【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結)   作:Woudy

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108話

一瞬、世界から音が消える。

 

『――は、今なんと……?』

 

マネージャーの女性から告げられた凶報を、私の脳は拒絶する。彼女は嗚咽を漏らしながら、もう一度聞きたくない現実を突き付けた。

 

『胡桃ちゃんが……寮の屋上から飛び降りて……』

『飛び降り……? え?』

 

心臓が止まるような衝撃。胸が締め付けられ、息が詰まる。つい昨日まで、私たちはKakabelの快進撃を喜んでいた筈なのに。

 

私の中で何かが崩れる。どうして? どうしてあの子が……? 

 

『嘘……そんなの嘘よッ!!』

 

衝動に駆られるまま私はマネージャーの襟元に掴みかかった。彼女が息苦しそうに咳き込んでもお構いなしに。

 

『ごほッ……ちょ、まッ!?』

『嘘だって……冗談だって言ってよぉ……!!』

 

声は震え、涙が溢れ出す。いつも冷静を装っていたはずなのに、今は彷徨う幼子のように崩れ落ちそうで。

 

『ぐ、あ、葵ちゃん、待って……! 落ち着い、て……!』

『落ち着ける訳ないでしょ……!? 胡桃さんが何故、何でぇッ!?』

 

この日、みんなを優しくも力強く照らしてくれた太陽は、地に落ちた。

 

 

 

 

 

私達7人は言葉少なにマネージャーの車に乗り込んだ。夜の東京の街灯がぼんやりと窓を滑り、車内は嗚咽だけが響く。誰もが胡桃さんの笑顔を思い浮かべ、胸が張り裂けそうだった。

 

『胡桃さん!!』

 

そして田沼総合病院へ到着した私は車から飛び出し、他の6人も後に続く。廊下を走るなという怒号が聞こえた気がするが、この足が止まる事は決して無かった。

 

『……ッ!?』

『胡桃……さん?』

 

ICUの扉を潜った瞬間、消毒液の匂いが鼻を突いた。私達は前方のガラス越しに映る胡桃さんの変わり果てた姿を捉え、絶句する。

 

『『胡桃お姉様……!』』

『胡桃さん……!』

『そんな、胡桃……!』

 

ガラスの前まで駆け寄る私達。胡桃さんはベッドに横たわり、無数の管に繋がれたていた。頭部以外は殆ど包帯でグルグル巻きにされ、まるでエジプトのミイラのようだ。彼女のチャームポイントとも言える桜色の髪は乱れ、いつも輝いていた瞳は固く閉じられている。人工呼吸器の音だけが、静かに響く。

 

『胡桃さん……どうして、こんな……』

 

声が震え、私はガラスに張り付いたまま力なく崩れ落ちる。みんなも魂が抜けたかのように放心状態になっているか、唇から血が滲む程に強く噛むか、泣きじゃくりながら胡桃さんに呼び掛け続けている。

 

『胡桃さん、聞こえてます? 私達です……Kakabelです』

 

私も声を掛ける。しかし胡桃さんの瞼は閉じられたまま、反応一つ返さない。

 

『……お願いです、目を覚まして下さい。起きて貴女の歌を、もっと聞かせて下さいませ』

 

全く返事は来ない。次第に語気が強まっていく。

 

『ねえ……どうして起きてくれないの!? Kakabelは貴女を入れて8人でなければダメなのよ……! 目を覚まして、帰って一緒にステージに立とうよ……! ねえ、胡桃さん……!!』

 

感情的に己の気持ちをぶつけても、胡桃さんが動く事はなかった。

 

『ぐ、あ、あぁぁあああああああ……』

 

何故、何故私はこうなる前に気付けなかった! ただの疲労だけであの子が突然死のうとするなんて有り得ない! きっと何かとんでもない事情を抱えていた筈なのに……私達は結局手遅れになってまで……!!

