【裏社会の悪魔の転生先は、完璧で究極のアイドルの子でした】(本編完結) 作:Woudy
私の名前は……特にない。ちょっと賢いだけの何処にでもいる普通のカラスだ。
「せんせぇ……大好き。生まれ変わっても……ずっと――」
「さりな……ちゃん……?」
――この日、最推しだった二人の内の一人が病気で息を引き取った。ベリーを食べようとしてネットに引っ掛かり、足を怪我した私を見つけてくれた心優しい女の子が。私は病院の外の木に止まり、死にゆく彼女を窓越しに見守る事しか出来ない。
彼ら二人は神様に見初められ、死後の生まれ変わりが決定している。それでも辛いものは辛い。大好きな子たちの片割れの死を目の当たりにして、苦しくない訳がない。
「嘘だ……目を開けてくれさりなちゃん。アイのライブに連れて行くって、約束したばかりじゃないか……ちくしょう」
もう一人の医者の子は現実を受け入れきれず、完全に動かなくなった少女に寄り添い嗚咽を漏らす。彼のように涙を流す事ができない私は、代わりに周囲に響く程の鳴き声を上げ続けた。
何度も何度も何度も――。
夕方。鳴き疲れた私は病院のすぐ近くの小山に設けた巣に戻っていた。
が、巣を拡張したり餌を集めたり、毎日の日課だったそれらに勤しむ気力は全く湧かなかった。というか、今の沈みまくった気分では何もしようと思えない。巣の中でうずくまり、遠くに見える病院をただただジッと眺め続ける。
しかし、現実は悲しみに耽る余裕すら与えてくれなかった。
「ギャッ!!?」
下方から飛んできた何かが当たり、その衝撃で私は巣から落下。地面に激突した。いたた、一体何なんだい……?
「クソったれの羅威刃どもが、よくも俺の卍豪を潰しやがって……! このまま終わると思うなよ、再起を図って何時か必ず復讐してやる……!!」
物凄くガラの悪そうな男が1人、不機嫌さ全開で私の前に現れた。どうやら彼の投げた石が偶然私に当たったらしい。……ダメだ、また足を怪我しちゃったよ。あの二人に助けて貰った時を思い出すけど、これでは暫く動けそうにないね。
「……」
「あ? 何見てんだお前?」
ちょっと、君の所為で怪我したんだよ? お詫びの治療くらいしてくれても良いんじゃないかな? 目でそう訴えてみたところ此方の意思が通じたのか、ゆっくりとした足取りで近寄ってくる。お、早く早く。
「別んトコ向いてろ鳥野郎!」
「ギッ!!?」
てっ、いきなり蹴り飛ばしやがった! どういう事だい!? あと野郎じゃない私は雌だコラッ!
「テメエも俺を馬鹿にしてんのか!? カラスの癖に……!!」
男は激昂した様子で動けない私の体を掴むと、今後は近場の木に投げて叩き付けた。それでもまだ怒りが冷めないのか、声を張り上げて私にズカズカと乱暴な足取りで迫る。
「俺は今むしゃくむしゃしてんだ! そのまま地面と一体化してろ……!!」
そして片足を持ち上げ、私を踏み潰そうとしてきた。
不味い、死ぬ、死んじゃうから! いや、やめてやめてやめてよ……!!
咄嗟に目を瞑った私を襲ったのは踏み潰される衝撃ではなく、耳をつんざく程の大きく鋭い音だった。
「ぎゃああああああああ!!!?」
直後に響く男の断末魔。ゆっくり目を開けてみると、私を踏もうとした男が太腿から激しく出血する衝撃的な光景。一体何が……?
