【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結) 作:Woudy
愛する家族へ「愛のある嘘」を吐いて孤独に死んでいった城ヶ崎と、愛する家族へ「本当の愛」を伝えて家族に看取られて死んでいったアイ。似た境遇なのにその後の生き方も最後も全く正反対過ぎる……
なんて言うか、話を作れば作るほど城ヶ崎とアイって相性良過ぎな組み合わせですね。
「やめろ!! 開けるなああああああ!!!」
「え、何今の声!?」
「マリアだ!」
俺とルビーは弟の叫びで眠気が一瞬で吹き飛んだ。明らかに只事じゃない。あのマリアがこんな切羽詰まった声を出すなんて。
「ルビー、行くぞ!」
「わ、分かった!」
俺達は玄関へと急ぐ。
……其処では地獄と錯覚する惨劇の光景が広がっていた。
間に合わなかった。
「ゴフッ……」
内臓が傷付いたのだろう。アイは口から血を吐き出して、苦しそうに腹を抱えながら後ずさる。
ふと自分の手に水っぽい感触が。見ると彼女の体から出た鮮血でベットリと濡れていた。
「あ……あぁ……」
声が震える。血なんて散々見慣れた筈だ。なのに、それが唯一尊敬している人のモノという事実一つで、俺は激しく動揺していた。
「アイ……」
リビングへ続く扉の近くで座り込んだアイを見る。刺された部分からの出血が激しく、傷口を中心に服が広範囲に渡って赤く染まっていく。明らかに相当な深手だ。急いで治療しなければ命に関わる。
「あい……? アイっ……!!!!」
「ママ、ママぁああああああああああああ!!!!」
遅れてアクアとルビーが駆け付け、母親の惨状に血相変えて縋り付いた。アクアは止血しつつ救急車を呼び、ルビーもアクアを真似て同じ箇所を手で押さえながら、アイへの呼び掛けを繰り返す。
兄姉が賢明に母を救おうと動く中、俺はその様子を立って眺める事しか出来なかった。
「ふはっ……痛いかよ? 俺はもっと痛かった! 苦しかった……!!」
背後で男が何か叫んでいる。どうせ身勝手な論理を垂れているだけだろうが、アイの事で頭がいっぱいな俺には内容が全く分からなかった。
「アイドルの癖に子供なんか作るから……! ファンの事蔑ろにして、裏ではずっと馬鹿にしてたんだろ……! この嘘吐きが……!!」
アクアとルビーがどれだけ頑張っても血が止まらない。生きる為に不可欠な要素が容赦なく体外へ放出され、アイの命が失われる証が示され続ける。
「アイ……君に子供なんて要らない。子供がいるから君はおかしくなったんだ。……だから子供は全員俺が殺してやるよ。そしたら君はきっと元に戻ってくれる……」
「! マリア、何してんだ! こっちに来い!!」
男の狙いが俺に定められた事に気付いたアクアが叫ぶ。しかしそれでも俺はその場から動けない。アイが……俺が初めて敬意を抱き、認めた相手が……唯一の推しが、命を落とすかもしれないのだ。
(死ぬ……死ぬのか……死んじゃうのか……この人……?)
俺はまた……母親に置いて行かれちまうのか……?
また……奪われるのか……?
――ちょっと、待ってよ母さん! 行かないで……!!
