【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結)   作:Woudy

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127話

「――少女だと?」

 

アリーナの外壁に背を預け、日野崎は無線から流れる報告に眉を深く寄せた。意識を取り戻した工作部隊がもたらした内容は、あまりに現実味を欠いていた。

 

『は、はい……JIF参加者のアイドル1人に工作部隊は壊滅。私含め全員の身体的ダメージは未だ大きく、上手く体を動かせられない状態です。仕掛けた爆弾も……全て解体されました』

「んな馬鹿な。英才教育を受けた暗殺者ならいざ知らず、相手は一般のガキだろうが」

 

裏社会を長く生きてきた日野崎は知ってる。孤児などを保護や拉致して、一流のアサシンに育て上げる組織が複数存在する事を。確かに幼少期から其処で育てられてきたのなら、高校生くらいの年齢でも十分な戦闘力を持てるだろう。

 

だがしかし、今回自分達の作戦を滅茶苦茶にして回っているのは、表社会を生きるアイドル――つまり堅気だ。真面な訓練どころか鉄火場の空気すら吸った事の無さそうな子供が、同年齢のアサシンを凌駕する強さを持っている姿を、日野崎は到底想像出来ないでいた。無線相手の兵士も同じ気持ちか、実際に俺にブチのめされても尚信じられずにいる。

 

『その筈ですが……現在、隊長達が総出で排除に動いています。あの人達の実力なら、如何に異質な少女といえど時間の問題かと』

「……りょーかい。そのガキを片付け終えたら、爆弾を再設置するよう葵達に伝えろ。俺は別件で用があっから、一足先にアリーナへ入る。準備が出来たら連絡するようにとも伝えておけよ? 味方の爆弾で瓦礫の下敷きは御免だからな」

『りょ、了解しました、参謀』

 

無線を切ると同時に、日野崎は苛立ちを吐き捨てるように舌打ちした。

 

「チッ、何処の事務所のガキか知らねえが、余計な真似を……。これじゃ俺が長年計画してきた城ヶ崎への復讐に泥が付くじゃねえか」

 

不機嫌に顔を歪めたが、見上げた巨大なアリーナの影に不敵な笑みがじわりと浮かぶ。

 

「仕方ねえ。プランBといこうか」

 

指を鳴らす乾いた音が、静寂に沈む闇に鋭く響いた。それに応えるように、付近の茂みがガサガサと不気味に蠢く。

 

「くぉ、あ、あぁああ……」

 

闇の中から這い出すように現れたのは20人程の男達。一見すれば整った身なりだが、その光無き瞳は虚空を泳ぎ、目の下には死人のような隈が刻まれている。彼等は日滅軍の精鋭ではない。

 

「あれぇ、暗いなぁ……暗中模索、歌いましょうよぉ……」

「だ、旦那ぁ……もっと、もっとぉ……」

「クスリ……薬をくだせぇ……」

 

理性を失い、混濁した意識で縋り付いてくる男共を、日野崎は冷徹な眼差しで見下ろした。

 

「欲しけりゃ俺の言う通りに動んだ――腕時計は忘れてねえだろうな?」

「「「あぁあああああい……」」」

 

覇気のない、それでいて狂気を孕んだ声が重なる。男達が掲げた右腕には、不釣り合いな高級腕時計がカチカチと無慈悲に時を刻んでいた。

 

「よし、遅れるなよ? 黙ってしっかり付いて来い」

「「「はぁあああい……」」」

 

彼等は日野崎が街の至る場所から掻き集めてきた、誰とも繋がりのない浮浪者である。失うもののない異様な集団を引き連れ、日野崎は獲物を狙う獣のような足取りで、アリーナの深淵へと足を踏み入れた。

 

(内部のステージまでは迷いやすいし時間も掛かるが、屋上ならこの先のルートを進めば一直線だ。本命前に軽く吹き飛ばしてやる)

 

