【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結) 作:Woudy
俺の名前は城ヶ崎賢志。日本最大のマフィア、『羅威刃』のボス……だった男だ。
「今月の給料……20万」
俺はアイが持っている給与明細を横から覗き込み、その絶妙に低い金額に世知辛い思いになった。女一人と餓鬼3人を養うには、とてもではないが足りそうにない。
いくら大躍進中のアイドルとは言え、苺プロの様な小規模芸プロでは取り分もこれぐらいなのは仕方ないが……
(俺も赤ん坊の成りじゃなけりゃ、数億くらい容易く稼げるのだがな……)
少なくとも高校生くらいにまでなれば稼げる手段を俺は幾らか持っていた。最も恐喝、スリなどの犯罪関係という但し書きが付くが。
「ねーねーミヤコさん。ウチの事務所、給料渋いよー。この間のシングル、オリコン3位だったじゃん。中抜きえぐ過ぎない?」
「今更どうしたのよ? 製造から流通までやってる大手と違って、ウチはただの弱小芸プロ。利益が薄いのは当然でしょ?」
「――世の中、結局お金だって気付いたの」
「……嫌な事に気付いちゃったわね」
(ほう、その年でそれに気付けたか。優秀だな)
俺は半ば皮肉めいた視線をアイへと向けた。裏社会は勿論、表の世界も結局金と力が物を言う。俺はそれを何もかも失った7歳の頃に学んだ。
望む物を得て望む事をするには、金または力は絶対に必須だ。どちらも持たない弱い奴は何も得られないし、高い確率で全てを奪われる……幼少期の俺が父親に母さんを為す術なく奪わちまった様に。
「アイドルはやってて楽しいし、私一人なら今のままでも別に良かったんだけどさ。……だけど」
アイがルビー抱え上げる。直後、奴の瞳の輝きが増すのを俺は見逃さなかった。
「この子たちを良い学校に入れたり、習い事させたり――色んな選択肢をあげるには、私がもっと売れて、もっとバシバシ稼がなきゃダメなんだよね?」
その瞳は再び俺を釘付けにさせた。一切の濁りの無い、偽りの要素が欠片も無い、前世含めて俺が今まで出会ってきた奴らの中で、最も透き通った”本心”から来る輝きだ。
「今のままじゃ、この子たちを幸せに出来ない……」
それは正しく、子を心底想う母の顔そのものだった。本当に16の餓鬼がする様な、顔ではなかった。
――賢志。会いたかった。生きてて良かった。
前世で俺が死んだあの日……20数年ぶりに再会した俺の手を泣きながら握った母さんの顔が浮かび、涙目で揺らぐ瞳とアイのそれが重なった。
(……おい、待て。何故俺は……コイツと母さんを重ねて見ちまってるんだ?)
コイツに母性でも感じ始めているとでも、言うのか……?
「……はぁ。CMとか映画の仕事、来ないかなぁ? それも大手から」
「いや、まずその高いアイスを止めなさいよ」
(全くだ。節約しろ)
1つ300円超えのアイスを食うアイを見て、俺の中から込み上げてきた温かい何かが冷めていく。
(やはり、そんな訳ないよな。コイツは後先考えず餓鬼を産む様な、馬鹿で世間知らずな只のクソ餓鬼だ)
しかし、それでも俺の脳内では奴の瞳と”母”の顔が色濃く残っていた。アイがレッスンに出掛け、アクアとルビーがミヤコに文句を垂れている間も、俺はそれに意識を取られ気にならなかった。
「販促イベント! ミニライブ! 抽選でしか当たらないやつぅ!」
それから数日後の夜。俺たちはミヤコに連れられ、アイたちB小町のミニライブへと足を運んでいた。まぁ、実際に足を使ったのはミヤコだけだが。
「……何で俺まで? 家で寝てるって言ったじゃねぇか」
ベビーカーに空きが無かった俺はミヤコに抱き上げられた状態で溜息を吐く。ライブもアイドルも興味ないので、当然最初は拒否していた。俺は只の子供じゃない。一人だけで留守番してても問題ないと言ったのだが……
「マリアはママに対して雑過ぎ興味無さ過ぎ無関心過ぎ!! お姉ちゃんとしては、そんな弟の態度を見せられて黙ってる訳にはいかないの! これからもいーっぱい、ママの素晴らしさを学んで貰うんだから!」
