【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結) 作:Woudy
私の名前は伊集院茂夫。社会に蔓延る腐った豚共を葬り去り、被害者達の無念と心の安寧を取り戻す、拷問ソムリエだ。
この夏、10年ぶりの帰国を謳歌していた私の元に、突如として依頼が入った。
(やはり私は血塗られた宿命からは決して逃れられん……という事か)
折角の休暇に水を差された気持ちだが、元より鬼となる道を選んだのは他ならぬ私自身。文句は一切上げず、流川君と共に応接室へ向かう。
「先生、此方の方達です」
「うむ。流川君、ほうじ茶を用意し給え」
応接室に入ると、結構な大所帯が私達を迎えた。ひーふーみー……15人とは、随分多いな。用意したソファーを埋め尽くさんばかりだ。
すくっと、代表だろう中年男性が立ち上がって挨拶する。彼に合わせて、他の依頼人達も軽く頭を下げた。
(……ふむ)
全員に共通するのは、やはり瞳に宿る怒りと憎しみに淀んだ黒い光。
「伊集院さん、ですね? 大分昔に拷問ソムリエの噂を聞いた事があったので、こうしてお会い出来て大変光栄です。今回はお忙しいところ御時間を作って下さり、誠にありがとうございます」
「いえ、これも仕事ですから――早速依頼内容をお聞かせ頂けますか?」
着席を促し、自らも対面のソファーに腰掛ける。流川君が全員分の冷たいお茶を配り終えたところで、話が切り出された。
「依頼内容は、主に2種類あります――1つ目は北九州アイドルフェスタを爆破して、姪っ子とその仲間達のアイドル人生を滅茶苦茶にした外道共に、報いを与えて欲しいのです」
「北九州フェスタ……? 先月発生した爆破事件の関係者だったのですね」
「……はい。姪っ子はCB'sでリーダーを務めてます。此方の5名もCB'sの親族で、私の左隣の男女はCloverのマネージャーと社長です」
「Cloverが所属する四葉プロダクション社長の水城です。こっちはマネージャーの垣根原」
「垣根原です。宜しくお願い致します、伊集院さん」
「どうも」
鹿児島出身の”CB's”に、トップクラスのユニット”Clover”。どちらも知名度の高い人気アイドルだ。確か怪我の状態が酷くてアイドル引退の可能性が囁かれてたな。
「……因み姪っ子達は勿論の事、此処に居る者達以外の親族などは我々が貴方の元を訪れている事を一切知りません。一昔前ならなあなあで済ませられたかもしれませんが、今のご時世で殺人教唆がバレる訳には参りませんので」
「……まあ、そうでしょうね」
警察や司法が真っ当になった現代。本来であれば我々やアサシンのような存在は、この日本に限ってはお役御免なのだから。
しかし、たとえ巨大な十字架を背負おうとも愛する者達の無念を晴らしたい。その強い意志が確かに感じられた。
「それで、もう1つの依頼とは?」
「……それは此方の方達が」
男性はそう言って隣に座る小集団に視線を送った。
「彼等は爆破事件被害者の関係者ではありませんが、偶然出会って事情を聴いた結果、一緒に此処へ来る事になったのです」
「成程……詳しくお聞かせ願いますか?」
「はい」
その中でも最年長のご老人がゆっくりと口を開く。先程の方達にも負けない闇を、その瞳の深淵に宿しながら。
「私の孫息子を脅迫して非道な性接待に連行し、その尊厳を汚した性欲モンスター共に、壮絶な地獄を与えて頂きたい」
丹波と名乗った男性は、激しい憎しみに染まった重い言葉を口から漏らした。膝に置いた両拳を、割らんばかりに強く握り締めて。
