【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結)   作:Woudy

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18話

薄暗い廊下を進んだ最奥で待ち構えている重厚な扉。それが横にスライドし、俺たちを中へと招き入れる。

 

1人用の病室の更に奥に設けられた白いベッド。其処に俺たちの母親が横たわっている。彼女の身体とコードで繋がった装置が一定間隔で電子音を鳴らし、心臓が鼓動している確かな証を俺たちの耳に届けていた。

 

「ママ……!!」

 

いの一番にルビーが彼女の元へ駆け寄る。俺は呆然とアイに視線を送るマリアの手を取り、ゆっくりとした歩調で後に続いた。

 

「うぁあああぅ……ママ、ママぁ……」

「母さん……」

 

アイに縋り付いて泣きじゃくるルビーの横で、約2ヶ月ぶりに発したマリアの言葉らしい言葉は、眠り姫の如く目を閉じている母を心配する声だった。

 

それを見たミヤコさんが踵を返す。

 

「……家族だけで積もる話もあるでしょう? 私は外で待機しておくわ」

「分かったよミヤコさん。落ち着いたら呼びに行くね?」

 

ミヤコさんが出て行き、病室には星野家の人間だけとなった。俺も二人の隣に立って昏睡状態のアイを眺める。

 

こうして見ると外傷らしい外傷は全く確認できない。絶世とも称せる美しい顔はただただ穏やかで、目を閉じている様子は本当に眠っているだけにしか見えない。ちょっと小突いてあげればすぐにでも起きてきそうだ。

 

これが一生意識を取り戻さないかもしれない人間の姿とは、到底思えなかった。

 

「――あ、ごめんねマリア。マリアもママとお話ししたいよね? ほら、何か言ってあげて?」

「……ありがと」

 

溜まっていた涙をほぼ出し切ったルビーが目を袖で拭い、マリアに自分が立っていた位置を開け渡した。マリアは身を乗り出してアイの顔に近付き、両手をそっと彼女の頬に添える。

 

「……ごめんなさい、母さん。すぐに信じてあげられなくて」

 

彼の口から出たのは、謝罪と後悔の言葉だった。

 

「おれがもっと早くそうしていれば、母さんはこんな目にあわなかった。お兄ちゃんとお姉ちゃんだって苦しまずに済んだ。……おれがみんなを地獄に落としちゃった」

「そんな事は……」

「ルビー」

 

ルビーが咄嗟に否定しようとするところを俺は止める。これはアイとマリアの会話だ、邪魔してはいけないと思って。若干不満そうな顔だったがルビーは渋々了承し、俺と共に事の成り行きを見守る。

 

「……あの日からずっと考えてた。どうして信じられなかったんだろうって……。母さんたちは始めからずっと、おれをこんなにも愛してくれていたのに……おれはいつも辛くあたってばっかで」

 

マリアは顔を俯かせ、哀愁漂わせる。

 

「本当はおれ……誰かに愛されたかった。前世で母さんに捨てられた日から、ずっとそれを求めていた。……でも、みんな嘘吐きで裏切られるのが怖くて……誰も信じられないから愛してもらう事なんてできなくて……結局死ぬまで独りぼっちだった」

 

嘘を見抜く能力。それによってマリアは前世で人間の汚さを幼少の頃から強制的に見せられてきた。信じていた母に裏切られた過去も相まって、マリアは極度の人間不信に陥っていた。

 

人を見下す態度も、対等な存在と認める=信頼に対する恐れから起因していた。他者との精神的な繋がりを完全にシャットアウトする事で、自分の心を守ろうとしたのだ。

 

自身の願いから目を逸らして愛し愛される事自体を拒絶し、自分は冷酷無比な人間だと己に”嘘“を吐き続け、他人を支配下に置く事で少しでも安心感を得ようとしたマリア……城ヶ崎。そのやり方は多くの敵を作ってしまい、最後は血に塗れた壮絶な死という形で破局を迎えた。

 

「だから生まれ変わって母さんたちと会えて、大事にしてもらえた時……おれ、実は凄く嬉しかったんだよ? 裏切られるかもしれないって怖かったけど、それよりもずっと嬉しかった。……気が付けばおれ、三人と何時までも一緒にいたいって思うようになったんだ……」

 

そんなマリアに注がれた、アイの彼に対する底無しの愛情。本人はつい最近まで無自覚だったが、しかし嘘を見抜く能力でマリアにはしっかり愛情が伝わっていた。お陰で少しずつ、だが着実に彼の凍り付いた心は溶かされていった。

