【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結) 作:Woudy
搬送先の病院で、改めて母さんの死亡が確認された。死因はお兄ちゃんの見立て通り、栄養失調と重度の風邪による衰弱死だった。
母さんが亡くなった。そんな分かりきった事実をもう一度突き付けられる形となったおれは、その場で再び泣き崩れてしまった。
身寄りのない彼女の葬儀は星野家主宰で執り行う。私たちだけじゃ寂しいからと、母さんは『困っているマリアを助けてくれた恩人』の体で斉藤夫妻にも参加を要請。当初は困惑した二人だったが、母さんが一度言い出したら聞かない性格なのは百も承知、最後は渋々といった感じで了承してくれた。
小規模だがしっかりとした葬式を開き、墓も立派な物を作る事に。そしてその費用は全て星野家、それも母さんが率先して負担してくれた。
「ありがとう母さん」
「マリアの大事な人だもん。無下になんか出来ないよ」
モデル業務で葬式と墓の代金は捻出できるし、何より息子である自分が出すべきだろう。それにいくら大女優として稼ぎまくっているとは言え、決して無視出来ぬ額な筈だ。それでも同じ母として思うところがあったのか。真剣そうな母さんの姿を見たおれは、お言葉に甘えさせてもらう事にした。
諸々の手続きを済ませて一旦病院を後にするおれ達。空はすっかり夕暮れに染まっていた。
その足取りで黒焉街のとある公園を訪れたおれ達はベンチに並んで腰を下ろし、夕日に照らされながらじゃこお握りに舌鼓を打つ。丁度4個あるので、一人1個ずつだ。
「んー、美味しい! これならお店に出せるレベルだよ!」
「味付けはジャコの塩気だけだが、米本来の甘みと良い塩梅じゃないか」
母さんの作った最後のじゃこお握りは、お兄ちゃんとお姉ちゃんにも絶賛な様子。毎日作り続けたから自然と料理の腕が上がっていたのだろう。あの人は常に準備をしていた。今日みたいに何時か、おれが自分の所へ戻ってきたら歓迎できるように。
……それ程までに、あの人はおれの帰りを待ち焦がれていたのだ。何時来るかも分からない相手を待ち続ける事の辛さを、おれは痛いくらいに理解出来る。理解出来るからこそ、そんな苦痛を最愛の母に味あわせてしまった自分に苛立ちを覚える。
「あーん!」
そんな負の感情に支配されかけていたおれを現実に引き戻したのも、隣でじゃこお握りを豪快に頬張るもう一人の母だった。小さな握り飯を半分近く口に含み、暫くの咀嚼の後ゴクリと飲み込んだ。
「……うん、ちょっと味気ないね!」
「アイ……」
「もー、ママったら! そこはちゃんと美味しいって言いなよ!」
ストレートに辛辣な感想を述べる母さんに、お兄ちゃんは難しい顔で額に手を当て、お姉ちゃんは抗議する。しかし、おれには分かる。母さんのグルメ評価は、まだ終わっていない。
「でも――これが”母の味”なんだね」
母さんは茜色の空を見上げて穏やかに笑った。その様は変装している状態でも神秘的な美しさで、おれ等3人は見惚れてしまう。
「鶴城さんのお握りとは似てるようで違う。優しさを込めて握っているのは一緒だけど、鶴城さんの場合は大勢のお客さんが相手。対する城ヶ崎さんは、たった一人の子供を喜ばす為にこれを作った――お米に味を付けていないのも、君の好みなんでしょ?」
「あ、あぁ……」
「やっぱり!」
今と違い、当時のおれは塩気の強いものが苦手だった。それを見た母さんは米に塩を一切加えず、じゃこも薄く味付けされたものを使用してお握りを作ってくれたんだ。素材本来の味を生かしたじゃこ握りは、おれが美味しく食べれるようにと母さんが編み出した料理だった。
「……私のお母さんはレトルトやスーパーの惣菜ばかりで、手料理なんて一度も振る舞ってくれなかったからね。母の味がどんなものか、全然分からなかった。……けど、成程成程。子供への優しさをいっぱい込めて作った料理……つまりそういう事かー」
