【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結)   作:Woudy

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※ホラー注意


134話

カー!

 

漆黒の翼を羽ばたかせ、1羽の鳥が頭上を通過。何処かへ飛び去っていき、やがて闇に溶け込むように姿を消した。

 

(カラス?)

 

何故カラスが此処に? そう疑問を抱きかけた時、再び喉の奥底から絞り出すような懇願を耳にする。

 

「止めて……本当にお願い。これ以上、お姉様達自身の未来が壊れていくのを、私は見たくないんです……」

 

桜色の髪を乱し、裸足にスリッパのみで、薄い病院着に身を包んだ杠葉胡桃。4年間も昏睡状態にあった筈の彼女の震える声が、コンクリートの壁に心地良く反響する。

 

俺はアクアと違って医療は専門外だが、常識的に考えれば奇跡ですら生温い現象という事くらいは分かる。

 

(普通ならとっくに筋肉は衰えちまって、立つ事すらままならない筈なんだが……)

 

しかし、現実として胡桃は此処に現れた。愛する仲間達の暴挙を止める為に。彼女を見てると感じさせられる。人間とは、つくづく自らを推し量れていないようだと。

 

「胡桃、さん……」

「胡桃……お姉様……」

 

さて、そんな胡桃の悲痛な響きだが、地に伏していたKakabelのメンバー達――日滅軍の幹部として幾万の命を奪おうとしていた戦乙女達の心を、物理的な打撃よりも遥かに深く貫いたらしい。

 

埃と血に汚れ、ボロボロになった赤錆色の軍服。それは彼女達がどれほど深い狂気と憎悪の泥沼を這いずり回ってきたかの証明だった。胡桃はその痛々しい姿を一人一人見つめると、限界を迎えていた筈の足を必死に前に進めた。

 

「――……めん」

「え?」

 

そして倒れる葵や力なく座り込む百合花達の近くまで辿り着くと――胡桃は冷たいコンクリートの床に膝から崩れ落ちた。

 

「ごめんなさい……ッ! ごめんなさい、みんな……!」

 

静寂を破ったのは、胡桃の号泣だった。床に両手を付いた彼女は、ポロポロと大粒の涙を零しながら深く頭を下げたのだ。

 

「え……?」

「胡桃さん、どうして……貴女が、頭を……?」

 

葵が掠れた声で戸惑う。謝らなければならないのは胡桃の意志を踏みにじり、彼女の名前を騙って大量虐殺を行おうとしていた自分達の方ではないかと。それなのに最大の被害者である胡桃が、何故自分達に許しを乞うのか。

 

「私が……私が弱かったから……! 全部1人で抱え込んで、勝手に死のうとしたから……っ!」

 

胡桃は、身を震わせながら懺悔の言葉を紡いだ。

 

「私が、汚れた自分の姿を見られて嫌われるのが怖くて、みんなから逃げた所為で……大好きなみんなの心に、こんなにも恐ろしい傷を負わせてしまった。優しいみんなを……人殺しになんてさせたくなかったのに……私の所為で、みんなを狂わせてしまった……! 本当に、本当にごめんなさい……ッ!!」

 

胡桃の心には、俺に論破されたKakabelとは全く別ベクトルの罪悪感があった。もし自分が仲間達を頼っていれば。もし自分が死に逃げなければ。彼女たちは松村の亡霊なんかに魅入られる事も、テロリストに堕ちる事もなかった。仲間を悪魔に変えてしまった元凶は、無責任に命を絶とうとした自分自身なのだと、胡桃は本気で思い詰めていた。

 

「違う……違うわ、胡桃さん……!」

 

そんな胡桃の姿を見て、葵の目から堪えきれない涙が堰を切ったように溢れ出した。

 

「悪いのは私達よ! 貴女が1人で苦しんでいる事に気付けなかった……その癖、貴女の優しさを言い訳にして、自分達の憎しみを世界にぶつけていただけだった……! 貴女を、一番の悪魔に仕立て上げようとしていたのは……他でもない、私達なのッ!」

「そうだよ、胡桃……! あたし達が最低なんだ……もう、お前の知ってるKakabelじゃないんだよぉ……」

 

何とか上半身を起こした雅も、血の滲む拳を床に叩き付けながら咽び泣く。もう自分達は純白のアイドルではない。多くの人間を傷付け、俺という友達にすら殺意を向けた薄汚いテロリストだと。胡桃の美しさに触れる資格など、とっくに失われていると。

 

しかし、胡桃は顔を上げ、涙でぐしゃぐしゃになった笑顔を向けた。

 

「……どんな姿になったって、関係ないよ」

 

胡桃は、震える両手を広げた。

 

「葵お姉様、百合花お姉様、雅お姉様、詩織お姉様、夕日お姉様、麻奈ちゃん、夏海ちゃん……。みんながどんな罪を犯そうと、どれだけ間違えようと……私にとって、みんなはたった一つの大切で、大好きな家族に変わりはない」

