【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結)   作:Woudy

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ここで急に番外編を差し込む事になり申し訳ありませんが、有馬の過去話をふと思い付いたので執筆しました。

有馬母が実家へ引き上げる直前のお話です。


番外編⑳

パシッと、乾いた破裂音がリビングに響き渡った。

 

「いッ……」

 

頬に走る鋭い痛みと、口の中に広がる僅かな鉄の味。私はソファーの端に崩れ落ちたまま、乱れたボブヘアの隙間から、目の前に立つ母親を見上げた。

 

 

……私の名前は有馬かな。役者を志す女子中学生で……元男の転生者だ。

 

 

「どうして!? どうしてもっと上手くやれないのよ!!」

 

ヒステリックな金切り声が、私の鼓膜を劈く。お母さんの顔は怒りと焦燥で歪み、手には丸められたオーディションの不採用通知が握られていた。

 

「今回こそはって、私が頭を下げて回って取ってきたオーディションなのよ!? それなのにアンタは、また落ちて……!! 私の苦労を何だと思ってるの!!」

 

もう何回目か分からない不採用。”10秒で泣ける天才子役”という肩書は、成長と共にただの足枷に変わっていた。周囲が求めるのは”ませた子供”ではなく、等身大の演技や新鮮な無名の子だけだ。監督の要求に必死に応えようとしても、「何か違う」、「昔のイメージが強すぎる」と弾かれる日々。

 

それでも私は、自分なりに必死に足掻いていた。台本を読み込み、大人達の顔色を窺い、どんな端役でも食らい付こうとした。

 

でも、お母さんにはそれが全く伝わらない。この人にとっての私は自らの虚栄心を満たし、生活を潤してくれる金の卵でなければならなかった。それがただの石ころだと分かってからの彼女の態度は、日に日にエスカレートしていった。

 

罵倒や無視だけならまだマシな方。でも今日のような暴力も着実に増えている。

 

「アンタがそんなに無能だなんて思わなかった! 私だってアンタの為に自分の人生を犠牲にしてきたのよ!? なのに、お父さんは愛想を尽かして出て行くし、アンタは仕事一つ取ってこれないしッ!!」

 

ドンッ!と、今度は私の脇腹を容赦なく蹴り上げるお母さん。

 

「ぐっ……!」

「謝りなさいよ!! 私の人生を返してよ!! アンタなんか――産まなきゃ良かった!!」

 

「――――」

 

は? 産まなきゃよかった? 私の所為で人生が狂った?

 

 

 

……ふざけるなよ。

 

 

 

次の瞬間、醜く真っ黒な感情が泥底からボコボコと湧き上がってくる感覚。

 

(私だって……こんな筈じゃなかったのに)

 

前世のクソみたいな人生を終えて、今度こそ真っ当に生きようと思った。演技という、心から楽しいと思える事を見付けたから。

 

だから、どんなに理不尽な扱いを受けても、お母さんのヒステリーにも耐えてきた。親に愛されたいという、子供としての当然の願いもあった。

 

だけどコイツは違う。自分の見栄と欲望の為に子供を搾取し、思い通りにならなくなれば暴力を振るって責任を押し付ける。

 

(……昔の私が潰してきた連中と何が違う? 何故そんな人間自身の原因でなった事までこっちが責任取らなきゃいけないのよ……?)

 

プツン、と。私の中で、何かが決定的に切れる音がした。

 

「謝りなさい! 今すぐ土下座して「おい」……ッ!?」

 

お母さんの金切り声が、私の声に途中で遮られた。

 

「……」

「な、何よアンタ……その目は?」

 

私はゆっくりと顔を上げる。『有馬かな』という天才子役の被っていた愛らしい仮面は、もうそこには無い。

 

そこにあったのは、関東裏社会に一大勢力を築き、何百人もの半グレと共に好きなだけ暴れ回った、悪逆非道な組織のトップ――稲村の顔だった。

 

「――人が黙っていりゃあ調子に乗りやがって」

 

私の口からこぼれ落ちたのは、可愛らしい少女の声帯を通している筈なのに、地を這うような重く冷たいドス声。

 

「え……か、な……?」

 

お母さんが、信じられないものを見るような目で私を見る。当然だろう。サンドバッグみたいにされるがままだった無力な娘から、悪事に慣れきった本物の殺気が放たれたのだから。

 

私は立ち上がり、怯えて1歩後ずさるお母さんとの距離を詰めた。

 

「俺だって頑張ってんだよ!! なのに喧しくギャーギャー喚きやがって……!!」

「ひッ!?」

 

私の怒声にお母さんがビクッと肩を跳ねさせる。気が付けば1人称が”私”から前世と同じ”俺”になっていたが、それでも構わず続ける。

 

「大体テメエが無理な売込みするから余計に仕事無くなっちまったんだろうが!! 現場の空気も読めねえでプロデューサーに媚び売って、俺をバーターでねじ込もうとするから、業界で『有馬かなは扱いづらい』ってレッテル貼られちまったんだよ!!」

 

前世で大組織を運営出来た私から見れば、お母さんのマネジメントは三流以下の愚策だった。目先の利益と自分の虚栄心を満たす為だけで動き、長期的なビジョンも欠片もない。

 

「そういうとこだろう!? 父親が女作って逃げたのはよ!?」

「あ……あぁ……っ」

 

お母さんの顔から血の気が引き、真っ青になっていく。一番触れられたくない傷を、私は容赦なく抉り出した。

 

