【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結) 作:Woudy
???「ポンタロスぅ……」
私の名前は有馬かな。
「ミヤコさん……此処って?」
「楽屋よ?」
「楽屋!? 足の踏み場もないんだけど!」
「まるで地獄みたいだねぇ……」
愉快な仲間達と一緒に、緊急避難所ばりの人口密度に圧倒され立ち尽くす、苺プロ所属の女優兼アイドルだ。
「ステージの多いフェスでは普通に見られる景色よ? なんせ四桁も参加するのだから」
確かJIFに参加するアイドルって1200人を超えるんだっけ? 男子の分を除いても、実に1000人近い女性アイドル達が一箇所にすし詰めにされているのは、中々にカオスな光景だ。
「いった!? 今足踏んだでしょ……!?」
「ちょっと、そこに荷物置かないでよ! 邪魔ッ!」
「ねー、誰かライナー持ってないー?」
(所々で殺気立ってるわね……やっぱこう狭いとイライラしちゃうんだろうなぁ)
荷物の置き場すらまともに確保出来ず、着替え部屋設置のスペースも無いため各々がパーテーション裏にて着替えを済ましている。
プライベート空間? 何それ美味しいの?
「勿論、メインステージ(プラチナやゴールドステージ)に呼ばれるようなグループは専用の控え室が用意されているけど、地下アイドルや駆け出しから抜けたばかりの中堅アイドルの扱いはこんなものよ?」
「良い待遇を受けたかったら売れなきゃダメって事かぁ……」
「そういう事。さっ、出番前はバタつくからお弁当食べたり準備するなら今のうちよ?」
「「「はーい」」」
私達は部屋の隅っこに何とかスペースを設けて、早速出場に向けた準備に取り掛かった。
「わー、今日のママのお弁当、私の好きなものばかりだー!」
ルビーが用意されたアイさんお手製のお弁当に目を輝かせたり、
「あ、MEMちょだ! 本当にB小町に入ったんだね!」
「此処にいるって事はまさかJIFに? 凄い!」
「あの、私実はファンなんです! どうか一緒に写真を!」
「あはは、もっちろん! 良いよ!」
トイレから戻ってきたMEMちょがファンに見付かってプチ撮影会に発展したり、
「ちょっと、そこは私達が予め確保しといたのよ!? どきなさい!」
「あッ!?」
「人の荷物に何してんのよ!?」
少し離れた場所で、アイドル同士のイザコザが発生したり。見ればテレビにもそこそこ出ている中堅アイドルユニットが、地下アイドルらしい子達に因縁を付けていた。
「地下アイドル無勢が私達相手に嫌がらせのつもり!? ふざけないで!」
「はぁ!? そもそも誰の場所とか決まってないじゃん!」
「ってか大体何よ、地下アイドル無勢とか馬鹿にして! アンタ等だって大して売れてないから此処にいるんでしょう?!」
「何ですって、このクソガキ!!」
ちょっとちょっと!? なんか喧嘩に発展しそうな流れなんですけど!
「え、何あれ? 止めなきゃ不味くない!?」
「いや待て! アンタはどうして止める前提で動こうとしてんのよ!?」
飛び出そうとするルビーを私は咄嗟に羽交い絞めにした。当然、ルビーは不満そうにしながら振り解こうと……
ってメッチャ力強ッ!!? 女子高生の膂力じゃないでしょこれッ……!!?
「大丈夫だって先輩! 最悪1発ブン殴るだけだから!」
「超弩級にアホッ!!」
堂々と暴力沙汰なんて起こしたら出場停止にされちゃうでしょうが!? マリアですら悪人をブチのめす時は(一応?)隠れてんだぞ!
