【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結)   作:Woudy

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34話

「――その後、奴は酒の飲み過ぎで体を壊し、もうあの子の脅威にならないと判断した私は漸く逃げ出す事が出来ました。……でも、どんな理由が在れあの子を捨てた私に親を名乗る資格はない。今更会いに行っても迷惑だと思った私は、あの子の前に姿を現す事なく生きていく事にしました」

 

何だよ、何なんだよそりゃあ……

 

今更そんな事を聞かされても、おれはどう反応すれば良いんだよ?

 

嘘に決まってる、と思う事すら許されなかった。話している時の母さんの目を見てしまえば。偽りの濁りを一切宿さない透き通った山吹色の瞳が、その話が真実だと教えてくる。信じたくないけど、信じるしかなかった。

 

「……何それ」

 

無言で母さんの話を聞いていたお姉ちゃんが、膝に置いていた両手を強く握る。そして爆発したかのように大声を発した。

 

「馬鹿なんですか貴女は!?」

「おい、ルビー!」

 

お兄ちゃんに咎められても、お姉ちゃんは止まらない。おれの為に声を荒げて怒っていた。

 

「そういうのはちゃんと言葉にして本人に伝えなきゃ意味ないですよ……! 貴女は子供の気持ちを直接確認したんですか!? 会いたくないって! 結局それは全部、貴女の思い込みでしかない……!」

「……えぇ、その通りです。あの子は私の帰りを待っていた。私の思い違いで20年以上も寂しい思いをさせてしまったのです……ゴホゴホッ!!」

「お婆さん……!」

 

直後に咳き込む母さん。先程よりも生気を失っているように見える。死が目前まで迫っている様子だった。

 

「はぁ、はぁ……15年前に息子と再会した時、私は自身の過ちに漸く気付いたのです。所詮は独り善がりな考えでしかなかったと。あの子に激しく糾弾されるのも、一人で生きろと言われるのも、仕方のない事でしょう。私はあの子の言う通り、今日まで孤独に生きてきました。それがあの子を独りぼっちにさせ続けた、私の罰ですから」

 

……気が付けば手が震え、唇を噛んでいた。

 

思いも寄らない真実を聞かされ、おれの頭の中では迷いが生じていた。

 

母さんがおれを捨てたのは屑親父の魔の手からおれを守る為。あのまま奴の元にいれば、おれの人生は7歳で終わっていた。だから自らが囮となって、あの男を逃がさないようにしていたのだ。

 

でも、それでも納得できるものではない。母さんの真意を知る術がなかったおれは、その後の数十年はドブに嵌ったような日々を送る羽目になった。せめて奴から逃げ出した後に施設へ迎えに来てくれたなら、犯した罪を償って真っ当な人生を歩もうと思えた筈なのに。

 

(お姉ちゃんの言う通り、一度は会っておれの本音を聞いて欲しかった。母さん、おれは貴女と一緒に暮らしたかったんだよ……)

 

会いたい。会ってちゃんと話したい。でも、やっぱり許せなくて顔も見たくない。おれは……どうすれば良いんだ?

 

その時だった。扉に寄り掛かるおれの姿を捉えた母さんが、驚いた様子で言葉を漏らした。

 

 

 

 

 

「――賢志?」

 

 

 

 

 

「!」

 

これには母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも――そしておれも驚愕した。だって今のおれは星野マリアで、元の面影など欠片も残ってないから。

 

「また、会いに来てくれたの……?」

 

にも拘らず、母さんは確信をもっておれに話し掛けてきた。自分の息子だと。

 

「……誰かと勘違いしてませんか。どうしておれが『城ヶ崎賢志』だと思ったのです?」

「分かるわよ。母さんは、賢志のお母さんなんだから」

 

咄嗟に誤魔化すも母さんは目を細め、おれの事を慈しむ様子で見詰めてくる。例え姿が完全に変わっても、自分の子くらいは分かるのだろうか。

 

「マリア」

 

それでも尚その場から動けないおれに、もう一人の母さんが穏やかな表情で手招きしてきた。

 

「おいで」

 

それはおれから迷いを完全に取り払ってくれた。……やっぱ母さんは凄いや。おれは目尻に溜まっていた涙を拭い、家に入る。

 

「……あの時も言ったよな? どうして鍵を掛けねえんだよ? おれ達だったから良かったものの」

 

扉を閉めて鍵を回し、母さんに促されるまま母さんの前に正座した。

 

「だって……貴方が来た時に鍵が閉まってたら家に入れないじゃない。見ての通り母さんは、もう真面に動けないんだよ?」

「だとしても、仮に強盗とかだったら殺されても不思議じゃねえんだぞ? まったく貴女()は不用心にも程がある」

「ふふ、そうね。ごめんなさい」

 

謝る母さんと対面する隣で、母さんがバツの悪そうな顔をする。貴女も偶にチェーンの掛け忘れがあるから本当に気を付けて欲しい。あの時みたいな悲劇が繰り返されたら、今度こそおれは耐えられないよ。

 

「それにしても15年ぶりね。見ないうちに随分変わってしまったけど、元気にやってるかい?」

「……あぁ、色々あったが大丈夫だ。言ったろ、おれは強く生きてるって」

 

