【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結) 作:Woudy
第3章『運命の日』、開幕。
俺の名前は城ヶ崎賢志。日本最大のマフィア、『羅威刃』のボス……だった男だ。
幼稚園が休みの今日、俺はアクアとルビーの3人でのんびりテレビ鑑賞して過ごしていた。アイは仕事で出掛けている。
「なぁ、ずっと気にしないようにしてたんだけど……」
唐突にアクアがある話題を出した。……あまりにも腸が煮えくり返そうな話題を。
「俺たちの父親って、いったい誰なんだろうな……? あ、考えるだけで心が沈む……」
「アクアったら、そんなレベルの低い事で落ち込んでるの? ……処女受胎に決まってるでしょ? 男なんて最初から存在していない」
ルビーからヤバめの雰囲気を感じた気がしたが、俺は腹の底から湧き上がってくる止めどない怒りでそれどころではなかった。
「……全くだ」
「「え」」
嫌な記憶が次々と蘇る。この身体に奴から付けられた傷は一つも無い筈なのに、何故か全く同じ箇所が疼いた。
「何であんなゲスが存在しなきゃいけねぇんだよ……!」
母さんを奪い去り、俺を地獄へ突き落としたゴミ屑。俺にとって父親とは、そんな碌でもない害虫でしかない。あの醜い顔が脳内に映るだけで猛烈な殺意が全身から溢れ出てくる。
「ま、マリア……?」
「あ~……取り敢えず、この話題は封印しとこうか?」
「……そうしてくれ、聞くだけで不愉快極まる」
俺の殺気にルビーは怯え、アクアは察して話を切り上げてくれた。
そも俺たちの前に一向に姿を現さない、養育費が支払われてる様子もない、何より当時15歳の少女だったアイを孕ませた。今世の父親もどうしようもない屑なのは間違いないだろう。会ったところで俺は反射的にその腹に刃物を突き立て、内臓を抉りに掛かりそうだ――前世の父親のように。
だが、この話をアイに聞かれた事であの事件に繋がる事を、この時の俺たちは知る由も無かった。
「――子供たちも結構大きくなったんだよ? 一度会ってみない?」
何となく、別れた男に連絡を取ってみた。
「いや、寄りを戻したいとか、そんなんじゃなくてさ」
切っ掛けはアクアとルビーとマリアの会話を盗み聞いた事。何だか妙な結論に至ってて、これはヤバいと思った。
「うちの子は凄く賢いし、私たちの事情も分かってくれるよ」
正直不安はある。アクアは兎も角、ルビーとマリアは父親の存在を頑なに認めてない様子だった。
特にマリアの事を考えると、最初は”彼”を呼ぶ事自体憚られた。あの子は前世で父親から酷い虐待を受けていて、アクアが父親の話題を出した時なんて物凄く怖い表情を浮かべていた。普段はクールで大人びているあの子が、あそこまで激しく感情を剥き出しにする程だ。会わせても苦しませるだけなんじゃないかと。
「うん、新しい住所はね――」
でも、少なくとも”彼”は虐待をはたらくような悪い人じゃない。難しいかもしれないけど、ちゃんと話せばきっと分かり合えると思った。
「あ、”アイ”だ!」
「アンタ、ホントに”アイ”が好きなんだねえ……」
名前を呼ばれてビクッとなった。一瞬変装がバレたかと思ったが、広告に映ってる私を女子学生がはしゃいで見ているだけなようだ。
「――ううん、何でもない。じゃあ、伝えたから。会いたくなったらまた連絡して?」
周りを見てみると女子学生だけじゃない。至る所で私の話題を挙げている人が見受けられた。
仕事は順調。フォロワーも100万人を超えた。世間は、私を見てくれている。
あとは私がみんなを愛せてるかどうかだけだ。
――アンタ、まさか俺たちを愛してるって自覚もねえのか……?
……マリアが言うには、私はもう人を愛せてるらしいけど。
「ごめんねマリア。私、まだまだ分かりそうにないみたい」
一応仲直りしたとはいえ、私とマリアの間では少し気まずい雰囲気が続いていた。若干距離を取られているし、顔を見て会話してくれる事も今までより減ってしまった。アクアやルビーとの仲はかなり良くなったので、その点では嬉しかったけど。
……うん、ハッキリ言って寂しい。どうして私だけって……全く思わなかった訳じゃない。マリアとはもっと仲の良い親子でいたい。みんなで心から笑い合える楽しい家族、それが私が望む家族の姿だから。
「もう少しだけ待っててね」
でもそれは、”愛する”とは何かを本当の意味で理解出来た時に来ると確信している。その為に一日でも早く、”嘘”を”本当”にしてみせる。私は己の信念を胸に抱きながら、次の仕事場へと向かった。
来週。いよいよアイたちB小町がドームへ出場する。
羅威刃時代にも芸能界と関わっていたのでドームの事は知っている。厳しい審査とスタッフたちの長い努力の末にやっと上がれる、全てのアーティストたちが憧れる夢の舞台。アイは遂にそこまで来たのだ。
「まったく酒がうめえな!! ほれ新居祝いの酒だ! 飲め飲め!!」
そんな訳で今日は、俺ら星野家と斉藤夫婦の6人で新居祝いも兼ねた祝杯をあげていた。
「わー、森伊蔵だー」
「駄目ですよ。アイさんが20歳になるのは来週! もうちょっとだけ待ってて下さい」
「あー、そうだったそうだった!」
斉藤はえらくご機嫌だ。酒が回ってるのもあるが、それ以上に夢だったドームへアイたちを連れて行ける事が何よりも嬉しいのだ。
俺は斉藤に感謝している。アイが俺のようにならず前向きに生きていけるようになったのは、この男のお陰でもあるから。恩返し?と言っては何だが、この身体が成長したら苺プロを大きくする手伝いをしてやっても良いと思ってる。
「大事な時期だ。スキャンダルなんて無いように。くれぐれも父親に会おうとかするなよ?」
「もちろん」
(……ん?)