「孫は芸能人で、モデルをやっていたのですが……高校に入学して暫くしたある日の事でした」
それは約1年前。遅くに帰宅した孫が生気を失ったような顔だった事。普段から明るい筈の子があまりにも普通じゃない雰囲気を纏っていた為、問い詰めたところ……
「孫はボロボロと涙を流して事情を話してくれました。スポンサーに仕事を干されたくなかったら今夜の接待に参加しろと言われ、連れて行かれた先で10人近い男女の相手を無理矢理やらされたと……!」
隣で聞いていた爆破事件被害者の会の方々も、親族が似たような目に遭ったのであろう男女も、哀しみや怒りに満ちた表情を浮かべていた。
「無論、警察には通報しました。昔と違って真摯に取り合ってはくれましたが……1年経過しても未だ捜査に進展は無く……役立たずが」
震える口から洩れる言葉には、漸く真っ当になった筈の司法への苛立ちと失望が込められていた。
「痺れを切らした私は貴方の存在を噂で耳にした事を思い出し、孫から聞いた他の被害者の関係者を集って、此処にやって来た次第です」
残る6人も頷く。彼等もまた多くの醜い権力者に蹂躙された娘や息子達を愛する親だった。
「何故、何故真っ当に生きて来た孫達がこんな目に遭わねばならんのだ……!! 孫はこの1件で引き籠ってしまい、学校にも行けなくなってしまったんじゃぞ……!?」
すると老人の顔に鬼が宿る。目尻から涙が溢す。
「そして何故下衆共は罰せられず野放しになっておる……!! 強ければ何をしても構わんと……!? こんな結末が納得出来るか……!! 我欲塗れの豚共めぇええええええ!!!」
愛する者達を理不尽に汚され、一生消えない苦痛に苛まれ、にも関わらず加害者共は今も笑って新たな獲物を探し求めてる……1分1秒だって生かしておきたくはないだろう。
「分かりました。皆さんと被害者の方々の絶望と怒り。この拷問ソムリエが全て引き受けます」
「よろしく、頼みます……」
「姪っ子達の無念を……」
泣き崩れる者も出る中、私は代表の男性達の手を包み込むように握るのだった。
――それから数日後。
私は情報屋の伍代と事務室で対峙していた。一見冷静を装う彼の表情の奥には、理不尽に踏みにじられた被害者達への深い同情と、加害者に対する燃え盛るような怒りが潜んでいる。
「爆破に搾取に……若い子達の希望を理不尽に奪うなんて、本当に酷い連中だね」
「そうだ。故に外道共には地獄を見せねばならん。伍代、早速報告を始めてくれ」
「了解した旦那。まず搾取の件についてはこの報告書に目を通して欲しい」
伍代が差し出した書類には、暗黒時代から続いた負の歴史が綴られていた。隣で控えていた流川君が、戦慄を隠せない様子でその内容を読み上げていく。
「先生……こんなのがまだ残っていたという事ですか?」
「巧妙に隠していたのだろう。全く下衆というのは、自身の悪行を隠蔽する事だけは右に出る者は居ないようだ」
読み進めるほどに吐き気を催す。毎年開催されていたその接待は、様々な業界から有力者を招いて若者の肉体を楽しむという内容――唾棄すべき性搾取そのものだったから。
半世紀近く続き、延べ千数百人もの権力者が関与していた最低最悪の搾取の実態。数百人もの若いアイドルやモデルが、ただただ性欲の捌け口にされていたという現実。怒りで報告書を握り潰しそうになる衝動を、私は必死に抑え込んだ。
「下衆共はゆくゆく全員処すとして……まずは丹波さん達の親族を手に掛けた連中の始末から始めるとしよう」