 

「でも、やっぱり信じ切れなくて……母さんの事を避けてしまって……その所為でこんな事になってしまった……本当に、ごめんなさい……」

 

だが現実は何処までも非情だ。やっとマリアが俺たちを完全に受け入れる事ができた矢先に悲劇が起き、アイはこうして昏睡状態に陥ってしまった。純粋に家族として、親子として向き合える未来を潰され、母を想う弟の言葉はアイの耳に届いているかも怪しい。

 

「……今更だけど、おれも三人に伝えたい事がある」

 

顔を上げて俺とルビーを交互に見詰め、その腕を取り三人でアイに寄り添う。その際俺たちの身体が軽くベッドに当たり、アイの花のような香りが薬品の匂いに混ざって俺たちの鼻をくすぐった。

 

「母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大好き」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嗚咽を漏らしながら出た無垢な声は、星野マリアの嘘偽りなき本音。

 

「――ごめん、ごめんなさい。今度はおれが遅すぎた……。世界中の誰よりも三人を愛してる。この三人と家族になれて……おれ、ホントに幸せだよ……!」

 

ずっと一人だった自分を心から愛してくれた母に、再び絶望の淵に立たされた時に支えてくれた兄と姉に、精一杯の感謝と愛情の込もった言葉を贈った。

 

直後に紫の瞳から零れる涙がアイの頬へ落ちる。温かなそれは彼女を目覚めさせること叶わず、ベッドに染みを作るだけだった。

 

「なのに……なのにどうしてこうなっちゃったの……? こんなのヤダよぉ……うぅ、うぁあああああああ……」

「マリア……」

 

掴まれた手に自身の手を添え、ルビーも同じように涙を溢した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どうして?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泣き声が止む。マリアの纏う空気が一変した。

 

「……そうだ。この事件、おかしな点が幾つもあるじゃねえか」

「マリア……? どうしたの……?」

 

突然豹変した……いや、元の冷静さを取り戻して物思いに耽るマリアにルビーは困惑する。

 

「そもそもあのストーカー(ゴミ野郎)、どうやって住所を特定できた? 何故母さんの子供を”三つ子”と断言した? 前者はまだ自力で調べようとすれば難しいができなくはない。だが後者は……? 子供が三人いるのを知っただけなら、”三人の子供は元気”って言う筈だろ? 何故三つ子だって確信を持って言いやがったんだ? 偶然? いや違う、まさか――」

 

どうやらマリアも気付いたらしい。俺たちを襲った悲劇、それを起こした黒幕の存在に。

 

「……情報提供者がいる。俺たち星野家の所在地と、子供の詳細をストーカーに伝えた奴が。母さんの交友関係は浅い。友人らしい友人も、家族もいない。そして母さんが斉藤の質問に対して付いたあの嘘――」

 

 

 

 

――くれぐれも父親に会おうとすんじゃねえぞ?

 

――もちろん。

 

 

 

 

「……となれば考えられる相手は一人しかいない」

 

その黒幕の最有力候補者を。全ての元凶を。

 

「――俺たちの、父親だ」

 

「あぁ、その可能性が高い」

「え、どういう、こと……?」

 

ルビーだけは未だに理解が追いついていないようで、俺が詳しく説明した。

 

「今回の事件でストーカーをアイに嗾けた人物……共犯者がいる。その正体は俺たちの父親の可能性が高いんだ。そしてソイツは多分、芸能界にいる」

「な、なんで……そんな事……!?」

「分からない。でも、今のマリアの言葉通りなら、アイは俺たちを会わせる為に父親へ連絡を入れた…………そうだろ、マリア?」

「……あぁ」

 

マリアの声は重く、異様に冷たかった。振り返った顔は般若の如く怒りに満ちていて、ルビーは思わず短く悲鳴を上げる。

 

「俺たちの事情を知る人間は斉藤とミヤコだけ。だが母さんを娘同然に育ててきたこの二人が、そんな下らん裏切りをはたらくとは思えねえ。そもそも何のメリットもない。そうなると候補として残るのはその父親だけなんだよ」

 

暖房が効いた筈の病室はマリアが言葉を紡ぐ度に寒冷化が進む。強烈な怒気が憎悪が噴出し、それらはやがて濃密な殺気のオーラと化して彼の全身を覆う。

 

「……ふざけてやがる」

 

