【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結)   作:Woudy

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123話

アリーナの外苑部。木々の隙間から流線的な巨大建築物を望む森林公園の片隅に、2台の大型観光バスがひっそりと停車していた。

 

行楽シーズンの風景に溶け込むその姿は、あまりにも自然だ。しかし、その車体は真の目的を隠蔽する為の、精巧な檻に過ぎない。防弾装甲と強化ガラスを備え、移動式司令部と部隊・装備品の輸送を兼任する、日滅軍所有の大型改造車である。

 

「爆破予定時刻まで、残り20分を切りました」

「5分前の定期報告によれば、工作部隊による全爆弾の設置完了まで残り10分とのことです」

 

内部では外観からは想像も付かない雰囲気に満ちていた。遮光カーテンで閉ざされた車内には、最新鋭のコンソールが並び、25名の通信兵が無機質な打鍵音を響かせている。

 

諜報隊と科学隊の精鋭である彼等彼女等にとって此処は戦場であり、同時に聖域でもあった。何故なら、背後には自分達にとって至高の上官であり、崇拝の対象でもある推しの子――Kakabelの7人が控えているからだ。

 

「逆算すれば、あと5分で離脱可能……。了解いたしましたわ、ご苦労様です」

 

宮里葵が、鈴を転がすような艶やかな声で応じる。かつてファンを熱狂させたその声は今、破壊のカウントダウンを告げていた。

 

7人はそれぞれ周囲に溶け込む為、他所行き用の淑やかな私服を纏っている。だが、その下には初代から受け継がれた赤錆色ベースの迷彩服を忍ばせていた。

 

「ふふ、もう少し……本当に、もう少しですわね。これでまた、胡桃さんの救済に一歩近付けます」

「ええ。胸が高鳴りますわ」

「「コクコク」」

 

頬を薔薇色に染めて微笑む夕日と詩織に、神宮寺姉妹が無表情ながらも賛同するように深く、何度も頷く。葵、百合花、雅の3人も言葉こそ発しないが、その瞳には昏い情熱が宿っていた。彼女達にとって、この破壊活動は凄惨なテロなどではない。愛する姉妹を奪った世界への報復であり、眠り続ける仲間への捧げ物なのだ。

 

この計画は完璧であり、淀みはない。誰もがそう確信していた。

 

 

 

そこへ――、

 

 

 

『――ぐ、Green11(グリーン・イレブン)より、作戦司令部へ! 繰り返す……Green11より、作戦司令部へ……!』

 

Green11とは諜報隊所属の兵に与えられたコードネームの一つ。つまり詩織の部下からの緊急回線だ。直属の上官である彼女は一瞬だけ隣の仲間達と顔を見合わせたが、即座に無線を手に取る。その指先に迷いはない。

 

「――こちらGreen0(グリーン・ゼロ)です。Green11、何かありましたか?」

『え、エナさん……申し訳ありません。い、イレギュラー発生、です』

 

応答する男性兵士の声は目に見えて震えていた。生理的な恐怖と、何よりダメージを負っている事がその掠れ具合から伝わってくる。故に詩織は勿論、他のKakabelも通信兵達も表情が険しくなっていく。

 

「イレギュラーとは? Green11、具体的な報告を」

『わ、私とRed9(レッド・ナイン)の2名は、JIF出演者と思われる正体不明の少女の襲撃に遭い……ご、拷問を受けてしまいました』

「な、何ですって!? 拷問……!? 真田羅さん! 笹河さんは無事なんですか……!?」

 

部下が被害を受けたと聞いて無線に割り込む夕日は焦っていた――作戦中にも関わらず本名で呼んでしまう程に。根は純粋で優しい子のままなKakabelは、こうして部下達の顔と名前を一人一人覚え、大事に想っている。それが部下達の忠誠心を皮肉にも高めていた。

 

『か、彼女は気絶してるだけのようです……白目を剥いていますが。かく謂う私も、両手指の関節を何度も外されたり繋げられたりして気を失ってて……う、おげぇ!』

「だ、大丈夫ですか……!?」

 

映像は無くとも、バシャバシャという水温から激しい嘔吐が想像された。指の関節は破壊時と再生時に凄まじい激痛を伴う。それを何十回も繰り返されたとすれば、如何に屈強な男とてトラウマになっても不思議じゃない。

 

『はぁ……はぁ……わ、私の事は良いんです。それよりも映像を……爆弾を設置する様子をスマホで撮られてしまいました……』

 

「「「「「「「ッ!?」」」」」」」

 

衝撃が車内を駆け巡る。

 

(嘘だろ……爆弾設置の瞬間を!?)