獲物は多いが、それで拷問ソムリエが止まる理由にはならない。しかし今回の依頼主家族の無念を晴らす事が最優先だ。
その時、伍代が少し探るような口調で話題を切り替えた。
「――ところで旦那、4年前に杠葉胡桃が自殺未遂した事件は知ってるかい?」
杠葉胡桃――4年前まで日本のトップを走っていたアイドル『Kakabel』、そのセンターとして有名だった少女か。
「海外先の拠点に居た頃にニュースで見た事はある。あんな若い子が自殺を図るなんて……今でも信じ難い気分だったよ」
「……その杠葉胡桃が、旦那が受けた2つの依頼を1つに結び付けてるんだよ」
伍代が差し出したのは、緑色の長髪に眼鏡を掛けた1人の女性の写真。
「榎並詩織。杠葉胡桃と同じKakabelに属し、彼女の”お姉様”の1人だった元アイドルさ。彼女は愛する妹分を自殺未遂に追い込んだ原因が、芸能界に蔓延るあの性的接待にあると突き止め、調べ回っていたんだ」
「何……?」
なんと、杠葉胡桃もこの搾取の被害者だったとは。
「杠葉胡桃が参加させられていた際、同じ現場に居合わせていた被害者の女性から話を聞いたんだ。彼女、自分の学校の教師含む30人近い権力者から慰み者にされたんだってさ」
「たった1人の少女に寄ってたかって……下衆共が」
自殺未遂を起こしたのも納得だ。女の子が尊厳を醜い大人共に凌辱されて、心が壊れない訳がない。
そこで私はハッとなる。
「では榎並詩織――いや、残されたKakabelの目的は……権力者共への復讐、という事か」
「……復讐だけだったら、まだ良かったんだけどね」
伍代は意味深な言葉を吐くと懐から取り出したスマホを操作し、ある画面を私と流川君に見せた。
「旦那、流川君。このサイトを見てくれないか?」
「む、なんだコイツは?」
「えーと……松村美津留?」
聞いた事のない名前だ。と思っていた私達の鼓膜を、不快で耳障りな男の声が襲ってきた。
『――私の革命が道半ばで頓挫した場合を考慮し、此処に私が掲げる信念とその道筋を残す。どうかこれを読んだ者が、私の意思を継ぐ事を願って』
「これは……この画面に映ってる青年の声でしょうか?」
「察しの通りだよ流川君。松村美津留が生前に遺した狂ったポエムさ」
「は、はい。なんだか聞いてて頭がおかしくなりそうです」
「そうだね。俺も吐き気しかしなかったよ」
伍代は途中でサイトを閉じたが、私はそのほんの少しの間に聞いた声だけで松村という男の性根を理解する。
「わざわざ自分の声を録音して痛々しい演説を聞かせる――自己愛に満ちた自称救済主義者だな」
「流石だ旦那。もっとボロクソに言ってやってくれ」
「……お前がそこまで言うとはな。そこまで酷い下衆なのか?」
伍代は頷くと、松村の正体を明かす。
「15年前の空龍街爆破事件、そして同時期に発生した天羽組に対する毒ガス攻撃。これらは全てこの松村率いるテロ集団『日滅軍』の仕業だ」
私の脳裏に15年前のニュースが蘇る。空龍街爆破事件。確かペール缶に仕込んだ火薬が爆発して、300人以上の死傷者を出したという大規模テロ事件だった筈だ。
そして天羽組への毒ガス攻撃……彼等のシマである空龍街を襲うに飽き足らず、彼等自身を直接滅ぼそうと目論んだのか。なんと命知らずな。
「天羽組から依頼を受けて松村と日滅軍については調べてたからね。噂じゃ松村は、飯豊君と争って殺されたそうだよ?」
「……だろうな」
シマの堅気が地獄に落とされ、事務所に毒ガスまでバラ撒かれたのだ。ここまでコケにされて”コロシの天羽組”が黙ってるなど、万に一つも有り得ない。松村が築いた組織も想像を絶する報復で、跡形もなく滅ぼされたらしい。
