【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結)   作:Woudy

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15話

「な、何だよ一体……何なんだお前はよぉ……!!」

 

男が腰を抜かしたまま俺を見て叫ぶ。まるで得体の知れない化け物に対して恐怖する人間の目だ。

 

すると母さんは抱いたままの俺の身体を自分の後ろへ回した。

 

「みんな……下がってて」

「か、母さん?」

「ちょ、アイ! ダメだ動いちゃ……!!」

「ママ……!!」

 

そして傷口を手で押さえながら俺たちを守るように前に出る。今にも倒れそうになるのを堪えて、自分の命以上に大事な子供たちを。

 

「この子の名前は星野マリア。その後ろにいる子たちは、星野アクアと星野ルビー」

 

母さんは苦痛に満ちた顔を何とか変えて穏やかに、そして自慢げに男へ笑ってみせた。

 

「私の可愛い、子供たちだよ……」

「ふざけんなっ……!!」

 

男が狂気混じりに激怒し声を荒げた。太腿を切り付けられ、直接傷付けた当人とはいえ幼児相手に命乞いをしてたのが嘘のように。いや、男にとっては推しに裏切られた事実の方が大きいのだろう。勘違いも甚だしいが。

 

「やっぱり嘘だったんだな!? 愛してるだなんて思ってもない事を調子良くほざいて、ファンを蔑ろに……! 馬鹿にしやがって……!!」

「……そんなつもりは無いよ。私、みんなの事を本気で愛したくて、アイドルになったのだから」

 

我を失って責め立てる男に対し、母さんは己を信念を伝える。

 

「私って、ホントにどうしようもなくて無責任で……人を愛するとか全然分からなかった。……だから代わりに、みんなに喜んで貰える嘘を、綺麗な嘘を……吐いて、きた……ゴフッ」

「母さん、もう良いから……!! 死んじゃうよ……!」

 

母さんを止めたくて叫んだ。無意識に前世の幼少期に近い口調に戻って、目に涙を浮かべながら。

 

でも母さんは止まらない。ここで何もしなければ、態勢を立て直した男が再び襲い掛かってくるかもしれない。自分だけ傷付くならまだ良い。でも子供にまで類が及ぶ事だけは何としても避けたい。だから男の気を引き続けなければならなかった。

 

「いつか、この嘘が本当になる事を願って……頑張って頑張って、全力で嘘を吐いてきた。……私にとって、嘘は……愛。私は私なりに、みんなに愛を伝えたつもりだよ……」

 

ならせめて止血をと、この小さな手を傷口に強く当てた。……でも、止まらない。止まらないよ!

 

「まだ私は君たちを愛せてるか分からない……でも、私はみんなを愛したくて、沢山愛してるって言ってきた……今だって、君の事を愛したいって……」

「嘘だ……嘘に決まってる。見逃して欲しいからって都合の良い事を「リョースケくん、だよね?」……!?」

「え……?」

 

信じ難い事に、なんと母さんは大勢のファンの中の一人の事をしっかり覚えていたのだ。これには男も思考が停止し、瞳を揺らすように母さんを注視する。

 

「握手会の時にくれた星の砂、嬉しかった。今もリビングに飾ってあるんだよ? すっごく綺麗で……ありがとう」

 

男にとっては完全に予想の埒外な展開だった。騙されてたと思ったら実は推しの自分に対する愛情は本物で、自分の事をちゃんと見ていてくれて。

 

「ち、ちが……俺は……う、うぁあああぁあああああああ!!!」

「あ、ちょっと……」

 

そんな相手にナイフを突き立て大怪我させた事実に恐怖した男は、地面を這い蹲ったまま一目散に俺等から逃げ去った。

 

「う、あぁ……」

「アイ! アイ……!!」

「ママ! しっかりして!!」

 

とうとう限界を迎えてドアを背に崩れ落ちる母さん。アクアとルビーがすぐに側へ駆け寄り、少しでも延命しようと最善を尽くす。

 

「いやぁ、油断した、ガフッ……。ドアチェーンってこの為にあったんだね。施設では教えてくれなかったよ……」

「喋るなアイ! もう少しで救急車が来るから……!!」

「ママ、いやだよ! 死んじゃイヤッ……!」

 