 

その言葉には一切の打算も、狂信的なイデオロギーも込められておらず。ただただ何処までも、純粋な無償の愛だけ。

 

「もう革命なんか、しなくて良い……。例え世界がどんなに残酷でも、私はこれからもずっと……みんなと一緒に笑い合いたいだけだった! だからお願い……みんなが完全に後戻りできなくなる前に、止まってよ……」

 

魂の奥底から、張り裂けんばかりの願望を放った。俺にはそれが、母さんを奪われて絶望した時の自分と重なって映った。

 

「もう――私を置いていかないでッ!!」

 

『―――ッ』

 

……その懇願は、松村美津留という亡霊が彼女達に掛けた”革命”という名の呪縛を、跡形もなく一瞬で消し去った。大義名分も、復讐心も、全てが氷解していく。後に残ったのは、ただ妹を愛し、姉を慕っていた、あの頃の普通の少女達の心だけだった。

 

「胡桃、お姉様ぁ……っ!!」

「うわぁああああん、胡桃お姉様ぁああああっ!!」

 

最初に動いたのは、末妹の麻奈と夏海だった。彼女達は傷付いた体を引き摺るようにして胡桃の元へ駆け寄り、その細い体に縋り付いて子供のように大声で泣き叫んだ。

 

「麻奈ちゃん、夏海ちゃん……ごめんね、寂しい思いさせて……本当にごめんね……?」

「胡桃、お姉様! 胡桃お姉様……!!」

「良かった、目を覚ましてくれて、本当に良がっだ……!!」

 

胡桃は震える手で妹達の頭を優しく撫でていく。無論、感情が決壊したのは神宮寺姉妹だけじゃない。

 

「胡桃……っ、胡桃ぃ……っ!!」

「ごめんなさい、ごめんなさい胡桃さん……っ!」

「私達、なんて馬鹿な事を……!」

 

雅が、詩織が、夕日が、百合花が。全身の痛みを忘れ、ただ吸い寄せられるように胡桃の元へと集まっていく。煤と硝煙、そして血に塗れた赤錆色の軍服が、胡桃の真っ白な病院着を汚していく。だが、胡桃はそんな事は一切気にせず、集まってきた仲間達をその細い腕で力いっぱい抱き締め返した。

 

「胡桃さ、胡桃、胡桃さん……!」

 

そして最後に、葵が崩れ落ちるように胡桃の胸に飛び込んだ。

 

「胡桃さん……っ、胡桃さぁん……っ!! うぁあああああああッ!!」

「葵お姉様……もう大丈夫。私も、二度とみんなの前からいなくなったり、しない……ずっと、ずっと一緒にいますから……」

 

胡桃は最も深く傷付き、誰よりも狂気に囚われていただろう姉の背中を、母親のように優しく撫で続けた。

 

冷え切った地下駐車場に、8人の少女達の嗚咽が響き渡る。それは罪の意識と、後悔と、そして何よりも失われた筈の奇跡の再会に対する、心からの歓喜。

 

もはや7人は一線を超えてしまった。どう足掻いても不幸な未来が待ち受けてるだろう。どう足掻いても、杠葉胡桃は悲しむ未来から逃れられないだろう。

 

……それでも、今この瞬間だけは――かつて輝いていたトップアイドルに戻ったって良いんじゃないかと、俺は思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……俺、完全に蚊帳の外だわ)

 

声を上げて泣きじゃくるKakabelの輪から少し離れた場所で、俺は静かに立ち尽くしていた。

 

「……ん?」

 

その時だ。俺の菫色の瞳が空間の異常を捉えたのは。

 

泣き崩れるKakabelのメンバー達――胡桃以外の7人の背中から、澱んだ赤黒い煙のようなものが立ち昇り始めたのだ。それらは意思を持つかのように空中のある一点へと集結し、急速に一つの形を成していく。

 

(なんだ……?)

 

転生という非科学を実体験した身故か、驚きはそこまでない。しかし、それでも”アレ”から感じる雰囲気がヤバいのは分かる。

 

「ッ!?」

 

やがて煙が晴れた後に現れたのは――赤い長髪を持つ美青年だった。だが足は地に付かず、ゆらゆらと空中を浮遊してやがる。生きた人間とは到底思えない。

 

 

"――あ、あ、あぁああああああああッ!!!"

 

 

鼓膜を直接引っ掻くような、悍ましい奇声が地下駐車場に響き渡った。亡霊(?)は頭を抱え、眼下で抱き合うKakabelへ縋り付くように叫ぶ。

 

 

"まてぇえええええええ、待ってくれぇえええええええ!!!"