「しかし伍代。この松村と日滅軍が、Kakabelと何の関係があるというのだ?」
「簡単に言えば――杠葉胡桃が自殺未遂した事に絶望した彼女達は、よりにもよって松村に救いを求めてしまったんだ。で、芸能界から搾取を永久に失くそうと、復活した日滅軍の幹部になったって訳だ」
「何ですって!? あのトップアイドルがテロリストに!? じゃ、じゃあ北九州アイドルフェスタを爆破したのも……」
「そうだ流川君。もっとも、日滅軍の創設者と爆破テロを計画・主導した人物は、別でいるみたいだけどね」
伍代は重々しく頷き、先程とは別の写真を差し出してきた。そこに写っていたのは、いかにも裏社会の垢に塗れた、鋭い眼光を持つ中年の男。
「首謀者の1人で、2代目日滅軍の参謀を務めている男だ――名前は日野崎新太。今は亡き巨大マフィア『羅威刃』の傘下組織、『美赦巣』の幹部だった半グレだよ」
「何だと?」
トップの城ヶ崎賢志によって関東最大の半グレ組織へ成長し、そして京極組と2度の戦争の果てに滅ぼされた、あの羅威刃か。
「その羅威刃の残党が、何故今になってテロなど起こすのだ?」
私が眉をひそめると、伍代は更に詳しく語り始めた。
「コイツのいた美赦巣は、ホームレスを薬漬けにして強盗や自爆の駒に使うような、悪逆非道の一言に尽きる組織だった。16年前に勃発した第1次京羅戦争の直前で、京極組の久我や仙石に組織ごと皆殺しにされたんだが……この日野崎だけは偶然外出していて唯一生き残ったのさ。その後は裏社会を転々とし、とあるバーで後の日滅軍軍団長と遭遇したんだ」
「軍団長……もう1人の主導者ですね」
流川君が傍らで伍代の話を食い入るように耳を傾けている。伍代は頷き、次の写真をデスクに置いた。
「ああ。軍団長の名前は宮里薫。旧華族の出身さ。ここは旦那の方が詳しいと思うけどね」
「いや、宮里家とはあまり交流をした事は無いんだが」
元々伊集院家とは、方針の違いから反りが合わなかったからな。
「そのバーで、ある人物から初代日滅軍のリーダー・松村美津留の遺したブログを勧められ、日野崎と薫の2人はその過激な革命思想に狂信的にのめり込んでしまった。薫は松村の真似事をしてカリスマを気取り、日野崎はかつてのボス『操神』から学んだ凶悪犯罪の手口を利用して――薬中の浮浪者を会場に侵入させて自爆させるという、悪魔の所業を起こしたのさ」
裏社会の残虐な技術と、狂信的な富裕層の資金力。この2つが最悪の形で結びついたのだ。私は静かに冷徹な声を出す。
「名家の財力に、羅威刃の負の遺産か……。だが伍代、これだけの規模の軍隊を編制するにあたって、何故トップアイドルの少女達が幹部として加担している?」
伍代はふぅ、と深くため息を吐き、悲哀に満ちた表情で語り出した。
「そこが、この事件の最も胸糞悪い裏話さ。杠葉胡桃が自殺未遂を起こした事件はさっきも話した通りだけど」
「うむ」
「彼女を実の姉妹のように愛していたKakabelの7人は怒り狂うも、まずは合法的な手段で搾取者へ報復しようとした。……だが、名家や富裕層である7人の親族は、彼女達を平然と見捨てて助けなかったんだ――そこへ唯一優しく手を差し伸べたのが、宮里薫と日野崎新太だったのさ」
なるほど。孤立無援の絶望の中にいた少女達にとって、その救いの手は蜘蛛の糸に見えただろうな。
