【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結)   作:Woudy

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今回は胡桃が語り手です。


133話

「――胡桃さん」

 

穏やかで、慈愛に満ちた声が頭に優しく響いた。

 

「目を覚まして下さいな、胡桃さん」

 

深く暗い水底に沈んでいた意識が、その声に引かれるようにゆっくりと浮上していく。

 

「――……ん……あ……」

 

目を開けると、そこには見知った人間が私の顔を覗き込んでいた。深い海や夜空を連想させる、紺碧色の艶やかな長髪の持ち主。

 

「あおい、お姉様……?」

「良かった、また貴女の声を聴く事が出来て」

 

宮里葵。アイドルユニット“Kakabel”の仲間であり、血は繋がらずとも私にとっては、最愛の姉の1人でもある女の子だ。彼女は令嬢らしい優雅な微笑みを浮かべ、そっと私の頬を撫でる。

 

「安心して下さいまし。もう貴女が、大人達から地獄のような搾取を受ける事は御座いませんわ」

「搾、取……? あ……」

 

そこで漸く思い出す。自分が今まで眠っていた理由を。あの恐怖の接待を思い出し、全身からブワッと冷や汗が流れ、ガチガチと震え出す。

 

「わ、私……谷山先生やお偉いさん達から、い、色々……!」

 

言葉に詰まり、涙がこぼれる。過呼吸になる。そうだ、それで絶望した私はみんなを汚したくなくて、屋上から飛び降りたんだ。

 

……でもこうして生きてるって事は、私は死にきれなかったんだろう。

 

「ダメです、お姉様……私から離れて……お願い」

 

嫌だ、見ないで、触らないで。今の私は純粋無垢なアイドルじゃない……人の形をしたヘドロのような存在なのに。

 

「大丈夫、大丈夫です。貴女を最低な目で見る仲間達は、此処には1人もいらっしゃいませんから。ね?」

「葵、お姉様……」

 

そんな私を葵お姉様は突き放すどころか、ギュッと力強く抱き締めた――もう2度と離さないぞと、言わんばかりに。

 

「葵さんだけではありませんよ?」

「胡桃さん!」

「「胡桃お姉様!」」

「胡桃、あたし達も一緒に居るぞ?」

 

「みん、な……」

 

気が付けば愛する仲間達に囲まれていたが、誰1人として私の事を汚物として見ていない。あの輝かしいアイドル時代と変わらない温かな眼差しの雨が、私の凍り付いた心を溶かしていく。

 

「ごめん、ごめんなさい……自殺なんかしようとして。もっとみんなに、相談しておけば……!」

 

本当に優しくて、素敵な人達だ。私には勿体ない位の輝かしい天使達。それなのに私は自ら命を断とうとして、残された仲間達をどれ程苦しめてしまったか。後悔ばかりが先立つ。

 

でも、今だけはみんなの温もりに身を委ねたい。仲間達やお母さんと一緒に過ごす日々が、私にとって何よりの宝物だから。

 

「……?」

 

その時、安堵の息を吐きかけた瞬間、強烈な血の臭いが鼻腔を突いた。

 

「胡桃さん。先ほども申しましたがもう心配しなくて良いのです――ほら、ご覧下さいまし?」

 

葵お姉様の背後。視界に入り込んだそれは――巨大な瓦礫の山だった。

 

「……え? 何、これ?」

 

ただの瓦礫ではない。ひしゃげた鉄骨とコンクリートの隙間から、無数の人々の手や足が、まるで力なく垂れ下がっている。血溜まりが赤黒い池を作り、数え切れない程の命の残滓がそこに積み上げられていた。

 

「え、え、あ、え……?」

 

脳が拒絶する。眼前に広がる惨劇を。それを見て嬉しそうに微笑む仲間達を。

 

「さぁ、私達の楽園へ行きましょう?」

「「胡桃お姉様! 早く早く!」」

 

「あ、あぁ……あ……」

 

狂気に濡れた葵お姉様や麻奈ちゃん達姉妹に手を引かれ、うず高く聳える屍の山へ引き摺られていく。

 

 

 

「あああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

 

喉が引き裂けんばかりの絶叫が、世界を粉々に打ち砕いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、あ、はぁっ、はぁっ……!!」

 

跳ね起きると同時、全身を強烈な重力と虚脱感が襲った。

 

「ひ、は、あ、あれ……?」

 

真っ白な天井。消毒液の匂い。装着された酸素マスク。規則的な電子音。荒い呼吸を繰り返しながら、私はシーツをきつく握りしめる。此処は……病室? 死にきれなかった結果、此処へ運び込まれたって訳か。

 

それよりも……

 

「夢……だよね? あんなの、ただの悪夢、だよね……?」

 

