【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結) 作:Woudy
おれの名前は星野マリア。
ミヤコが運転する車に乗り込んで“ある場所”へ向かう、前世の記憶を持つ小学1年生だ。
「右に敵! 右に敵がいるよマリア! 避けて避けて!」
「わ、分かってるってお姉ちゃん! ……あ、ダメだ喰われた」
「なぁ、何時の間にか味方がすごく減ってないかコレ?」
「え? 何言ってるのお兄ちゃ……って、しまった! もう5分過ぎてる!?」
「まずい、巨人がこっち来てる!? 早く逃げて、潰されちゃう……!!」
「ちょっと待って、今身動きが……あぁあああああぁああアアア!!?」
「クソ、この透明人間擬きめ! ローラーがなければ無様に命乞いするだけの癖にぃ!!」
「……壊滅だな。まぁやり直し機能でリセット出来るけど」
「むー、でも使ったら使ったで何故か負けた気がする……」
「3人とも。暇なのは分かるけど、もう少し静かに遊びなさい」
「「「は~い……」」」
目的地に到着するまでの間、おれはお兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒に後部座席に集まり、持ち込んだゲームで遊びながら過ごす。
騒ぎ過ぎてミヤコに咎められたけど、おれにとって二人と過ごす時間はそれだけ楽しいのだ。周りの事も忘れかけるくらいに。勿論、母さんも含めて4人でいる時が一番だけど。
「あ、見てあれ!」
お姉ちゃんが窓の外を指差す。あまりの巨大さに遠くからでも強い存在感を放つ白い建造物が姿を見せていた。
「とうとうこの日が来たんだね。ママたちの究極の晴れ舞台!」
「あれから3年も経つんだな。ここまで本当に長かったよ」
3年前に母さんが刺された事件で中止になったドーム公演。何の偶然だろうか。おれたちが7歳を迎えた今日、人気を取り戻したB小町が遂にあの広大なステージに立つ事になる。
「……そうだね」
お兄ちゃんの言う通り、B小町がドームに戻ってくるまでは苦難の連続だった。
公演中止により発生した違約金は小規模事務所の苺プロに重く圧し掛かり、そこに母さん――アイが一生昏睡状態のままだと病院が世間に公表した事が追い打ちを掛けた。
有力なスポンサーが続々と離れて金とコネを多く失った苺プロは、組織を維持するだけで精一杯。母さん復活後に文字通り1からドーム出場までの道程をやり直す羽目になった。
それでも3年で再オファーに漕ぎつけられたのも、偏に母さんや斎藤たち、そしてB小町のメンバーの血の滲むような努力の賜物だろう。
そう、何故か母さん以外のB小町も大きく変わった。
母さんには一歩及ばないものの、彼女たちも紛れもなく天才だ。磨けば間違いなく輝くのに、母さんや斉藤たちへの愚痴ばかりでバックダンサーの地位に甘んじていた。折角の才能を燻らせてばかりで、何と勿体ない事か。
だからそんな彼女たちが人が変わったかのように努力する様を見た時はとても驚いた。そのポテンシャルを一気に開花させ、もはや母さんの引き立て役と揶揄されるのも過去の話。
どういう心境の変化があったのか結局おれには分からなかったけど、母さんも彼女たちと仲良くなれて何よりである。
まぁ、兎に角だ。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「ん?」
「どうしたのマリア?」
「楽しみだね、ドーム公演」
「あぁ、そうだな」
「ママの事、いーっぱい応援しようね!」
「うん」
楽しみで仕方がない。今日は最高の誕生日になりそうだ。
ドーム到着後、車から降りたおれたちは母さんたちが待つ控室を目指す。
大規模イベントなだけあって無数の観客がメインゲート前に集まり、相応に警備員の数も多い。
ざっと見える範囲でも十数人。ドーム全体なら百人は優に超えていそうだ。
……おれはここで意外な奴と再会を果たした。
「……」
「ご協力、感謝致します。どうぞ、お通り下さい」