「宮里薫は胡桃の無念を晴らしたいという彼女達の純粋な想いを巧妙に利用した。松村の遺した”暴力による搾取文化の破壊”という思想を植え付け、彼女達の純粋すぎる絆を、テロの実行部隊へとすり替えて囲い込んだんだ。彼女達は、自分達のテロこそが胡桃への愛であり、聖戦だと本気で信じ込まされている」
点と点が、完全に1本の線で繋がった。
深い絶望に浸る少女達と、それを利用し都合の良い爆弾として操る実兄。そして、かつての組織のやり口で数多の命を奪おうとする半グレの残党。北九州の惨劇は、この9人が集った事で起きたのだ。
「……同情の余地は大いにある。彼女たちを泥沼に引きずり込んだ搾取者共は、等しく万死に値する外道だ」
……だが。私は鋭く目を見開き、応接室の空気を一瞬で凍りつかせるほどの殺気を放った。
「動機がどれほど悲劇的であろうとも、彼等は既に北九州で無関係な命を奪っている。CB'sやCloverの親族をはじめ、被害者達が流した血の涙は決して消えん。己の悲しみを癒すために、無辜の民を巻き込む外道に堕ちた以上、その罪に対する裁きは免れんのだ」
「はい、先生……。これ以上の悲劇を止め、被害者達の安寧を取り戻すためにも、我々がコイツ等に執行せねばなりません」
流川君が、覚悟を決めた目で力強く頷いた。
「旦那。奴等の次の目標は既に掴んでいる。JIF――日本最大のアイドルフェスタだ」
「え!? それ、ちょうど今夜開催の祭典じゃないですか!」
「ふむ、急がなくてはな」
流石は風谷と双璧を成す裏社会の情報屋。とても優秀だ。
「因みに此処には依頼主の親族を搾取した下衆達もVIPとして参列している。一網打尽にする絶好のチャンスだよ?」
「ありがとう伍代、助かった――流川君、直ちに出撃の準備をしたまえ。至急、アリーナへ向かう」
「はい、先生!」
私自身も手早く準備を済ませつつ、途中で静かに目を閉じる。
(待っていろ日滅軍……そして我欲に満ちた搾取者共)
そしてカッと目を見開く。
(貴様等の狂った革命も、若者の未来を貪る欲望も――この伊集院茂夫が地獄の業火で削ぎ落としてくれる!)
己の背負う十字架を胸に、私は決戦の地、アリーナの地下へ向けて静かに歩みを進めたのだった。
――そして舞台は再びアリーナ地下へ。
「マリア君、帰りなさい。ここから先は君のような子が足を踏み入れて良い世界じゃない」
静かだが、有無を言わさぬ絶対的な重圧を伴う声。伊集院茂夫は俺を路傍の石か何かのように扱い、そのまま横を通り過ぎようとした。
……行かせるかよ。
「シャアッ!!」
俺は床を蹴り割り、サイドから凄まじい速度で伊集院の側頭部へハイキックを放つ。Kakabelの少女達へこれ以上近付ける訳にはいかない。
「フンッ」
しかし、俺の足が伊集院を捉える事はなかった。奴は歩くペースを一切崩すことなく、ほんの僅かに首を傾けただけで、俺の神速の一撃をあっさりと躱してみせたのだ。
「……なんのつもりだね?」
互いに距離を取って対峙する。伊集院は一切の感情を排したような顔で俺を見下ろしてきた。
「こっちの台詞だ。彼女達に何をするつもりだ?」
「……なに、大した事ではない。彼女達が犯した所業について、悔恨の念を問いに来ただけだ」
嘘を吐け。
城ヶ崎賢志としての勘が、全細胞を総動員して警鐘を鳴らしている。コイツは間違いなく、俺の背後で泣き崩れている少女達を拷問するつもりだ。
俺は相手の嘘を暴く為、十八番である瞳の濁りを読み取ろうと伊集院の目を見詰め返した。しっかり瞳の奥を確認出来るよう、首を横へ大きく倒しながら。
……
…………
………………
目が点過ぎて濁ってるかどうか分かんねえ!?
(こんな形で十八番を封じられるなんて……!)