しかし、結局ルビーが動く必要は全く無くなった。
「そこまでだ、君達」
警備員だろう。目付きの鋭い美女がいつの間にか両者の間に割って入り、仁王立ちしながら低音を発する。
「ここは夢を追う者達が、夢の為に全力を出す為の準備室だ。嫌な思い出を作る為ではないだろう? ……それに差別的な発言はアイドルのする事ではない」
当事者の女の子達、そして近くに居たアイドル達。誰もが顔を蒼褪め、シンと静まり返っている。
(何、何なの……? あの女の人、とんでもない威圧感が……)
「先輩」
「何、ルビー?」
「あの人、多分かなり強いと思う」
「……はい?」
ルビーだけは意味深な目線で女性の体を隅々まで観察していた。
ってか……
「そんな事がどうして分かるのよ?」
「んー? だってマリアと紅林師匠の模擬戦とかいっぱい見てきたし。何となく佇まいとかが2人と似ていたから。流石にあの2人よりは下だと思うけど」
「……アンタ、どんどん普通のアイドルから離れてってない?」
普通の女の子として見てもかなりズレているけど。
「――兎に角、このまま近くに居てはまた揉めるだけだ。互いに距離を取っておきなさい」
「……フン」
「チッ」
そうこうしている内に、どうやら騒ぎは静まった様子。ワザとらしく鼻を鳴らして別の場所へ向かう中堅アイドルユニットと、舌打ちしてそっぽを向く地下アイドル達。鬱憤が解消されない所為か、周囲に騒ぎを起こした謝罪すらせず現場から去っていく。それを見たルビーは不愉快そうだ。
「むぅ、どっちも感じ悪いなぁ……あんな態度ばっかじゃ、ファンのみんながどんどん離れてっちゃうよ……」
「アンタはアンタでもっとヤバい事を公衆の面前でやろうとしてたでしょうが……」
ゴブッ。今のルビーの台詞、私にもダメージが……
「大変申し訳御座いませんでした。何か困った事が御座いましたら、お近くの警備員へ遠慮なく申し付けて下さい」
仲裁した女性警備員が代わりに私達へ頭を下げ、楽屋から出ていった。
「私は別の場所の警護に向かう。こっちは任せたぞ、楠木?」
「承知しました、姉貴!」
その途中で複数の女性警備員と言葉を交わしてから。
(そういえば此処の警備員……女性の人が多い印象ね)
アイドルも女性が多いから、運営委員会が配慮してくれたのだろう。同性なら女性特有の問題の時も安心して協力を依頼出来るからね。
…………ッ!?
「といけない、トイレトイレ!」
「わ、先輩!?」
「私手洗いでちょっと席外すから、ルビーはミヤコさんとMEMちょにそう伝えといて!」
「えと、分かった!」
「――ふぅ、危なかったぁ……何なのよこの建物、まるで大迷宮じゃないの」
もう少しで乙女のプライドが脆くも崩れ去るところだったわ。
トイレから廊下へ出た私は、遠くから聞こえる喧騒に迎えられる。壁とかに隔てられているのに熱狂がここまで届くとは……凄まじい。
「……本当にここまで来ちゃうなんてね」
今更になって不安を抱く。私達の初デビューは、本当に上手くいくのかと。
……また停滞期のような苦痛を繰り返すのではないかと。
パシッ
『貴女は黙ってママの言う通りにしてれば良いのッ!!』
『……はい、ママ』
私の脳裏に、迷走時代の記憶が掘り起こされる。子役としての旬が過ぎて仕事が激減する中、お母さんは何とか仕事を得ようと奔走した。
『ウチの子との契約を切るですって……!? 契約金が高いとでも言いたいの!? 当然でしょ、この子は天才なんだから!』
『いえお母さん、そういう意味ではなくてですね……』
でもお母さんは気付いていないのだろう。自らのヒステリックな性格が周囲を辟易させ、余計に私の仕事を減らしていった事を。
『お前の傲慢な態度にはもうウンザリだ!』
『アンタだってかなを私に押し付けて遊び惚けてばかりじゃない! 浮気してるのだって知ってるんだからね!』
そんなお母さんに嫌気が差したお父さんが女の人を作って去ったのも、当然の帰結だと思う。私を見捨てて自分だけ安全圏に逃げたあの人も、結局親としてはロクデナシだったんだろうけど。
『どうして貴女はもっと頑張れないの……! お客さん殆ど座ってなかったじゃないッ!』
『ごめんなさい、ごめんなさい。次はもっと頑張るから……』
そこからお母さんは私によく当たるようになった。自分は何も悪くない、悪いのは周りの人間と……私なんだと。家の物を壊しまくったり、意味もなくベランダのドアを開けて外へ怒号を発したり。
『……痛い』
殴られた事も一度や二度ではない。
『おじいちゃんが腰やっちゃって、ママは実家に戻ろうかと思って……かなは、1人でも大丈夫でしょう?』
『大丈夫に決まってるでしょ? 偶にはママもゆっくり休んできなよ!』
そして……遂にはお母さんも私を諦めた。あれだけ散々色んな仕事を強要させてたお母さんは、突然私に対する興味を失って実家へ引っ込んでしまった。
……この時になって漸く悟った。お母さんが愛してたのは天才子役としての私であり、”ただの”有馬かなではなかったのだと。だから芸能人としてオワコンになった私を育てる理由が無い?
