覚えているという。狭い玄関に彼女の仲間達が並ぶ姿は、まるで絵本から飛び出してきたお姫様のような印象だったそうだ。
『ご機嫌よう、胡桃さんのお母様。胡桃さんとは一緒にアイドルをやっております。宮里葵と申します』
葵さんは丁寧に頭を下げ、紺碧の長い髪が優雅に揺れた。彼女の隣では百合花さんが穏やかな笑みを浮かべる。
『リーダーの穂波百合花と申します。宜しくお願い致します』
続いて雅さんが元気よく手を振った。
『どうも、千代田雅です! 宜しく頼みまーす!』
『雅お姉様ったら、もう少し礼儀正しく挨拶して下さいまし――榎並詩織です。娘さんには何時もお世話になっています』
『綾瀬夕日です。宜しくお願いしますね?』
詩織さんは雅さんを軽く窘めながら眼鏡の奥から柔らかく微笑み、夕日さんは少し照れくさそうに頭を下げた。
当時の葵さん達は無邪気な少女で、胡桃さんを本物の姉妹のように可愛がっていたという。美津子さんの顔は懐かしさに満ち溢れ、声が少し震えていた。部屋に静かな感動が広がり、おれ達はただただ聞き入る。
「Kakabelに入ってからの胡桃の活躍は、本当に目覚ましいものだったわ。あの子はグループの顔役みたいな存在としてステージの中心で輝き続けた。歌声が抜群に美しいから、『Kakabelの歌姫』なんて呼ばれてね。ライブやテレビ出演がどんどん増えて、トップアイドルへ上り詰めていったわね……」
美津子さんは胡桃さんの寝顔を見詰めながら、遠い目で思い出を語る。
デビューから半年も経たない内に、CDの売上は歴代のKakabelで最高記録を更新。ファンクラブの会員数も爆発的に増えていった。あの頃の胡桃さんは、毎日のように雑誌の表紙を飾ったり、CMに出演したり……まるで母さんのように話題に事欠かない人物として名を馳せていた。お姉ちゃんが目を輝かせ、相槌を打つ。
「はい、特に8期生の人気ぶりはホントに伝説級でしたよね? 私もよくライブ映像を見た事があるんですけど、胡桃さんの歌って凄く心に響くんですよね!」
「ええ、この子の歌は特別だったわ。ステージで歌う姿は、まるで天使みたいで……ファンの人達も、彼女の声に癒されたって話をよく聞いたわ。あの子自身も、アイドルになってから毎日が夢のようだって言ってた。葵ちゃん達と一緒にいる時間が、何よりの幸せだって」
しかし、美津子さんの表情が更に曇り始めた。今までも暗い影を背負っているような状態だったが、それ以上に。彼女はメロンを一口かじり、ゆっくりと嚙みしめながら言葉を続ける。部屋の空気が重くなり、窓から差し込む夕陽が長く影を伸ばす。
「……でも、それから1年後くらいかしら? 胡桃の様子が段々おかしくなっていったのは。最初はトップアイドルになった影響で多忙なんだろうと思い込んでたわ。スケジュールが詰まりすぎて、睡眠時間も削られる毎日だったから、疲労が溜まってるんだろうって。久しぶりに家へ帰ってきた時も少し無理して笑っているみたいで、元気がない様子だった」
「それで、どうされたんですか?」
みなみが心配そうに尋ねた。
「色んな方法で癒してあげようとしたわ。一緒に温泉旅行に行ったり、マッサージを予約したり……胡桃の大好物のメロンをたくさん買ってきて、一緒に食べたり。そうしてあげると笑ってくれてたけど……今思うと、あの笑顔も無理して作ってたのでしょうね」
声に後悔が混じる美津子さんへ、お兄ちゃんが確かめるように静かに言葉を発する。
「多忙なだけじゃ、なかったんですね?」
「……ええ。本当の理由は4年前のあの日まで分からなかった。この子は寮の屋上から飛び降りて……自殺を図ったわ。病院に運ばれて一命を取り留めたけど、それ以来ずっと目が覚めないままで……」
「本当の理由……ですか?」
黒川さんが震える声で尋ねると、美津子さんの表情がみるみる悲哀で歪み、娘と同じ桃色の透き通った瞳から涙を滝のように溢す。それを見た黒川さんが慌てた様子で前のめりになる。
「ご、ごめんなさい! 聞いちゃ不味い事でしたよね……!?」
「この子は……性的搾取を受けてたッ!!」
『ッ!!?』
慟哭を伴った衝撃の真実が病室内を駆け巡り、おれ達は驚愕する。美津子さんの声は抑えきれない感情で震え、部屋の空気が一瞬で凍り付くようだった。胡桃さんの穏やかな寝顔が、かえって痛々しく見えた。
「この子の自室の机の奥に隠された手記を見付けたのよ! 2年位前から胡桃だけ強引な接待を受けさせられてて! 自殺する直前には、学院の教師やスポンサーに何度も犯されたって! 私は、あの子の本当の苦しみに気付いてあげられなかった……!!」
「み、美津子さん……」
「お、落ち着いて下さい」
黒川さんやみなみが宥めようとするが、彼女の後悔と悲しみの放出は止まらない。
「この子は仲間達に迷惑をかけないように全部一人で抱え込んでた……! 『葵お姉様達に知られたら、みんなの夢を壊しちゃう。だから黙って耐えなきゃ』って……!! 葵ちゃん達も自分を責め続けていたけど、私は母親としてあの子達よりもっと一緒に居た筈なのに……全然気付けなかった!」
ごめんなさい……ごめんなさい……両手で顔を覆い、縮こまるようにして号泣しながら愛娘に謝り続ける美津子さん。女子達はそんな彼女に寄り添い、優しく背中を撫でて慰める。おれとお兄ちゃんは、呆然とその様子を見守る事しか出来ない。
(搾取の可能性は高かったけど、その中でも一番最悪なパターンじゃないか……)
自殺を図るのも納得だ。女の子としての尊厳を徹底的に踏み躙られる。胡桃さんが受けた苦痛と絶望は計り知れないものだろう。
母親や仲間に隠していたとは言っても、本当に一人で抱え込むつもりなら最初から手記を残したりはしない。きっと胡桃さんは自身を愛してくれる人達の助けを待ち望んでいた。それを理解出来るからこそ、美津子さんは手遅れになるまで気付けなかった事を心底後悔した。
そして、それは恐らく……葵さん達も。
「……」
夕陽がゆっくりと沈み、部屋を赤く染めていく中、美津子さんの涙は止まる気配がなかった。おれは泣き崩れる彼女を見て、腹わらが煮えくり返る気分になる。
「餓鬼を傷付けて、母さんを泣かせやがって……ゴミが」
この世で最も忌み嫌う人種に対し、俺は小さく怨嗟の声を漏らすのだった。
胡桃というキャラクターを作る上でONE PIECEのウタを参考しました。容姿は全く似てませんが、歌が大好きで天才的な歌唱力の持ち主という共通点があります。髪色がピンクなのも、ウタの赤と白の髪色を混ぜたからです。