【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結) 作:Woudy
原作と違って重曹ちゃんがフリーランスではなく未だ事務所所属なのは、マリアの存在により微妙に未来が変わっている為です。まあ子役重視の事務所なので、扱いは良いとは言い難いですが……
――別に俺は餓鬼を手放せるならどっちでも構わねえ。お前が好きな方を選べ。
――ごめんね、賢志。この男は母さんが引き付けます。離れ離れになっちゃうけど、母さんは貴方の幸せを心から願っています。……愛してるわ。
毎日同じ夢を見る。そして目を覚ます度に私の中で渦巻く後悔。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
悪魔のような選択肢を突き付けられる前に、あの子を連れて逃げるべきだった。あの男から逃げた後、あの子をすぐ迎えに行くべきだった。
あの子を守る為だろうと、あの子を捨ててしまった私に親を名乗る資格は無い。そう自分の中だけで結論付けて会いに行こうともせず、届きもしない想いを浮かべるだけ。その所為であの子には、ずっと寂しい思いをさせ続けてしまった。情けなくも私は15年前の再会で怒り狂う我が子の姿を目の当たりにして、漸く己の過ちに気付かされたのだ。
(あの子はあんなにも、私と一緒にいたかったのに……!)
今の私にできるのは、あの子の言う通りたった一人で生きていく事。それが、あの子を地獄に落とした事への贖罪だと信じて。
だが、それももうじき終わるだろう。自分の身体の状態くらい分かる。そろそろ寿命を迎えそうだ。
……賢志。結局私は貴方を応援する事しか出来ないけど、それでも。
どうか強く、そして幸せに生きて下さい。
母の願いとしては、それだけです。
「……?」
その時、開けっ放しの窓から黒い何かが飛び込んできた気がした。
「待て……!」
気が付けばおれは竜桜町を訪れていた。時々此方を挑発するように電柱や木々に止まっておれを待つカラスに少し殺意が湧くも、そのお陰か見失わずに追跡する事ができていた。
「!?」
するとそのカラスはとある寂れたアパート街へ侵入し、奥に佇む一際ボロボロの建物へ突撃する。そして偶々開いていた1階の窓から部屋の中へと入ってしまった。
「……おい、何のつもりだ?」
此処に来るのは15年ぶりだが、昨日の出来事の如く鮮明に思い出される。カラスが入っていった部屋は、前世の母さんが暮らしていた場所だった。
意図的におれを此処へ案内した? あのカラスが? いや、それとも妙な雰囲気を纏っていた、あの飼い主の少女の意思によるものか? そんな邪推をしていると、母さんたちが追い付いてきた。お兄ちゃんとお姉ちゃんは見るからに怒っている。
「マリアー!」
「はぁ、はぁ。全く、一人で先走るんじゃねーよ……!」
「事故とかに巻き込まれたらどうすんのさ……!」
「ごめん、みんな。心配させちゃって……」
カラスに意識を割いてて完全に周りが見えていなかった。途中何度も交通事故に遭いかけていたと知らされたおれは罪悪感と共に3人へ謝る。
さて……
「さっきのカラスなんだけど、どうやら見失っちゃったみたい。仕方ないから諦めよう」
此処にずっといると嫌な思い出が蘇って気分が悪くなる。おれは即刻この場から離れるよう家族に促した。
「大丈夫だよマリア、あのカラスならこの窓から入っていくのをこの目で見たから! 早速部屋の住民に事情を説明してヘアピンを回収しよう!」
が、お姉ちゃんはカラスの行く先をしっかり見ていたようで、善は急げとばかりに母さんが暮らしているだろうアパートの1室へ近付く。おれはそれを慌てて制した。
「や、止めといた方が良いって! 此処の住民は気難しい連中ばかりって噂があるみたいだし、素直に応答してくれるとは思えな「すいませーん、誰かいますかー!?」母さん……!?」
その前に母さんが扉をノックして中の住民へ呼び掛けたが。その際母さんはドアノブに触れ、そしてある事に気付いた。
「あれ……開いてる?」
「ちょ、ちょっと母さんダメだよ! 勝手に入ったら迷惑だって……!」
ってか、あれだけ忠告してやったのに鍵掛けてないのかよ、あの人……!!