見た目の変化に気付いていない訳ではなさそうだ。最も、まさか一度死んで転生したなんて、夢にも思ってないだろうけど。

 

「じゃあ、この人達は……?」

「家族だよ。おれ、家族が出来たんだよ、母さん」

「……そう、良かった。賢志は独りぼっちじゃなかったんだね。母さんはそれだけが心配だったら、やっと一安心だよ」

 

そう言って母さんは笑うと、一番近かった母さんに右手を伸ばした。

 

「すいません。皆さんのお名前を伺っても……?」

「星野アイと申します。こっちの二人はアクアとルビー」

「アイさん、アクアさん、ルビーさん……どうか息子を……賢志を宜しくお願いします」

 

今にも折れそうな程に細く震える手を母さんは両手で優しく包み込み、笑い掛けた。

 

「任せて下さい、城ヶ崎さん。息子さんは私達が絶対に幸せにします」

 

母さんの願いが、母さんへと託された瞬間だった。おれは二人の母の遣り取りを、どこか感慨深そうに見つめ続けた。

 

「あぁ」

「うん!」

 

そしてお兄ちゃんとお姉ちゃんも同じ気持ち。大きく頷く二人を見て、母さんは一層安心した様子で穏やかに笑う。

 

「ありがとうございます。……良い人たちに出会えたね、賢志?」

「……あぁ、世界一素敵な人たちだ。勿論、母さんも含めて」

「母さんは違うわ。賢志を捨てた最低な人間。この人たちとは比べるべくもない」

「そんな事ない……!」

 

おれは何時までも自分を卑下にする母さんの言葉を否定するつもりで遮る。

 

「貴女はクソ野郎からおれを守ってくれた! おれは奴が怖くてずっと部屋の隅で震えている間も、貴女だけは立ち向かい続けていたじゃないか……!」

 

見捨てられたどころか実際は逆だった。この人だって怖くて怖くて、本当はすぐにでも逃げ出したかった筈。でも、それをやって子供が狙われるのはもっと嫌で、だからおれが大人になるまで奴を自分に釘付けにしていたんだ。

 

己の置かれた境遇に納得できず、周囲に当たり散らかしていたおれとは全然違う。この人は子供の為に一生懸命だっただけ。今の母さんと同じで、強い人だ。

 

「おれは、何も知らなかった。再会したあの時にちゃんと理由を聞いていれば、もっと早く仲直りできたかもしれないのに。おれは一方的に自分の不満をぶつけただけで、貴女を突き放してしまった……」

 

例えその先に待っているのが己の死だったとしても、愛されている事を理解して逝く事が出来ただろう。そうすれば星野家のみんなを早く受け入れられて、今の母さんのお腹に消えない傷を残す事もなかった。

 

「ごめんなさい……貴女だってずっと苦しかったのに、今度こそ一緒に暮らしたかった筈なのに……”一人で生きろ”なんて酷い事言っちゃって」

 

独りぼっちの辛さを嫌と言う程知っていながら、おれは自分だけ被害者面して母さんにそれを強要した。結局おれはあの男の息子なんだと理解されられる。人の言い分を聞かず、自分の考えだけを強引に押し通す――最低な人間だ。

 

「ごめんなさい……本当にごめんなさい……」

 

両目に宿る星が歪み、ポロポロと流れ出た涙が畳に落ちる。

 

おれは俯いたまま最愛の母へ謝罪し続ける。この日まで生き地獄を味あわせてしまった事を、何度も、何度も……

 

「――良いのよ」

 

すると母さんはおれの頭の上に手を置き、ポンポンと撫で始めた。

 

「な、何がだよ? 良い訳ないだろ、おれの所為でこうなっちまったのに……」

「だって賢志は優しい家族に恵まれて、楽しく暮らせてるじゃない? なら今まで頑張った甲斐があったというものよ。息子の幸せそうな近況報告を聞けて、お母さんは大満足です」

 

そう言って笑う母さんの目は美しく輝いていて、本当に自分は報われたと言わんばかりである。

 

「母さんの方こそ、賢志の気持ちも確かめずにほったらかしにしてごめんね。許されるべき事じゃないけれど……最後にもう一度、これを伝えられて良かった」

「おれこそ……良いよ、許すよ。ずっと愛されてたって分かったから。だからありがとう、母さん……守ってくれて、ありがとう。お陰でおれは今日まで幸せに生きてこれた」

「そう……本当に良かったわ」

 

……本当は沢山取り返しの付かない事をして、酷い死に方をしてしまったんだけど……それを言うのは止めた。最後くらい母さんには安心して、笑って旅立って欲しい。

 

隣では、おれたち親子の遣り取りを聖母のように見守る母さん。そういえば前にお兄ちゃんから聞かされてたっけ? 当時医者だった頃のお兄ちゃんに、母さんが放った言葉。あれは、確か……

 

 

 

――嘘は、とびっきりの愛なんだよ!