元医者のアクアの焦り顔が母さんの容態の危うさを物語り、ルビーの泣きじゃくる姿と合わせて俺から冷静さを完全に奪った。最悪の事態を想像し、自覚できる程の恐怖に突き動かされて俺も母さんに縋り付く。

 

「母さん……母さん……!」

「あはは……コレが因果応報ってヤツかな? 散々嘘を吐いてきたんだもん、当然だよね……」

「そんな訳ないだろ!! 母さんの嘘には信念がある! 嘘を本当にしたいって、みんなを愛したいって! そんな信念を抱いて今までずっと嘘を吐いてきたんだ……!!」

 

母さんは嘘を吐く時も濁りの中に光を常に宿していた。嘘のままで良しとしない、何者にも折ること叶わぬ信念と愛情の籠った嘘だ。ヘドロみたいに汚いだけの目を向けてくる他の連中とは天地ほどに違う。

 

「ただ、ただ母さんはみんなを愛したかっただけなのに……! なんで……なんでこんなっ……!」

 

視界が滲む。目から溢れ頬を伝う熱い液体は(とど)まる事を知らない。

 

やっと信じれた。母さんと呼べるようになった。

 

なのに俺は母さんが死に行く現実に耐えられず泣き喚くばかり。高度な戦闘スキルも、莫大な金を一瞬で稼ぐ実力も……嘘か真実か見抜く能力も。前世から引き継いだ才覚の悉くが母さんを救うのに全く役立たない。無力感に心が押し潰されそうだ。

 

「――ごめんね。本当にごめんね、みんな。怪我は無い? 大丈夫?」

 

母さんは寄り添う俺たち3人を纏めて抱き締めた。

 

「多分これぇ……無理かもしれない。だから3人とも、ちょっと聞いてくれるかな……?」

「ママ、何言ってるの……!?」

「諦めるなアイ! もう少しなんだ、頑張ってくれ……!」

「そうだよ……やめて、やめてよ母さん……そんな悲しい事言わないでよ……」

 

血が流れ過ぎて顔色はより一層白く染まり、視線も定まっていない。少しでも気を抜けば意識が完全に飛んでしまいかねない状態で、母さんは自分の死を悟って俺等に遺言を残そうとした。

 

「ドーム公演、中止になっちゃうかな……? みんなに迷惑掛けちゃったなぁ……映画も決まったのに。あ、監督に会ったら謝っといてくれる……?」

「そんなの……そんなの母さんが自分の口で言いなよ……! ちゃんと助かってからさ……!!」

 

その間も母さんの身体から血がドクドクと流れ、抱き締められている俺たちの服も赤い染みが広がっていく。

 

母さんは徐に俺等一人一人の頭を優しく撫で、同時にその相手に想いを伝える。

 

「ルビーは大きくなったらアイドルかな? お遊戯会の踊り、とっても良かったから。いつか上手くいったら、親子共演もありだと思うんだよ。きっと楽しいだろうなぁ……」

「なら……ここで死んじゃだめだよ。私、アイドルになってママと一緒に踊りたい……! だからっ!!」

 

最初は俺の右隣にいたルビーに。

 

「アクアは役者さん? 2年前のあの映画を見たけど、ものすっごく怖かったな……あ、演技が凄いって意味だから気を悪くしないでね? 私、アクアは絶対凄い役者になるって信じてるから……」

「あ、アイ……」

 

次に俺の左にいたアクアに。

 

「マリアは何になるんだろうね……? アクアと同じ役者さん? ――でも、それ以上に誰かを支える事が得意なんだとママは思うなぁ……」

「母さん……」

「マリアって普段からすごく大人びてて、とても頼りがいのある子って感じだし。斉藤さんみたいに芸プロの社長さんとか合ってるかも? それともマネージャー? プロデューサー? ……何でも良いや。マリアならきっと、アクアとルビーの力になってくれる。きっと二人を凄い役者とアイドルにしてくれる……」

「……それを側で見てくれよ。死んだらただの肉になるだけだ。俺等を見守る事も想う事も……もう何も出来ないんだぞ!!」

 

そして最後に、アクアとルビーに挟まれる形で抱かれている俺に。

 

