【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結)   作:Woudy

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城ヶ崎母は何故城ヶ崎少年を捨てたのか。その経緯が明かされます。

原作にはない、オリジナル設定です。


33話

私、星野アイは城ヶ崎賢志を知っている。最愛の我が子の一人、マリアは彼の生まれ変わりだと、他ならぬ本人に聞かされていたから。まさか偶々助けた女性がマリアの前世の母親だったなんて、夢にも思わなかった。

 

私とアクアとルビーが振り返ると、マリアは此方から視線を外して拒絶の意思を示す。この子にとっては自分を捨てた親。彼の中で渦巻く想いはきっと言葉では表せられない程で、だからお母さんと話してあげてなんて軽々しく言える筈もなく。

 

でも……

 

「――どうして、息子さんを捨てたんですか?」

 

ふと口からそう溢していた。この声に宿る感情は怒りではなく、ただただ純粋な疑問。母としての勘だろうか。この人は――城ヶ崎さんは悪意あって子供を捨てるような人間には見えなかったのだ。

 

私のお母さんは私を殴った後は何時も清々しそうな態度だったのに、城ヶ崎さんは常に後悔が顔に出ている。やりたくなかったけど、やるしかなかった、仕方がなかった。そんな感じだ。

 

「……あの子を、守る為でした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

40年前のあの日。

 

眠る賢志に寄り添っていた私は、突如として不審な物音を耳にした。隣の部屋からだ。この子を布団に寝かせてから恐る恐る襖を開け、先に広がる奇妙な光景に目を瞬かせた。

 

「……な、何してるの?」

 

酒が回って寝ていた筈の主人が起きていて、目の前で様々な道具を並べていた。

小さな子供なら入れられそうな旅行鞄に、スコップが二つ、ナイフが一本、猿ぐつわ、そして縄……一体何をするつもりだろうか。

 

「あの餓鬼、もう7歳になっただろ?」

 

疑問を抱いていると主人が作業を続けたまま説明を始めた。普段の耳をつんざく程の怒声は珍しく落ち着いていて。まるで嵐の前の静けさを感じさせるそれは逆に不気味だ。

 

「学校に通わなきゃいけねえ年になっちまったじゃねーか」

「え、えぇ……」

「そうなると教育費とか給食費とかよ、無駄金を支払う必要が出てくるだろ? 酒は満足に飲めない、ギャンブルも真面に出来ない。今まで以上に俺は不便な生活を強いられる不幸に見舞われちまう訳だ」

 

何が不幸だ。働きもせず酒と博打に溺れ、家で暴れるお前の所為じゃないか。

 

「ほらよ」

「?」

 

するとコイツは私に縄と猿ぐつわをポイと投げ渡してきた。両手で抱えるように受け取ったそれらを茫然と見詰めているところに、続けてコイツの声が飛ぶ。

 

「だから明日にでも殺して遠くの山へ埋めに行くぞ? お前は餓鬼が寝てる内にそれで縛っとけ。抵抗されたり逃げられると面倒だからな」

 

「――――……………………は?」

 

コイツハ何ヲ言ッテルンダ……?

 

「い、意味が分からない……。あの子を殺すですって……? それ、本気なの……?」

「当たり前だろ? あの餓鬼が消えれば、その分俺の生活がマシになるんだからな」

 

震える声で尋ねるも、この男はそれがさも普通かの如く返すだけ。生存本能に訴えかけてくるような恐怖の象徴だった人間は、今はより得体の知れない何かに変貌していた。最低な奴だとは思ってたけど、ここまでイカれてたんなんて……気持ち悪い。

 

「……何だよ文句あんのか? 俺は餓鬼なんて欲しくもなかったのに、お前の我儘に付き合ってやったじゃねえか。7年も”母親”やれたんだ、もう十分だろう?」

 

あまりにも身勝手で唾棄すべき論理は、長年の暴力で奥底に封じられていた私のなけなしの抵抗心を幾年ぶりに表へ浮上させた。

 

「……嫌よ」

「あ?」

「あの子を殺すなんて、絶対に嫌」

 

直後、見下していた女の反抗に激憤した男は素早く私の前に立ち、皮膚ごと引き千切らん勢いで私の髪を鷲掴みにした。

 

「い、た……!!」

「生意気言ってんじゃねえよクソアマぁ? あの餓鬼を産む時に”少しの間だけ”って約束だろうが? 7年も無意味な暇潰しに時間を割きやがって。いい加減俺の奴隷として真面に役目を果たしやがれ」