「えぇ、ありがとう」
控室へ続く通路の入り口。そこで侵入者を警戒する警備員にミヤコが許可証を見せ、通行の許可を貰う。
その警備員にあまりにも見覚えがあり過ぎたので、おれは呆然と注視してしまった。
「………」
「どうしたんだマリア? 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔してるぞお前?」
「あの警備員さんが気になるの? それにしても髪真っ赤っか。何だか不良っぽい人だね」
「フリーターがバイトで雇われたとか、そんなところかな? ――でも何故だろう、この圧倒的な安心感は。この人なら不審者が何百人来ても全部返り討ちにしてくれそうだ」
「うん、何故か私もそう思っちゃった。見るからに強そうだもん」
……お兄ちゃん、お姉ちゃん。その勘で間違いないよ。母さんたちB小町の身の安全は、これで完全に確保されたも同然かもしれない。何せ一切の誇張もない、最強の番人だから。
逆立つ炎のような紅い髪。曲がった事は大嫌いと言わんばかりに真っ直ぐな信念を宿す瞳。制服越しでも分かる筋骨隆々の身体。そして何よりも普通の人間とは思えない、全身から溢れる凄まじいオーラ。少し老けて30過ぎのオッサンになっていたけど、間違いない。
(紅林……此処で働いていたんだ)
通称”紅鬼”こと、紅林二郎。かつて京極組と手を組んで羅威刃に立ち向かってきた男だ。
奴の規格外のパンチは相手の顔面を完全に凹ませる程。おれも一度喰らってみた事があるが、そのたったの一回で魂に深く刻み込まれてしまった。あれは完全に人を殺せる威力だ。
そんなおれにとって因縁深い男が、此方の視線に気付いた。
「――どうした坊や、俺の顔に何か付いているのかい?」
「……いえ、別に。ごめんなさい、人の顔をジロジロ見たりして」
「いやいや、気にしないでくれ。――失礼ですが、この子たちは奥さんの子ですか?」
「えぇ、私の子供たちなんです」
「……という事は、この3人が当時”アイ”さんと一緒にいたという……」
「「「!」」」
表情が強張る。お兄ちゃんとお姉ちゃんもだ。母さんが襲われ、血を流して意識を失うシーンがおれたちの脳裏に蘇り、とても辛く苦しい気分になる。
「ちょっと貴方……」
「――あ!」
ミヤコから冷めた視線を受けて自分の失言に気付いた紅林。即座におれたちへ謝ってきた。
「す、すまない! 嫌な事を思い出させちまったな……」
「ううん、大丈夫です……」
「アイは無事にこの日を迎えられましたので……」
「ホントにすまねえ! ――だが、安心してくれ、もうあんな悲劇は絶対に繰り返させない。例え悪い奴が現れても、俺たちが確実に守り抜く。B小町の女の子たちには、指一本だって触れさせねえ」
そう宣言して紅林は己の胸をドンと叩いた。この男を知る身としては、その発言は途轍もなく頼もしい響きだった。初対面であるお兄ちゃんたちも奴から底知れない頼もしさを感じ取ったのか、少しだけ表情が和らいだ。
母さんがまた襲われるかもしれない。その不安が完全に消える事はない。それでも幾分かマシになった気がする。
おれは紅林の実力を信じている。だから一歩前に出て、頭を下げた。
「どうかお願いします。母さ……アイたちを守って下さい」
「おう、任せろ!」
紅林は満面の笑みを浮かべておれの頭を撫でた。
(……だ、大丈夫かな? 頭潰れたりとかしないよね?)
この身体は割と脆い。誤って力まれたら床に叩き付けたトマトみたいになりかねないので、撫でられている最中は終始冷や汗が止まらなかった。
「さぁ、行きましょう? みんな待ってるわ」
ミヤコに付いて歩き出すおれたち。背後では紅林が手を振って見送ってくれた。
(紅林、この重要な日にお前が此処にいて良かった。どうか宜しく頼む)
それと、直接伝える事は出来ないけれど謝らせて欲しい。謝って済む話じゃないのは分かってるけど、それでも。
……初めて会った時に腹を刺してしまって、本当にごめんなさい。
紅鬼登場。今回のドーム公演における最強の守護神です。