【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結)   作:Woudy

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137話

「……――」

「おっと」

 

私は糸が切れた人形のように崩れゆくマリア君の体を、床に叩き付けられる前に優しく抱き留めた。

 

腕の中に収まるその肉体は驚くほどに軽く、華奢だった。紛れもない、ただの15歳の子供だ。

 

「なんという子だ。堅気の中にこれ程の天才が紛れていたとは」

 

紅林君譲りの規格外のパワー、京極組の久我虎徹すら超えるスピード、幾重にも用意した搦め手――そして何よりも異常過ぎる成長速度。私や瓜生、セルジオの領域に届く時が楽しみである。

 

「……」

 

だがそれ以上に私の魂を揺さぶったのは、戦闘中に放った彼の言葉。

 

 

 

――お前こそ、今まで疑問に思ってこなかったのか? 自分の行動が何の罪もない弱者を傷付け、死を選ぶ程に絶望させてしまう可能性を!

 

 

 

……そういえば、そのようなケースに遭遇した事は一度も無かったな。

 

「少し待ってなさい。直ぐに終わるから」

 

マリア君を柱を背に座らせてから、私はKakabelの女の子達へ鋭い視線を向けた。

 

「!」

 

全員がブルっと震え、金縛りのように身動きが取れなくなる。

 

「さて、漸く君達への用事を済ませられそうだ」

 

ゆっくりと、ゆっくりと私は彼女達に歩み寄る。きっと彼女達には私が文字通り死神か何かに映っているのだろう。もっとも、本当に死神や鬼も同然の存在とも言えるがな。

 

「待って!!」

 

恐怖に苛まれる中、唯一動けたのは今回最大の被害者――杠葉胡桃だった。彼女は枝のような細い足で立ち上がり、私と7人の間に入って両手を大きく広げた。

 

「……杠葉胡桃さん、ですね? 長く昏睡状態にあったと聞いております。目覚めたようで何よりです」

「誤魔化さないで下さい……! お姉様達に、何をする気なの……?」

 

今にも倒れそうになる程に脆く儚く、しかしそれでも地面を踏ん張り私を睨むように真っ直ぐ見上げ続ける。仲間達には指一本とて触れさせない。そんな不退転の覚悟を宿した鋭い光を桜色の瞳から煌々と放っていた。

 

……ほんの僅かだが、気圧されかけた。

 

「……マリア君といい、君は重大な勘違いをしている」

「え……?」

 

キョトンとした表情を浮かべる胡桃さんを、私はジッと見詰めた。

 

(……ここで強行したら、この何の罪のない被害者を今度こそ絶望させかねん)

 

それは被害者の無念を拾い、寄り添う拷問ソムリエとしての矜持に反する真似。しかし同時に、依頼主達とその関係者の苦しみを無碍にも出来ん。

 

「私はただ――君の仲間達に悔恨の念を問いに来ただけだ」

 

故に確認せねばならん――私が自らの信念を曲げるべきかどうかを、他ならぬターゲット達と直接対峙する事で。

 

「あ、貴方は、一体……?」

「私が何者かなどと、この場においては些細な問題に過ぎん――それよりも」

 

困惑する胡桃さんを余所に、私は閉じていた瞼を大きく見開き、彼女の背後で崩れる7人に強烈な圧を掛ける。

 

「!?」

「ひ!」

「「う、あ……」」

 

より一層硬直する7人だったか、私は構わず続けた。

 

「……お前達は先月、北九州フェスタにて爆破テロを起こしたな? 誤魔化そうとしても無駄だ、既に調べは付いている」

「……え? 北九州……? え、嘘?」

 

真っ先に反応したのは、仲間達を庇うように立ち塞がっていた胡桃さんだった。彼女の桜色の瞳が、信じられないものを見たように見開かれる。

 

無理もない。昏睡状態にあった彼女は、仲間達が既に一線を越え、無実の人々を傷つけるテロリストに成り果てていた事実を今ここで初めて知ったのだ。

 

「それにより多くが傷付き、アイドル達が夢を奪われかねない程の後遺症に悩まされる事となった――被害に遭った方々に対して、申し訳ないとは思わんのか?」

 

「…‥!」

「――ッ」

 

胡桃さんが背後の仲間達を振り返る。

 

「そんな、お姉様達が……嘘、ですよね……?」

 

しかし、Kakabelの7人は誰一人として目を合わせる事が出来ず、ただ俯き、ガタガタと震えるばかりだった。否定の言葉は、出ない。

 

