【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結) 作:Woudy
………だが、彼女達の場合はその限りではないようだ」
――お家の事でずっと窮屈な思いをしていたみんなにとって、Kakabelは安心出来るたった一つの居場所なんだ。……だから、耐えないと。
――私1人が耐えるだけで、みんなの幸せは守られる。みんなを辛かった日々に戻したくない。
――大好きだから。みんなが、みんなの笑顔が。心から楽しく笑っていて欲しいから。
――だからバレるのもダメ。私が酷い扱いを受けているって知ったら、きっとみんな笑えなくなっちゃう。そんなの絶対に嫌だ。
――大好きなみんなを悲しませる事だけは……それだけは……
『……胡桃さん』
宮里家の自室で、私はベッドに寝転がったまま胡桃さんが書いたノートのコピーに目を通していた。あの子が私達の為にたった1人で苦痛に耐え、隠し続けていた事実に、胸が張り裂けそうになる。
『気付いてあげられなくて……本当にごめんなさい。私は、とんでもない大馬鹿者だ』
目尻から滲み出る涙は、やがて間を置かず洪水のように頬を伝った。無能で不甲斐ない自分を罵り続ける。そんな事をしたって、胡桃さんが目覚めてくれる訳ないのに……
『お嬢様』
その時、メイドの女性が扉をノックして入室してきた。
『ご学友の皆様方がいらっしゃいました』
『百合花さん達が? 通して下さいます?』
『谷山が、釈放された……!?』
招き入れた仲間達からの報告に愕然とする。みんなもやるせない気持ちでいっぱいで、怒りで表情を歪ませていた。百合花さんが震える声で続ける。
『本当ですわ葵さん……証拠不十分だそうです。胡桃さんが受けたという性的接待は存在しなかったと……』
『そんな筈……接待が無かったなんて嘘に決まってる』
『はい……私達も犯人達が証拠を抹消したとしか考えられません。ですが警察の方では現に接待の事実は見付からなかった。だから谷山の事も裁けないのです……』
ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな……! 胡桃さんを地獄に落としておいて、犯人達はのうのうと生きてる!? 納得出来る訳がない!
『クソッタレ……!』
衝撃のあまり、初めて汚い言葉で声を荒げた。そんな私の様子を見てビクッと驚く麻奈さんと夏海さん。ハッとなって彼女達に寄り添う。
『ごめんなさい2人とも。怖がらせてしまいましたね?』
『いえ……当然の怒りだと思っております。私達も葵お姉様と同じ気持ちですから』
『胡桃お姉様は私達にとって本当のお姉ちゃんのような存在なんです。その彼女を傷付けた奴等が何の罰も受けずに過ごしてるのを思うだけで、気が狂いそうになる……』
夏海さんの言葉に誰もが頷く。全員同じ思いだった。どんな手段を用いても、犯人共に壮絶な報いを与えると。警察が役に立たないのなら、名家としての力を使うまで。
『……皆さん。それぞれの親族に協力を仰ぎましょう。奴等は潰すには、もうそれしかありませんわ』
『あぁ、千代田グループの力を総動員して取引停止に追い込んでやる!』
『私もお父様にお願いしてみますわ』
『私もこの件を親族に話してみるつもりです』
『神宮寺本家も巻き込んでみせます。分家だけでは力不足なので』
この時ほど自分達がお嬢様として生を受けた事に感謝した事はない。巨大な権力を使って社会的に抹殺してやろう。二度と陽の光を浴びれない事を一生後悔させてやるんだ。
しかし……
『無理だな』
……え?
『お、お父様? 無理とはどういう……?』
『利益が見込めない』
は? 何を仰ってるんですの、この人?