 

 

 

嘘は愛。だから愛する母さんが笑顔でいる為に、おれは敢えて嘘を吐く。15年ぶりの、嘘だ。

 

「あ、そうだ。忘れるところだったわ」

 

不意に母さんが何かを思い出したかのように冷蔵庫を指差す。

 

「賢志。冷蔵庫を開けて、二段目の真ん中にある物を取ってくれるかしら? 貴方に渡したい物なの」

「え? うん」

 

おれは言われるがまま冷蔵庫へ向かい、その扉を開けて中に入っている食べ物に目を留めた。一瞬だけ固まるも、すぐに母さんの所へ持っていく。

 

「母さん、これ……」

「大好きでしょ、それ? 何時かまた会えた時の為に、毎日作ってたのよ」

 

皿の上にラッピングされた状態で乗せられた――ちりめんじゃこのお握り。おれと母さんを繋ぐ思い出の品。

 

「丁度4個あるから、4人で分け合って食べなさい」

 

だが、今までと違って拒絶反応は出なかった。代わりにおれの両目から更に涙が溢れてくる。おれは涙を何度も拭い、やっとマシになったところで。

 

「……うん、ありがとう。家族みんなで頂くよ」

 

何とか笑ってみせると、母さんも笑って頷いてくれた。そして何かを悟ったのか、大きくゆっくりと息を吐いて天井を見上げ、目を閉じてしまった。

 

「――あぁ、もう限界みたいね」

「……え?」

「ちょ、ちょっとお婆さん……! そんな事言わないでよ……!」

「城ヶ崎さん……!」

 

3人が困惑する中、おれだけは静かに――しかし泣きながら母さんへもっと近寄り、皺だらけの顔にそっと手を触れる。じゃこお握りの乗った皿を大事に抱えたまま。

 

「母さん、最後に何かして欲しい事はない?」

「そうね……」

 

もう生気は殆ど残っておらず、死人同然の灰色の肌をしていた。母さんの人生が……終わりを迎えようとしている。

 

「じゃあ……このまま最後まで一緒にいてくれる? もう……一人は嫌だから」

 

……あぁ、やっぱり寂しかったんだね。辛かったよね? 苦しかったよね? ずっと一人にさせて、本当にごめんなさい。

 

「……分かった、ずっと一緒にいよう」

「ありがとう……」

 

だから、せめて最後は賑やかに見送ってあげるから。

 

「――ねぇ賢志、今は何処だい? 母さん、もう目も見えなくなっちゃた」

「大丈夫だよ母さん、おれは此処にいるから」

「あぁ、賢志。其処にいるのね……良かった……」

 

母さんの身体が少しずつ機能不全に陥っていく。最早視力すら失った彼女の為に手を握り、その手で頬を撫で、声を掛け続け……おれの存在を絶えず伝え続ける。

 

「ありがとう賢志。母さんにとって……貴方は光……今日まで生きてこれたのも……貴方という光があったから……。最後にまた会えて……嬉しかったわ」

「うん。おれも嬉しかったよ、母さん」

 

声も途切れ途切れになり、近付かないと聞き取る事も難しくなる。母さんの声を聞き逃さないよう、おれは意識を集中させる。

 

「元気で、ね……あいしてる……わ……」

「う゛ん゛、う゛ん゛……!」

 

整った顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになるのもお構いなしに、おれは母さんとの最後の会話を続ける。母さんとの思い出を、少しでも増やす為に。

 

「あと……そうそう……わすれてた……けんし……」

「ん、ぐっ……何、母さん?」

 

そして母さんの命の灯が完全に消える刹那。彼女の口から出た言葉は、おれが長く待ち望んだものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ……い……ま…………――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を最後に、母さんは笑顔のまま全く動かなくなった。

 

「そんな……」

「お婆さん……!!」

 

お兄ちゃんとお姉ちゃんが涙を流して母さんの死を悲しむ。母さんも母さんを見て静かに涙を溢していた。

 

……母さん、貴女は幸せ者だよ。こんなにも泣いてくれる人がいるのだから。

 

「マリア。ほらっ、お母さんにご挨拶」

「……う゛ん゛……分かってるよ、母さん……」

 

やっと帰って来てくれたんだ。言いたい事は山程あるけど、これだけはちゃんと伝えなくちゃ。おれは泣き叫びたい思いを無理矢理堪え、永遠の眠りに就いた母さんへ言葉を絞り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――おかえりなさい、お母さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()も……愛してる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、おれは冷たくなっていく母さんに縋り付き、家族に寄り添われながら救急車が来るまで声を張り上げ泣き続けた。




タグの原作キャラ死亡とは城ヶ崎母を指します(東雲などは後付け)。元から彼女には死に際でマリア(城ヶ崎)と和解させる予定でした。










そんな城ヶ崎母に関してですが、今後書くかどうか不明なのでここでネタバレしちゃいます。

そう遠くない未来に、彼女はマリアの実の娘(アイの孫になるので当然、超が付く美少女)として転生を果たす予定です。記憶自体は消えていますが、前世と全く同じ方法で作ったじゃこお握りをマリアにプレゼントし、それを食べたマリアが娘の正体を悟って涙を流す――というストーリーです。

……因みにマリアの将来の妻、即ちヒロインになる推しの子の女性キャラは既に決めています。
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