(というより関節の破壊と接続の繰り返しって……常識的に考えて一介の少女に出来る芸当ではありませんわよ!?)

(何者か知りませんが、ふざけてますね……よくも真田羅さんと笹河さんを!)

 

テロ実行中の確かな証を撮られた、それ即ち自分達の破滅を意味する。しかしKakabelは一瞬だけ驚愕するも、兵の士気を維持する為に努めて冷静に振る舞う。

 

「Green11、その少女の行方は分かりますか?」

『申し訳ありません。私が目を覚ました時には、もう……』

「では特徴を出来る限り細かく教えて下さい。アリーナ周辺に散らばる兵達に監視を指示します」

『りょ、了解です!』

 

このままでは作戦の破綻どころか、日滅軍そのものが崩壊する。それを回避する唯一の方法――件の少女が警察に通報する前に補足・追尾し……そして口封じする。

 

彼等にとって幸いなのはアリーナ全域が電波妨害下にあり、件の少女が通報する為には建物の外に出る必要がある事。だから今回のようなイレギュラーが発生しても対処し易いのだ。

 

「――ありがとうございます。貴方はRed9を連れて地下を脱出。此方へ戻ってくるように」

『は、はい! 承知しました!』

 

通信が終わり、電子音を除いて静寂に包まれる車内。それを詩織が考察に耽っている第2戦闘隊長(Black0)――Kakabelのリーダーに視線を送りつつ破った。

 

「百合花お姉様」

「――はい、詩織さん。その正体不明の少女は異常と言わざるを得ません。武装し、訓練も積んだ大人2人を制圧し、拷問まで掛ける子供など普通は有り得ない。……ですが手練れなのは確かなようですね」

 

一呼吸置き、百合花はアイドル時代の仲間達に指示を出す。

 

「私達7人で少女を無力化する――それが現状の不穏事態を解消する最善手と私は判断します」

「了解です、百合花さん」

 

葵を筆頭に、百合花の指示に異論は無かった。ただ夕日の内心に一つ懸念点が浮かび上がる。

 

「……ところで百合花お姉様。件の少女が地下を徘徊してたのなら、爆弾の設置場所も見付かってしまうのでは?」

「そこは工作部隊に任せても良いと思いますわ、夕日さん。いくら腕に自信があろうと、武装した兵士60人なら1人くらい容易に抑え込めるでしょうし」

「ですわね。念の為警戒しつつ、現れたら即射殺を指示しておきましょう」

 

そう言って葵は無線機を取り、現地工作部隊――戦闘隊・諜報隊・科学隊・補給隊から成る連合部隊――の指揮官に連絡を入れる。

 

しかし――、

 

Blue0(ブルー・ゼロ)よりBlue1(ブルー・ワン)へ。聞こえますか? カテゴリーB相当のイレギュラーが発生しま……もしもし、神薙さん?」

 

何度呼び掛けてもノイズしか聞こえてこなかった。

 

「Blue2! ……Blue3! 聞こえてますか!? 返事をして下さい!」

 

すかさず別の部下へ次々と通信を入れるも、最初と同様に沈黙を保ったままだ。冷や汗を右頬に垂らした詩織が葵に声を掛ける。

 

「葵お姉様。これって……」

「はい、この状況で誰も無線に出ない……嫌な予感しかしませんわ」

「ま、待って下さい! そうであればキルレシオ1:60ですよ!? 私達ですら1:7でしたのに!」

 

Kakabelは先月、半グレ50人と外道教師谷山を7人で皆殺しにした実績がある。それが”たった1人の少女に工作部隊60人が壊滅させられた”という出来過ぎた話を、完全には否定させてくれない。

 

だが、本当に少女の仕業ならば――自分達以上の化け物が敵として立ち塞がっている事になる。

 

 

 

「……でもよ、あたし等だって相当な武闘派じゃないか」

 

 

 

車内に充満しかけた不安を察知した美女が吹き飛ばす。第3戦闘隊長(Purple0)の雅だ。

 

「仮にその女の子が本当に化け物だったとしても、所詮はたったの1人。対するこっちはアイドル時代から連携を前提に鍛え上げてきたKakabelだ……今のとこ胡桃は不在だけどよ。それでも7人で力を合わせれば必ず勝てる――あたしはそう信じてる」

「雅さん……」

「大丈夫だろ葵、そしてみんな。あたし達なら絶対にやり遂げられるって!」

 

武人気質な雅らしい鼓舞に、他の6人も通信兵達も自信を取り戻していく。

 