震える声で自分に言い聞かせる。いくら何でもあんな地獄絵図、現実な筈がない。心優しい彼女達が、あんな恐ろしい光景を生み出す筈がないのだから。

 

 

 

「夢じゃないよ。これから起きるかもしれない、最悪の未来さ」

 

 

 

しかし、その縋るような願いは、幼くも冷徹な声によって即座に否定された。

 

「え……?」

 

声のした方へ視線を向ける。開け放たれた窓。風に揺れるカーテンの隙間の細い窓枠の上に、1人の女の子が腰掛けていた。

 

(何だろう、この子……? 人じゃない何かを感じる……)

 

年齢は小学校低学年くらいだろうか。月明かりを溶かしたような銀色の長い髪と、底知れない深淵を覗かせる瞳。その華奢な肩には、闇夜を切り取ったかのような一羽の漆黒のカラスが留まっている。

 

「初めましてだね、杠葉胡桃。君が飛び降り自殺を図ってから、今日で約4年となる。……しかし、こっちの(・・・・)世界(・・)では完全に死なずに済みそうで、何よりだよ」

「何を、言ってるの……? あなたは……誰? どうして私の名前を……?」

「私はツクヨミ。まあ、通りすがりの神様みたいなものだと思っておいてよ」

「神、様……?」

「それに私が何者かなんて、この際どうでも良い事だ」

 

ツクヨミと名乗った女の子は、カラスの羽を撫でながら、淡々と、しかし決定的な事実を告げ始めた。

 

「君の愛するKakabelの仲間達はね、今まさに君を救うという名目で、5万人を巻き込む爆破テロを起こそうとしているところだ。松村美津留という、15年も前にくたばったイカれたナルシスト野郎の言葉に踊らされて。彼女達は亡霊に魂を侵され、完全に暴走状態となっている」

「……え?」

「君に苦痛を与えた芸能界に根付く搾取のシステムそのものを、数万の無関係な命ごと吹き飛ばすつもりなんだよ」

 

頭の中が真っ白になった。葵お姉様達が? テロ? 私の為に?

 

 

『もう貴女が、大人達から地獄のような搾取を受ける事は御座いませんわ』

 

 

夢の中の葵お姉様の言葉が最悪の形を持って蘇る。胸を掻き毟りたくなるような罪悪感が、全身の血を凍らせた。

 

「あ、あぁ……私の、せいだ……」

 

私が1人で全てを抱え込んだからだ。誰にも相談せず、仲間を汚したくないからって言い訳して、ただ逃げるように死を選んだから。その無責任な行動が、みんなの心に決して埋まらない絶望の穴を開けてしまったのだ。

 

「どうして、こんな馬鹿な真似をした私なんかの為に……」

 

純粋で、誰よりも優しかった私の自慢のお姉様や妹達を、人殺しの悪魔に変えてしまったのは他の誰でもない……私だった。

 

「……止めなきゃ。謝らなくちゃ」

 

私は無意識のうちに、点滴の針を引き抜いていた。酸素マスクを取り、身体中に付いた装置や管を乱暴に剥がす。

 

「っ……!」

 

本当に4年も眠り続けていたのだろう。高度なパフォーマンスを披露する為に鍛え上げた筋肉はすっかり衰え、ベッドから降りただけで足が激しく痙攣し、床に崩れ落ちそうになる。それでも、壁にすがりつき、無理矢理に身体を起こした。

 

「ぐ、うぅ……動け、動け私の体……! 私が、私が止めないと。そんな恐ろしい事……絶対にさせちゃダメなんだ……!」

 

這ってでも行く。この命が今ここで燃え尽きようとも、あの子達が取り返しの付かない場所まで行ってしまう前に。それが、私が取るべきケジメだから。

 

「この子を道案内に貸してあげる」

 

必死に立ち上がろうとする私を見て、ツクヨミちゃんは静かにカラスを飛び立たせた。バサッ、という羽音と共に、カラスが私の足元に降り立つ。

 

「アリーナ地下への最短ルートを教えるし、道中の監視の目も誤魔化してあげるよ」

「……どうして?」

 

私は荒い息を吐きながら、窓辺の彼女を見詰めた。

 

「何故、私にそれを教えてくれたの? どうして、助けてくれるの……?」

 

ツクヨミちゃんは月明かりを背に受けながら、どこか意味深な、それでいてひどく人間臭い笑みを浮かべた。

 

「勘違いしないで。別に君や君の仲間達の運命なんて、私にはどうでもいいんだ」

 

冷酷なまでのその言葉に続くのは、あまりにも純粋で、揺るぎない理由だった。

 

「ただ……私の”推しの子”達が殺されるのは、我慢ならないからね」

「推しの、子……?」

「そう。今まさに君の仲間達を止める為に、私の推しが命懸けで戦っている。でもきっと、それだけじゃ足りない。だから君の説得で、Kakabelを確実に浄化して欲しい」

 