「漸く楽しくやれる事見付けたってのに、テメエのちっぽけな見栄の為に邪魔してんじゃねえぞ!! ――スコップでテメエの腸掘り返してやろうか、ババアッ!!?」

「ひ、あ……」

 

私はお母さんの胸ぐらを、小さな両手で力任せに掴み上げた。物理的な力は非力な子供のものだ。当然お母さんの方が強い筈……なのに纏っているオーラは完全にヤクザを血祭りにあげてきた半グレのそれで、一般人でしかない彼女は圧倒されるばかり。

 

 

 

『ギャハハッ! ピーマン埋めてやるから良い具合に育ちやがれ!!』

 

 

 

前世で敵対する極道の腹を掘った時の残虐な記憶がフラッシュバックした。真っ黒な殺意を込めた目で、お母さんを射抜く。

 

あぁダメだ、これ以上は……僅かな良心がそう語り掛けても、もう止まりそうにない。

 

 

 

「テメエみてえな毒親、こっちから願い下げだ……!!」

 

 

 

ドンッ!!

 

「きゃあッ!?」

 

私は胸ぐらを掴んでいた手を思い切り突き飛ばした。お母さんは無様に尻餅をつき、床に転がった。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

荒い呼吸を繰り返す私。リビングには、異常な静寂が降り降りていた。

 

「…………」

 

数秒の沈黙。頭に上っていた血がスッと引き、視界がクリアになる。

 

「――――あ」

 

やってしまった。私は小さく息を呑み、顔を蒼褪めさせた。

 

前世の記憶があるとはいえ、私は今、『有馬かな』として生きている。真っ当な役者として生きていくと決めたのに、あんな半グレ丸出しの暴言と殺気を実の母親に向けてしまうなんて……

 

(マズい、取り繕わないと……!)

 

そう思って、お母さんの方を見た。

 

「ひ……あ、あ、あぁ……っ」

「…………」

 

床に倒れたまま腰を抜かして立ち上がる事も出来ず、ガタガタと全身を激しく震わせるお母さん。私の事は完全に化け物か何かを見る目だった。恐怖で顔は歪み、歯の根が合わずにカチカチと音を鳴らしている。

 

拒絶された。実の母親に。あんなにも認めて貰い、褒めて欲しいと願っていた相手に。

 

……でも何故だろう。その無様な姿を見た瞬間、私の中にあった焦りや後悔が急速に萎んでいったのは。

 

「――はは」

 

乾いた笑いが、自然と口から漏れた。

 

「さっきまでの威勢は何処行っちまったんだよ、おい?」

 

自分の思い通りになる無力な子供だと思っていたから、殴れた。罵倒出来た。

 

でも、ひとたび相手が自分より恐ろしい存在だと分かった瞬間、こうして地べたに這いつくばって怯える事しか出来ない。

 

あぁ、なんて滑稽で惨めなんだろう。

 

「所詮は弱いと思った相手にしか威張れない――まるで俺みてえだ」

 

前世の私がそうだった。弱い債務者や、数の少ない敵対組織には散々イキり散らして暴虐の限りを尽くした。

 

でも、城ヶ崎賢志という本物の天才の才能を前にして己の無力さに絶望し、最後は京極組の変な髪型の男に碌な抵抗も出来ず惨殺された。

 

相手の弱さに付け込む事しか出来ない、底の浅い人間。今のこの女の姿は、前世の私の姿そのものだ。

 

「こういうところは似た者親子なんだな、俺達……血は争えないってか」

 

私は軽蔑と冷たい自嘲を込めて、鼻で笑った。

 

「ヒィッ」

 

するとお母さんはと短い悲鳴を上げ、這いつくばるようにして自室へと逃げ込んでいった。バタン!と扉が勢いよく締まり、鍵を掛ける音が響く。

 

それきり、お母さんがリビングに出てくる事はなかった。

 

 

 

 

 

この日を境にお母さんの私に対する態度は激変した。私と顔を合わせる事を極端に避け、必要最低限の会話すら無い。そして数日後、彼女は祖父の介護という都合の良い理由を見付け、私を1人東京のマンションに残して、逃げるように実家へと帰っていったのだ。

 

「……結局私は1人ぼっちになる運命、か」

 

前世でも、今生でも。自分の実力以上のものを望み、それが崩れ去った時、周りからは誰もいなくなる。

 

「上等じゃないの」

 

私は、誰もいなくなったリビングで、虚空に向かって呟いた。ただの強がりでしかないと分かった上で。

 

「もう誰にも頼らない。誰の機嫌も取らない。私は私の力だけで、この世界を這い上がってみせる」

 

前世のような暮らしには戻らない。弱い人を笑って踏み躙るクズ野郎になんか戻りたくない。あんなに痛くて、苦しくて、惨めなだけの世界なんて二度と御免だ。

 

……でも、あの日々で培った生き汚さと執念だけは、この芸能界という泥沼を泳ぐ為に全て使ってやろう。

 

「誰も私を愛さないなら……私自身が有馬かなという女優の価値を、世界中に証明してやる」

 

こうして私は前世の残滓を抱えながら、完全なる孤独の中へと足を踏み入れたのだった。




いくら久我や城ヶ崎から見れば雑魚でも、一般人にとってのアウトローは恐怖の対象でしかないですからね。有馬母が怖がるのもまあ当然です。
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