私……要らない子?
『あの、すいません……何か仕事はありませんか?』
『ああごめんね? ウチはメイン子役だからかなちゃん向けの仕事は中々……でも大丈夫! 何とか見付けてみせるからさ』
『……はい、宜しくお願い致します』
母にも見捨てられた中、それでも私を事務所に置いて仕事をちょくちょく用意してくれたのは感謝しかない。
……そう、思ってたのに。
『有馬かなはネームバリューだけは良いからな。お陰で子役達の活躍は順調だ。いいか、何がなんでも退所しようとは考えさせるなよ?』
『勿論ですが……やはり彼女向けの仕事を見付けるのは一苦労ですね。半年探してやっと一つか二つですし。全くオワコン子役の面倒は疲れます』
『なーに、年一程度の頻度でも十分だろ? 彼女、相当焦ってるしチョロい性格してるから、適度に元気付けてやれば事務所にしがみ付き続けるだろう』
『あはは、ですね! 月にたった数万円程度の出費で2億円以上の売上が得られるんですもの。おまけに扱い易くて本当良かったです』
『…………』
私は……客寄せパンダとしての価値しか残ってないのだ。そんなの、私が望んだ芸能生活じゃない。
あぁ、ダメだ。本番も近いのにヤな事考えちゃうなんて……
でも……私みたいなオワコン芸能人が伝説のB小町を引っ張る? 本当に出来るの……?
いや、やらなきゃダメだ。私が滑ったら、ルビーが、MEMが……憧れの舞台に立とうとしている子達まで迷惑を……
「あ、せんぱーいッ!!」
「!」
ルビーの底抜けに明るい声が、私を現実へと引き戻した。
「いたいた、やっっっっと見付けたよ~! この建物すごく広くて迷いやすくてさー」
合流したところでホッと安堵の溜息を吐く姿は、私にネガティブ思考をさせる暇を与えようとしない。
「……その様子だと迷子になってたみたいね?」
「ま、迷子にはなってないよ! ちょっと反対側に行ってて帰り道が分からなくなった時もあったけど……」
「それを迷子って言うのよ」
まあ実際、此処は大迷宮と称しても過言じゃない。道は……よし、覚えてる。このアホの子みたいなヘマは御免だからね。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい……!」
「ルビー?」
するとルビーが涙目になって小刻みに震え出す。大丈夫? 風邪でも引いたんじゃないでしょうね?
「めっっっっちゃ緊張してきたー!!」
「えぇ……」
珍しいわね。普段のルビーならもっとハイテンションに小躍りしてそうなイメージなのに。
「意外。アンタも緊張するんだね?」
「そりゃそうでしょ、だって初舞台なんだし!? 先輩は私の事なんだと思ってるの?」
「頭空っぽの能天気」
「ゴフッ」
あら、結構気にしてたの? 吐血する程ってさ。
「それよか先輩は平気なの? こういうのって普通は怖いと思うところじゃない?」
「別に……何年この業界でやってると思ってんの?」
そう、また誰も自分を見てくれないかもなんて、不安を抱いた事は――
「……またそうやって嘘を吐く」
「!」
私は驚愕のあまり目を見開く。先ほどまでの能天気さは何処へ。急に真面目な表情で私を正面から見据えていた。まるでマリアの目線のように、彼女の瞳から私は目を離せないでいた。
「……手、凄く冷たい。やっぱり先輩だって緊張してるんだ」
「ッ! な、何よ? アンタに心配される程落ちぶれちゃいないわよッ! 馬鹿にしないで……!」
あぁ、まただ。気に喰わない事があると声を荒げてしまう。この子は私を心から想って、心配してくれているのに……こんな調子だから何時までも仕事を得られないんでしょうが。
「でも良かったよ。先輩もビビってるって思ったら、少し安心しちゃった」
「……」
「あれ? 割とガチで深刻にビビってる? 大丈夫だよ、先輩には私とMEMちょがいるから!」
「……だからよ」
なのに、分かっているのに……私は心の奥底に押し込んでいたものを一気に噴出させてしまう。