と、ルビーに家でも似た様な台詞を言われて、強引に連れて来られたのだ。
「すいませんマリアさん……天罰は嫌なので……」
俺たちを神的存在と見てるミヤコはルビーの命令(というより脅迫)に全く逆らえなかった。コイツは特にルビーの奴に畏怖を抱いているからな。
「おいアクア……」
「悪いなマリア。俺もアイのファンの一人として、彼女の魅力を少しでも多くの人間に知って貰いたいんだ。況してやその相手が、自分の弟ならな」
頼みの綱のアクアですらコレである。いや、そもそもアイを推している時点で俺の味方は一人も居なかったのだろう。
(こんな事なら姉呼びで持ち上げなければ良かったな……)
多分それ抜きでも結果は変わらなかっただろうが、それでも当時の発言を俺は後悔した。
「はぁ~、ママのステージ……生で見るの初めて……」
「良いですか? どうしてもって言うから連れてきましたが、こんなの社長にバレたら怒られるのは私なんですからね? 推さない、駆けない、喋らない! おしゃぶり付けて、大人しくしてて下さいね!」
止めろ、無理矢理口に突っ込むな。――くそ、普通の赤ん坊のフリをしなけりゃいけないとは言え、こんな屈辱的な姿……
「ってかお前等、本当はただ楽しみたくて来ただけじゃねえのか?」
元々ライブへ来た目的は、最近元気の無いアイが心配だから様子を見ようというもの。ここ数日、奴がスマホを眺めては少し暗そうな雰囲気を出していたのは俺も知っている。だからこそ二人が当初の目的を見失い、浮かれている様にしか見えなかった。
「……そんな事ない。ううん、確かにママのライブを直に見たいのもあるけどさ……見たでしょ? ママが落ち込んでるところ。これでも私はママが心配なの。遊びに来ただけでも、マリアをママ推しにする為だけでもないの」
「取り敢えず一番最後のヤツは不要だ。切り捨てろ」
「ヤダ」
興味の無い相手の事を、「興味持て」と無理矢理押し付けられても迷惑なだけなのだが……
「お、始まったぞ?」
アクアの呼び掛けに俺たちはステージへ視線を注ぐ。7人のB小町の内、アイを含めた3人が現れてスポットライトの中に立った。
流れる専用BGM。それを掻き消さんばかりに熱狂する観衆。激しく首を振る色とりどりの照明。そして、それらステージを構成するあらゆる要素を差し置いて、一際目立つ
確かに凄い。奴の動き、目線、表情は全てが緻密に計算されたモノだ。どのタイミングでどういう顔をすれば良いかをよく分かっている。一朝一夕で出来る芸当ではない。毎日朝早くから遅くまで研究し、学び、そして理想を形にするまで延々と練習してきたのだろう。血の滲む様な努力があったのは奴の子として過ごしている間にも見てきたからよく分かる。
……だからこそ、残念でならない。
(あまりにも機械的過ぎて……正直つまらん)
まるでパソコンの画面上で動くデジタル人形を見ている気分だった。アイドルに人間味のあるパフォーマンスを求める俺が間違っているのだろうが、裏社会の生々しい日々を熟知する身としては、やはり感情の籠った演出の方が好みなようだ。
(そんな事言われたってなぁ……私プロだし)
偶然にも俺が内心抱いた感想と、アイの心情が見事にシンクロする。俺の考えはアイの悩みそのものだった。どうやらエゴサをしている時に俺と同じ内容のコメントが目に留まり、痛い所を突かれて気分が沈んでいたらしい。
(もう少し人間らしく踊ってくれれば楽しめるんだがな……)
(それ、よく分かんないし。人間ぽくないのを求めてるのはそっちじゃん?)
それ以前に、俺はアイドルとやらが正直苦手だ。愛してるだの好きだの、ファンを喜ばせる方便を放つ最中に宿る奴らの目の濁りは見ていて気分が悪い。それを見る度に嘘吐きめと、思う事しか出来ない。
(俺は嘘が嫌いだ。俺自身も散々嘘を吐いてきたが、その時の俺も嫌いだ。俺を捨てた母さんと同じ目をしているから――嫌いだ)
(でも――私は、嘘で出来てるし)
互いのシンクロに気付かず考え事を続けていた俺たちだったが、突然そこへ大きな横槍が入った。
(――ん、何だ?)