「ふざ、けんな……! あの子は私の子だ……! 殺すなんて絶対に認めなむぐっ……!?」

 

私は口を塞がれ、頬に爪を喰い込まされる。怒気を孕んだ瞳とは対照的に、コイツの顔はゾッとするような笑みを浮かべていた。

 

「良いぜぇ懐かしい。最初はこんな感じで反抗的だったよなぁお前。殴りまくってたら何時の間にか静かになっちまって、このところ詰まらなかったんだ」

 

男はそう言って開いたもう片方の手を固く握る。……ここまで来たら後の展開は御察しだ。

 

「餓鬼を起こさないように口は塞いどいてやる。有難く思え」

「ぐっ!?」

 

その後、私は悲鳴を上げる事すら許されず顔や腹を何十発も殴られ続けた。

 

 

 

 

 

「――ふぅ、手が痛え……」

 

私は顔面青痣だらけで床に倒れていた。針を刺すような痛みが呼吸をする度に襲い、キツイ。唯一の救いはこんな酷い仕打ちを我が子に見られずに済んだ事くらいだ。

 

「ふ、ぐ、うぅ……」

 

自分の愚かさと無力さに涙が溢れる。何処で間違ったんだろう。こんなロクデナシだと分かってたら結婚なんてしなかった。

 

「だがまあ、スッキリした」

 

嗜虐心を満たすには十分だったようだ。この男は気分良さそうに虐待の余韻に浸っている。

 

「選択肢をやろう」

「え……?」

 

すると男の口から意外な言葉が出た。一瞬希望を見出した私だったが、それはすぐに間違いだと理解する。

 

「明日、あの餓鬼を此処に置いて行くか、殺して山に埋めるか。どっちか好きな方を選ばせてやる」

「す、捨てるって事……? そんな……」

「違う。お前を手放す気はないが、あの餓鬼は生かして解放してやるって意味だ。寛大な措置だろ?」

 

最もらしい事を言っているけど、この男は金食い虫を厄介払いしたいだけだ。殺すにしろ捨てるにしろ、子供の養育費を酒代とギャンブル代に回せるのは確かだから。

 

「俺はどっちでも良いぜ? あの餓鬼が消えればマシな生活ができるんだからな。――だからお前が責任を持って選べ。殺すか、自由にしてやるか」

 

この男の目的はもう一つ。この悪魔のような選択の責任を背負わせ、その罪悪感を煽って私を縛り付けるつもりなのだろう。分かっていても、私はどちらか一つを選ぶしかないという事実に絶望し、そして後悔した。

 

こうなる前に、あの子を連れて逃げるべきだった。行く宛てもないのに子供を巻き込めないとか、悠長に考えてる場合じゃなかった。この男の苛烈な支配から一刻も早く逃げ出せていれば、こんな理不尽な事にならずに済んだかもしれないのに。

 

でも、こうなっては最早手遅れ。私の判断力の悪さと意思の弱さが、私と賢志が一緒に暮らす未来を奪ってしまった。

 

「……分かりました。あの子を……捨てます」

 

ならせめて、賢志だけでもコイツの支配から救おう。きっと保護されて施設で暮らす事になる筈だ。冷静に考えてみれば、その方が良いかもしれない。この男に殴られるよりも、ひもじい暮らしをさせるよりも、施設の方が遥かにマシだと思うから。

 

……側に私がいないという事だけを除けば。

 

私がどう判断するか始めから分かっていた男は、ニヤニヤと嫌らしい笑みを隠さない。

 

「捨てると決めたのはお前だからな? 俺はただそれに従っただけ。忘れんなよ?」

「……はい」

「そうそう。今回みたいに反抗的な態度は控える事を勧めとくぜ? 手放した餓鬼がどうなるか分からねえからな?」

「っ……分かりました」

 

逆らえば賢志が殺される。我が子を人質に取られた私は反抗の意思を完全に挫かれ、ただ頷く事しか出来なかった。

 

……ごめんなさい賢志。もっと貴方と一緒にいたかったけど、どうやら難しいようです。

 

母さんが馬鹿で無能な所為で、これから貴方には辛い思いをいっぱいさせてしまうと思います。せめてコイツが貴方に手を出さないように、母さんが引き付けておきます。

 

どうか負けないで。貴方は胸を張って貴方の人生を強く生きて下さい。

 

離れ離れになりますが、お母さんは貴方の幸せを心から願っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛してるわ、賢志――――。




あと2~3話で本編完結の予定です。
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