「――ふふ、そうだね。三人はどんな大人になるんだろう……? 小学校に上がって、ランドセル姿を見て、授業参観に出て、”三人のママ若すぎ~”って言われてみたい。出来ればちゃんと、三人が大きくなってくのを……側で見てたいよ……」

 

母さんは泣いていた。その吸い込まれそうな星の瞳を歪ませ、ポロポロと涙を溢していた。母さんだって死にたい訳じゃない。本当は家族みんなで、ずっと一緒に暮らしていきたいんだ。……当然の事だ。愛する者を残したまま死ぬ事を恐れない者など、この世に存在しない。

 

殺し殺されが日常な裏社会だって例外ではない。その中でも上澄みに入る俺も最後の最後に……そしてあの一条康明だってそうだった。あの男も京極組(家族)を愛し、共に明日を生きる事を望んでいた。

 

 

 

 

――うぉおおおおおお!!! 城ヶ崎ぃいいいいい!!!

 

 

 

 

……それでも愛する家族の未来(明日)を守る為、アイツは死の恐怖を乗り越えて俺に迫ってきたのだ。本当に死ぬかもしれないのに、アイツはそれ以上に家族が死ぬ事を恐れていたから。

 

「あんまり良いお母さんじゃなかったけど……私は産んで良かったなって思ってて……」

「そんな事ない! 母さんは、凄く良い母さんだよ……!! 世界中探したって、こんな素敵な親は存在しない……!!」 

「……うん。ありがとう、マリア」

 

母さんも奴のように……俺等家族の明日を守ろうと死の恐怖に耐え、死のうとしている。涙を流す母さんを見て、アクアもルビーも……俺も泣いていた。

 

「えっと、他に……あぁ、これだけは言っとかないと」

 

母さんは俺等をより強く抱き締める。そして俺等の顔を見詰め、目に涙を溜めながら優しく笑い掛けた。

 

「アクア、ルビー……マリア――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――愛してる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……あ……」

 

そう囁いた時の母さんの目は、これまで俺が見てきた中でも一際強く輝いていた。まるで……寿命を迎えた巨大な恒星が、超新星爆発を起こす直前に強烈な光を放つが如く。

 

「あぁ……やっと言えた。ごめんね、言うのが遅くなっちゃって……でも良かった。この言葉は絶対……嘘じゃない」

 

俺は理解した。やっと母さんは、“嘘”を“本当”にする事が出来たんだ。

 

「……俺は嘘を吐く人間は目を見れば一発で分かる」

 

俺は母さんに両手を伸ばし、割れ物を扱うかのように白く柔らかな頬に触れる。そして母さんを正面から見据え、白星と黒星を宿した目と目と合わせ……その信念が今この瞬間叶った事を伝えた。

 

「今の言葉は、紛れもなく母さんの本心だ。俺が保証する……だから……」

 

死なないで欲しい。これからもその言葉を俺たちに何万回も言って欲しい。そう続けようとしたが……

 

「そっか。良かったぁ……――」

 

安心しきった様子で笑った直後、母さんの瞳に宿る星の輝きが小さくなっていく。そして天井から吊り上げられていた人形の糸が切れたかのように、彼女の持ち上がっていた腕がストンと床に落ちる。

 

「アイ……?」

「ママ……?」

 

アクアとルビーが呼び掛けるも、母さんは全く反応しない。半目のまま自分たちに微笑んだ姿で止まっている。

 

「え、おい待てよ……アイ……! 目を覚ませ! アイ……!!」

「嫌だ!! ヤダよ!! ママ……! ママぁああああああああ!!!」

 

二人が声を張り上げて母さんを呼び、体を揺らす。しかしそれでも……母さんは光が消えた瞳を此方に向けたまま動かない。俺はそれを力の抜けた腕の中で呆然と見上げるだけだった。

 

「――母さん……?」

 

ふざけんな。また……また貴女は俺の前から消える気かよ……

 

「母さん……?」

 

なぁ、待てって。待ちやがれ。待てよ…………待ってよ……

 

「かあさん……? ねえ……?」

 

一人にしないで。もう独りぼっちは嫌だよ……

 

「返事してよ……死んじゃヤダ……」

 

お願い……行かないで……お願いだから……おかあさん……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おいてかないで」

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