俺の隣が騒がしくなった。丁度アクアとルビーを乗せたベビーカーのところ――。
「「バブッ!! バブッ!! バブッ!! バブッ!! バブッ!! バブッ!! バブッ!!!」」
………………………………おい。
「「バブッ!! バブッ!! バブッ!! バブッ!! バブッ!! バブッ!! バブッ!!!」」
赤ん坊はそんな動きしねえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!
「赤ん坊はモガッ!?」
「ダメですよマリアさん! 大声出したら怪しまれます!」
「何だあの赤ん坊!? ヲタ芸打ってるぞ!?」
「乳児とは思えないキレだ!」
ほら見ろ! 完全に注目の的じゃねえか! ……おい、そこの野郎、動画撮ってんじゃねぇ! 肉になりてぇのか……!?
((つい……本能で!))
(ふざけんな! ……お前等帰ったら覚えてろよ?)
((ごめんなさーーーい!!!))
俺が殺気を放っても本能とやらが止まる事は無く、二人はそのままアイの応援を続行した。
(くそっ! この馬鹿共のせいで柄にもなく荒れちまったじゃねえか……)
何とか冷静さを取り戻した俺は、完全に他人のフリに徹しようを二人から視線を逸らす。その先ではアクアとルビーのヲタ芸を呆然と立ち尽くして眺めるアイの姿があった。
すると無表情だった顔は口角が上がり、色素の抜けた白い頬は赤みが増し、そして両瞳に宿る綺羅星は今までにない程の輝きを放つ。その歓喜に満ちた顔から、俺は奴が何を考えているのか分かってしまった。
(うちの子……きゃわ~~~~~~♥♥♥)
……親バカってのは、こういう顔をする奴の事を指すのかもしれん。取り敢えず親子3人馬鹿なのは理解出来た。
その時だった。俺とアイの視線が重なる。
(何だ……?)
そして奴は……ニコッと笑った。明るく真っ直ぐで、それでいて慈愛に満ちた、優しい笑顔。俺はそれから目を離せなかった。
「さぁ皆!! 続けるよー!!」
アイの掛け声は会場全体によく響いた。
直後に再開されるパフォーマンス。しかし、俺はそこに先程までは無かったモノに気が付いた。
(機械じゃ……ない)
機械的な冷たさを感じる動きが鳴りを潜め、何処か我武者羅に、必死に、そして誰かを楽しませようと頑張る、人間味に満ちた動き。正確さでは先より質が明らかに落ちていたが、俺はその感情に満ち溢れた踊りに、歌に、何時の間にか飲み込まれていった。
そうか。さっきアイが俺に対して笑い掛けた時。あれはこう言ってたのかもしれん。
――見ててね? ママ、頑張るから。
正しくそれは、子供を喜ばせようと格好付ける親の姿だった。小学校の運動会で、保護者メインの競技に参加している状態が最も近いか? もっと楽しんで欲しい、もっと喜んで欲しい。今日と言う日が子供にとって良い思い出の一つになる様に、親が普通に願う想いを胸にアイはステージ上を蝶の様に舞い、他のメンバーを掻き消して独壇場に仕上げてしまう。
連携も何もあったもんじゃねえ。事実メンバーは不満そうな表情でアイを見ながら踊っている。一番星が輝き過ぎてて引き立て役にすらなれていなかった。きっとアイと他のB小町の少女たちとの間に、更なる亀裂が入ってしまっただろう。
だが、そんな事は俺にはどうでも良かった。応援に来てくれた子供たちを楽しませようと頑張る”母親”の姿が眩しくて、それでも俺は最後まで見届けた。
「「「ありがとうございました!!」」」
曲が終わり、アイたちが頭を下げた後も、観客の熱狂ぶりに陰りは無かった。
「やるじゃねぇか」
そこそこ楽しめたので、俺は何度か軽く拍手した。
ほんの僅かだが認めてやろう。少なくともアンタは碌でもない親じゃねぇ……今だけはな。
「「バブッ!! バブッ!! バブッ!!」」
アクアとルビーはより激しくヲタ芸を打っていた。思えばコイツ等のお陰で楽しめたな。
(それはそれとして、帰ったらお仕置きだな)
取り敢えずアクアには推しの授乳を強制的に受けて貰うとしよう。ルビーは……逆に暫く哺乳瓶だけで生活させてやる。