「私1人だけだったら遥かにマシだった! 失敗したところで、苦しいのは自分だけで済んだから! ――でも今回は違う、アンタ達がいる! ずっとアイドルを夢見てた子達が、私の所為で夢を潰されてしまったら……そう思うと、怖くて仕方ないのよ……!!」
私はどうなっても構わない。散々酷い目に遭ってきた身だから、もう慣れた……と思う。けど、今日まで必死に努力してきたルビーとMEMちょまで私と同じ思いをするなんて……耐えられない。
あんなに辛くて、苦しくて、寂しくて……芸能人になった事を後悔してしまうような日々を、仲間達に味合せたくない。
「……先輩」
そんな私の激情を、ルビーはただただ静かに受け止めていた。
「私は先輩の子役時代とか知らないし、どれだけ自分の芸歴を評価してるかも分からない」
けど。そう言ってルビーは、みっともなく涙まで流してしまう私を優しく抱き締めていた。
温かい。アクアとマリアに勧誘された時、アイさんに頭を撫でられた時……その時のような安心感を覚える。
「私にとって先輩は――何処にでも居るただの新人アイドル!」
正面から、何処か間抜けで生意気で、でも凄く明るくて魅力的な笑顔を振り撒いてきた。如何にもアイドルらしい、みんなから愛されそうな笑顔を。
「可愛くて、努力家で、応援したくなるアイドルの卵! それが私から見た、有馬かな!」
「ッ!」
アイドルという夢に向かって真っ直ぐに、ただ只管にがむしゃらに頑張ってきた少女の、その両目に宿る真っ白な綺羅星に、私は釘付けとなっていた。
(綺麗……)
ただ美少女だからじゃない。あのアイさんにも負けてない、人を惹き付けて止まない魅力と才覚を、私は確かに感じ取った。
「コケて当たり前! 楽しく行こうよ? 私は先輩と一緒に楽しくアイドルしたい! 勿論、MEMちょとも!」
「……こんな、私と?」
「先輩とMEMちょじゃなきゃ嫌なの!」
ルビーは私の手を引き、楽屋へ走り出す。
「ほら、着替えの順番! 行こう、先輩!」
「……えぇ」
この子はアイドルや芸能人としてではなく、ただの有馬かなとして、私を見てくれているのね。
「……ありがとう」
「ん、なんか言った先輩」
「ふふ、べっつに~?」
「お、何時もの調子に乗った先輩に戻った!」
「アンタってホント一言余計よねー」
「先輩には言われたくないよーだ」
「「あははッ!」」
……
『有馬、苺プロへ来い』
『こっちで一緒に芸能人をやろうよ? パイセン程の天才なら、絶対にウチの主力タレントになれるって!』
『私にかなちゃんのご両親の代わりは出来ないけどさ……かなちゃんで良かったら、私の事を頼ったり甘えたりしてきなよ? 私は何時でも受け止めてあげるから、ね?』
『コケて当たり前! 楽しく行こうよ? 私は先輩と一緒に楽しくアイドルしたい! 勿論、MEMちょとも!』
(本当、この家族は……)
私の胸にポッカリ空いてた穴を埋めようとしてきやがって。
(こんなに大事に想われちゃあ私……)
アンタ達の優しさに応えたいって、思ってきちゃうじゃない。
「ん? 先輩、今また何か言った?」
「いや、やっぱアンタ達には私が居なきゃなって、思っただけ」
「そうだね! 先輩が居たから、私もMEMちょも今日を迎える事が出来た! 一緒にアイドルになってくれて本当にありがとう――かなちゃん!」
……ッ! ちょ、おま、ここで名前呼びはズルいでしょ!? メッチャ嬉しいけど恥ずかしいから、今はまだ”先輩”で!
「ふ、フンッ! ミスったら承知しないからね!?」
「ミスも含めて楽しむんだよ!」
正直、今でもルビー達ほどアイドルには積極的じゃない。女優へ返り咲く為のキャリアアップという意識が未だに強いと思う。
でも……
「MEMちょー、お待たせー!」
「ルビーちゃん、かなちゃん! ミヤコさんがそろそろ着替えてだってさ!」
「分かった!」
苺プロでやる芸能活動は、滅茶苦茶気に入ったかも。
ルビーもまた胡桃と同じ、グループの太陽なんです。
今作の有馬の旧所属事務所は、宝華組とは正反対の性質となってます。