――嫌だ……嫌だよぉ……母さん……
――僕を一人にしないで! 置いて行かないで……!!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
気が付けば俺は猛獣のような雄叫びを上げていた。玄関どころかマンション全体を揺らす程の。
「っ!!?」
「ま、マリ……ア?」
「………」
アクアたちは驚いた様子で俺を見ていた。アイも朦朧とした意識の中こちらに視線を向けている。
「な、何だよ!? 急に大声出すんじゃねえ……!!」
男の声は怯えたものだが、感じる殺気はより強くなった。後ろから俺に向かってナイフを振り下ろすつもりなのだろう。丸分かりだ。
「え……?」
おまけに遅い。ナイフで武装しようが所詮は鍛えてもいない堅気の人間。一瞬でサイドに動いて躱してやった。
「殺気が丸見えなんだよ」
先程まで激情に駆られて咆哮を上げていたのが嘘のようで、俺の発した声は前世も含めて最も冷たい。およそ4歳の子供が出せるとは思えない無感情な声色は、しかし実際は様々な感情を宿していた。
恐怖、憎悪、怒り。連鎖的に生まれる負の感情は俺の身体を一瞬で埋め尽くし、思考すら支配してしまう。
「……死にたいのかテメェ?」
俺は振り返って呆然としている男を見上げた。睨んですらいない。ただ無表情のまま纏っている殺気を放ってやった。
「ひ、ひぃ……!」
それだけで男は蛇に睨まれた蛙の如く、若しくは霊的な存在による金縛りの如く、無様にナイフを床近くまで下ろしたまま硬直する。
子供の身体で出せる力などたかが知れてる。弱い部分を上手く突かなければ返り討ちにされるだけだろう。
だからこそ武器は必須だ。幸い今この瞬間、男は皮膚を露出させた箇所を俺の足でも届くところまで下げている。
「何時までボケッとしてやがる?」
俺は容赦なくナイフを持つ左手の甲に蹴りを喰らわせた。それもただの蹴りじゃない。爪先を立てて、この身体でも出せる全力で自分の爪を男の皮膚に食い込ませた。
「があっ!!?」
鋭い物が突き刺さる激痛に男が顔を歪め、血が滲み出る左手を抑えながら玄関側へ後ずさる。チッ、ナイフは落とさなかったか。それを奪って反撃に転じるつもりだったんだが……生まれた隙は大きい。
「マリア!」
「ど、何処行くの……!?」
俺はキッチンへと駆け出した。そして”あるもの”を掴んで電光石火の勢いでアイたちの前に戻る。
「え、お、おいマリア……ちょっと待てよ」
「そんな物で何するつもりなの……!? ねぇマリア……!」
アクアとルビーが俺が右手に持ってる包丁を見て驚いていた。そんな二人に俺は淡々と指示を出す。
「アクア、ルビー。お前らはこの人を助ける事に全力を注げ。――あのゴミは俺が処理しとく」
後ろで二人が何か言ってくるが、今は俺たち家族を脅かす敵の排除が先だ。
(……もう、奪われたくない)
ならどうするかって? 簡単な事、奪われる前に奪えば良い。前世だって大半はそうやって生きてきたじゃないか。何も変わらない、何時も通り逆らう奴は殺せば良いだけ。
俺は大きく息を吸い――。
「う゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!」
声で相手を威嚇しつつスタートを切った。俺から家族を奪おうとするゴミに、襲い掛かる。
「ひぃ……!? く、くるなぁああああああ!!!」
漸く痛みがマシになった男が怯えながらも臨戦態勢に入る。ナイフを構え、俺のように走り出そうとする。
「安物の上着をどうぞ」
俺は素早くキッズジャケットを脱いで男に投げ付ける。視界を奪われた奴はジャケットを切り裂く事も出来ず、顔面を布地で覆われてしまった。
「わ、ぐ……!」
「側面がガラ空きだ」
その隙を見逃さない。俺は一瞬で奴のサイドに回り込み、足に狙いを定めた。男がジャケットを引き剥がしたが、もう遅い。
