【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結) 作:Woudy
あれから数日後の定休日。特に予定も無かった私は自室の机で頬杖を付きながら窓の景色を眺めていた。
何もせずにいると、マリアくんが最後に言った台詞が頭の中で繰り返し再生される。
「歩み寄るって……今更どうやってよ?」
”アイ”は昏睡状態で目を覚ます様子もない。会話というコミュニケーション手段を失った現状でどうしろと? 既に彼の言う手遅れ状態ではないのか。
「……あ、そういえば」
その時思い出したのが、初期メンバー4人で立ち上げた共有アカウントだった。
投稿した日記はどれもが杜撰な作りで、後先考えずに投げ込んだようなもの。今思い返すと鳥肌ものの内容ばかりだが、まだ芸能界の闇を知らない無垢な少女たちにとって興奮冷めならぬ時間だったのを覚えている。
結局、運営が作った公式アカウントだけ運用する事になったので、そのアカウントは放棄されたが。
あの頃は私たちの間に壁や溝なんて存在せず、”アイ”とも共に苦楽を分かち合う仲間として仲良く話せてたっけ。当時のものを見返す事で、忘れかけていた”アイ”という少女の実像を思い出せるかもしれない。そう考えた私は閉じているパソコンを開き、電源を入れる。
「確か……そうそう、これだこれ」
ログイン画面に移り、当時設定したパスワードを記憶の片隅から引っ張ってきて何とか絞り出す。
45510。
高峯、ニノ、”アイ”、渡辺。
結成メンバーの頭文字を、フリックで入力した時の数字だ。
投稿された記事は全部で7件。その一つ一つを見てみるが、想像以上の黒歴史に酷い頭痛を覚え始める。
運営の許可も取らずに書いたであろう自己紹介ページ。絵文字満載のどうでも良い世間話。文字通り子供が”こうした方が綺麗に見えそう”という感覚で書いたクソみたいな内容ばかり。
「うへぇ……見るんじゃなかった」
”アイ”の事を知るつもりが最悪な気分となり、机に突っ伏して後悔の念を漏らした。
総アクセス数328。立ち上げから8年でこの少なさなら、このアカウントを見ている人間はおろか、存在そのものを知る人間すら殆どいないだろう。多分、他の3人も忘れかけているかもしれない。
「ならもう消していいよね……」
もしこのアカウントを表で話題に出されたらと思うとゾッとする。良い機会だ。これ以上誰かに見られる前に削除してしまおう。この世から、永遠に。
その結論に至った私は早速編集ページへ飛び……そこで非公開のページを発見した。
「何これ……? アイ……?」
ページの投稿主は”アイ”だった。
投稿日は日本中を震撼させた例の事件――”アイ”がストーカーに刺された日の1ヶ月前になっている。
私は何かに促されるようにプレビュー画面を開き、”アイ”の書いた文章を読む。
――高峯ニノちゃん渡辺。
このページ懐かしいよね。
私も、まだ残ってると思わなかったな。
最初の頃は私たちも、こんな仲良くやってたんだねー…
今は結構、B小町もギスギスしてるじゃない?
まぁ私のせいなんだけど。
ほんとはすごく悪いなぁって思ってるし、責任も感じてる。
ほんとだよ?
信じてって言っても難しいかもしれないけど
皆と仲良くしたいって言う気持ちは、ずっと変わらない。
ずっと言えなかったけど、これが私の本心。
皆は私の事 嫌いかもしれないけど、私は皆の事 嫌いじゃないの。
出来る事なら、昔みたいにやりたい。
もっと私の事、バカにして良いよ。
ちゃんと怒って良い。
遠慮なんてして欲しくない。
言いたい事は言って欲しいよ。
もし、このブログを、昔の私たちが良かったって思って、見に来てくれたなら。
今度 会った時に教えて?
おい、アイのバカ野郎って言って。
そしたら私、ごめんねバカでって言うから。
仲直りがしたいです。
皆にずっと言わなきゃって思ってた事もあるの。
ちゃんと――
私はそこで読むのを止め、ページを戻した。
「違う……違う……こんなの”アイ”じゃない……」
動揺のあまり声が震える。
ページの文章が、アイが書いた文章が……彼女の本音が、
こんな風に仲間に縋る”アイ”なんて存在しない。していい訳がない。在り得ない。こんな”アイ”は認めたくない。
だって”アイ”は最強で無敵で奔放で、誰かに縋るような弱い人間ではないから。どれが本当の”アイ”かなんて、私が知る必要は無い。
そうだ。そもそも”アイ”を知る必要なんて全く無いじゃないか。”アイ”の領域に足を踏み入れるなど、私にはあまりにも過ぎた身だ。
「消さないと……早く、早く、早く……」
私はブログを、そしてアカウントそのものを完全に抹消しに掛かる。私の中の偶像を守る為という、身勝手極まる理由で。
「……”アイ”、貴女は強いままでいてくれなくちゃ。 こんな文章、大方酔狂で書いたとか、そんなところでしょ? ダメじゃない、例え嘘でも本気にしてしまう人が出てきたらどうするのよ?」
編集ページの削除ボタンにカーソルを合わせた。あとはたった1回のクリックで、アイの数少ないSOSかもしれない声は跡形も無く消滅する。
「だから誤解が広がる前に……私が消してあげるね?」
私の中の”アイ”に語り掛けながら、私はマウスに乗せた指に力を込めた。
――おい
「!!!?」
しかし、マウスから軽やかなクリック音が鳴る事はなかった。突如として脳内に浮かんだ、小さな男の子の怖い顔によって。
「はー……はー……」
私は反射的にマウスから手を離し、荒く呼吸を繰り返す。冷汗が頬を伝い、全身に寒気を覚えた。
――お前、母さんの声を無視して全部無かった事にする気? 何? 死ぬの? 死んで詫びたいの?