「こんなトコにいやがったのか、見つけたぜ」
夕闇に沈んだ木々の間から現れた黒スーツに眼鏡の男。あれは……銃ってやつ? 煙を吐き出すそれを片手に、まるで獲物を捉えた狩人のように獰猛な笑みを浮かべている。男も乱入者の正体に気付き、激痛と驚愕の混ざった歪んだ表情で叫んだ。
「て、テメエは……羅威刃の城ヶ崎!? 何故此処に……!?」
「ちょっとした散歩だよ。テメエ等があまりにも雑魚過ぎてあっさり殲滅しちまったから、時間が余ってしまってな」
遠回し……いや最早直球で自分と仲間を侮辱する城ヶ崎という人物に、男は悔しそうに歯軋りする。
「本来ならボスのお前も殺るつもりだったんだが、まさか戦ってる部下を見捨てて自分一人だけ逃げるとは思わなかった。まぁ他の構成員は全員殺したし、こんな小物一匹程度じゃ脅威にもならないと放置する事にしたんだが――」
「だ、誰が小物だとこの野郎!! 俺は何時か裏で天下を取る男だ、舐めんじゃねギャアッ……!!?」
「見付けちまったんなら仕方ない。羅威刃に粉掛けた奴はこの世から完全に消しとかねえとな」
キレた男が懐から銃を構えたが、無駄だった。照準を定めるよりも先に城ヶ崎が目にも止まらぬ早さで再び発砲、男の右手ごと銃を吹き飛ばしてしまった。
「二度とそんな物騒なモノを持つな。あと、もう歩かなくて大丈夫だ、座れよ?」
「ギャッ、グゲッ!!?」
それだけでは終わらず、城ヶ崎は更に二発の銃弾を男の無事な方の腕と脚にお見舞いしていく。両手足を大きく負傷した男は何も出来ず、地面に強制的に座らされた。
「裏社会のトップに立つ……だっけ? あれだけ醜態を晒ときながらよく偉そうな事をほざけたな? ――しかも、この俺の前で」
「た、助けてくれ……どうか命だけは」
あれだけ強気だった男は完全に戦意を喪失し、城ヶ崎に助命を求めた。だが、彼の目を見て確信する。命乞いは無意味だと。
「テメエもこの俺の野望の邪魔者になるというなら、尚更死んで貰う必要があるな」
「ま、待ってくれ! 頼む、金なら幾らでも払うから……!」
「ほう、お前の組織は既に壊滅してるじゃねえか? どうやってその金を用意するつもりなんだ?」
仮に宛があったとしても城ヶ崎は殺すつもりだろう。野望の邪魔になるというなら、此処で男を逃がす選択肢など無いからだ。
だが、男の返答内容に私は耳を疑った。
「ち、近くに大きな病院があっただろ!? 俺達は其処の院長を脅して毎月300万くらい金を出させてるんだ! この近くにある俺達組織の隠し金庫にその金を保管してあるから、それを全部やる! だから見逃してくれ……!」
大きな病院って……あの子達がいる病院以外に考えられないじゃないか。其処の院長から毎月大金を出させてた……? それってつまり……
「おい」
私が結論を出す前に、城ヶ崎が男に確認を取った。
「その300万ってのは……患者の治療に直接関わるトコから捻出してるとかじゃねえよな? 例えば院長のポケットマネーからとか」
「え? いや、それだけじゃ全然足りねえから薬代や設備費用からも抜いて出せってアドバイスしたけど?」
は?
「あっ、すまねえ! 金庫の場所が分かんなきゃ困るよな!? 場所はよぉ――」
………ふざけんな。
じゃあ何? お前らがあの病院から金を奪った所為で、あの子は満足に治療を受けられず長生き出来なかった可能性があるって事……?
どの道助からない病気だというのは分かってる。でも、重病で本来病院から出れないあの子の夢を叶えようと、どれだけ医者の子が奔走していたのか私は知ってる。あの子がキラキラと目を輝かせ、その日をどれ程待ち侘びていた事か私は知ってる。病院にお金がきちんとあって、より良い治療を受けられていたら……あの子は医者の子とライブに行けたかもしれないのに……!!!
「ギーッ、ギーッ!!!」
ふざけんじゃねえよっ、この下衆野郎……!!!
「……どうやら本当みたいだな」
「あ、あぁ。嘘じゃねえ、其処にはマジで何千万もの金を置いてある……!」
「よーく、分かった」
騒ぐ私など気にも留めず、城ヶ崎は納得した様子で頷く。しかし、その顔には一切の感情が宿っていない。しかし単なる無表情ではない。まるで怒りに怒り狂った人間が、その果てに出すような無表情だった。
……と思いきや、城ヶ崎は再び悪魔のような笑みを浮かべる。
「最高の動画をありがとう」
「……へ?」
何時の間にか城ヶ崎が持っているスマホを呆然と見上げる男。その画面には先程までの自分と城ヶ崎の遣り取りが撮影されていたから。
「やっぱその金は要らねえから、元の持ち主んトコに返しとくよ…………これから死ぬお前の代わりにな」
「へ、え、嘘……?」
銃口を男の額に突き付ける城ヶ崎。この時の彼の脳裏には、ある二人の姿が浮かんでいた。