とうに滅亡した巨大マフィア『羅威刃』。その傘下だった半グレ組織『美赦巣(びしゃす)』――元アサシンにして爆弾魔の『操神(あらがみ)』がトップに立つ組織――の幹部を務めた男。それが日野崎新太の正体である。

 

……そして北九州テロを主導して計画し、葵達や兵達に実行させた男でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふぅ。ようやく一段落ね」

 

その頃。警視庁捜査一課の刑事、芹澤千夜は本日分の業務を済ませて帰宅準備に取り掛かっていた。

 

「あ、もしもし千尋? お母さん、漸く仕事が終わったから帰るところなんだけど」

 

荷物を纏め終えた彼女は、自宅で待つ家族に連絡を入れる。出てきたのは愛娘の芹澤千尋だ。

 

『今日もお疲れ様でした、お母さん! 最近昇進したばっかで普段以上に多忙だったもんね?』

 

娘の弾けるような元気いっぱいの声が鼓膜を心地良く揺らし、芹澤は自然と母としての慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

 

「そうねえ、本当に大変な毎日だったわ。結構夜遅くまで帰れない日も多かったし、漸く落ち着けそうよ」

 

先の少女連続失踪事件の担当者の1人でもあった芹澤は、主犯である風見健次郎を逮捕した功績を認められ、警部補から警部へ出世を果たしていた。警視総監直々の推薦による異例の特別昇任。35歳という若さで得た警部という階級章は、彼女にとって誇りであると同時に、あまりにも重い責任の象徴でもあった。

 

通常なら試験を受けなければ警部に昇進はほぼ不可能だが、それだけ先の事件が世間を震撼させる大事件だった事を物語っている――反社による大規模な臓器売買という、実に10数年以来となる悍ましい事件だったのだから。

 

『体とか大丈夫? ちゃんと食べてる?』

「勿論、千尋が作ってくれた健康弁当のお陰でね。味噌汁なんか具沢山で、とても美味しかったわ」

『えへへ、味噌汁は私一番の得意料理だから! 愛情たっぷり込めて作ったよ!』

「……いつも悪いわね千尋。お母さんやお父さんが忙しい所為で、千尋にお料理の事まで任せちゃって」

『もう、気にしないでよー? 私が好きでやってる事だし!』

 

夫婦共働きの芹澤家では、未だ小学4年生の千尋が家事の大半を切り盛りしている。勿論、非番等で在宅時は芹澤や夫が家事と料理を担っているが、正直娘の方がずっと手際が良いのが事実。言動も何処か大人びており、本当に9歳児かと疑問に思った事も少なくない。

 

「ふふ、すっかり貴女に胃袋を掴まれちゃったわね。でも今日くらいは千尋も楽をしましょう? ――お父さんと京也は?」

『うん、居るよ? 京也ー、お父さーん! お母さん今からお家に帰れるって! ――2人とも元気にしてる! 京也なんかお母さんに早く会いたいんだってさ!』

 

言ってねえよ、と電話越しに少年の呟き声が届く。ぶっきらぼうな答え方だが、声色的に満更でもなさそうだ。京也も7歳にしては親に対して遠慮がちなところが多い。故に芹澤は帰ったら彼を抱き締めて、沢山頭を撫でてあげようと心に決める。

 

「じゃあ家に着いたら、家族4人で美味しい物を食べに行きましょう? お母さん、仕事の仲間から良いお店を教わったの。是非みんなで行きたいわ」

『え、良いの!? ありがとうお母さん、楽しみ!』

 

音声会話のみだが、芹澤は娘の太陽のような可憐な笑顔を想像し、一刻も早く帰って愛でたい衝動に駆られかけた。

 

「それじゃあ千尋、一旦切るわn「芹澤警部!!」――……」

 

言いかけた挨拶は、事務室の重厚な扉を叩き割るような勢いで飛び込んできた男の刑事の叫声に掻き消された。

 