「誰に手ぇ出してやがるんだっ!!? このゴミ野郎がぁあああああ!!!」
「ぐぁあああああ!!?」
包丁で男の太腿を突く。本当は膝に突き刺して完全に歩行能力を奪うつもりだったが、幼児の力では不可能なので柔らかい太腿を攻撃するに至った。
最も……。
「い゛だい゛……! い゛でえ゛……!! 足が、俺の足がぁ゛あ゛!!!」
痛みに慣れていない素人程度ならこれで十分だ。奴は太ももに少し切り傷が入っただけで過剰に反応し、その場に崩れ落ちてのた打ち回る。
「……何を痛がってやがる? 反撃されるのも当然だろ? 人の
「いだい゛、いだい゛! だ、だずげで……ゆ、ゆ゛る゛じでくだざ……!」
完全に戦意を喪失した男は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を俺に向けて命乞いを始めた。その無様な姿に、そして人の命を奪いに来ながらそんな勝手な事を宣う様子に、俺の中で溜まりに溜まっていた怒りが爆発した。
「黙れ……黙れ!!! 太腿がちょっと切れたくらいでギャーギャー喚くな!! アイの方がもっと痛くて苦しいんだよ……!! テメェ自身の不満をこの人の所為にして、本当に死んじまうかもしれない怪我を負わせて……! 俺から大事な人を奪おうとしやがって……! その癖不利になった途端命乞いとか……ふざけんじゃねえよ!!!!」
俺は奴が落としたナイフを拾い、包丁と合わせて2本の刃を両手に男に近付く。確実に止めを刺す為に。
「奪いに来たんだ。奪われても仕方ないよな?」
「ひ、やめ……だずけ……」
「ダメだ、お前はやり過ぎた。最早死んで詫びるしかねえんだよ」
あぁ、そうだ。忘れるところだった。何も失いたくないから、俺は奪う側になったんだっけ?
「ま、マリア、何を……?」
「おい、お前まさか……!?」
「……」
じゃあコイツの命もさっさと奪わないと。そうすればアイもアクアもルビーも助かる。何一つ失わずに済む。
……そうだよね、母さん?
「さあ、死ぬがいいっ!!!」
「あ、あぁああああああああアアアアアアアアア!!!!」
俺は恐怖で顔を歪めるゴミを肉に変える為、2つの白刃を奴の腹へ躊躇なく落とす。
パシッ
その時、背後から誰かに右腕を掴まれ、そのまま後ろへ強く引っ張られた。その勢いでナイフと包丁が明後日の方向へ飛んでいってしまう。
「!!?」
次の瞬間、俺は全身を温かいものに包まれた。誰かが俺を抱き締めているのだ。花のような仄かに甘い匂いが鼻をくすぐり、怒りや憎しみが霧散していく。
「あ……え……?」
困惑しながらも俺は目線を上げ、自分を抱く人間の正体を捉える。――アイだった。
「……」
アイはジッと俺を見下ろしていた。口元から血を流すその顔は激痛で歪んでいたが、それだけじゃない。そこに宿る感情は怒り……そして悲しみだった。
「ダメ」
アイが口を開いた。短いが力の篭った一言。俺は彼女が何を伝えたいのか理解してしまった。
「それは絶対ダメ」
この人は俺を止めようとしている。人の命を奪おうとする行為を止めようとしている。
「それをしたら……マリアが不幸になっちゃう」
血を流し過ぎて、痛くて辛い筈なのに。今の体で激しく動いたら、死へのタイムリミットが狭まってしまうのに。この人は生きるか死ぬかの危険な状態にも関わらず、間違った道へ進もうとする子供を必死に止めようとしていた。
「マリアが不幸になったら……ママ、悲しいよ……」
だって、だって……この人は
きっと俺が母親に望んでいたのはこれだったのだろう。心の奥底では、自分を止めて欲しかったのかもしれない。
……叱られるなんて、初めてだ。
でも、子供の為を想った愛情いっぱいの叱咤は、どんなものよりも俺の心を揺さぶった。
もう俺はアイをこう呼ぶ事に何の抵抗もなかった。意識せずとも、自然と口から溢れてくる。
「……かあさん」
「――やっと呼んでくれたね、マリア」
すると母さんはとても嬉しそうに笑ってくれた。