悲しみに震えていた幼子が巨大マフィアのボスへ戻る。そして警察の捜査を掻い潜り、今も悠々と過ごしている元凶へ殺意を向けた。

 

「あのゴミ野郎め……俺から母さんを二人も奪いやがって……」

 

答えに辿り着いた時は俺も父親への憎しみで頭がどうにかなりそうだった。アイをこんな目に遭わせ、ルビーとマリアを悲しませたソイツを許す訳にはいかない。どんな手段で殺してやろうかと、ここ暫く悩んだ程だ。

 

「あぁ、やっぱ父親なんて存在すべきじゃねえな。この世で最も要らない無駄な生き物だ」

 

だがマリアの憎悪は俺のそれをも遥かに上回る。俺とルビーが抱く負の感情も全て引き寄せ、塗り潰し、呑み込み、濃縮し、一言に纏めて放つ。

 

 

 

 

「……殺す」

 

 

 

 

黒星が放つドス黒い煌めきは目から溢れんばかり。三日月の如く口角を上げた表情は、正に現世に召喚された悪魔そのもの。そんな見る者全てを凍えらせるような恐ろしい笑顔のままアイへと向き直る。

 

「待っててね母さん? 母さんを酷い目に遭わせたゲスは俺が地獄に送ってやるから」

 

母親に向ける声だけはとても無邪気で優しく、殺意に満ちた後ろ姿とのチグハグさがあまりにも不気味で。俺もルビーも冷や汗が止まらない。父親を憎むよりも、殺気立ったマリアにばかり意識が集中する。

 

「必ず見つけ出して、死んで詫びさせてやる。その腹にナイフを突き立て、掻っ捌いて、汚い腸を引き摺り出してや――」

 

 

 

 

 

――ダメ

 

 

 

 

 

その時、マリアの脳裏にアイの言葉が過った。子を叱る母の顔が蘇った。

 

「……ダメだ」

 

病室を侵食せんばかりだった膨大な殺気は、一瞬にして消滅する。

 

「マリア……?」

「それをしたら……母さんが悲しむ。そんな事、できない……」

「あ……」

 

それを聞いて俺は自分を恥じた。俺もまた復讐に走ろうとしていた。あの日、間違った道へ進もうとする我が子を血に塗れた身体に鞭を打って止めに入ったアイ。その行為にどれ程の愛情が含まれていたのだろうか。俺は彼女の想いを踏み躙るところだったのだ。

 

「母さん……母さんの所為だよ……母さんの所為で俺……おれ……もう……」

 

 

 

 

 

「悪魔に返り咲けなくなっちゃった……」

 

 

 

 

 

ボロボロと涙を流すマリアの目から黒星は消え失せた。代わりに宿ったのは、アイや俺たちと同じ真っ白な光を放つ綺羅星。

 

アイがマリアに注いだ母の愛は、マリアが悪魔に落ちる事を許さない。真っ当に生きろと訴え続ける。そしてマリアはそれに逆らえない。アイ()が泣く姿なんて見たくないから。アイ()には何時も笑っていて欲しいから。

 

「じゃあおれの中で燻るこの感情は何処に行けば良いの……? 苦しみも悲しみも全部溜め込んで、身を焼かれそうな苦痛にずっと耐え続けろって言うの……? そんなの無理だよ……!!」

 

マリアは病室の外まで響かせん勢いで啼泣し、アイに縋り付いて何度も彼女を呼ぶ。

 

「ねぇ! 起きてよお母さん……! 起きてまた頭を撫でてよ! またいっぱい抱き締めてよ……! また、”愛してる”って言ってよ……!!」

 

声は徐々に小さくなり、アイの左腕に顔を埋めて震えるマリア。

 

「……お願い、帰ってきてよぉ」

 

俺とルビーは彼を慰めるつもりで両側から肩を寄せ合うが、すぐにルビーからもすすり泣く声が聞こえた。悲しみに暮れる妹と弟に掛ける言葉も見つからず、俺も元医者としてアイを救えなかった不甲斐なさで目尻に熱いものが込み上がりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからすぐに気付けなかった。アイの右手が浮き上がり、マリアの頭に乗せられた事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――え……?」

 

マリアの呆けた声を合図に病室から泣声は消え、眼前の光景に俺たち3人は驚き固まる。長き時を経て姿を現した一番星が、己の愛し子たちへ優しい眼差しを注いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ただいま」

 

悲しみも苦しみも憎しみも……待ち望んだアイ()の覚醒で全て吹き飛んだ。

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