 

 

 

この時の私には知る由もなかったが、彼女の脳裏には遥か遠い前世の記憶が鮮明に焼き付いていた。

 

 

『せんせー? この子大丈夫かな?』

『よし、治療は完了だ。大丈夫だよさりなちゃん、これなら問題なく羽ばたける』

 

 

罠に嵌り、傷付き、地に落ちて死にかけていた1羽のカラス。そんな自分を拾い上げて優しく手当てをしてくれた、医者の男性と患者の少女。

 

 

『勘違いするなよ。これはあくまでただの気紛れだ。本来畜生が抗争に巻き込まれたところで、俺にはどうだって良いのだからな?』

 

 

……そして自分に石を投げて怪我をさせた相手を倒し、先の2人のように治療してくれた、マフィアの男性。

 

星野アクア、星野ルビー。そして――星野マリア。現世でそう呼ばれ多くから親しまれている人達。その前世に彼女は救われた。

 

彼等が時を超えて生まれ変わった今も、その魂の輝きは変わらない。あの時の恩を返す為なら何でもしてやる。ツクヨミちゃんはそう思っていた。

 

 

 

「さあ急ぎ給え、杠葉胡桃。もう時間はあまり残されてない」

「……はい。ありがとうございます、ツクヨミさん」

 

私は神様に深く頭を下げ、スリッパを履き、彼女が腰掛ける窓を通って外に出ようとする。此処が1階で良かった。

 

カラスが先導するように星空に照らされた庭へ飛び立つ。私は衰えた足に魂の火を焚き付け、大好きな仲間達が待つ地獄へと向かう。

 

「動け、杠葉胡桃! これ以上、後悔しない為に……!」

 

絶対に止める。不退転の決意と信念を胸に込めた今の私は、目覚めたばかりは真面に動けないという常識を嘲笑うかのような脚力で駆け出した。

 

道中、偶然にも視界に捉えたタクシーを捕まえ、滑り込むように乗り込む。勿論、案内役のカラスも私の肩に乗って一緒に。

 

「ど、どうしたんだいお嬢ちゃん慌てて!? あとカラスを乗せるのはちょっと……」

「すいません!! アリーナへ……東京グレートアリーナへ向かって下さい!!急いで……!!」

 

カー‼︎

 

「え、あ、あぁ……分かったよ、アリーナね」

 

問答している暇はない。私は切羽詰まった態度で必死に懇願し(あとカラスさんも羽根を広げて威嚇して)、運転手さんに発進を促す。

 

(随分と綺麗な子だが、もしかして開催中のJIFに参加するアイドルか? どっかで見た事あるような顔してっけど……)

 

走り出した車の中。病院からアリーナまでは約30分もあれば到着するが、極度の不安からか道のりは永遠にも感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――失礼しまーす」

 

私が病院を抜けて20分後。当直の女性看護師が定期巡回の為に病室を訪れた。

 

「杠葉さーん、お熱を計らせて貰いま……へ?」

 

しかし彼女の目に飛び込んだのは、もぬけの殻となり、引き剥がされた管やコードが散乱している光景。私は勿論の事、ツクヨミちゃんの姿すら全く残ってなかった。

 

「嘘、もしかして目覚め……!? いやそんな筈は……! あの容態で……!?」

 

昏睡状態からの覚醒どころか、忽然と姿を消したのだ。想定外過ぎて、如何に看護師とて正気ではいられなかった。ナースコールに飛び付き、必死にボタンを連打する。

 

「だ、誰か! 大変です……!! 重病患者が居なくなりました!! せんせー、せんせぇえええええッ!!」

 

この夜、田沼総合病院全体が大騒ぎになったのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして私は出発から30分で、遂にアリーナの元へと辿り着いた。私が13歳の頃に初めて登壇した、あの懐かしい舞台が目の前に。

 

「みんなッ……!」

 

車が停まるや否や、バネのように外へ飛び出す。尚、この時になって漸く思い出したが、私は着の身着のまま。当然持ち合わせなんて無い。

 

「ちょちょちょお嬢ちゃん、お金アババババババッ!!?」

 

カー‼︎

カー‼︎

カー‼︎

 

「ごかか……ま、まいどぉ……」

 

でも、カラスさんのお仲間らしい子達が申し合わせたかのように、次々とタクシーの中へ沢山の小銭を放り込んでいく。ありがとう、みんな!

 

(葵お姉様、百合花お姉様、雅お姉様、詩織お姉様、夕日お姉様、麻奈ちゃん、夏海ちゃん……! 今から行くから、何も悪い事をしないで待ってて!)

 

心の中で最愛の仲間達の名前を1人ずつ叫びながら、限界を超えた執念でアリーナの地底へ踏み込んだ。




JIF編。今までで一番の大長編になりそうです……
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