「緊急出動の指令が下りました! 準備をお願いします!」

『え、何、どうしたのお母さん……?』

「~~~~」

 

スマホを握ったまま口をまごまごさせる芹澤。彼女は携帯のマイク部分を掌で覆い、近寄ってきた部下に微妙な表情を披露する。

 

「……幡野。私、今ちょうど帰宅の途に就くところなんだけど。代わりの者は居ないの?」

「申し訳ありません! しかし本部長からの直命です! 湾岸地区の『東京グレートアリーナ』にて、大規模な爆破テロの予兆を感知しました!」

「爆破……テロ?」

 

芹澤はガタンとデスクから勢いよく立ち上がる。つい先月、凶悪事件を解決したかと思えば、それ以上の惨劇が突如として襲い掛かってきた。

 

「情報によると、アリーナは通信妨害下に置かれるらしく、現在も内部に居る5万人近くの人間は何も知らずにライブを堪能しているとの事。そして犯人の中には……昏睡状態の杠葉胡桃以外の、Kakabel第8期生もいるそうです!」

 

芹澤の目が驚きでカッと見開く。少なくとも名前だけなら日本で知らぬ者は居ないだろうグループが、部下の口から発せられた事に。

 

「Kakabelって……あのトップアイドルの? ちょ、ちょっと待ちなさい! まだ大学生くらいの女の子達が、そんな恐ろしいテロに関わってたって意味なの!?」

「……はい。更には彼女達の部下であるテロリストも多数、アリーナ内部や周辺に浸透してると……容疑者数は推定で、約100人です」

「100、人……とんでもない数じゃない……」

 

その報告内容は現実味を帯びておらず、芹澤の思考を狂わせる。華やかな世界で特級に輝き、人々に笑顔を熱狂を齎したKakabel。伝説の初代B小町にも並ぶとまで称賛された栄光の第8期生が、何故幾万の命を奪うテロを起こしたのか、芹澤には理解に苦しんだ。

 

……いや、少ししてハッと動機に思い至る。

 

「彼女達の目的は……杠葉胡桃に関する事?」

「と思われます。自分も直接は見てませんが、警察上層部が通報者から受け取った証拠映像には、テロ決断に至るまでの背景が赤裸々に明かされていたそうです」

「じゃあやはり、杠葉胡桃を自殺未遂へ追い込んだ連中への……報復」

「……はい。もっとも彼女達は主犯ではなく、計画し命令を下した上層部がいるらしいですが。加えて、重度のマインドコントロールを施された可能性があるとの情報も……」

「……だがしかし、これはあまりにも」

 

度が過ぎている。仲間を地獄に落とした僅か数十名に対する報復の為に、前代未聞の大虐殺を起こそうと言うのだから。狂気という範疇すら、とっくに凌駕していた。

 

『お母さん……? もしかして、お仕事入っちゃった? もしそうなら、私達は大丈夫だよ?』

「ッ!」

 

詳細は殆ど聞こえなかったが千尋は察してる。外せない業務が突如入ったのだと。聡明な娘に感謝しつつも、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら言葉を紡ぐ。

 

「ごめんね千尋。お父さんと京也も。お母さん、ちょっと大変な事件が起きたら行かなくちゃいけないの」

『ううん、仕方ないよ。お母さんの助けを待っている人達が居るんでしょ? なら、その人達の為にも行ってあげて? 今日は家にあるもので私がみんなのご飯を作っておくから』

「ありがとう、本当にありがとう千尋。この埋め合わせは必ずするから――愛してる」

『私も愛してるよ、お母さん。絶対に無理だけはしないでね?』

「えぇ、それじゃ」

 

通話を切り、再び部下の幡野と目線を合わせる。母としての穏やかな表情は消え、代わりに人々を守る刑事としての冷徹な眼差しが彼を射抜く。

 

「幡野。他の部下達の招集も急いで。5分以内に出動するわよ」

「了解!!」

 

 

 

 

 