視界の端にいたので一瞬しか見えなかったが、斉藤の言葉に返答する時のアイの瞳が黒く濁ったような……
「ママー、なでなでしてー」
「よしよし」
しかし彼女を真正面に捉えた時点で、その瞳は変わらない輝きを放っていた。ルビーが彼女に寄り、頭を撫でて貰っている。
気のせいか……?
「どうしたのマリア? 君も撫でて欲しい?」
「っ……いや、結構だ」
此方に気付いたアイがそう言うが、俺は思わず目を逸らしてしまった。
あの事件以来、俺とアイとの間は少しギスギスしている。アクアやルビーとは良好な関係を築けてきたが、この人に限っては近付くだけで前世のトラウマが再発し、衝動的に距離を取ろうとしてしまう。
「……そっか」
その度に彼女の整った顔立ちに浮かぶ、悲しくて寂しそうな表情。この人は何も悪くないのに、俺のせいで何度もこんな顔をさせている。それが申し訳なくて辛くて、結果彼女を避けようと動いてしまう。本当に情けねえ……
「ちょ、ちょっと手洗いに行ってくる」
一刻も早くその場から離れようと早歩きでリビングを後にした。俺の後ろ姿を寂しそうに見詰めるアイを想像しながら。
リビングの扉を閉めた後、俺は小声で呟いた。
「……ごめんなさい」
辛い顔をさせてごめんなさい。貴女と向き合わないで逃げ出す弱い人間でごめんなさい。……信じてあげられなくてごめんなさい。
どうか、どうかもう少しだけ待ってて欲しい。アクアの事もルビーの事も――そして貴女の事も、絶対に信じてみせるから。
――結局、何の進展も無いまま1週間が過ぎた。いよいよ訪れたドーム公演当日。そしてアイの20歳の誕生日だ。
ピンポーンッ
「あ、はーい」
起床時間から間もない時。インターホンが新しい家の中に響いた。スマホを打っていたアイが玄関へと向かう。
「……眠い」
俺は顔を洗う為に寝室からリビングを通じ、玄関近くの洗面所まで移動する。……未だにアイと顔を合わせ辛いので、敢えて少し遅れる形で。
玄関へ続く廊下に入ると、アイが訪問者を迎えようと鍵を開けようとして――。
「!!!!?」
あれから4年、一度も見る事が無かった”それ”を俺の目は捉えた。
扉越しでも漏れ出ていてはっきりと分かる、どす黒いオーラ。裏社会では大抵の人間が身に纏い、日常茶飯事に目撃するので嫌と言う程に知っていた。……え、なんで? なんで此処で殺気が……?
殺伐とした世界から長く離れていたブランクは大きかった。そのせいで判断の遅れた思考が漸く一つの結論へ辿り着く。この家にやって来た訪問者は普通じゃない!
「やめろ!! あけるなぁあああああああああああああ!!!!」
「……え?」
咄嗟に叫んだが遅かった。鍵は解かれ、扉が開いた先に立つフードを被った男とアイが相対してしまう。
男の目を見た。何か良からぬ事を考えている、濁りに濁った非常に気色悪い瞳の色。
(なんでドアチェーンしないで開けやがった……!?)
世の中悪い奴ばっかなんだよ! ソイツも間違いなくその手の人間なんだよ! チェーンくらい掛けろよ!! なんで俺の母親は前世も今世も揃って不用心なんだよ……!?
「ドーム公演おめでとう」
不審な男は花束を抱えていた。纏っている殺気と、濁りきっていて狂気に満ちた瞳。間違いない、花束の中に何か仕込んでやがる!
(まずい……!!)
俺は入口へ向かって全力疾走する。小柄な体格では速度が余り出ず、とてももどかしい。
「三つ子の子供は元気……?」
花束の中からキラリと光る何か――やはりナイフか、クソッ!
(間に合え! 間に合え……!!)
俺は体が悲鳴を上げるのもお構いなしにアイの元へ辿り着き、横から飛び付いて彼女の身体を右へ動かした。
(あぁ、とうとう来ちゃったかー。まだ愛が何なのか全然分かんないのに……)
入り口に立っているフードの男の人。その人が花束に隠し持っていたナイフを見て、私は自分の運命を悟った。
私は今、すごく幸せだ。生き地獄だった幼少期とは比べ物にもならない。可愛い子供達に恵まれて、社長達にもよくして貰えて。
ただ私はまだ愛する事も、愛される事も分からない。だから子供達には一度も愛してると言えてない。もしそれが嘘だったらと思うと、本当じゃないって分かったら、とても怖いから。
でも私は散々嘘を付いてきた。だから何時か代償が訪れるのではと、そう考えるようになった。抱いた信念が道半ばで潰える事だってあり得る。
最悪の事態には備えておいたつもりだ。予め撮っておいたDVDは監督に預けといたし、子供達とは出来るだけ一緒に過ごすようにしてきた。なるべく悔いを残さない為に。残されたあの子達が、前を向いて生きていく為に。
……だから、これで大丈夫………かな……?
……
…………
……………………………イヤだなぁ。
その時、体が大きく揺れた。それは私に抱き付いてきたマリアによるものでーー。
ーー男が突き出したアーミーナイフは、
アイの