 

 

しかし、8人の少女達は全く見えていないのか、それとも愛する家族との再会に全神経を注いでいるからか。俺の立つ場所まで届く程の絶叫を発しているにも関わらず、誰1人として亡霊の存在に気付く様子はない。

 

 

"あ、あああああああああッ!!!"

 

 

よく見ると、青年の顔面は尋常ではなかった。額にポッカリと風穴が開き、鼻はひしゃげ、それぞれから錆付いた血をドクドクと止めどなく流れ落としている。何というか……誰かに無惨にブッ殺されましたって見た目をしてるねぇ。

 

……というか。

 

(うっわ、キモ)

 

当然、俺はその青年の正体――かつて彼女達を狂信させた自称革命家・松村美津留そのものだと知る訳がない。ただ今生の15歳としての多感な肉体と精神が、猛烈な生理的嫌悪感を抱いてドン引きするだけだ。

 

 

ギョロッ!!

 

 

(こっち見んな)

 

不意に亡霊の血走った両目がギョロリと動いた。そして、遠く離れた場所にポツンと立つ俺の姿を明確に捉えたのだ。

 

(え、これってまさか……ロックオンされてる?)

 

内心でツッコむも虚しく、亡霊は新たな標的を見付けた狂人のように、一直線に宙を滑って此方へと迫り来る。

 

 

"頼むぅうううううううう、聞いてくれぇえええええええ!!!"

 

 

血と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった無惨な顔面が、俺の視界いっぱいに迫る。

 

 

"僕の革命は……本当に最高なんだよぉおおおおおおおおおおおおおお!!!"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"がッ"

 

 

 

 

 

しかし憑依は叶わなかった。何故なら俺が反射的に突き出した右拳が、亡霊の顔面のど真ん中を完璧に撃ち抜いたからだ。

 

「ヤダ、キモイ、聞きたくない、耳が腐る」

 

淡々と言葉を連ねながらも、内心は割と年相応らしく大パニックである。

 

(ひぃいいい、キモイキモイキモイッ!! よかったー、幽霊って物理攻撃効くんだー……)

 

これは転生した事が影響してるのだろうか……?

 

(って良くねえ、触っちゃった!! 早く消毒しないと! 何か変な菌とか呪いとか移されそうだし……!!)

 

思春期真っ盛りのピチピチな反射神経が放った強烈な一撃は、実体を持たない筈の亡霊の顔面を深々と凹ませ、断末魔すら上げさせなかった。

 

 

”が、が、か……”

 

 

ががが、じゃねえよ早く消えろ! すぐ消えろ! 2度と俺の前に現れんな……!!

 

 

”…………”

 

 

俺の必死の願いが通じたらしい。ピシピシと、その体にガラスのような亀裂が走り始める。ヒビは瞬く間に赤髪の男の全身へと広がり、そして……

 

 

――パァンッ!

 

 

小気味良い音を立てて粉々に砕け散り、完全に消滅した。

 

「な、何だったんだ今の……? うぅ、気持ち悪かったぁ……」

 

俺は慌てた手付きで懐から携帯式のアルコールスプレーを取り出し、衣装用の手袋にシュッシュッと幾度も吹きかけ、入念に消毒を行った。

 

「ふぅ、これで大丈夫だろうか……?」

 

漸く鳥肌が落ち着いてきたところで、さっきの亡霊の言葉を脳内で反芻させる。

 

 

――僕の革命は本当に最高(・・)なんだよ。

 

 

……

 

…………

 

………………うん。

 

 

「――とってもサイコ(・・・)だったよ」

 

 

視線の先では、変わらずKakabelの8人が強く抱き合って涙を流し続けている。

 

さてと……もう脅威は完全に消えただろうし、サツに通報を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――マリア君、今の幽霊らしきものは一体何だね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

!!!?

 

 

 

 

 

「シャアッ!!」

 

「シュッ」

 

振り向き様の一閃。しかし、あの時のように容易く躱されてしまう。

 

「ふむ。3週間前に会った時よりも速くなっている。あれから相当鍛えたようだね。凄いじゃないか(僅かに掠ったか……成長速度が想定以上だ。この調子ならば、いずれ私や瓜生にも並ぶ時が来るかもしれん)」

「お、お前は……伊集院茂夫……!?」

 

何故、こんなところに拷問ソムリエが……!!?

 

「しかし残念だが、今の私は忙しい身でね。申し訳ないが、君に構っている時間はないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が用があるのは――彼女達の方だ」

 

「ッ!!?」

 

前触れ無き招かれざる客の出現は、Kakabelの涙を強制停止させる。

 

「え、え?」

「だ、誰、ですの……?」

「なんだぁ、あの七三?」

「高貴な家柄の雰囲気はしますけど……」

 

彼女達は未だ気付けずにいる――自分達が災厄に狙われている事を。




という訳で、JIF編ボスの登場です。
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