自らが愛してやまない少女に、自分達の手が既に無辜の血で汚れている事を知られてしまった絶望。私はジッと彼女達の顔を観察した。自己保身の言葉を探しているのか、それとも大義名分を並べ立てて自己正当化を図るのか。

 

(さあ、どう来る? 元トップアイドル達よ)

 

「………」

 

長い、あまりにも重い沈黙の後。それを破ったのは宮里葵――日滅軍軍団長、宮里薫の実妹だった。

 

「――……もし」

「……む」

 

目の前で絶句する胡桃さんを悲痛な目で見上げた後――まるで自らの心臓を抉り出すような酷く自嘲気味な様子で、震える唇をゆっくりと開いた。

 

 

 

「もし……胡桃さんが此処に現れて説得して下さらなかったら……私達はきっと、貴方に最低な答えを返していたのでしょうね」

 

 

 

「!」

 

その声には、先程まで狂信に憑りつかれていた自分達に対する底知れぬ軽蔑と、取り返しのつかない罪への恐怖が滲んでいた。他の6人も同様に大粒の涙を流しながら、言い訳一つしようとせず俯いている。

 

「……一体、何をしていたんだろう。極端な暴力を良しとするような男の言葉なんかに耳を傾けて、縋り付いて……」

 

葵の言葉は、まるで己の魂を切り刻むような、痛ましいまでの自己解剖だった。

 

「結局、胡桃さんを傷付けられた鬱憤を晴らして、無関係な人達を巻き込んで……胡桃さんを更に傷付けていただけじゃないか。私達は……とんだ愚か者だ」

 

(……っ)

 

私は思わず僅かに目を見張った。

 

命乞いではない。保身でもない。ただ純粋に己の醜いエゴを認め、愛する者を地獄に突き落としてしまった自分達の愚かさを呪い、無関係な被害者への罪悪感に押し潰されている。

 

そこにあるのは『生きたい』という願望すら抜け落ちた、究極の自己嫌悪と懺悔のみ。

 

(……初めてだ)

 

私の長き拷問人生において、真の悔恨の念を見せるターゲットに遭遇したのは。

 

(数え切れないくらいの外道共の戯言を散々聞いてきたが、ここまで純粋に自罰的になれる者も存在するのだな……)

 

彼女達は既に自分達が犯した罪の重さを完全に理解している。最愛の胡桃さんを絶望させたという、どんな拷問よりも苦しい無間地獄の中に、彼女達自身がすでに堕ちているのだ。

 

(……これを拷問で裁く意味など無い)

 

いや、意味が無いどころか、ここで私が彼女達に苦痛を与えて命を奪えば、それこそ本当に胡桃さんを殺す事になる。

 

マリア君の命懸けの論理と、胡桃さんの無償の愛、そして少女達の魂からの懺悔。これら全てを前にして、私が自らの掟に固執し、思考停止で彼女達を処刑するような事があれば――もはやそれは“鬼”ですらない。

 

マリア君の言う軽蔑すべき、私自身が最も憎む“外道”に成り下がるだろう。

 

「……」

 

私は静かに溜息を吐き、纏っていた殺気を完全に霧散させた。

 

「その悔恨が本物であるなら、地獄ではなく法の下で一生を懸けて償う事だ」

「え……?」

「君達に死という逃げ道は与えん。生きて胡桃さんのいるこの世界で、その十字架を背負い続けなさい」

 

唖然とする少女達と胡桃さんを背に、私は踵を返した。向かう先はコンクリートの柱を背にして眠る、あの不思議で勇敢な少年の下だ。

 

「よいしょ、っと」

 

私はマリア君の腕を取り、労わるようにして背負い上げた。

 

「フキュウ……」

「ふふ。こうして見ると、何処にでもいる普通の子供だな。それが私相手にあそこまで粘るとは……」

 

気を失っていても尚、彼の身体からは静かな熱と、誰かを守り抜いた誇り高さが伝わってくる気がした。

 

「自衛の為とはいえ怪我をさせたのだ。お詫びに医務室まで運んであげよう」

 

私は背中の重みに心地良さすら覚えながら、静かに誰ともなく口を開いた。決して揺らぐ事のなかった私の哲学に真っ向からぶつかってきた、幼き子供への心からの賞賛である。

 

「マリア君。君はこの伊集院の強固な信念を見事曲げてみせた」

 

これは私の完全な敗北であり、そして拷問ソムリエとしての新たな境地でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この勝負――君の勝ちだ」

 

この場から立ち去る私達を、己の罪と正面から向き合うと決めたKakabelは呆然と見送るのだった。




ボス戦終了。マリア君の戦略的勝利です。
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