「雅さんの仰る通りですわね。私達は荒事に慣れたアウトローの大群を、たった7人で一方的に殲滅出来たんですもの」

「トップアイドルだった私達の七重奏(セプテット)を、半グレは50人もいながら一切崩せなかった……強くても1人では傷一つ入れるのがやっとの筈」

「「何より胡桃お姉様が付いている!」」

「そうだ麻奈、夏海! あたし等の活躍をあの子も見守ってる! だからあたし達は、絶対に負けねえ!」

「「はい、雅お姉様!」」

 

幹部ながら日滅軍最年少の神宮寺姉妹は、みんなの癒しでもある。雅の掛け声に力強く呼応する様子は微笑ましく、彼女達の姉5人も部下である通信兵達も、先程まで張り詰めていた緊張が緩くなるのを感じた。

 

「……ふふ、それにしても」

「??」

「「えへへ~♡」」

 

神宮寺姉妹の頭をわしゃわしゃと撫でる雅だったが、百合花のいたずらっぽい笑みにキョトンと首を傾げる。

 

「雅さんと麻奈さん達……どっちが妹か見た目だと判断付きにくいですわね」

「んな!? 百合花テメエ!」

 

実は神宮寺姉妹よりも見るからに身長が低い雅。彼女はKakabelの中では最も低身長かつ童顔で、どうしても姉妹の方が年上感が出てしまう。因みに姉妹が152㎝に対して、雅は147㎝である。

 

「お前なー! 場を和ませたいにしても人のコンプレックスを刺激すんなって!」

「あはは、ごめんあそばせ。でも雅さん、その小ささこそが貴女の魅力なんですよ?」

「「ちっちゃくて本当に可愛いです、雅お姉様!」」

「ちょ、麻奈と夏海まで……ったくもう知らん!」

「あはは!」

 

顔を真っ赤にしてそっぽを向く雅。気が付けば車内全体が楽し気な笑いに包まれていた。不安を取り除けたところで、百合花は改めて真剣な面持ちになる。

 

「――何れにしろ、やる事に変更は御座いません。まずは私達幹部で現地へ向かい、工作部隊の安否を確認しなくては」

「ですわね百合花さん――皆さん、聞いた通りです。私達が現地の安否確認と邪魔者の排除を行いますので、貴方達は引き続き任務を続行してください。……ただ、万が一の際は必ず撤退するように」

 

「……そうならない事を我等兵士一同信じております。アオさん」

 

「えぇ、信じてお待ち下さいませ?」

 

そしてKakabelはバスから次々と飛び出す。

 

仲間と共に全力で掛ける中、葵は前方を鋭く睨み付けながら呟く。脳裏に浮かぶ、今も長き眠りから覚醒()めない仲間の温かな笑顔。

 

「――胡桃さんを救う為の革命、誰であろうと邪魔はさせない」

 

女どころか人間離れした異常な身のこなしと脚力で、7人の戦乙女が林を突き進む。普通の人間なら足を取られるような木の根や斜面を、まるで平地であるかのように疾走。極めて小さな着地音の代わりに、鋭い風切り音だけが響く。

 

「よっと!」

「「はッ!」」

 

小柄な雅や神宮寺姉妹に至っては、巨木を蹴って大きく跳躍し、枝から枝へと飛び移るような三次元的な動きを見せていた。

 

清楚なスカートやブラウスが風を孕んで大きく揺れる中、過去に凶悪テロを引き起こした組織の象徴たる赤錆色の軍服が、時折隙間から覗いている。

 

「いよいよ地下駐車場へ突入します! 警戒を厳に!」

「「「「「「了ッ!!」」」」」」

 

全員が百合花の号令に返答した直後、遂にアリーナ内部へ駆け込んだ。

 

 

 

 

 

……そんな意気揚々と地下駐車場に足を踏み入れた彼女達だったが、待っていたのは地獄だった。

 

 

 

 

 

「な、なんですか……これは?」

 

数十人もの部下が散らばって倒れ伏す光景に絶句し、立ち尽くす葵。幸い全員が命に別状は無い様子だが、それでも白目を剥いて気絶する集団の姿は死屍累々と錯覚させる。周囲の柱や壁にも大きなヒビや凹みが多く確認出来、まるで災害にでも見舞われたかのようだ。

 

「おい、お前等! しっかりしろ!」

「大丈夫ですか!?」

 

すかさず雅や百合花が最も近かった女性兵士に駆け寄り、その体を揺らす。

 