『我ら宮里家が庶民を1人助ける事にどんなメリットがあるのか、という意味だ。ただでさえ我々は多忙な身で時間的余裕も無い。権力の無駄遣いだ』
実家の書斎で、デスクにどっかりと腰を下ろす父は、冷たい視線を私に向けるだけ。胡桃さんのノートのコピーを差し出し、谷山やスポンサー達の悪行を説明したのに、この反応だ。 利益? メリット? そんな言葉が最初に出てくるなんて、信じられない。
『お父様、胡桃さんは私の大切な仲間です。彼女を傷付けた連中を許せないんです。宮里家の力で、せめて社会的に追い詰めて……』
『あのKakabelのセンターを務めたのは確かに称賛に値する。だが聞けば彼女の実家は母子家庭で、収入も芳しくないそうじゃないか。大した依頼料も見込めないだろう』
『なッ!?』
絶句した私は鬼気迫る勢いでデスクを叩いた。
『お金を取ろうって言うの、あの母娘から!!? ふざけないで……!!』
怒鳴り付けても、睨み付けても、父の呆れも混ざった冷ややかな目が変わる事はない。淡々とほざくのみ。
『当たり前だ、我々は慈善家じゃない。お前にとっては仲間でも、私にとってはあくまで顧客の範疇を超えん。そして彼女の家が取引に足る収入でない以上は、協力するつもりはない』
この人は……他人を札束でしか判断できないのか。
『大体一般市民の犠牲は昔から当然の如く起きていた事だ。それこそ惨殺された庶民の死体が道端に多数転がっている事すら日常茶飯事なんだ。弱い奴は強い者に喰われるのみ。杠葉胡桃の件も、そういった世の常識の一端に過ぎん』
『ッ! 何時の時代の話をしてるのよ……!』
私の中で父に対する失望の念が急速に広まる。元より弱い立場の人達を軽く見ている人だなとは思っていたが、ここまで他者を見下す人間だったなんて……
『葵、お前もいい加減一人の庶民にのめり込むのは止めておけ。ああいうはこれから先も沢山巡り合えるのだから』
『何言ってるのよ!? 胡桃さんは世界でたった1人なの! 代用が利くみたいに言わないで……!』
父の言葉がさらに続く。冷徹な視線が私を射抜く。
『それに、Kakabel第9期生の募集が始まるそうだな? これを機に、そろそろ家業へ時間を費やして貰うぞ?』
『――は?』
何それ? 私、そんな事聞いてないんだけど。
『学院から連絡があった。スキャンダルが起きた以上、8期生の活動を続けるのは難しいと。まあ表向きは無期限の活動休止だが……残念ながら、実態は解散させられたって事だ』
『何……何で、何でよ……だってあそこは、Kakabelは私達の大切な……!』
理解が追い付かない。追い付けたとしても私の脳は拒む。私達の大切な居場所が、胡桃さんが帰ってくる場所が……汚い大人達の思惑で理不尽に奪われようとしてるなんて。
『……今まではお前の自由にやらせてきた。流石に窮屈が過ぎると判断してな』
取り乱し、目に涙を溢れさせる私に父が多少の憐れみを向けているようだが、胡桃さんを切り捨てたこの男の憐れみなど逆に惨めになるだけだった。
『だが、こうなってしまった以上は仕方ない。宮里家の後継者として、家業の準備を本腰で始める丁度良い時期だ。アイドル活動など、遊びの延長で済む時代は終わった』
『……!? Kakabelは遊びなんかじゃない! あそこは私達の、大事な居場所で……!』
『……そうだな、流石に遊びという表現は不適切だった。穂波家や神宮寺家――複数の有力者一族とのパイプをお前のお陰で築く事が出来た。よくやったぞ?』
『違う! そういう意味で言ったんじゃない……!』
結局私は父を説得する事が出来ず、失意のまま書斎を後にする。
『……上流階級の選民思想も計算に入れた上での搾取だった訳ね』
ドンッ。と廊下の壁に拳をぶつけ、歯を喰いしばる。
『ちくしょう、ちくしょう……』
谷山達が胡桃さんを搾取したのも、事が私達に露見したところで実家が動かないと踏んでいたからなんだ。
『どうしよう……胡桃さんだけじゃなく、Kakabelまで』
いくら名家とはいえ、所詮は18歳の少女に過ぎない私。権力も財力も、あくまで親や親族の持ち物であって私の所有物ではないのだ。
『私は……結局無力なの?』
その疑問に答えてくれる人は、誰も居なかった。
後日、再び宮里家に集まった私達Kakabelは、全員が沈んだ顔をしていた。
『――皆さんも、ですの?』
『はい。申し訳、御座いません……』
……あぁ、やっぱりか。百合花さんの泣きそうな顔を見て、私は何とも言えない気持ちになった。
百合花さんだけじゃない。雅さんも、詩織さんも、夕日さんも、神宮寺姉妹も。それぞれが実家の力を借りようとして、その悉くが撃沈された。
穂波家は「メリットがない」と協力を拒否。千代田家は「ビジネスに影響が出る」と一蹴。榎並家、綾瀬家、神宮寺家……どれも名家としてのプライドが異常に高く、庶民の胡桃さんの為に動くのを「無駄」と見なした。