 

その時、廊下の奥から一人の女性が駆け寄ってきた。胡桃さんの母親、美津子さんだ。彼女は息を切らし、涙で顔を腫らしていた。

 

『みんな……来てくれたのね! ありがとう……ありがとう……』

 

美津子さんは私達を一人一人抱き締めてくれた。母のような存在に優しく包まれる感覚は、ほんの僅かだが荒ぶる私達の心への癒しとなる。

 

『実は……これを見て欲しいの』

『これって……ノート?』

 

しかし彼女が胡桃さんの自室で発見したノートを震える手で見せられた瞬間、再び激情に駆られそうになった。谷山をはじめとした学院の教師達や、Kakabelと学院に出資しているスポンサー連中が――胡桃さんを様々な形で搾取していたという事実が、あの子の乱れた文字でびっしりと。

 

遅くまでの過度なレッスンに、精神的圧力、アルハラにセクハラ……胡桃さんが一人で耐えていた地獄が、沢山羅列されていた。最後のページでは、数日前に彼女が受けた接待で犯された内容まで記されていた。涙の跡が残るページも見受けられる。

 

『なんだよ、こりゃあ……犯された、だと?』

『胡桃さんは……ずっと地獄の中で過ごしてらっしゃったって事ですの……?』

 

読むだけで胡桃さんの苦痛が伝わってくるようで、何人かは耐え切れず目を逸らす。

 

『胡桃はずっと辛い思いをしていた……なのに全然気付けなかった……私は母親失格よ……』

 

美津子さんの言葉がナイフのように胸を刺す。

 

失格……そうだ、私達も失格だ。愛する仲間の真の苦しみに手遅れになるまで気付けなかった……仲間失格だ。

 

『たに、やまぁああああああああ!!!』

 

私は両手で持っていたノートを握り潰す勢いで、怒りと悲しみを爆発させる。喉の奥底から咆哮を上げる。胡桃さんの純粋な笑顔の裏で、こんな闇が広がり蝕んでいたなんて。

 

『美津子さん、ここは私達に任せて頂けませんか? 胡桃さんを傷付けた連中全員に報いを与えてみせますから』

『葵ちゃん、みんな……でも、危ない事や無茶だけはしないで?』

 

もう一人の親とも言える人に心配して貰えると、嬉しくなる。だからこそ――、

 

『大丈夫ですよ。私達、こう見えて名家の人間ですから。上手くやる手段はいくらでもありますので』

 

美津子さんを抱き締め、私は誓う。胡桃さんの仇を、絶対に討つ。その決意に、当然皆さんも賛同した。

 

『あぁ、やってやろうじゃないか葵!』

『『絶対に許さない……!』』

『胡桃さんの無念を少しでも晴らしてあげましょう。それが今まで気付いてあげられなかった、私達なりの償いだと思いますから』

『はい。ありがとうございます、皆さん。――美津子さん、そのノートを警察に提出する前にコピーして私達に渡して頂けませんか? まずはあの芸能科主任を問い詰めます』

『……えぇ、お願いね?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――谷山先生、この件について説明を頂けますか?』

 

後日。私達は学院に戻り、谷山を問い詰めた。事務室で平然と座っていた奴に、証拠であるノートのコピーを机に叩き付けて。

 

『なんだね君達、ノックもせず入ってきて……名家のお嬢様が礼儀も知らないようでは苦労するぞ?』

 

この期に及んで谷山は表裏の無い笑顔で話題を逸らしてきた。思えばコイツ、私達の事もよくジロジロ見ていたわね。あれも実は私達の体を値踏みしていたのだと思うと、ゾッとする。

 

でも結局、コイツは胡桃さんのみに狙いを絞り彼女の尊厳を潰した。権力に守られた私達に手を上げるのはリスクしかないと判断したのだろう。なんと狡猾な外道か。

 