思わぬイレギュラー(?)に内心で盛大にツッコミを入れつつも、俺は即座に思考を切り替えて冷徹な声色で宣言した。
「……彼女達は警察に引き渡す。そして裁判に掛けて罪を償わせる――貴様はお呼びじゃねえんだよ?」
「!」
ピクリと、伊集院の眉が動いた。有名な芸能人とはいえ、ただの堅気の高校生が自らの裏稼業を把握しているかのような口ぶりだったからだろう。しかし、伊集院はその違和感を即座に内心へ留め、代わりに周囲の空気が凍りつくほどの強烈な圧を放ち始めた。
「どうしても、邪魔をする気かね?」
それでも俺は微塵もビビらない。同様に睨み返すのみ。
「お前に任せたら、碌でもない末路にしかならない気がするんでね」
俺は警棒を構え直し、伊集院の圧倒的なプレッシャーに真っ向から抗う。
「もし力付くでも彼女達を連行するつもりなら……お前を徹底的に潰すのみだ」
……それに。
(コイツに殺されるって分かっててKakabelを引き渡したら……もうそれは俺が殺したも同然だ)
テロを企てた彼女達の罪は重い。だが、胡桃の訴えで漸く人間の心を取り戻した彼女達を、ここで拷問に掛けて死なせちまったら――俺は二度と家族や仲間達に顔向け出来なくなる。
俺が星野マリアとして胸を張って生きていく為には、絶対にここで退く訳にはいかないのだ。
「……ならば止むを得ない。君を無力化してから、目的を果たすとしよう」
伊集院が静かに構えを取る。その所作には一切の無駄がなく、底知れぬ武の深淵を感じさせた。
「え、あ?」
「マリア、君……? 何を……?」
何も知らず、キョトンした様子で俺と伊集院を交互に見るKakabel。今も背後で抱き合う友達を守る為、俺は史上最凶の敵と戦わなければならない。
――なのに、何故だろうか。
「ふっ……くくく……」
「?」
まさか、こんな展開が来ちまうなんて……もう羅威刃を舐めたツケを払わせようって気は欠片もねえのによ。
「アッハハハハハッ!!!」
俺の口から、場違いな程に傲岸不遜な笑い声が溢れ出した。
「……睨んだと思えば急に笑い出して、一体何が可笑しいのだね?」
恐怖やプレッシャーで頭がいかれちまった? いいや違う。今の俺の全身を駆け巡っているのは、抑えきれないほどの歓喜!
「違うよ伊集院茂夫! お前のような男とこうして戦えるなんて……戦闘者冥利に尽きるよなぁ!?」
俺ってば、かなりの戦闘狂だったらしい。前世のマフィアとしての血が、ドクドクと熱く沸騰している。瞳の黒い綺羅星が一際強く輝き、纏う空気が更に濃い紫へと変貌していく。
敵は日本裏社会の最頂点暗殺者。相手にとって不足はない!
何より……
(コイツを倒せば、俺はもっと強くなる――もっとみんなを、守り抜ける!)
強者と戦える狂喜と、愛する者の為に強くなれる歓喜で、俺の口元は愉し気に歪んだ。対する伊集院は変わらず涼し気な、だが絶対的な死の気配を纏った表情のまま告げる。
「後悔するぞ、少年?」
「後悔したくないから、お前を倒すんだよ!!」
俺はコンクリートの床を爆砕し、弾丸のような速度で前傾姿勢のまま突撃した。伊集院もまた、音もなく間合いを詰め、その恐るべき迎撃の拳を放つ。
そして次の瞬間――、
ズドォオオオオオオオオンッ!!!
2つの超戦力が激しく衝突し、地下駐車場の空気を引き裂くような凄まじい衝撃波が、オブジェや粉塵を吹き飛ばしながら周囲を激しく揺らした。
次回。天使王子VS閻魔大王
やっぱ主人公強化イベントは大事ですね。これを乗り越えれば一気に強くなれると思うので、頑張れマリア君!(※なお勝てるとは言ってない)。