特に神宮寺家は胡桃さんを「代わりの利く虫」呼ばわりして罵るクズまで存在し、姉妹は激怒してその人間と壮絶な喧嘩に発展したそう。だから2人とも顔などが傷だらけなんだ。
『麻奈さんも夏海さんも、気持ちは分かりますがもっとご自愛下さいまし? 貴女達だって胡桃さんに負けないくらい大切な子なんですから』
『はい、葵お姉様。申し訳御座いません』
『反省しています。でも後悔はしません。胡桃お姉様を侮辱されて我慢なんて出来ませんので』
『……まあ私も谷山に同じ事をしてやりましたからね。人の事をあまり言えませんが』
あの男、まるで何事もなかったかのように教師生活を送ってるらしい。……腸が煮えくり返る。胡桃さんを地獄に落とした貴様が、人に物を教える資格などある筈がないだろう。
『百合花さん、あの……実はKakabelそのものも』
『……はい、両親から聞かされました。学院上層部は私達を丸ごと切り捨てたようです』
誰も自分達に直接伝えられてなかったそうだ。胡桃さんの昏睡に加えてKakabelの解散――という名の切り捨てで、ショックのあまり言葉を発せず泣き続ける子も居た。雅さんも怒り狂いながら、その瞳からボロボロと涙を溢し続けている。
『私達に、何の相談も無しに勝手に決めやがって……クソが』
Kakabelプロジェクトは学院の面子の為に運営されているようなもの。そこに属する人間の意思は関係ないという事か。ある意味、私達も学院からずっと搾取されていた訳だ。
司法はダメ。家の権力も使えない。唯一私達がアイドル活動で得た収入で父を動かせられる公算があるものの、胡桃さんの治療と延命に優先して回す以上、あの人の重い腰を上げさせられる程の額は提示出来そうにない。
ならば残された私達が活動を続け、不足分のお金を沢山稼いでから宮里家に依頼する方法もあったけど……その可能性すら汚い大人達に奪われた。
(詰んだ、私達……?)
もうこれ以上……どうすれば胡桃さんの無念を晴らせるか、全然分からないよ……
『――みんな、ちょっと良いかな?』
その時だった。兄の薫が私達がいる部屋を訪れたのは。
『お兄、ちゃん……?』
もはやお嬢様として振る舞う余裕も無かった私は、昔のような親しい呼び名で兄と話す。普段であれば仲間達から微笑まし気に揶揄われていただろうが、みんなそれにすら反応しなかった。
しかし、もう一つ気になる事があった。
『お兄ちゃん、隣にいる男の人は誰なの?』
お兄ちゃんが自分より年上の男性を連れて現れた事だ。
『この男は日野崎。偶然とあるバーで出会って意気投合した仲だ』
『日野崎新太だ。昔は碌でもない世界に住んでいた身だが、アンタ等Kakabelの事は薫から聞かせて貰った。杠葉胡桃の件は、その……辛かったな』
見ず知らずの人物だったが、胡桃さんを想うその発言が彼に対する警戒心を一段下げた。
『杠葉くんは葵達の大切な仲間だ。なのにお父さんは言い訳付けて助けようしなかったそうじゃないか。自らの父親が腐敗した権力者の典型例とは、全く持って恥ずかしい』
『お兄ちゃん……お兄ちゃんは、分かってくれるの? 胡桃さんや私達の苦しみを……』
『勿論だとも。可愛い妹とその仲間達なんだ。君達さえ良ければ、僕達が協力してあげたいと思う』
『ッ! お兄、ちゃん……!』
『薫さん……! ありがとうございます……!』
『日野崎、さんですね? 貴方にも感謝しか御座いませんわ!』
『なーに、良いって事よ』
私もみんなも希望の光を目に宿す。嬉しい、私達に寄り添い力を貸してくれる大人達が、ちゃんと居たなんて。これで胡桃さんを救えるかもしれないと思うと、立ち上がる気力が湧いてくる。
『そこでだ、これを見て欲しい』
お兄ちゃんは咳払いをすると、抱えていたパソコンを起動して操作する。そしてあるサイトを私達に見せた。
『――日滅、軍?』
それは初代日滅軍トップ、松村美津留さんが作ったブログだった。
”――私の革命が道半ばで頓挫した場合を考慮し、此処に私が掲げる信念とその道筋を残す。どうかこれを読んだ者が、私の意思を継ぐ事を願って”
『え』
『パソコンから声が……』
『松村さんの声だよ。きっと目の不自由な人への配慮だろうね』
打たれた文章通りに発せられる声に、不思議とのめり込んでいく。まるで胡桃さんの歌に引き込まれた時のような、それよりも強制力のある言葉巧みな演説に。
”現状、この国では資本主義の名の下、強者が弱者を平気で傷付ける行為が横行している。醜く、そして嘆かわしいものだ”
松村さんの視点で見た現代日本で蔓延る搾取の異常性。
”これを読んでいる君も、強者からの理不尽に苛まれた事があった筈だ。そのような世の中は間違っている!”