「ん、んん……」

「あ、三船さん! 目が覚めたようで良かった……!」

「ゆ、ユリカさん、チヨさん……み、皆さんも。どう、して……?」

 

三船と呼ばれた女性兵士は意識を取り戻して早々驚く。”推し”でもあり、上官でもあるKakabelが勢揃いしている事に。百合花が安心させるように穏やかに笑い掛け、優しく問いかけた。

 

「三船さん、一体何が起きたんですの?」

「も、申し訳御座いませんユリカさん……敵の襲撃を受けてこのザマです」

「敵? もしやその人物は少女ではありませんでしたか?」

「……よ、よく分かりましたね。その通りです。たった1人のアイドルに、工作部隊は全員やられました」

 

Kakabelは互いに目線を向け合う。突如として現れた謎の襲撃者。その特徴はバスで聞いてたのと同様、アイドル衣装に身を包んだ少女であった。葵の呟きには現実感がまるで無い。

 

「本当に単騎で60人を倒す子供が実在するなんて……」

 

7人の警戒心が最大化する。光物や銃火器で武装し、訓練まで施した日滅軍兵士。自衛隊に入隊すれば間違いなく優秀な成績を収め、中には余裕で幹部に至れるだろう精鋭が、たった1人のアイドル少女に一方的に殲滅された。そんな非現実的過ぎる現実が実際に起きた以上、Kakabelはプロのアサシンや超武闘派極道を相手にするつもりで身構える。

 

「気絶する寸前に彼女が歩いていく方向を見ました……あっちです。爆弾を設置したところ」

「ありがとうございます。その少女は私達が対処しますから、貴女はもう暫く休んでて下さい」

「はい……お気を付けて」

 

三船や他の兵士達の救出は後だ。まずは近場に居る脅威を排除しなければ、安心して救助活動も出来やしない。Kakabelは倒れる味方の中を抜け、最も奥深くの柱に設置された爆弾の元へ向かう。

 

 

 

そして――、

 

 

 

「いましたわ」

 

遂に前方に捉えた件の少女。改造巫女服風の愛くるしい衣装を纏った彼女は、7人に背を向けて何かをしている様子。

 

「ちょっと、そこの貴女」

 

「!」

 

葵が声を掛けると、少女は動かしていた手を止めて振り返る。

 

「あ、Kakabelのお姉さん!」

 

パーッと輝く無垢な笑顔。艶やかで見るからに柔らかそうな金髪。そして菫色の両目に宿る――万人を惹き付けて止まない真っ白な綺羅星。美少女の中の美少女とも称せそうな隔絶した美貌のアイドルが素顔を晒した瞬間、葵達を襲ったのは驚愕だった。

 

「ま、マリア……君?」

 

「久しぶりだね! どうしたの一体? 今大変な事が起きてるんだよ!」

 

謎の美少女――いや美少女にしか見えない美少年は、葵達の年下の友人だったから。

 

「悪い人達が地下に沢山集まって爆弾を仕掛けてたんだ! それで柱を爆破して建物を崩して、みんなを生き埋めにするって! ひっどい人達だよね!?」

 

テロで殺される寸前だったにも拘わらず、まるで何事も無かったかのように。ファンサービスするかのように楽しく、明るく状況説明する姿は、子供として見たら不気味以外の何物でもない。通常の精神の持ち主であればドン引きして、距離を置きたがるだろう。

 

「……ねぇマリア君、こんな場所で何をしてたのですか?」

 

しかし葵筆頭に7人の表情は、すぐに鋭いものへと切り替わる。信じ難いが、到底見過ごせない所業を目の当たりにしたが故に。

 

「ん? 見て分からない?」

 

あっけからんとした声が、静寂の地下に響き渡る。

 

「最後の爆弾を解体したところ! だからお姉さん達も安心し――、

 

ズドンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――フン、やはりそうか」

 

不意打ち同然に放たれた頭部狙いの弾を、俺は首を傾げるだけで避けてやった。表情を消し、白の綺羅星を真っ黒に染め上げて、殺気立った様子で自分を睨み付ける女共に短く吐き捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――この裏切り者が」




補足情報:日滅軍各部隊の別称。

第1戦闘隊=ブルー隊
第2戦闘隊=ブラック隊
第3戦闘隊=パープル隊
諜報隊=グリーン隊
科学隊=レッド隊
第1補給隊=シルバー隊
第2補給隊=ゴールド隊

各兵士のコードネームは、所属部隊の色と数字を組み合わせたもの。幹部にして部隊長でもあるKakabelの場合は、作戦中は「色」+「0(ゼロ)」で呼ばれている。
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