「なぁマリア、何をそんなに焦ってるんだ?」
「え、えと、その……」
お兄ちゃんに怪しまれて言葉に詰まる中、とうとう母さんが扉を開けて中を覗き込んでしまった。
母さんの目に映ったのは、布団で寝ている年老いた女性と、その側で彼女を見詰める1羽のカラス。
カラスは咥えていた白百合のヘアピンを床に置くと、そのまま開いた窓から飛び去ってしまった。役目は終えた、と言わんばかりに。
「な、何な……の……」
呆然と窓の方を眺めていた母さんだったが、老婆へ視線を戻した刹那、老若男女問わず吸い寄せる魅力溢れた瞳が大きく開かれる。
「だ、大丈夫ですか!?」
血相変えた様子で母さんが部屋へと駆け込む。履いている靴を無造作に脱ぎ捨てて。
続けてお兄ちゃんとお姉ちゃんも中の様子を確認し、同様に整った顔立ちを驚愕一色に染め上げた。
「え、嘘!? 何か不味くないあのお婆さん……!?」
「ルビー、救急車を呼べ! 俺は彼女を診てみる!」
「わ、分かった!」
お姉ちゃんに指示を飛ばしたお兄ちゃんも部屋に入り、見るからに衰弱の激しい住民の容態を確認する。隣に座る母さんが心配そうにお兄ちゃんと老婆を交互に見ていた。
「どう、アクア?」
「……酷いな。この痩せ具合から見て栄養失調の可能性が高い。そこに重度の風邪が重なって体力を著しく消耗している。はっきり言って危険な状態だ」
お兄ちゃんは無力感から端正な顔立ちを歪めていた。現状、自分たちに出来る事が殆ど無いと理解してしまったから。
「おにいちゃん、連絡したよ! 20分くらいで来れるって!」
「分かった。ありがとうルビー」
おれは開け放たれたままの扉に寄り掛かりながら努めて中を見ないようにしていた。もう会うつもりはない。そう決めた筈なのに……しかし結局気になってしまい、時々チラチラと横になっている老婆の様子を確認する。
「……母さん」
あれから15年、現在の彼女は70歳の筈だ。しかし苦労の連続だったのだろう。実年齢より20年近く老いていた。服越しでも分かる位ガリガリに痩せこけ、茶色の髪はその名残すらなく真っ白でボサボサ。肌は病的なまでに白い。最早左腕に巻かれている色褪せた桃色のシュシュだけが、老婆が母さんである唯一の証となっていた。
それでもおれは……一目で彼女が母さんだと分かってしまった。そして、お兄ちゃんの診察がなくても衰弱は明白で、何時死んでもおかしくないような状態だった。
すぐにでも側に駆け付けて寄り添いたい。でも、同時におれを捨てた事に対する怒りも湧き上がり、これ以上は体を思うように動かせられない。きちんと対面して『おれだよ母さん』と言いたい自分と、母さんを許せない自分が脳内でせめぎ合い、とても苦しい。
「――……誰?」
その時母さんが瞼を開き、声を発した。とても弱々しく、意識を集中させなければ聞こえなさそうな小さな声。すかさず母さんが返答する。
「すいません。苦しんでいる貴女を見付けて勝手に上がらせて貰いました。救急車を呼びましたので、もう大丈夫ですよ」
「……そうですか。ご親切にありがとうございます」
しかし、細く折れそうな首がゆっくりと横に振られる。
「でもごめんなさい。自分の命の終わりが近付いているのが何となく分かるんです。もう、持ちそうにありません」
「そんな悲しい事言わないで、必ず助けますから!」
「そうです! 諦めちゃダメだよお婆さん……!」
お兄ちゃんとお姉ちゃんは悲痛な表情だ。お兄ちゃんは前世のお姉ちゃんを、お姉ちゃんはかつての自分と重ねて母さんを見ているのだろう。きっと中身は表層以上に辛く苦しい筈だ。
「だから、もし私が死んでしまった時の為に……皆さんにお願いがあるんです」
「お願い、ですか?」
「私のたった一人の家族に遺言を伝えて欲しいのです。住所も連絡先も分かりませんが、今もきっと何処かで強く生きている筈です」
たった一人の家族。それを聞いたおれは何とも言えない気分になる。彼女の家族としてのおれは既に死んでいる。転生で肉体も何もかも変わったおれは世間的に見れば完全に別人で、彼女とは最早赤の他人でしかないから。
「……その人の名前を教えて頂けませんか? 探し出して、必ず伝えます」
「ありがとうございます、見ず知らずの私なんかの為に」
「いえ、困ってる人を放っておく事なんて出来ませんから」
「……ふふ、皆さんのような親切な方に最後に会えて良かった」
「――名前は城ヶ崎賢志。私が捨ててしまった一人息子です」
玄関前で待機しているおれを、母さんたち3人は驚きに満ちた表情で見る。おれは即座にそっぽを向き、もう母と関わるつもりはないと意思を示した。
マリア(城ヶ崎)は今世の母親も前世の母親も、呼び方は同じ『母さん』です。なので読んでて少し分かり辛いかもしれません。