『私達は貴方が胡桃さんを性的接待に招いて、スポンサー達と一緒になって犯した事について聞いてるのです! 誤魔化さないで下さい!』

『そうです、どう釈明するつもりですの……!?』

『ちゃんと責任を取って貰うからな!』

 

私達の気迫は、しかし谷山には効果が薄い。奴は多少の焦りを浮かべつつも誤魔化そうとする。

 

『な、何の話だね一体? 私が杠葉くんを犯した? そんな事する訳ないじゃないか。現にそのような接待が行われた事実は存在しないのだぞ? 疑うのなら調べて貰っても構わんが……』

『ふざけないで下さい! じゃあこのノートの内容はなんだって言うのですか……!? これを!』

『いや、ノートだけじゃ明確にやった証にはならんだろ? ただ妄想で書いただけじゃないのか……? それとも私を貶めたくて嘘を吐いてるとか……』

 

――は? 何言ってんのコイツ?

 

『あの子はそんな事をするような子じゃない!!』

 

馬鹿にして! 胡桃さんがそんな人間だったら、私達が彼女の為にここまで怒り狂う訳ないでしょう!!?

 

『失礼、谷山卓さんはいるか?』

 

そこへ現れたのは、コートを羽織った男性2人組。美津子さんの告発で動いた刑事だった。彼等は警察手帳と令状を見せ付け、無感情に告げる。

 

『アンタには杠葉胡桃さんが受けた被害の件で話がある。署まで同行して頂けますね?』

『も、勿論ですけど刑事さん、私は何も悪い事はしてませんからね?』

『それは今後の捜査結果によって判断されます――では、我々はこれにて』

『はい。どうか……どうか宜しくお願い致します。この男に相応の報いを』

 

……本当は私達の手で罰を下したかったけどなぁ。

 

でも、きっとこれで谷山も他の悪党達も逮捕されるだろう。あの子の受けた苦しみと釣り合うかどうかは疑わしいが、こうなったら彼女を傷付けた奴等に相応の裁きが下されるのを祈る他ない。

 

刑事達は谷山を連れて部屋を後にする。だが部屋の扉をくぐった直後、奴が小声で呟いた内容を私だけが耳に拾った。

 

 

 

『……チッ、面倒ごと起こしやがって。これだから庶民の餓鬼は嫌いなんだよ、根性無しが』

 

 

 

『――――』

 

 

 

その瞬間、頭に血が上った。

 

『ガバッ!!?』

 

私は全力で駆け出し、谷山の背後から思いっきり蹴り付けた。鈍い音が響き、奴は廊下の壁にぶつかって鼻血を流す。前触れもない展開に仲間達も刑事さんも驚愕する。

 

『葵さん……!?』

『『葵お姉様……!』』

 

『胡桃さんを……侮辱するなぁあああああ!!!』

 

なんであの子が! なんであんな素敵な子が!! こんなゴミ屑の所為で人生を滅茶苦茶にされなきゃなんないのよ!!!

 

『ひぃいい、助けてぇえええ……!』

 

『黙れ! 一番助けて欲しかったのは胡桃さんだ! お前じゃない……!』

 

『ちょっと君、何やってるんだ……!?』

『やめなさい、暴力は!』

 

『ああああああああああああああああッ!!』

 

怒りが収まらない私は追撃を加えようとして刑事達に取り押さえられた。当然、教師に暴行を働いた事で学院は大騒ぎ。私は3週間の謹慎処分を受け、実家に戻されるのだった。




葵の過去編は次回で終了予定です。


○星羅女学院
秀知院学園に並ぶ有力者向けの学校で、幼稚園から大学までの一貫校でもある。日本のお嬢様学校としては唯一芸能科を擁する。
しかし秀知院学園と比べて非常に保守的な面が目立ち、特に教師陣は古い時代の価値観(選民思想や弱肉強食)が未だ根強く残っている。もっとも、若い生徒はここまで酷くはなく、葵達のように一般市民と変わらない価値観の者も多く在籍しているが。
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