そして私達のような被害者とその関係者の苦痛を理解し、心底慮る心優しい姿勢。
(この人……私達の苦しみを分かってくれるんだ)
会った事はない。なんなら日野崎さん曰く既に故人だとか。でも画面の真上に映る赤髪の美青年はとても融和そうで、私達は彼に親近感が芽生えていた。
”だが現状を変えようにも言葉の力とは無力な場合が多い。そこで歴史を振り返ってみよう。民衆は王や貴族の圧政からどう逃れた? ――ずばり、それは革命だ!”
『革命……』
私は松村さんの言葉を反復する。理不尽を強いる強者達を、民衆が小さな力を結集させて打破する事。今の私達Kakabelは、まさに強者に振り回される民衆そのものだ。
横目で見ると私だけじゃない。仲間達は全員が松村さんの演説を黙って聞き入っている。
『社会的抹殺? 取引停止? そんな小手先じゃあ奴等はまた這い上がるだけだ。この方の言う通り、根本から変える必要があるんだ』
『それが、革命?』
『そうだ葵。芸能界は特に昔から搾取の温床だ。人間そのものを商品として消費し、不要になったら廃棄する。なのにコンプラが叫ばれる現代においても問題は真面に解決されない。革命が必要だと思わないか?』
目を輝かせて話すお兄ちゃんは、なんとなくこの松村さんと喋り方が似ている気がした。まさか真似っこだろうか?
”結局、人類は言葉ではなく力で現状を打破してきた。ならば私達も勇敢な先人達のように、力を用いて搾取と侵略の文化を終わらせようではないか”
しかし、その疑問も松村さんの演説が気になって意識の彼方に追い遣られる。この人の言う通りだ。私達に残っているのは――自分たち自身の持つ純粋な力のみだ。
”さあ時間が惜しい。早速始めよう。犠牲となった弱きを救えるのは、君達しかいない”
私達に”道”を示して下さった松村さんは、最後にこの言葉で締め括る。
”革命の時は来た!”
沈黙するパソコンと、それを囲むようにして画面を見続けている私達。ポツリポツリと、言葉を漏らしていく。
『……そうだ、言葉を用いても私達は無力だった。名家の権力も親や親族のもので、私達自身には何も無かった……』
『でしたらもう……業界そのものを力ずくで変えるしかありませんわ』
『胡桃を救うんだ……どんな手段を使ってでも』
その様子を見守っていたお兄ちゃんと日野崎さんは、とても満足そうだ。
『僕達は既に準備を進めている。松村さんの遺志を継いだ組織を立ち上げる予定だ』
『名前は初代と同じ日滅軍だ。アンタ等も創設メンバーとして協力してくれねえか?』
私達は互いの顔を見合わせ、一斉に頷く。既に答えは決まっていた。
『はい、やります。手伝わせて下さい』
残された手段――暴力をもって胡桃さんを守る事を。
「――じゃあ葵。明日は宜しく頼むぞ? 僕は本部から君達の活躍と勝利を見守らせて貰うよ」
「はい、兄様。吉報をお待ち下さいませ?」
私は兄様と挨拶を済ませ、司令室を後する。
(……もし兄様達が居なかったら、私達は泣き寝入りするしかなかったでしょうね。でも、そうならずに済んだ)
兄様、日野崎さん――私達を日滅軍に誘って下さってありがとうございました。
(そして松村さん。貴方のお陰で私達は知る事が出来ました――決して無力ではない事を)
胡桃さんを守る手段を提示して下さった貴方も、私達にとっては救世主のようなものです。感謝致しますわ。
「あ、丁度良いところへ」
「「葵お姉様ー!」」
「葵さん、胡桃さんのところへ向かいましょう? 美津子さんも連れて」
「あら、良いですわね。行きましょう」
胡桃さん。どうかもう少しだけ、待ってて下さいまし。
「いよいよ明日……史上最大の革命を私達が……」
「胸が高鳴りますわねぇ」
「えぇ、失敗は許されませんわ」
私達が、絶対に何とか――
「必ず成功させましょう! 胡桃さんの為に!!」
『おおーーーッ!!!』
――してみせる!
マリア「さーてKakabelの話は終わったね。いよいよおれの出番かな? 長かった~!」
ルビー「あ、まず先に私達B小町のお話だから。マリアはその次だね」
マリア「……チッ」
ルビー「こら、舌打ちしない」