覚えちゃったぞ~。そう言って母さんは持っているじゃこお握りをマジマジと観察していた。それを見たお兄ちゃんとお姉ちゃんも自分の分の握り飯に視線を向ける。
「そうか、これが”母の味”ってやつか。初めて知ったよ」
「うん、私も。……こんなに小さなお握りだけど、お母さんのマリアに対する想いが沢山詰まってるんだね」
此処にいるのは全員”母”に恵まれなかった人ばかり。母さんだけじゃない。お兄ちゃんとお姉ちゃんも、きっと”母の味”を全く知らずに育ったのだろう。
ありがとう、母さん。貴女がおれに遺してくれたものは、この家族に”母”について知る機会を齎してくれた。
「いただきます」
意を決して持っていた握り飯を口に入れる。実に40年ぶりとなる母の手料理だと、強く意識して味わう。
冷えても尚柔らかく仄かに甘い米、ほんのり塩気を感じるちりめんじゃこ。嚙めば噛む程穏やかな甘みと旨味が口いっぱいに広がり、一緒に優しかった母さんとの思い出が蘇ってくる。
「あぁ……」
声が震えている。色々な感情が体内で掻き混ぜられ、涙として溢れ出てきた。
「何も変わってない。あの時と全く同じ……おれが大好きだったじゃこお握りだ」
おれは純粋にお握りを堪能できた。やっとだ……やっとおれは母さんを許して、昔のような仲の良い親子に戻れた気がする。
泣いているおれの頭を、母さんが優しく撫でながら笑い掛ける。
「……美味しい?」
「うん、美味しい……」
またこれを食べられるとは夢にも思わなかった。この家族の元に生まれてこなかったら、きっと今のような未来は訪れなかっただろう。
改めて思う。この人たちと家族になれて本当に良かった。
「何してたんだろう……おれ」
食べ進めていく途中、不意に湧き上がる罪悪感と後悔。
「あの人はおれを見捨ててなんかいなかった。裏切ってなんかいなかった」
裏切ったのは……おれだ。
「母さんの願いを、その全てを投げ打って繋いでくれた未来を……おれは台無しにしてしまった」
憎き父よりも恐ろしく、そして悍ましい所業を繰り返し、最後は殺される。あの人が望んでいたおれの人生は、そんな血塗られたものではない。幸せになって欲しかったのに……おれはその想いを踏み躙り、全て無駄にしてしまった。とんでもない親不孝者だ。
「もう母さんはこの世にいない。おれはどうやって報いるべきなんだろう……?」
すると母さんがおれの肩を掴み、抱き寄せた。
「――今からでも遅くないよ」
思わず眠くなりそうな温もりを感じつつ、慈愛に満ちた笑顔で語り掛ける二人目の母の言葉に耳を傾ける。
「天国のお母さんに、胸張って生きていく君の姿を見せてあげよう? 人を傷付けた分だけ……ううん、それ以上に沢山の人を助けてあげるの。その姿を見れば、きっとお母さんも安心してくれる筈だよ?」
「できるかな? 取り返しの付かない事ばかりしてきた、おれに……」
「できる。だって君は――
母さんは自信たっぷりな様子で断言し、お兄ちゃんとお姉ちゃんもうんうんと頷いた。
「……分かった、やってみるよ」
そうだ、折角第2の人生を得られたんだ。きっと贖罪の機会が与えられたのかもしれない。きちんと償って、あの人の想いに今度こそ応えよう。
「――じゃあ帰ろっか?」
「そうだね、色々あって結構疲れちゃったよー」
「ここら辺は治安が悪いらしいし、暗くなる前にさっさと離れるとするか」
お握りを食べ終え、おれ達はベンチから立ち上がる。
……正直言うと物足りない。あんな小さなお握り一つだけじゃ、この育ち盛りの身体は満足してくれないようだ。
「あの、母さん」
だからおれは歩き出す母さんを呼び止める。
「なぁに、マリア?」
「おれ、帰ったら母さんの作るじゃこお握り……食べたいな」
そうお願いした時の母さんは、まるで頼られて無邪気に喜ぶ子供みたいだった。
「いいよー、たっくさん作ってあげる!」
「ありがとう」
どうやら今世の”母の味”もじゃこお握りになりそうだ。
長くなりましたが、いよいよ次回が最終回となります。どうか最後までお付き合い頂ければ幸いです。