そして芹澤は自身に宛てられた部下の刑事達を率いて警視庁の玄関前に出る。

 

「ッ!」

 

彼女の視界に飛び込んだのは、埋め尽くさんばかりの機動隊と、けたたましくサイレンを鳴らしながら続々と道路へ飛び出していく警察車両の大群。

 

「……凄いわね。これ程の数の警察官が一斉に動くなんて」

 

圧巻の一言だ。芹澤は少女連続失踪事件の際、風見組本部制圧で50人近い部隊を率いていた。あれも十分凄かったが、眼前に広がる光景はかつての規模を遥かに凌駕していた。

 

「相手の規模が規模ですからね。既に公安警察やSAT、爆発物処理班も緊急出動。更には栃木から中央即応連隊も動き出してるそうです」

 

部下の補足に芹澤は息を吞む。

 

銃火器で武装した100人規模のテロ集団を、確実かつ安全に制圧する為に用意された、公権力の大軍勢。即応可能な警察・自衛隊、合わせて1500人以上がアリーナへ押し掛ける予定だ。

 

ここに消防、緊急医療チーム、公安調査庁、海保、総務省電波監視班、その他政府関係者も含めれば、その数は更に膨れ上がる。文字通りの国家総力戦である。

 

「陸自も出てくるなんてね……日本へ侵略してきた他国の軍隊を相手にする気分だわ」

「ある意味、敵は軍隊のような犯罪者ですけどね。3桁規模の武装集団なんて、もはや私設の軍隊ですよ。日滅“軍”などと名乗ってますし」

「そんなものが現代の日本に現れるとか、恐怖でしかないわ」

 

芹澤は勿論、アリーナへ向かうほぼ全ての公務員達は知る由もない。たった1人の子供の第六感から、これ程の国家権力が動く展開になったという事実に。

 

「しかし、何故公安まで?」

「彼等は別件で動いてると聞きました。今回の事件が起きた原因を片付けろと、より”上”から圧力が掛かったそうです」

「また上から……?」

 

しかし、不思議と芹澤は不快感を抱かなかった。寧ろこの間の少女連続失踪事件と同様の感覚――弱きを救えという、傷付き苦しめられた者達への優しさを直感した。

 

(兎に角、今は動かないとね)

 

芹澤は部下達に指示を出し、自分達の車両に乗り込んで走り出す。彼女は助手席にて、夜空に浮かぶ星々を見詰めながら思う。

 

(Kakabelさん……貴女達にとって、クルミさんを傷付けられた事は死ぬほど許せない事なのかもしれない。――でも、だからって無関係な人間まで傷付けるのは間違ってる。だから取り返しが付く前に捕まえて、罪を償って貰うわよ?)

 

膨大な量の警察車両が形成する赤いランプの輝きで、芹澤から見える星空が覆い隠されそうになっていた。

 

(――そして、貴女達を怪物にまで落とした最低な大人達に……私達が、今度こそ犯した罪の重さを分からせてみせるから)

 

この一件に関わる全ての犯罪者を平等に捕まえる。芹澤は内心でそう誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――同時刻。アリーナの地下駐車場入り口前。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

息も絶え絶えな少女が、今にも倒れそうな様子で立っている。

 

カー?

 

「ありが、とう。大丈夫……行けるから、案内、続けて?」

 

カー!

 

そしてヨロヨロとした足取りで、中へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――さらに数分後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――フム、此処か」

 

先の少女が立っていた場所で足を止める男。その視線の先は地下駐車場への入り口。

 

「……既に警察が動いている。急いで目的を果たすとしよう」

 

彼もまた吸い込まれるようにアリーナ内部へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宛ら空気のようで。音も、気配も。一切誰にも気取られずに。




公権力側には秀知院経由で、Kakabelがマインドコントロールされている可能性が高いという情報が共有されました。これが彼女達にとって救いある破滅へ繋がる理由の一つとなります。
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