あの幼い少年からの不釣り合い過ぎる、それでいて絶大なプレッシャーを受けた私は、”アイ”に対する信仰心以上に強烈な恐怖を植え付けられていた。
――肉になりてえのか? あ゛ぁ゛?
「ひっ」
その恐怖が私に語り掛ける。”アイ”を知る事を放棄したら、肉に変えてやるぞと。そんな事が実際に起きる訳がないのに、体の方が恐怖から逃れようと勝手に動き出した。
――おら、さっさと画面開いて母さんの言葉を頭に叩き込みやがれ。……できない、即ち死だ。
私はプレビュー画面に戻って再びアイの文章を読み進める。盲目的な信仰心が阻止しようとするも、恐怖心の方が勝ってスクロールする指を止めさせない。アイの弱いところを示す文字の数々を脳が拒絶する事を許さない。
読む、読む、読む。
段々私の中の”アイ”が強制的に破壊され、新しいアイが形成されていく。
……いや、新しくない。これこそが本当に本当の……アイなのだ。
「……」
そして同時に抱いていた恐怖心が徐々に小さくなっていき、形成された実像に近いアイの切実な想いに耳を傾ける余裕が生まれていた。
何時の間にか恐怖で突き動かされてではなく、自らの意思で彼女の文章を隅々まで脳に焼き付けようとしていた。
……私は一人でアイドルなんてしたくない。
B小町として、7人全員でアイドルをやっていきたいのに……こんな形、全然望んでなんかない。
”あの子たち”がいなかったら、とっくに心が折れてたかも。
きっと、ここまで来れなかったんじゃないかなって思う。
でもね……やっぱり”あの子たち”だけじゃ満足できない。
私は欲張りだから。
ホントはB小町のみんなともっと一緒にいたい。昔みたいに仲良くしたい。
一緒に泣いて、苦労して、笑い合って……そんな素敵な関係であり続けたい。
ちゃんと7人で、頑張りたいよ……
……なんてごめんね。元はと言えば私の所為でこうなっちゃったのに。
被害者面なんかして……酷い女だよね。
この文句も、次に会った時に沢山言ってくれれば良いから。
それじゃあ、待ってます。
――アイより
最後辺りの文章は”あの子たち”に関する
「………ごめん。アイ、本当にごめん」
私のすすり泣く声だけが、静寂に満ちている自室の唯一のBGMだった。
「謝るのは私たちの方だよ……貴女だってずっと辛い思いをしてきたのに。分かろうとしなくて、ごめんなさい……」
マリアくんの脅迫を受けてなかったら、信心を飲み込む程の強烈な恐怖を彼に対して抱いてなければ……私はアイの本心を途中で拒絶してただろう。そしてアカウントそのものを完全に抹消し、彼女と向き合う切っ掛けを永遠に失うところだった。
「何やってたんだろうな、私……」
マリアくんの言う通りだ。アイとしっかり向き合う事もせず、ただ嫉妬ばかりして8年間も時間を無駄にするなど愚かとしか言いようがない。
もっと早く気付いていれば、いやちゃんと話し合っていれば、私たちB小町はこんな酷い状態にならなかったのかもしれないのに。遣る瀬無い気持ちでいっぱいになる。
そんな時だった。鞄の中のスマホが振動したのは。
「もしもし? ――え、そ、そうなんですか!?」
電話の相手は斉藤社長。内容は――アイが意識を取り戻したというもの。
アイの本心を知った直後に起きたアイの覚醒。私はそれを偶然とは思えなかった。
通話を終えた私は、すっかり暗くなった外を眺めつつマリアくんの最後の言葉を思い出していた。
――少しは勇気を出して歩み寄るべきだよ。……何もかも手遅れになって、後悔する前に。
「……まだ間に合うよね? マリアくん」
これはきっと神様がくれたラストチャンスだ。これを逃したら、もう二度とアイと仲直りできなくなるかもしれない。だからアイとちゃんと会って、ちゃんと話そう。
「あ、もしもし。遅い時間にごめんね? 話があるんだけど――」
まず私は初期メンバーの2人に呼び出しの連絡を入れた。今回知ったアイに関して彼女たちへ説明する為に。2人の協力を取り付けれたら、新規メンバーである残りの3人にも話すつもりだ。
ただ、5人も私のように自分の中の”アイ”を強く崇拝している。もしかしたら私の話に耳を傾けてくれないかもしれない。
……いや、何がなんでも聞いて貰わなければならない。アイの望む、仲間と一緒に頑張っていくB小町を取り戻す為に。
もし……もしそれの実現が不可能だったら……私だけでもアイの側にいてあげよう。せめて彼女を独りぼっちから解放しよう。
例え後悔する結末になったとしても、やれる事は全てやっておきたいから。
2人と会う約束を取り付けた私は、集合場所の喫茶店へ向かう為に出掛ける準備を始めた。
――ところでアクアくんとルビーちゃん、マリアくんがアイの実の子供だという話……どうみんなに説明しよう?
”マリアライト”の石言葉通り、B小町の”問題解決”に貢献したマリア。しかし当人は「私」と会話していた事すら全く覚えていません。アイを襲った悲劇で強いショックを受けていた当時の彼に周りを気にする余裕は殆どなかったので。
そういえば原作でもアクアが自身とルビーのアイとの血縁関係を世間に暴露してましたが、その時「私」含む旧B小町のメンバーはどんな気持ちだったんでしょうか?