『お兄さん……ありがと……』
『……後悔してないと言ったら噓になりますね。僕は医者になったのに、彼女が死に行く様子をただ見てあげる事しか出来なかった訳ですから』
「テメエ等が金さえ取らなきゃ長生き出来た患者も多かったろうなぁ。残された連中も無駄に苦しまずに済んだだろうに……悪い奴め、地獄で仲間と永久に反省しとけ」
――そう、私の最推しの二人の姿が。彼もまた、私と同じ理由で怒っていたようだ。
「――さっきから喧しく鳴いてたのはお前だな? 見たところ、この下衆に足をやられたってところか?」
脳天に風穴を開けられ永遠に沈黙した男を放置し、城ヶ崎は私の怪我に気付いて舌打ちする。さっきみたいに蹴られるのかと錯覚し身構えていると。
「ったく、俺等にやられて動物に八つ当たりかよ。ダサい奴だ」
意外な事に彼は腰を下ろし、携帯していた救急キットで私の治療を始めたのだ。
「カー?」
「ジッとしてろ、まだ肉になりたくねえだろ?」
さっきまでの敵の男に対する苛烈さは微塵も感じられない。包帯を巻く手付きは不器用ながらも優しく、まるで幼い子供から手当てを受けている気分だった。それこそ、私を見つけてくれた女の子のように。
「……勘違いすんなよ? これはあくまで気紛れ。本来なら俺等の抗争に畜生が巻き込まれようがどうでも良いんだからな」
そんなツンデレっぽくも聞こえる言葉を耳に入れつつ、私は彼の瞳を見詰め続けた。
「……」
その山吹色の瞳の奥から感じ取ったのは、怨念にも近い執念と狂気……そしてそれらに覆い尽くされても僅かに見え隠れする、幼子が抱くような寂しさ。あの子達もそうだけど、この子もとても深い悲しみを背負ってそうだった。
「ほらよ、終わりだ」
治療を施された足は今だ痛みは残るものの、問題なく機能している。良かった、普段程の動きは難しいかもだけど、普通に生活出来そうだ。私は礼を言うつもりで短い鳴き声を発する。
「カー」
「……フン、どうやら大丈夫そうだな。――あばよ、精々死ぬまで長生きしやがれ」
去り際に見せたその子の表情は悪魔とは無縁で、人間らしい穏やかなものだった。……よーく観察しないと気付きにくい位、ほんの僅かな変化だったけど。
彼の姿が完全に闇に飲まれるまで、私はその後ろ姿を見送り続けた。
(ありがとう、助けてくれて。あの二人のような優しい人)
今日、私の推しは二人から三人に増えた。
――ねえ神様。もう一人転生させたい子がいるんだけど。
――うん、もし彼があの医者の子より先に死んじゃった場合で良いから。
――でも、きっと役に立ってくれる筈だよ? 神様たちの目的達成に。
「そういえば『今ガチ』のメンバーにマリアも選ばれたんだよね?」
「あぁ、鏑木さんからアイに関する情報を教える条件として提示されたんだ。あの人かなり面食いだからな」
「でもさぁ、何でアクアまで出なきゃいけないの? アクアの彼女は既に私で埋まってるのに……」
談笑しながら帰路に着く三つ子の姿を、私は高い木に腰掛けて眺めていた。
予定外だった3人目の誕生により、彼の前世での因果が彼とその周囲に現れると神様は懸念していた。それでも彼まで転生させてくれた神様は、やっぱり優しくて好き。
それに大丈夫だと私は思う。私は彼の行く末を見届けた。彼は恐ろしいまでに天才で、大事なものが何一つない状態ですらあれだけの力を発揮していた。愛する者を手にした今ならどれ程までに強くなるのか、最早想像も出来ない。ただ、全ての困難を乗り越えてくれるのは間違いない。
「鏑木さんは俺とルビーの本当の関係を知らないんだ。仕方ないだろ?」
「そうだよ。それに向こうはお兄ちゃんとおれの両方を指名してきたんだから。母さんがクソ親父の事を頑なに話してくれない以上、おれ達は関係者から情報収集する他ないしね」
「む~、ママも素直に教えてくれれば良いのに……」
「――ふふ」
楽しそうな様子の彼等に、自然と私は笑みを溢す。
「お幸せに。これからも素敵なお母さんの元で、元気に生きてってね?」
子供に対する親同然の気持ちで、私は推し達の未来が幸あらん事を願うのだった。
145話時点でもツクヨミの正体がハッキリしてません(ホントにカラスなのか、それともアイなのか)。今後の状況によっては本作ツクヨミの設定も変えるつもりでいます。
因みに作中で半グレ共が搾取していたお金は、城ヶ崎の匿名による通報でゴローの病院へ全額戻っています。尚、院長は脅されたとはいえ病院の金を持ち出してしまったので、責任を取らされました(異動か辞職かは明白にはしませんが)。
城ヶ崎が宮崎の半グレを粛清したのも神がそうなるように仕向けた形です。最悪ゴローが半グレに絡まれ、予定より早く死ぬリスクがあったので。